強者への新たな一歩
2012/11/3
文章が途中で抜けてることに今になって気がつきました。すみません。修正しました。
(ヴァララゴス。大昔にこのメイラサ周辺に生息していたと云われる大型の怪物。楕円形の胴に細長い手足がついており、軸足四本、前に突き出すように構えた手が四本あり、すばやい動きで獲物を捕らえる。体全体が、黒くて光沢のある硬い殻に覆われており、そのツルツルした堅い殻は、容易く魔法を弾き、強力な魔法で以って何とか仕留めることが可能というくらい魔法使いにとって戦い難い魔物である。
長年、滅びたと思われていたのだが、近年、鉱山や洞窟などの地面の中から、発見されるようになった。滅びたのではなく、永い眠りについていたと推測される。出遭ってしまったら、逃げることだけを考えるようにするしかない。か……)
岩塩の輸送の仕事が一段落し、メイラサに帰ってきたエイジは、自分の討ち取った魔物がどんな魔物であったのか調べるため図書館へ来ていた。
ヴァララゴスについて書かれた項を読み終え、そっと本を閉じた。そして、思考する。
(ヴァララゴスを倒せたのは良かったけど……、人が死ぬのを初めて見たな。いや、死んだ人か、俺が到着した時には既にバラバラの肉塊だったからな。あんな……、あんな簡単にバラバラになるのかよ、人間ってのは。ぐちゃぐちゃで、歳も、性別も、誰だったのか区別もできなかった。学院長が言ってたことが、分かったぜ。この世界の支配者は魔物なんだな。魔法を武器とする魔法使いでは、その武器を封じられると手も足もでないわけだ)
ヴァララゴスに殺された人々は、エイジとは面識のない人達だったので、死人が出たという事に関しては然程悲しくはなかったが、あの光景が壮絶すぎた。まさに血と肉の絨毯。ライアンたちのような魔法使いたちを見ていると、魔法が無敵の力に見えていた。地球で無敵の兵器と同様に魔法を使えばどんな魔物にでも負けることはないのだという認識を無意識のうちに持ってしまっていたのだ。
学院長は、魔法使いたちよりも、更に強い魔物たちが存在すると言っていたが、今回の一件で漸くそれが理解できた。
エイジは学院長の勧めで王立リムロア学院への入学が決定したのだが、それまで、まだ数日があるので、仕事の疲れを癒すために、のんびりとした日々を過ごしていた。
「エイジッ」
「ああ、アイリン久しぶり」
「本当よ! ここ最近見なかったけど、どうかしてたの?」
そういえば、アイリンに仕事のことを話さずに出てきたなと思うエイジ。アイリンは学年末試験で忙しく、話す機会が無かったのだ。
「ああ、実は人材募集局の仕事を受けてた」
「そうなの? 結構見てなかったけど、どんな仕事だったの?」
「はは、多分アイリンびっくりするぜッ」
「そうなの? それで、どんな仕事だったの?!」
「岩塩の輸送」
「――ッ!!」
アイリンの顔が予想に反して驚愕していた。確かに、ヴァララゴスによって多数の死者が出たことは驚愕に値すべき内容ではあったが、そのことはまだ話していない。 岩塩の輸送という何でもない仕事内容に対する突っ込みを期待したはずだが、早くも驚かれてしまった。
(あれ? 『普通の仕事じゃない!』っていう突っ込みを期待したのに何で?)
