黒髪ゴスロリ幼女を助けたら『お兄ちゃん』と呼ばれた。なんのエロゲだ。
ギルド《タイタンズ》の夜襲から三日。あれからツバメは非常に手際よく改築業者に依頼してギルドを直した。
かなりマシになった。《タイタンズ》も、時雨がコペルの残りを返すといったら、泣きながら時雨に土下座していた。
『オラ、返してやるよ。こんなにいらねぇ』
『ほ、本当か!?いや、本当ですか!?』
『おう。その代わり、全員女装して街を一周してこい』
……これが、《タイタンズ》が泣きながら土下座した理由だ。
ツバメも何故か泣いていたが。
ちなみに時雨は、泣きながら街を徘徊する《タイタンズ》の女装を見て爆笑していた。
話は変わるが、時雨は途轍も無く悩んでいた。夜襲のあと、受け取るのを断ったハズの学ランが、なぜか朝起きたら身体に、まるで布団でもかけるかの様にあったのだ。
謎だ。ゲーム内にも幽霊っているのだろうか。
そんな事を考え、屋根から降りた。あれから時雨はずっと屋根の上で寝ている。ツバメや真紀、凪も部屋で寝るように勧めてくるがやめている。もし部屋で寝るならば、わざわざ子供たちの敵になった理由が無くなる。
まあ、真紀と凪もずいぶん打ち解けているのでもう演技する必要性も無いが、改装してから寝心地がいいので屋根が気に入っている。
屋根から直接地面に降り立ち、そのままギルドの外入口から一階へ入った。
「あら、お早う、時雨」
ギルドの内装のリビングに行くと、三日前のボロい机よりも遥かに立派なテーブルがあり、それとセットの椅子に、優雅に真紀が座っていた。服装は、このゲームに来た時の豪奢なドレスではなく、金色の服にロングスカートの姿だ。その真紀に、挨拶を時雨も返す。
「おう、凪とツバメは?」
「…私は、ここ」
振り向くと、目を擦りながらトントンと階段を降りてくるパジャマ姿の凪がいた。
ふああ、と口に手をあててアクビしているあたり、まだ眠いのだろう。彼女は低血圧らしい。
まだベッドが恋しいのか、椅子に座っても二階を見ていた。
「…………………………」
「眠そうだなあ、お前。ところで、ツバメ知らね?」
「………………?」
「…ダメだこりゃ。真紀は知らねえか?」
完全に寝ぼけている。この凪は使い物にならないと悟った時雨は、真紀に視線を戻した。
「さあ?私も今日はあまり早くは起きなかったので」
「…ちっ。そうか。まあいいや、俺、腹減ったからちょっと行ってくるわ」
時雨は、ツバメが食事を作らない朝は基本的に外で食べる事している。と、言っても外食では無い。
狩りだ。
ジャングルに出向けば、熊っぽいのも豚っぽいのも果物もある。食べきれなかった分は持ってかえって土産にしている。
が。子供たちは絶対に口をつけない。そもそも、朝食係の子供たちが時雨にだけは朝食を作らないからこそ、外で狩りをしているのだけれども。
真紀がふう、と息をついて、時雨を見た。
「…貴方、本当にコレでいいんですの?」
「ん?どれ?」
「…とぼけないで下さいまし。食事の事ですわよ。淋しくないですの?」
「いんや、全然?」
即答だった。ちなみに、本心である。時雨は現実でも、母親は既に死去。父親はいるが、たまに帰ってこなかったりするので一人で食べるのは慣れている。
それだけ短く答えると、真紀に背を向けて外へ行った。
ーーーーー
それから凡そ一時間。
ギルドに時雨が帰ってきた途端、子供たちはバタバタと逃げるように部屋へと戻っていった。
それを見て、時雨は表面上はニヤニヤしているが、哀しそうな顔をした。出かけている間に来たのだろうか、凪と真紀同様に、椅子に腰掛けていたツバメが話しかけてきた。
