わたしを倒す旅の八歩。
視線を絡ませたままだったわたしとユウシャの耳に入ったのは、突如聞こえた怒号。弾かれたようにユウシャは首の向きを変えた。
そんなユウシャの一方で。
わたしはゆっくりそちらの方に視線を投げた。
だって、面倒なことなら出来るだけ関わり合いたくないもんね。
わたしにはお菓子を食べるって使命もあるんだし。分けてあげないよ、全部わたしのだもん。
裏寂れた通りに並ぶ、建物のうちの一つ。
普通に小さな家の前で、女と少年と男達が何か言い争ってる。
というか、キャンキャン吠えて五月蝿いのはあの威勢の良い少年だ。
うるさいなー、もー。
「何を揉めている」
ユウシャが素早く両者の間に入り込んで、双方睨む。
男達は突然現れたユウシャに驚いているみたい。少年は気にしてないっぽくて、変わらずユウシャを睨んでる。
少年の後ろにいた女がオロオロして後ろから少年の肩に手を置いた。
「別に揉めちゃいねぇんだぜ?オレ達は貸した金を返せっつってるだけなんだからよ」
男の一人がニヤニヤしながらユウシャに突っかかる。
それを聞いたユウシャは確認のためか、少年と女に目を向ける。
「期限は明後日のはずだろ!明日になれば父ちゃんが帰ってきてすぐに返せるんだ!」
「帰ってきたところで返せるかどうかは分からねぇだろう。なぁ?」
今にも噛み付かんばかりに少年が興奮しているけど、それが面白いのか男達は馬鹿にしたように嘲笑う。
ふーん、なかなか面白そうなことをしているの。もしも使う機会があったら、アレやってみようっと。
興奮してたら嘲笑う。うん、覚えたよ。
「だから早めに返済してくれりゃ、幾らか利子を軽くしてやるってオレ達の温情だろうが」
「母ちゃんは渡さない!父ちゃんに守るって約束したんだ!」
少年は興奮して、今にも殴りかかりそうだ。というか、多分ホントに殴るだろう。
たった今、この瞬間。女だけでは抑えられなくなり、少年は女の手を離れたの。
駆け出す少年。数秒後に起きるだろうことなんて、簡単に想像がつく。
焦った顔をした女だけど、今から止められるはずもない。そんなこと誰にでも分かりきっていること。
「なるほどな」
一瞬で、強張った女の顔は固まったの。
だって、少年を間にいたユウシャが止めたから。
それだけじゃない。ユウシャに抑えられた少年は離れようともがくけど、ビクともしてない。血気ばんだ少年なんてまるでいないように、ユウシャが自然に行動している。そんな不自然な光景に女だけじゃなくて男達も呆気にとられた。
「大体の状況は掴めた。お前らは借金のついでにその女を貰いたいわけだな」
「兄ちゃん、人聞きが悪いな。オレ達はあくまで善意から言ってやってるんだからな!とてもその家族に貸した金全部払えるとも思えねえからな」
「期限は明後日なのだろう?交渉はどう見ても上手くいっていない。だから明後日また出直すといい」
呆気に取られて間抜けな表情をしていたのもすぐシャンとして、男たちは全く面白くなさそうに目を眇めた。
「おいおい、兄ちゃん。横からシャシャり出てきてんじゃねえよ。テメエには関係ねえんだからよ」
交渉していた男が後ろにいる別の男に顎を使って指示する。
待ってましたとばかりに口角を片方だけ上げて、後ろの男が拳をユウシャに向けて振り上げた。
あの男達、命知らずなの?見るからに弱いのにユウシャに勝てるわけがない。
「大人しくしてりゃ痛い目見なくて済んだのになって……は?」
得意になってガハガハ笑っていた男達から笑い声が消えていく。
ユウシャが持っていた少年を後ろに控えてた女の方に軽く放ると、殴って来た男の拳を受け止めたからだ。
「出直せ。俺がまだ口で言ってやっている間に」
焦ったように捕まっている拳をどうにかしようともがく男だけど、全く動かない。
ふざけていると思っていたのか、ちょっと笑い声が最初聞こえたけど、その焦りように周囲の男達も何かおかしいと気が付き始めたの。だって、ユウシャに掴まれている男の顔がすごく必死だから。
「わ、分かったよ!」
「行け」