「大丈夫だったの?」
「え? ああ、俺はこの通り」
「ヴァララゴスが出たんでしょ?」
「あれ? もしかしてもう知ってる?」
「何言ってるの!? 当然じゃない! 新聞に大きく取り上げられていたのよ」
「そうなんだ、知らなかったよ」
「ヴァララゴス……、魔法防御力が高くて、魔法使いの天敵とも呼べる魔物。ライアン様なら、一撃で倒してしまうだろうけど、普通の魔法使いでは歯が立たないわ。人が死ぬことは珍しくないけど、23人はあまりない数字よ。
今回ヴァララゴスを倒したのは一人らしいけど、よっぽど強力な魔法使いが任務に参加していたのね」
アイリンの言葉にどんどん笑いが込み上げ、ニヤニヤ顔になってしまう。自分が倒したと言ったらどんな反応を見せてくれるだろうか。エイジは、暴露の機会を待った。
「そうなんだよ。俺もそれに参加していたってわけだ。聞きたいかね?」
「う~ん、やめておくわ、大体の事情は新聞に載っていたし、人の死ぬ話は聞いていて気分のいいものじゃないしね」
「そっか。確かにその通りだよな。すまない……」
自分の活躍を聞かせて自慢したかったエイジは、アイリンの一言が胸に響き情けなくなった。人が死んでいるというのに、自分はそれを話したくて浮かれていたのだ。
「そうだ。局で給金を受け取れるみたいだから、貰ったらお茶でも奢るよ。アイリン確か学年末試験で疲れてるだろ」
「ほんと、楽しみだわ! いつにする?」
「うーん、明日にでも取りに行くよ。朝に取りに行って昼に合流しよう。それでいいか?」
「それなら、一緒に情報局まで行きましょう。局の近辺はこの地区よりも賑やかだし、色んなお店があるの。買い物もしたいわ」
学院やアイリンの屋敷があるエリアは、円状に作られたメイラサの外周部に近く、王都がある中心に行けば行くほど栄えた町並みになってくる。防衛の要ではあるため周縁部もそれなりに栄えてはいるが、やはり、安全な中心部のほうが、より活気に溢れているのだ。
「オッケー、じゃあそうしよう」
「ええ、じゃあ明日、10時に学院の前で待ち合わせしましょう」
「分かった」
明日の予定が決定した後しばらく、他愛もない話をして二人は分かれた。
「おはよう。今日も似合ってるな」
「ふふ、嬉しいわ」
待ち合わせ時間の十五分ほど前に学院の校門につくと既にアイリンの姿があった。いつもの穏やかで少し眠そうな目を細くしてエイジに笑顔を向けている。
アイリンの今日の服装は、丈の短いピンクのワンピースに茶色のレギンスを履いており、足には先端が丸く膨らんだローファーというか、ゴスロリ少女が履く様な上品な革靴で締めていた。
足の細さが際立ちスタイルの良さを強調したアイリンらしい服装といえる。褒められたアイリンもいつも以上に笑顔だった。
二人は馬車に乗って以前、アーニャに案内してもらったのと同じ手順で同じ景色を眺めながら馬車に揺られ、道を歩いて、目的地に向かった。意外でもないが、アイリンは人材募集情報局に来たことがなかった。実家が大変金持ちであるアイリンが仕事を受ける必要などなかったし、心配性な親に危ないことはするなと謂われているのだ。
局内に入り、入り口の職員に給金を受け取る場所を聞く。給金を受け取る場所はどうやら二階にあるらしい。見知らぬ施設であることに加え、人の多さに不安でそわそわしているアイリンを一人にするわけにもいかず、アイリンを伴って二階へ移動する。二階も一階と同じようにカウンターが存在し、同じように複数の職員が個別に対応していたが、仕切りがあり、強そうな護衛兵が4人で警備していた。
一階で職員に聞いた通りに、カウンターへ行き給金を受け取ろうと、カウンターの職員に話しかける。真後ろにアイリンも着いてきていた。
「あの、前回の岩塩の輸送の仕事の給金を受け取りに来ました」
そういって登録証を見せる。
「ミナガワさんですね。少々お待ちください」
職員の女性はそういうと、奥へ引っ込んだ。金を取りに行っているのだろう。すぐに戻ってきた。
「任務ご苦労さまでした。こちらがお給金となります」
笑顔で労いの言葉をエイジに掛け、大小二つの皮袋をエイジに手渡す。大きい方の袋は体積が二、三倍くらいはありそうで、ずっしりと重い。
「二つ? 両方報酬ですか?」
「はい、勿論です。小さい方が、積み込み作業の報酬、大きいほうがヴァララゴス討伐の特別報酬です。お強いんですね」
「ええぇぇぇぇッ! ちょっと、エイジッ、どういうことなの?!」
後ろにいたアイリンが驚嘆して大声を上げた。周りにいた、エイジと同じように給金を受け取りに来た労働者や、護衛兵も何事かと驚いていた。
「ヴァララゴス倒した追加報酬だって。俺も驚いたよ」
「ヴァララゴスを倒したのってエイジだったの?!」
