数値化された強さ
大教室に教師5人、生徒100名程が入りほぼ満員の状態である。今はまだ組み分け前であるので複数の教師がついているのだが、組み分け後は担任は一人に落ち着く。
そして現在教壇の前で一人の教師が立ち、初めての授業を行っていた。
「さて諸君、昨日説明したとおり一月後に組み分け試験を行うのだが、その内容は、まず基本の三制御」
基本の三制御とは、〈物体制御〉〈液体制御〉〈気体制御〉の三つの〈制御〉のことである。普段、単に〈制御〉と呼んではいるが厳密には操る物質の状態によって大きく勝手が違ってくる。
石や本など人間が手のみで持ち運べるような物体は、魔法でも感覚を掴みやすいが、水や油などの不定形な物質だと制御の範囲から洩れてしまい、零してしまったりと、制御の感覚が異なる。
〈気体制御〉というのは、気体を操る魔法であるが、もっと言うなら風を操る魔法である。以前ミスカがエイジに喰らわせた爆発などがそうだ。圧縮した空気を一気に解放することにより、凄まじい風圧を起こし相手を吹き飛ばす恐ろしい魔法だ。気体を操るのは、基本の三制御の中で〈液体制御〉同様扱いがかなり難しい。不定形どころか大抵の場合目に見えないのだ。そして、大体でしか判断がつかず、本当にその場にある空気を勘で操るしかない。
「そして、火、水、氷、石の基本的な発現魔法とそれ以外に得意とする発現魔法を見せてもらい、その精度で判断する。魔力量なども考慮に入れるが、あくまで魔法の技量が優劣の判断に大きく関わる」
同じ記述によって発現された魔法は本質的には同じであるが、それは完璧に発動した場合の話だ。魔法の発現に必要不可欠な想像力の欠如やうまく感覚を取れない場合は、何も発現しないか、不完全な魔法が構築されることも多い。
その精度も重要な評価基準である。
教師は威厳のある声で生徒たちに説明をしており、エイジはそれを真剣なまなざしで一字一句逃すまいと聴いていた。自分はこの教室の誰よりも魔法について無知なのだ。そして、魔法を扱う技術も数段遅れていることだろう。そういう考えがエイジの向上心を駆り立てた。
授業に聞き入るエイジの左隣では、アーニャもうっすら紫がかった銀髪をほとんど揺らさず授業を受けている。しかし時折、視線だけはエイジの顔を眺めては、顔を紅くしていた。
組が決定するまでは半日授業である。昼食は学内の食堂があるのでそれを利用する学生が殆どである。エイジもアーニャを誘って同じように利用することにした。
「ここには初めて入るけどかなり広いよな。学生は一年の俺たちだけじゃないから当然か」
「お弁当を持参したり、学外へ出る生徒も少なくないようですが、やはり一番利用しやすいのはここでしょうね」
四学年全員が利用することになる食堂は、授業を行う教室とは別の建物に纏められており、一階から三階までの3フロアにわたって広大な面積を占めている。
一階のフロアは、壁面に長方形のテーブルが設置され、中央には5人掛けの丸テーブルがいくつも並べられていた。
一階のフロアで食事を取ることにしたエイジとアーニャは、隅っこの空いている二人がけのテーブルに腰を下ろす。
食事をしながら他愛もない話していると食堂内の空気が少し変わった。どうかしたのかと辺りを見回すとある集団が目に留まる。金髪でツインテールの美少女を中心に男が六人周りを取り囲んでまるで彼女の親衛隊とでも名乗りそうな雰囲気であった。その少女がこちらへ向かって歩いてきた。
「アーニャじゃない。ごきげんよう。ふふ、噂は本当だったみたいね」
その少女はアーニャの隣に座って昼食を食べているエイジのほうに視線をずらして言った。
「こんにちはフィデルマ。噂とは何です?」
(やっぱりアイツだったか)
この間、装飾店でアイリンとエイジに傲慢な態度で接してきたことは記憶に新しい、あの少女である。
「男よ。男嫌いのアーニャがついに陥落したってね」
「何のことです? 私とエイジは友達です。変な勘違いをしないでもらえますか?」
「あら? あなたあのときコノート伯爵令嬢と一緒にいた無礼な男じゃない! あーあ、本当にがっがりだわ。誰にも靡かないアーニャが惚れた男がどんな男かと思えば。アーニャともあろう者がこんな知性の欠片もないような男に落とされるだなんて」
エイジのことを先日自分に無礼を働いた男だと分かった瞬間、フィデルマは顔を顰めて言う。
「エイジ、フィデルマを知っているのですか?」
「いや、全く知らないな」
エイジはすっ呆けた。
「そんなわけないでしょう!」
「あの、わたくし本当にあなた様のような高貴でお美しく、それでいてどこか強い意志をお持ちの方など存じ上げません。やはり初対面です! あなたみたいな天使のような女性を誰が忘れられましょうか! いや、忘れられまい!」