「…そ、その、すみません…」
申し訳なさそうに頭を下げてくるツバメ。だが、時雨は全く気にしてない。
「別にいいぜ。気にしてねぇよ」
その言葉に、少々ホッとしたのか胸を撫で下ろすツバメ。
しかし、そこでハッとしたような顔になった。
「あ、そうでした!実は、コペルも手に入った事ですし、久々に街の方へ行ってみようかと思いまして。それで、その、バトルや依頼を皆さんに受けて欲しいのです」
「……………………?街で、バトルなんてしていいの?」
当然の疑問を投げかける凪。どうやら寝ぼけ状態から脱した様だ。
まだアホっぽい寝癖が、長いロングヘアに頭に残っていたが、面白いので黙っておこう。
時雨も真紀の隣の椅子に座り、メダルを弄くり出す。
ツバメは気にせずに話を続けた。
「ああ、それはちょっと説明不足でしたね。わたくし達は、今回バトルの申し込みをするだけです。実際のバトルの日は、現場で決めるのです」
「…あ。そういや、前回のは特殊なパターンなんだっけ?」
そう。これは後で聞いた事なのだが、普通は三対三のフェアーなバトルなのだ。賭けの対象も、当然ながら強制させるものでは無い。
だが、時雨は事態が事態だったために、変則的な三十対一というものになってしまったのだ。そしてバトルそのものも、普通は街にある仲介所で受けるのだ。
つまり、時雨の場合は本当にレアケースだったのだ。
だが、当の本人の時雨はそれをどうでも良さげに聞いていた。
「…あの、頬杖ついて面倒そうに言わなくても…」
「面倒そう、じゃなくて面倒なんだって」
「……………………」
ガクリ、と項垂れるツバメ。
だが、時雨は素知らぬ顔でメダルを弄り続けている。真紀は紅茶を啜り、凪はボーッとしている。
こんなので大丈夫なのだろうか。
一頻り感傷に浸ると、ツバメは顔を上げた。
「ま…まあ、そう言わないでください。暇じゃ無くなりますから」
ピクリ。
時雨が『暇じゃなくなる』という言葉に、他の二人よりも早く敏感に察知して反応を示す。
ガアン、と椅子を後ろになぎ倒す勢いで立ち上がり、ツバメをガシリ、と掴んだ。
「よし行くぞ今すぐ行くぞ速く行くぞとっとと行くぞ」
そのままツバメを引っ張り起こし、スロットにメダルをセットすると同時に、ギルドの外まで走り抜けて、全速力で飛んだ。
「………え"。ちょっ、待っ!ってきゃああああああああああああ!!!」
ーーーーー
ギルドを出て、街まで来るのに三十分。そして、街に来て五分。
「……ふむ。迷った」
そう。前条時 時雨は迷っていた。
迷路のような作りの街並みは、初めて此処に来る時雨を、五分で迷わせるのには十二分の作りであった。
さて。どうしたものか。
考えていても始まらないので、時雨はその辺を適当にぶらつく事にした。
家具店舗。レストラン。占い師。
もうそれは、どんだけジャンルを集めたらこうなる!というほどの店が立ち並んでいた。
時雨がその馬鹿みたいな数の店に見惚れて歩いていると、何かにぶつかった。
「……ってえな、クソガキ」
ヤンキーだった。ゲームなのにまた要らないものを、と時雨は思った。しかし、そこでヤンキーの右腕に目がいった。ヤンキーはスロットを付けていたのだ。ヤンキーも時雨の視線に気がついたのか、ニヤリと笑った。
「なんだガキ、お前もプレイヤーだったのかよ」
「…だったらなんだよ」
「ちょうどいい。俺とバトルゲームだ。負けたらテメエのコペル、全額寄越せ」
それを聞いて、時雨は口元を歪に歪めた。
…金を毟るチャンス!