「そうだよ」
「どうして言ってくれなかったのよッ! そんな大事なこと。怪我はないの? ちょっと見せなさい!」
「こ、こら。こんなところで服を脱がそうとするなって、かすり傷すら負ってないよ」
興奮したアイリンはエイジの服を全力で剥ぎ取ろうとしてきた。エイジも全力で応戦する。
「実際に見ないと安心できないわ、見せなさい!」
「落ち着いて、まずは場所を変えよう。こんなところで暴れるのはマナー違反だ。後でいくらでも見せてやるから」
「約束よ!」
漸く落ち着いたアイリンは、騒ぎを聞きつけてやってきた周りの連中の視線で、自分の起こした騒ぎの大きさに気づいた。熱いねぇ、お二人さんとか、朝っぱらからこんな場所でいちゃつくんじゃねえよ、とか言われて紅くなるアイリンを連れてそそくさと建物を出た。
「落ち着いた?」
「……ええ、さっきはごめんなさい。はしたなかったわね」
余程恥ずかしかったのか、顔を伏せて恥ずかしそうに言った。
「いきなりあんなことされるとは予想だにしなかったけど、心配してくれてたんだよな」
「ええ……。23人もの人間を殺した魔物とエイジが戦ったって聞いてホントにびっくりしたのよ。普通なら無傷で済むはずないもの」
エイジを見上げ、沈んだ声のアイリンはエイジを本気で心配しているようだった。
「俺は無傷だよ。安心してくれ」
「ええ、わかったわ。それより! 全て詳しく聴かせてもらうわよ!」
はっとして鋭い表情になったアイリンはエイジに事情の説明を要求した。
「わかってるよ。この間話そうと思ったんだけど、アイリンあまり凄惨な話聴きたくないと思ったからさ」
「確かにそう言ったけど、あなたが話の主役なら聞かないといけないの!」
「分かったよ。丁度昼時だし、適当な店を探しながら話すよ。まず、馬車に乗ってすぐにちょっとしたいざこざがあったんんだ……」
エイジは歩きながら、先日の任務について話し始めた。アイリンは、馬車の中でエイジを襲った男に嫌悪感をむき出しにして罵った。女性の尊厳を踏みにじるような言動を取ったその男に対して嫌悪感を抱かない女性はいないだろう。お父様に言って死刑にしてもらおうかしら、などと声を荒げている。
歩きながら見つけた良さそうなレストランに入り、食事をしている間も話は続く。
「夜が明けても戻らないアーニャたちを見捨てて一旦メイラサに戻るという判断を下した軍の連中だが、俺は、友人を放っては置けなくて、黙ってその場に残ることにしたんだ。坑道を奥へ奥へと進んでいくんだけど、深く行くにつれて道は、入り組んで複雑になってくる。でも迷うことはなかった。血と肉の臭いが凄かったからな」
真剣な表情でアイリンはエイジの話を聞いている。
「そして臭いの先に居たのがヴァララゴスだ」
「どんな魔物だったの? 名前は聞いたことあるけど、実際に見たことはないの」
「犬や馬みたいな動物の足とは少し違って、蜘蛛みたいに四方に広がった足が四本、そして、前に突き出した手が四本あった。それで動きが異常に速かった。獣に属するとは思うんだけど、動きは昆虫に近かったな」
「どうやって倒したの?」
「こないだ買った戦鎚だよ。戦闘用のツルハシ」
「本当にあんなので倒したの!?」
「ああ、あれを脚の関節にぶち込んで、飛ばしていったんだ。十分な勢いと力があれば、“突き刺さる”を通り越して、はね飛んでいくよ」
「信じられないわ……。でもエイジだからヴァララゴスに勝てたのね。攻撃魔法では大したダメージを与えられないもの。本当にすごいッ」
「まあ、強さって順位付けができないからな。三竦みの関係みたいに敵によって得意不得意があるものだから、俺が熟練の魔法使いと戦ったらかなりの確立で負けると思うぜ。物理攻撃を完璧に封じる手段を持った魔法使いもいるだろ?」
「確かにそうね。でも私たちの敵は魔物なのよ。人間同士で争う機会なんて魔物と戦う数に比べたら圧倒的に少ないのだから、やっぱりエイジは強いわ」
「そうかな……」
「ええ!」
ヴァララゴスを倒したことを自分のことのように喜んでくれるアイリンに、エイジは少し照れながら答える。
その後も詳しく話して聞かせ、話しが終わったあとは、当初の目的である買い物を楽しむことになった。
ドレスや帽子、杖に指輪などのアクセサリーなどがガラスの向こうにディスプレイされた石やレンガ造りの町並みを二人で歩く。メイラサでは奢侈品も広く流通しており、女性上位の社会であるため御洒落への関心は全体的に高いのだ。
アイリンは少し垂れ下がった目をキラキラさせながら、エイジは異世界で売られる品々を物珍しそうに、それぞれ見回していると、アイリンが突然目を大きくさせ、小走りでとある店の前まで駆けていく。そして、ウィンドウに飾られた腕輪や指輪などの貴金属類を愛でる様に見つめていた。