全力ですっ呆けた。口調も変えてばっちりなはずだ。
「ふーん、中々見所あるじゃない」
フィデルマの怒りの顔が傲慢な笑みを携えたものに変わった。
「ちょっと、私はここに座りたいの。退きなさい!」
エイジたちが座っていたテーブルの隣のグループに、フィデルマは席を譲るように迫る。
すると取り巻きたちが一斉にそのグループを威圧し席を空けさせた。
(なんて奴だ。こいつは典型的なダメ人間だな)
その様子を見ていたエイジは呆れ返った。エイジとアイリンを退かしたように、ここでも同じことをしたフィデルマへの嫌悪が湧き上がる。
フィデルマは、取り巻きに空いたテーブルを運ばせ、エイジたちのすぐ近くまで持ってこさせた。そして椅子に腰掛ける。しかし座るのはフィデルマだけで、取り巻き立ちは起立したままである。
「それで、私のことは思い出したかしら?」
フィデルマはエイジの演技に騙されてはいなかった。顔もしっかり覚えられていたし、先日はっきりと名前も名乗ったので当然である。
「何でこっちに来るわけ?」
わざわざテーブルを近づけた意図を嫌そうな顔を見せ付けるように聞くエイジ。
「私の勝手でしょ? あなたに説明する必要があって?」
「お前さぁ、この間の事と言い、よっぽど俺に会いたいらしいな」
「エイジ、またナンパですか? いやらしい! 誰彼構わずというのは止めなさい。わ、私なら慣れてますから、い、いくらでもすればいいじゃないですかッ! も、勿論、口説き落とされることなんて死んでもありえませんが」
顔を紅潮させてぎこちない口調でアーニャは言った。
「ちがうわッ! どう考えても挑発だろ?!」
「私があなたみたいな無礼な男を好きになるはずないでしょう。あなたこそ天使のような私の高貴さと美しさに惚れたくせに」
「あれは嘘だよ、御めでたい頭してるな」
「なんですってぇ!」
流石にこんな所で魔法をぶっ放すことはなかったが、フィデルマとの罵り合いが始まり、それに取り巻きたちも加ってエイジの学院二日目は最悪なものとなった。
◆◆◆
「このままじゃ同じクラスになれませんよ! もっと集中してください!!」
アーニャの大きな声がエイジの耳に響く。エイジを自分と同じクラスに入れるくらいの実力を身に付けさせるために一週間前から猛特訓を開始していたのだが、アーニャは、エイジのやる気がどうも感じられず不満が溜まっていた。勿論エイジ自身は手を抜いて特訓していたわけではないのだが、必死のパッチというわけでもないのだ。
最初は優しく丁寧な指導をしていたアーニャもこのペースでは全然間に合わないと悟ったのだろう。殆ど上達の見えないエイジに対しての苛立ちからどんどん厳しさが増してきていた。
「これでも全力でやってるつもりだけど」
「そんなことありません。何が何でも魔法を使えるようになるっていう気迫が全然伝わってきませんよ!」
「気迫なんて必要ないだろ。ただ淡々とやるしかないよ。むしろ力みすぎのほうが良くないんじゃないか?」
焦りの募るアーニャとは裏腹に涼しい顔で冷静に答えるエイジ。
「確かに、アーニャと同じクラスになれたら、嬉しいけどさ、俺は自分の実力を理解しているつもりだ。いきなり君と同じくらい魔法を扱えるようになんて無理だよ」
「あなたは、ヴァララゴスを倒したのですよ! それに石の発現魔法だってすぐに実用レベルにまで到達したじゃないですか! やってもいないのに簡単に諦めないでください!」
「俺は自分のペースでやるよ。勿論、手を抜くつもりはないけど。ほら時間が勿体無いんだろ?」
納得のいかないアーニャだったが、エイジが話しを切り上げ魔法の訓練を再開したのでその話はそれで終わってしまった。
◆◆◆
試験期間までの授業は新しいことは学ばず、授業内容は専ら学院に入学するまでに身に付けているであろうことの復習であった。エイジにとっては新しい知識であったのだが、さらっと流すような授業であったので、アーニャに分からない箇所を聞きながら必死で授業に喰らいついていった。
そして入学してから一月などあっという間に過ぎ去り試験週間が始まった。
まずは総保有魔力量測定だ。杖を使った魔力の測定である。
メイラサでは魔力の単位としてダリーアが使われている。一ダリーアは丁度、硬球くらいの石礫を一つ出せる魔力量だ。一秒間に出せる魔力の量を一ダリーアに設定された杖を持たせて測定する。杖の先に青い魔石が取り付けられており、魔力を込めるとその魔石が光り、消えたら魔力が尽きたと判断されその持続秒数がそのままダリーアとなる。十分で600、一時間で3600ダリーアだ。
男の平均は800。多くて1500。
女の平均は1500程度。そして、一時間を超えるものは測定不能と記される。
「杖は大変高価なものだ。壊すなよ」