「ああ、いいぜ。代わりに、俺が勝ったらアンタのコペル寄越せ」
キンッ!と、時雨がバトルゲームを了承した瞬間に、時雨の手元に契約書が降りた。
内容は、こうだった。
『ギルド《アース》:賭《前条時時雨の所持金全額》。ギルド:《ミース》:賭《山野浩二の所持金全額》』
時雨は契約書をどうしようか考えていると、その契約書がポケットに収まるサイズまで小さくなった。便利だな、と時雨は思った。時雨はそれをポケットにしまいこむと、ヤンキーに向き直った。
「待たせたな」
「もういいみてぇだな…ならゲームスタートだ!」
ーーーーー
…二秒後。決着は着いた。
一瞬の出来事だった。文字通り。
メダルをセットした瞬間、時雨はヤンキーの腹にブローを打ち込んで、ヤンキーはノックアウト。
ポケットの中の契約書がコペルに変わるのを待つと、とっとと歩いて行こうとした。
だが、店員服の男性に肩を掴まれてつい振り向く。
「き、君、プレイヤーかい?」
「まあ。てかあんた見てたろ」
「な、なら頼みがあるんだ。店の中で客が揉めてるんだ。なんとかしてくれないだろうか」
「嫌だ。絶対嫌だ。じゃあな」
時雨は考えるそぶりも見せず、スタスタ立ち去ろうとした。あまりの即答に、店員は一瞬ポカンとしていたが、慌ててまた引き止めた。時雨は不機嫌に振り向き、チッ、と盛大に舌打ちした。
「あ〜、しつこいなアンタも」
「た、頼む!このままじゃあ困るんだ!店のもの、なんでも一つ持って行っていいk「よし分かった任せろ」…え?」
今度は別の意味でポカンとした店員。時雨はそんな店員を放置してとっとと中へ入る。
店員は、青ざめた顔で「…だ、大丈夫なのか、この店…」と、呟いていた
ーーーーー
「…うわあ。何あれイジメか?」
店内では確かに揉め事はあった。
だが、その光景はもうイジメ以外の何者でも無かった。
…黒髪ツインテールの幼女を先ほどのヤンキーの仲間が三人で取り囲んでいたのだ。
一瞬時雨は、これもう俺じゃなくて警察に通報した方が良くね?と思ったが、約束だから仕方ない。
本日何度めかの溜息をついて、ヤンキー達に近寄った。
「ハロー」
「…あ?なんだテメエ。引っ込んでろ」
ビキリ。
頭に血が登り、手が出そうになるのを必死で抑えた。
これは思ったよりキツい。時雨は飽くまでもにこやかに話しかけてみた。
「あー、あー、っと俺はギルド《アース》の前条時 時雨ってんだが、ちょっとばかりバトルゲームをしないか?」
一瞬、沈黙が降りたのち、ヤンキーたちは爆笑しだした。あまりの声量に、時雨も笑ってしまった。その笑いが何を示すかはともかくだが。ヤンキーの右側と真ん中…ヤンキーAさん、Bさんが笑ったまま喋る。正直、かなりキモい。時雨は思わず笑いが引きつった。
「ちょ、おま、《アース》って!最下位ギルドじゃねーかよ!やべえ、笑い止まらねぇぜ!」
「いいだろ。ちょっと遊ぼうぜ、お前ら。そんで、何を賭ける?」
ひとしきり笑って満足したのか、涙目のままにBが喋る。時雨は間髪入れずに答えた。
「俺はギルドの金の十五万コペルを賭けよう。お前らは負けたら此処から出てけ」
先ほどとは違う意味で絶句するヤンキーたち。それは、対価が合わなさ過ぎる事に対してだろう。罠か、と疑っているらしい。
「お前、本当に《アース》か?」
「ああ。バトルゲームの契約書見たら分かんだろ」
それもそうか、と思ったのかあっさりヤンキーたちはゲームを承諾した。
契約書の内容を見て、ヤンキー達はニヤついた。幼女を囲んでニヤつくヤンキーたちは、一言で言うなら《幼女性愛者》という言葉がお似合いだった。
「こいつ、本当カモだわ」
「いやー、友達になりてーわ」
「一瞬で殺ってやろうぜ」
駄弁るヤンキー。対する時雨は、コキコキ首を鳴らして待っていた。