交渉してた男が吐き捨てると、ユウシャはペイっと掴んでいた男を離す。男は一目散に他の男の後ろへ走って隠れた。
その様子を交渉役が舌打ちしながら忌々しそうに見て、周りの他のものに当たり散らしながら、騒がしく去って行った。
結局あの男達、何がしたかったんだろう?人間って不思議だね。
「ありがとうございました」
ユウシャに、オロオロしてた女が頭を下げる。
少年にも下げさせようとしているけど、そっちは全然上手くいってないの。少年の方はふんぞり返っている。
でも、ユウシャはそれを気にした風もなく、少年の目線に合わせてちょっと屈んだ。
「偉いなお前。ちゃんと母親を守って」
「父ちゃんとの約束だからな!」
「これからもしっかり守れよ」
「おう」
ユウシャが少年の頭を撫でると、少年は誇らしげに胸を張った。
その横で、女が少年をそっと抱き寄せる。
それをユウシャがちょっと羨ましそうに見て目を細めた。
「それじゃあな」
「あのっ。ぜひお礼を」
「気にしなくていい」
女が少年を抱きしめながら焦るけど、ユウシャは踵を返して足を止めない。
わたしはどこからか視線を感じた。
「お前も戻るぞ」
ついでとばかりにわたしの腕を持って。
何なのよ、コイツ。
足が長いから、捕まれてるとついて行くのもやっとだ。離してほしいの。
チラッと振り返ると、女がいつまでも少年を抱きしめていた。
「ハハオヤ……」
わたしは小さく呟いた。
知識では知ってる。親っていうのも、知識はある。
でも、あんな風にいつまでもくっついているものなの?
親の生態って謎なんだね。
「お前、親は?」
ユウシャが呟きを拾ったのか、何気なしに聞いてくる。
「わたしの……親?いない」
わたしはラダヒー。植物だ。
種から誕生するわたしに親なんていない。
「そうか」
ユウシャはちょっとだけバツ悪そうに目を伏せた。
そしてわたしを掴んでいた手を離すと、乱暴に頭を撫でた。グリグリすんなー。
ユウシャの手を払いのけようと上を向くと、今までわたしに向けたことないような優しい顔をしていて払おうとした気力が急速に萎んでいく。
どうしてそんな表情で見てくるの?分からない。全然分からないよ。
結局払えず、わたしは本当にちょっとの間だけだけどユウシャの好きに撫でられてた。
なんだか変な気持ちなの。もしかしてユウシャ、わたしに何か魔法でも使った?
「ねえ、ユウシャ」
「なんだ?」
気を紛らわせたくて、わたしはちょっと気になっていたことを聞いてみることにしたの。
ずっと気になっていたんだ。
「どうして魔王を倒そうと思っているの?」
ユウシャの足が止まった。
表情もさっきまでの変に優しいものじゃなくて、厳しいものに変わっていく。
「俺は魔物が憎い」
ユウシャはわたしではなく前を見据えた。
ずーっと遠くを見ているようだった。
「だから魔物の頂点にいる魔王も憎い。だから倒す。それだけだ」
それだけ言うと、ユウシャは歩いて行った。
今後は腕を掴まれなかったから、わたしはそのままユウシャを見送る。
去って行くユウシャを見ながらわたしは思うの。
魔王がいるのは魔族領。ユウシャが嫌うのは魔物。
どうして魔物領と呼ばないのか分からないのかな、って。
わたしは魔王だけど、魔物を従えた覚えはない。
あいつらに知能なんてほとんどない。ちゃんと考えられるようになったら、それはもう魔族だ。
例えば、腐狸は完全に魔物である。
この前見つけた蜘蛛は魔物と魔族の中間くらい。発展途上。
魔族領のこと任せてきたウィリアムは魔族。
わたしも今は魔族だよ。
魔族はもっと狡猾で、面白くって美味しいんだから、一緒くたにしたら失礼だよ。魔族に対して。
その程度の理解で、その程度の思いで。
わたしに勝てるなんて思わないで欲しいんだよね。
ユウシャが歴代最強であっても、わたしも歴代最強の魔王だよ?
数百年君臨して、数百年食らい尽くして、数百年戦うための知識を増やした。
ああ、それと、そうそう。
途中からわたし達をじっと見てる視線にはずっと気が付いてるよ?
一体、何のつもりなのかな?