学院内にある、綺麗に整えられた芝生が敷かれた広大な運動場に一年生たちが一堂に会していた。教官が生徒に杖を渡していく。杖の数は10本しかないので、交代で使用することになる。そして、杖の先の魔石は一回使用される度に交換する。実は余剰魔力を溜める魔石なのだ。その魔力は、明かりであったり、トイレの水を流すためであったり、常時魔法を掛け続けることが困難なインフラに使われる。
「よし、では始め!」
10の眩い光が一斉に灯り、魔力量の測定が始まった。
エイジは自分の番が来るのを今か今かと待っていた。メイラサで暮らしてきた者なら自分の魔力量を測ったことくらいあるだろう。しかしエイジにはその様な経験がなく、自分の魔力量がどの程度であるのか検討もつかない。
そして先に測定を済ませてきたアーニャの魔力量は2990であった。あと10あれば3000ダリーアだったのに、と声を荒げていた。
いよいよ、エイジの番である。
「向こうの組みで測定不能者が出たらしいぞ!」
一時間以上魔力が尽きないものが出たらしいが、エイジにはそんなこと気にしている余裕はない。杖を受け取り緊張の面持ちで開始の合図を待つ。
「はじめ!」
開始の合図と同時に魔力を込める。少しずつだが吸い出されるような感覚がした。そして10分もしないうちにエイジの持つ杖の光が消えた。
「ミナガワはそこまで。460ダリーアだな」
その瞬間、周りの生徒たちがどっと笑いをあげた。男も女も関係なくエイジの相当少ない魔力量が可笑しくて笑いを抑えられなかったのだ。
平均よりもかなり少ない数字である。まさかこれほどまでに少ないとはエイジも思わなかった。
(平均が800だから、半分くらいか……。ショックだがまあこんなもんだろ)
ヴァララゴスの戦闘に勝利したことで、魔力量や魔法の技量だけが全てではないと確信していたエイジは、自分の少ない魔力量を考慮した戦い方をすればいいのだと既に理解していた。魔力量が少ないことを笑う生徒たちの気持ちも分からなくなかったが、自分は自分だ。気にしても仕方がない。嫌な顔一つせず、杖を次の者に渡して戻っていった。
「エイジ……」
アーニャが気の毒そうに声を掛けてきた。
「言ったろ? これが俺の今の実力なんだ。別に気にしてないよ」
ヴァララゴスを倒し命を救ってくれたエイジ。そして、異常なほどに扱いの上手い〈自己制御〉や、石の発現魔法の上達速度などを見ていたら、エイジは将来とんでもない魔法使いになるのではないかと思っていた。しかし、魔力がこれでは小魔法をチマチマ出すような戦いしかできない。
それだけエイジに対する期待が大きかっただけにアーニャは、エイジの少ない魔力量を聞いてなんと声をかけていいのか分からなくなった。
その後は二人の会話が弾むことなく一日が過ぎた。
魔力の回復のため翌日は休みである。そして次は最大瞬間魔力出力量測定である。20秒間のうちに込めた魔力の最大値を杖が読み取り、立方体の石を発現する陣が刻み込まれている。その三辺を掛け合わせた数字が最大瞬間魔力出力量となる。
先日と同じように杖を渡され、生徒たちが綺麗な立方体の石を作り出していく。男子は大体300~400くらいの魔力を放出できていた。女子は1000数百ダリーアくらいだろうか。男子で総魔力の50%、女子で70%くらいの出力であった。
そしてまたエイジの番がやってくる。一昨日の魔力の少なさが既に噂になっているのか、若干注目されていた。
杖を受け取り、血管が切れるくらい魔力を込める。魔力を込めすぎて杖を壊してやろうかと思うくらいそれはもう魔力を注ぎ込んだ。
「はあああああああああああああああああああああ」
教師が出現した石の一辺を測り、三乗して魔力量を求める。
「448ダリーアだ」
「はぁはぁ」
(恥ずかしくない数字……だよな?)
女子ともなれば軽く1000ダリーアは超えていくが、男子としてはまずまずな成績だった。
数値だけ見れば全く大したことはないが、全魔力の殆どを一気に放出できること者は中々いない。エイジの魔力が少なすぎるせいもあるが、膨大な魔力を全て放出するためには時間がかかってしまうものなのだ。
「男子で448は悪くない数字ですよ! 魔力量も成長しないわけではないですから、これから頑張ればいいんです」
不安そうに測定を見守っていたアーニャがエイジの結果に安堵して寄ってきた。
「ああ、分かってるって。俺は最初から焦ってなんかないよ。自分のペースでやってくさ」
魔力の少なさを少なからず気にしていたエイジはアーニャの励ましに顔が綻んだ。
明後日からは真に魔法使いとしての技量が問われる試験が始まる。自分の実力を最大まで出すだけだ。魔法使いとしての未熟すぎるとは分かっていても、自分の実力を正確に測れる試験というものがエイジは好きだった。
「楽しみだな……」
傍にいるアーニャにも聞こえないくらいの声で呟いた。