誰からともなく、メダルをセットする合成音声が四つ響く。
『セットオン。コンプリート』
「さあ。ゲームの開始だ…ゲフッ!?」
ゲームが始まった刹那、ヤンキーAさんの、腹のド真ん中を右ストレートで撃ち抜く。完璧に入ったボクサー顔負けの一撃は、ヤンキーAさんを沈めるには十分すぎる威力だった。ドサ、と床に俯けに倒れ込むヤンキーA。死体と化したそれを一瞥し、時雨は呟いた。
「……まず一匹」
「な…お、お前何者だ!?」
「悪魔神だ」
言葉を即座に返し、ヤンキーBの懐へ潜り込む。後ろからCの蹴りが来るが、それを見すらせずに片手で受け止めた。そのままヤンキーCを振り上げ、投げ飛ばして天井に叩きつけた。当然、気絶してその辺に落下した。残ったヤンキーBは、慌てて距離をとる。そして、何かを唱えた。
「く、くそっ!《武器召喚》っ!」
瞬間、スロットから大ぶりのナイフが現れた。どういう原理かは分からなかったが、これでは迂闊には近づけなくなった。
ーーーわけがない。
躊躇う事なく、距離が空いてしまったヤンキーB目掛けて一気に駆け出す時雨。ヤンキーBも、これは予想外だったのか慌ててナイフを薙いだ。が、それを潜ってヤンキーBの腹に痛烈なパンチ。それは先のボクサーパンチでは無く、大雀蜂の一刺しに似ていた。
たちまち出来上がった三つの死骸。大雀蜂の通る後には、屍しか残らないというが、まさにそれだったのだ。
シン、と静まり返っていたギャラリーたちだが、次の瞬間には歓声と拍手が巻き起こった。時雨はそれに右手だけ挙げて応えつつ、三つの死骸を外に放った。
『上司にチクったらコロス』
という、手紙を添えてだが。
店主は時雨に仕切りに礼を言っていたが、当の本人である時雨はどうでも良さげにしていた。それよりも、店内の商品を見ていた。
店主はそこで、約束を思い出したのかサッと青ざめた。
数秒後、時雨は『ある一つの食べ物』を手にとった。
「ひいい!そ、それだけはご勘弁を…って、え?」
時雨が選んだのは、一本のソーダ味のアイスキャンディーだった。
驚く店主を尻目に、怯えて縮こまっていた幼女に近寄る。
時雨は、手に持っていたアイスキャンディーをその幼女に手渡した。幼女は、一瞬キョトンとしたものの、スグに顔を煌めかせた。
「い、いい、の?」
「おう。いい」
「…あ、ありがとう」
「気にすんな…って、お前それスロット?」
幼女は右腕にヤンキーや時雨同様にスロットをはめていた。時雨の視線に一瞬怯えたそぶりを見せたものの、コクリと頷いた。
「…うん。私もプレイヤー。凄く弱くて迷惑を掛けてるけど」
シュンとなってしまった幼女。俯いたら、視線が下に行ったのか先ほど手渡したアイスキャンディーを見て、時雨に尋ねた。
「…食べて、いい?」
「おう。あ、じゃあ俺そろそろ行くからな。じゃあな」
「あっ…」
時雨が立ち上がり、その場から離れようとすると寂しげな声が聞こえた。
「ん?まだなにかあるのか?」
「…な、なま、なまえ…」
「………?」
声が小さくて聞き取れない。
時雨がちょっと待っていると、意を決したように息を深く吸い込んで、口を動かした。
「…な、名前を、教えて下さ…いっ…!」
顔を真っ赤にしていた。…何故、そこまで頑張った…。そんなに俺は怖いのか、と内心時雨はちょっと傷ついた。
「俺は《前条時 時雨》だ。お前は?」
「…え?わた、私は、き、《如月 繭》…です。あとそれと、もう一つ」
「…ん?なんだ」
先ほどなど比べ物にならないくらいに頬を紅潮させ、全力で深呼吸する幼女ーもとい、繭。
たっぷり数十秒かけて、言葉を紡ぎ出した。
「…あ、あ、あの!時雨さんの、事を…『時雨お兄ちゃん』って呼ばせて下さい!」
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?
