元ヤンみたいなのがロリコンだったw
「…依頼者、繭だったのか」
「だから、ロリコンかって聞いたのさ。雀蜂クンの事を知ってたからね」
時雨は驚いた。
繭は真っ赤な顔をしてコクリ、と頷いた。何故顔が紅いのかは時雨には理解不能だったが、ゴスロリ姿の幼女なんて繭しか思いあたらない。今の繭を表すなら…怯えた小動物。
それもそのはず。繭は《極限の人見知り》なのだ。時雨やキナギは一度会ったことがあるからまだしも真紀と凪と会うのは初めてなのだ。繭にとっては地獄でしかなかった。現に、プルプル震えて涙目になっている。
「繭、知り合いか?」
隣の飴少年が繭に尋ねた。頷いて肯定した繭。
「…あぅ…」
もう無理、と言わんばかりに緑サイドテールの影に隠れてしまった繭。緑サイドテールは「ありゃ」と軽そうに隠れた繭を見る。
そこで時雨は、キッ、と睨みつけてくる飴少年に気がついた。
「お前、何か用か?」
「…………ちょっと来いアンタ」
ガッ、と乱暴に時雨の学ランをつかみ上げる。だが、時雨はそれを簡単に払い除けた。
ニヤリ、と不敵に笑って言い放つ。
「嫌だね」
「んだとコラァッ!」
「行ってもいいが、理由を聞かせてもらおうか」
「…こ、のっ…」
飴少年が拳を握り締め、それを振りかぶる。対して、時雨は余裕の表情だ。
だが、拳が振り下ろされた瞬間。
「…や、やめて!」
突如、時雨の目の前に小さな黒いシルエットが現れる。繭だ。だが、勢いのついた拳は止められない。
そして、合成音声。
『セットオン。オオスズメバチ。コンプリート』
指一本で受け止められる拳。目の前まで拳が迫っていた繭は、それが当たると思っていたのかビクリとして目を瞑る。だが、いつまで経っても痛みが来ないことに違和感を覚えたのか、恐る恐る眼を開ける。
「なんで邪魔する、繭!」
「ひっ…だ、だって…時雨お兄ちゃんが、殴られると思って…」
「殴ろうとしてんだ!」
「ああ!?やんのか!?」
ガッ、と飴少年の襟を掴み返し、睨み返しもする時雨。嵌めたはずのメダルは何時の間にかスロットには無い。
睨み合う二人は、今にも殴り合いを始めそうだった。
だが、キナギによってそれは阻止された。
「ハイハイ、そこまでだよ。ボクの部屋で殴り合いは止してもらえるかな」
「…ぐっ、でもよぉ!」
「やめな、蓮!」
ピシャリと、緑サイドテールに言われる飴少年。どうやら蓮、というらしい。溜息をついた緑サイドテールは腰に手をあててズカズカと蓮に歩み寄り、その頭を殴った。
「な、なにすんだ蘭!」
「なにすんだ、じゃないよこの馬鹿!アタシらは依頼者なんだ。それがいきなり、助けてくれるって言ってる人に何をしてんだ。気持ちは分からんでもないが…」
分からんでもないのか。
時雨は心内でツッコミを入れた。緑サイドテール、もとい蘭はそう言うが、時雨としては何故いきなり掴まれたのか全くわからないのだ。迷惑以外のなんでもない。
「…チッ!おい、お前!」
「あん?なんだよ」
「…お前、オオスズメバチだってなぁ。それもさぞかしシンクロ率は高いんだろ?」
だったらなんだ。時雨は訳が分からず、首を傾げた。
蓮は歩み寄ってきて、いきなり手を出した。
「…そのメダル、寄越せ」
蓮を除く、全員が、唖然とした。
いきなり掴まれたと思ったらメダルを寄越せ、だ。さすがの時雨も言葉を失った。だが、蓮は当たり前だと言わんばかりに手を出してくる。
当然の如く、時雨は断った。
「断る」
「黙れ。つべこべ言わず、とっとと寄越せ」
「黙るのはお前だこの馬鹿。なんで俺がお前にメダルを渡さなきゃあならねえんだ」
「うるせえな。アンタが使うよりも、俺が使ったほうがいいんだよ。そんでもって、俺のメダルは繭か蘭に渡す。それで完璧だ。《ラーシュ》に勝てる」
「な、なにを言い出すんですの!」
ガタン!と立ち上がる真紀。それはそうだろう、自分のギルドメイト、それも主力であるメダルを渡せと言うのだ。凪も同様に、怒りを表していた。
「…………横暴すぎる」
「るせえ。コッチは必死なんだ。こんな野郎が使うより…」
「俺が使ったほうが絶対いい、っていうのか?だったらやってみなよ」
ピン、と指先でメダルを弾いて蓮にメダルを渡した時雨。
こんなにアッサリ渡すとは思っていなかったのか、蓮も驚いているようだ。だが、次の瞬間にニヤリと笑う。
「…へへ。やったぜ。これで…」
「な、何をしてますの時雨!」
「そうです!真紀さんの言うとおりですよ!」
憤慨したように責めてくる真紀とツバメ。だが、時雨と凪だけは余裕の表情だ。
その間に意気揚々としてメダルをスロットにはめ込む蓮。
だが、次の音声は。
『エラー』
「…えっ。なっ…ぐあっ!」
スパークを起こし、スロットが輝くと同時に、時雨のメダルはスロットから飛び出して時雨の手元に帰ってくる。反動で吹っ飛ばされた蓮は、忌々しげに睨む。
立ち上がると、再び時雨の襟をつかみ上げようとするが、それはまたしても払いのけられた。
「テメエ…ダミーを渡したな!?」
「なに言ってんだよ。俺が渡したのは正真正銘ホンモノだぜ」
「ぬかせ!ならなんでエラーなんて出たんだ!以前、俺が繭のメダルをセットした時はエラーなんてしなかったぞ!?」
「知るか。だいたいなんでそんな事になった」
途端に、ぐっと押し黙った。
それを時雨は見逃すはずもなく、眼がキラリ、いや、ギラリと光った。近くによって来ていた繭に質問を投げかける。
「おーい、繭。なんでそんな事になったのかなぁ?」
「ふぇ?な、なんか『試してみたい』とか…」
「へぇぇぇぇぇぇ?素直じゃあないねぇぇぇ、蓮クゥン?」
「気色悪いわ!ほ、ほっとけ!…と、と言うかなんでエラーだ!?」
真っ赤になり、全力で話を逸らそうとしているが、繭を除く全員が、蓮がやたらと時雨に突っかかる理由もわかってしまった。
キナギは珍しそうに、落ちたメダルを拾い上げた。
「…う〜ん。ホンモノだね、これは。でもなんでエラーなのかな。シンクロ率0%ってのはないんだけどなあ…」
ヒョイとメダルを拾い上げて、不思議そうにそれを見つめた。
裏返してみても、他のメダルとなんら変わりはない。すると、突然に凪が喋り出した。
「…それ、私もだった。オオスズメバチって、どんな感覚なのか知りたくて貸してもらったら、スロットがバチバチいって全然ハマらなかった。勿論、何度試しても」
「…う〜ん。不思議だ。なんで雀蜂クンのだけなのかな」
「知らん。メダルに聞け」
その場で本気でメダルに尋ね出したキナギを放置して、時雨は話を進めるべく、一番マトモな蘭にギルドの状況を教えてもらう事にした。自分の前のソファを指で指ししめすと、蘭もその意図が分かったらしく座った。
「…で?ギルドの状況と、《ラーシュ》ってのの情報だ」
「…ん、ああ。ギルドはプレイヤーはアタシたち三人だけ。けど報酬のコペルはちゃんとある」
「オッケー。で、ギルド抗争の話だが、相手に頼んで一つ訂正してもらえ」
「…?構わないが、何を変えるんだ?」
不思議そうに疑問を言う蘭。
時雨は、ポイッと依頼書を蘭に投げ渡すと、人数のところを指差した。
「此処だ。コレを六人にかえろ」
皆から何故、という視線が時雨に送られた。だが、淡々と時雨は言い続けた。
そして、皆が驚愕をした。
「お前ら三人も戦え。もともとお前らのギルドを守るんだ。お前らが戦わなくてどうする」
「…っ、ざけんな!それが無理なんだよ!俺ら、メダルがクソみてぇに弱えんだよ!」
「蘭。お前らのメダルの能力は?」
時雨は蓮を完全に無視し、蘭へと問いかけた。
蘭は渋い顔をして答えた。
「…アタシは《トラフカラッパ》。シンクロ率は36%。あ、えっと、トラフカラッパって言うのは……」
「甲殻類。カニだな。缶切りみてぇな爪が特徴」
「…へ?なんで知って…」
しまった。
時雨が答えたのは、反射的にだった。言ってから後悔した。
だが、どのみち隠したいモノでも無い。
仕方なく時雨は答えた。
「……親父が生物学者だったんだよ。で、小さい時から、腐るほど見せられてきた」
「ふむ、なるほど……」
キナギと蘭が納得した、と言うふうに頷いた。繭はなんのコトかわからない、といった様に、小首を傾げていたが。
「さて、蓮はなんだ?」
「…………ちっ。ジムナーカス。ジムナーカスアロワナだよ」
「あら?ジムナーカスってたしか、電気を造るアロワナではなくて?」
「…………凄い」
「そ、そうk「ぶっちゃけ静電気以下だけどな」うるせぇよ!シンクロ率は42%だ!くそ!」
女性陣から賞賛を受け、いい気分になっていた蓮を一蹴する時雨。
その時雨は、ぷるぷる震える繭へと向き直る。
「……あ、う、えっと……如月繭です……じゃなくて……メダルは……」
誰もが見守る中、発せられたのは。
「……ち、チュウゴクカイコガ、で……シンクロ率は、21%です…………」
終わった。