いや待てストップちょっと待て。
時雨は半ば放心状態で固まっていた。何故そんな事を…。
時雨が唖然としていると、ゴスロリ幼女は凄まじい勢いで走り去っていった。
「…何故だ…」
繭の真意は、分からなかった。
ーーーーー
「…や、や、やっと見つけましたよ…。時雨さんも、ちょっとはわたくしの苦労を分かって下さい」
「ふむ。まあ、確かに悪かった。高飛車も無表情も置いてきちまった上、お前から逸れてお前に真紀と凪を連れてきて貰ったんだし」
そう。時雨と逸れたあと、ツバメは慌てて時雨を探し、見つからなかったのでメダル『日本燕』の能力で二人を街まで連れて来たのだ。
もともと『日本燕』の能力自体が大したものでは無い上に、シンクロ率もツバメは低い。かなり苦労はしたらしい。それはわかっていたのか、時雨が一瞬反省の色を見せた。
しかし。
「だが、断る」
「ええぇぇぇぇぇぇ!?」
ガーン!と大文字をバックにハートブレイクされるツバメ。苦労を分かる事を断るあたり、時雨も時雨だが。もうお馴染みの光景なのか、真紀と凪は呆れていた。
「…相変わらずの鬼畜」
「…もはや、私は何も言いませんわ…」
聞こえなーい。
時雨は心の中で茶化した。ツバメはブレイクされたハートを直せたのか、ゆらりと立ち上がった。
くすん、と一度鼻を啜ると時雨たちに手招きをする。
「うう…。皆さん、仲介所はこちらです。仲介所の方は、わたくしの知り合いですから、時雨さんはケンカとか売らないで下さいよ」
「売りはしない」
「それは買うという事です!?」
「当たり前だろが!」
「もういやぁーーーっ!」
ーーーーー
「おお、ツバメじゃあないか!久方ぶりだね、元気だったかい?」
また一段と豪華な店から現れたのは、白髪の美少女だった。ロングヘアだが、喋り方と雰囲気のせいかボーイッシュな感じがする。
友情のハグをツバメとした白髪少女は、時雨に駆け寄ってきた。
「やあ、君が噂の雀蜂クンか」
「あん?噂ァ?」
うん、と肯定する白髪。
が、途端に爆笑しだした。あまりに唐突すぎて、真紀や凪、時雨はおろかツバメまでもが驚いてしまっている。散々笑い転げたあと、涙目になりながらバンバンと近くのテーブルを叩いた。
テーブルの上の商品は、なぜか全く動かなかった。
「ちょっ、ごめ、ダメだ、思い出してしまうよ。《タイタンズ》の連中が全員で、泣きながら女装して街を徘徊してたんだ、そしたら、もう、笑いが、あっはっはっは!」
またゲラゲラ笑いだす。時雨たちが、もうなんだかこの人のキャラが分からなくなってきたところでやっと落ち着いた。
「ひい、ひい、ああ、笑った笑った。自己紹介が遅れたね。ボクは《キナギ》、だ。宜しく」
「…お、おう。《前条時 時雨》だ。宜しくな…」
「もう!テンション低いぜ!」
バンバン時雨の背中を叩いてくるキナギ。意外と痛かったがしかしそれよりも店内の商品に眼がいってしまう。
ーーー殆ど、ガラクタだ。
真紀と凪が自己紹介している間、不思議そうに時雨が商品を見て回っていると、とんでもないものを見つけた。それは。
「…は、鼻メガネェ!?」
そう。一昔前の芸人が使っていたであろうアイテム、鼻メガネが置いてあった。
何故こんなものが……。
少しの間、言葉を失った時雨だったが、意識が戻ると、キナギに尋ねてみた。
「…なあ、キナギ。これって…」
謎の商品『鼻メガネ』を手にとって聞いた途端、キナギは振り向いてパアッ、と表情を明るくさせたのがわかった。
そして、嵐のような勢いで鼻メガネについて喋りだした。
「やはり君も知っているか!いやあ、なんとも言えないこのボケ度合いが良いよね!でもボクとしてはこれにシルクハットとかつけたらもう完璧だと思うのさ!もちろんコレだけでも完璧なのだけれどもやはり単品では芸が無いというかそれにこの…」
「………いや。もう良い。よく分かったから…」
良く分かった。確かに、良く分かった。
この仲介所の店主、《キナギ》は、変人だ。
彼女を表すには、それで十分だ。
ーーーーー
二階にあるキナギの私室に移動。だが、その移動の最中も私室に入ってからも鼻メガネやらのガラクタについて熱く語っていた。
何処の教授だ、お前は。時雨はこう思った。
「…ふう。年甲斐も無く興奮してしまったよ」
「何処のエロオヤジだお前は」
「失礼な!此処のだよ!」
「「「「ツッコむポイント其処!?」」」」
あまりの変人ッぷりに、『泣く子も蹴飛ばす鬼野郎』の時雨も受けに回ってしまっている。こんなのが仲介してて大丈夫なのか、と時雨、真紀、凪の三人は思った。
しかしまあ、ツバメの知り合いという事だし仕事面ではしっかりしているのだろう。それに、部屋の中もかなり豪華な家具で彩られている。よほどの値段であろうそれらはキチンと仕事をこなさなくては手に入らないものだ。フカフカの一対のソファに腰掛け、時雨たちと向かいのキナギは唐突にこんな事を言い出した。
「ところで、雀蜂クン。君はロリコンなのかな?」
「……は?なんで俺だ?」
いきなり過ぎる。話について行けず、時雨が困っているとツバメが助け舟を出してくれた。
「違いますよ。時雨さんはロリコンでは無いですよ。ねえ?」
「ああ。ロリコンはツバメだ」
「はい。ロリコンは私です…って違いますけど!?」
「すまん。ショタコンの間違いだったな」
「どっちでも無いです!」
「…え?まさか両方?」
「驚いた。ボクはどうやら親友の性癖をカミングアウトしてしまったらしい(笑)」
「キナギも信じないで下さい!?」
今度は時雨も笑っていた。真紀と凪は、同情の視線をツバメに送っていた。そのツバメは、泣いていた。同時に、鬼畜と変人のコラボレーションの恐ろしさを悟っていた。
さて、とキナギは笑うのを辞めて真面目な顔になった。
「ツバメ。今回、君のギルドにバトルゲームの申し込みがあったのは言ったよね」
「ええ」
短く返すツバメ。
キナギは気まずそうにグリグリとソファを弄くった。嫌な予感がしてきた。
ハア、と息を吐いてキナギは続けた。
「…実は、ついさっきそれが取り消されたんだよ」
「え"」
「…いやあ、なんか街で雀蜂クンがね、ヤンキーをボコったらしいのさ。それでね…」
「………俺がボコったヤンキーどものギルドが、取りやめた訳か」
「…その通り、なんだ」
真紀と凪が時雨を睨む。時雨は「やり過ぎたか…」と呟き、皆に謝った。
「…すまん。今回は、いや、今回も全面的に俺のせいだな」
「いやいや、雀蜂クン。でもキミのおかげで依頼が来てるんだぜ?だから、チャラになるさ。それにコレが来たのもついさっき」
ケラケラと笑うキナギ。多分、爆笑はともかくコレが彼女の本来の笑い方なのだろう。笑いながら依頼書をテーブルの上に置く。
内容は、こうだった。
『依頼内容:対ギルド戦。概要:私達のギルドは弱小で、ランキング334位ギルド《ラーシュ》に虐げられています。対ギルド戦で《ラーシュ》に勝って助けて下さい。報酬:ギルドのコペル全額』
内容を見て、三人は訝しげな顔つきになり、キナギを見返す。だが、それは当たり前の事だと分かっていたのかキナギはケラケラ笑っている。
「あは、わかんないんだろう?アレだね、『いやいや、最下位ギルドになんで?』ってヤツでしょ」
全くもってその通りだった。弱小といっても、《アース》が最下位である以上はそれ以下など無いのだ。ニヤついたまま、キナギはパチン!と指を鳴らした。
「何した、お前」
「おいおい、そう構えるなよ雀蜂クン。実は依頼者が来てるのさ。ホラ、おいで!」
カタリ。
ドアが開き、出て来たのは三人のプレイヤーだった。
一人はサイドテールの緑の髪をした不機嫌そうな女。一人は棒付き飴を咥えた青年。
そして、もう一人は。
「……え"。繭…!?」
黒髪ゴスロリ幼女だった。