「ここに飾られているの、どれも悪くないわ。エイジ、ここに入りましょう!」
「分かった」
どうやら、アイリンの厳しいセンスを満足させる品があったようだ。アイリンの後について、十字に仕切られたガラス窓の扉をくぐって店内に入る。
アイリンは早速目に留まった腕輪をしげしげと眺めていた。エイジも適当に店内をうろつく。全面ガラス張りのショーウィンドウの中には整然とアクセサリー類が並べられており、直接手に取って見ることはできないようになっていた。エイジもそれらを眺めてみる。よく見ると細かい装飾が施されているのが分かる。
この世界の装飾品は、魔法発動の助力となるように陣を刻まれた物が存在する。しかし、杖よりも更に小さく描画面積が少ないため、大抵はただの装飾品であるのだが、中には一流の陣彫り職人が数ヶ月、数年掛けて汗と魂を注ぎ、刻み込んで魔法効果を付与した超高級品も存在する。描画面積が極端に少ない指輪などにどうやって陣を彫り込むのかというと、一流の中でもさらに一握りの彫り職人しか扱えない重ね彫りという陣を重ねる特殊な技術によりそれを可能としている。
超一流の職人であれば、魔法の発動に必要な魔法陣を一から十までの全てを刻み込んで完全なる魔法具として完成された杖や腕輪などを作り出す者もいる。
そして、この店で取り扱っているのは、どうやら超高級品ばかりらしい。流石に鼻がきくアイリンであった。
「ねぇ、エイジッ、この腕輪とっても良いと思わないかしら?」
アイリンは薄く桃色がかった銀の腕輪を指差した。当然のようにそれにも魔法陣が刻まれているようだった。但し書きには、身に着けているだけで魔力が微量ずつ回復する、と書いてあった。本当ならとんでもない代物だ。
「魔力が回復する腕輪かよ……。すごすぎ」
「ええ、それよりもデザインを見て」
アイリンは魔力の回復効果にはあまり興味がないようであった。外観だけをエイジに聞いてきた。
「うん、なんというか凄く上品で洗練されていて、色合いが素晴らしいな。お嬢様なアイリンのイメージにぴったりだと思う」
「ほんと?!」
「ああ、俺はお世辞とか嘘とかが嫌いでね。素直にそう思うよ」
「ふふ、ありがとう」
「でもさ、陣彫り職人ってすごいよなぁ、こんな小さな腕輪に魔法陣を描くわけだろ? 繊細すぎるよ」
「ええ、物凄く神経を使うそうよ、陣を間違えて書いてしまえば、ただの装飾に成り下がるわけですからね。出来上がるまで正しく魔法が発動するかも分からないから、職人さんってのは本当に尊敬するわね」
ちょうどその時、入り口から新たな客が入ってきた。従者を複数引き連れており、高貴な身分の少女のようである。エイジもアイリンもそこで会話に集中しており彼らを気にすることはなかった。
しかし、その少女がエイジたちの方へ向かって歩いて来て言う。
「ちょっと、邪魔よ。退きなさい」
いきなりな物言いに、エイジもアイリンも少々驚いていたが、黙って道を譲る。といっても、通路は、わざわざ退かなくても、避けて行けば十分通れるスペースはあった。彼女は真っ直ぐ直進したかったのだ。自分がわざわざ避けることを嫌がっただけなのである。
少女はそのままエイジ達の前を通り過ぎていく。すれ違いざまにエイジは、その少女をじっと見つめた。輝く鳶色の瞳と少々吊り上った目元から分かるように我の強そうな少女だ。歳はエイジと同じくらいか。癖のある金髪をボリュームが出るようにツインテールにしており、寡黙な性格のアーニャと真逆の印象を受けた。アーニャが静なら、彼女は動であろう。どちらも気の強そうなところは同じであるが。豪華な黒いドレスを着ており、従者の存在もあり、見るからに位の高さが伺える。しかし、アイリンとは違い、その地位を鼻にかけるタイプの人間であるらしかった。通り過ぎる瞬間にかすかに柑橘系の香りがエイジの鼻腔をくすぐった。性格は悪そうだが、香りはとても良かった。そして、二人の従者と供に通り過ぎていき、少し先で立ち止まりアクセサリーを見ている。
エイジとアイリンはそれを見終えると、再び会話に戻った。
「でもちょっと高くて買えないわ……」
「だよな。さすがにその値段は無理だろ」
その腕輪は、エイジがヴァララゴスを倒して得た特別報酬でも全く足りなかった。それを買うには平均的な家を買うくらいの金が必要である。
「ええ、今度お父様と一緒に来て買ってもらうことにするわ」
(結局、買うのかよ……)
エイジは苦笑いした。
「ちょっと、そこに立っていられると、品物が見られないじゃない。私はその腕輪が見たいだけど」
再び金髪ツインテールの少女がやってきて、エイジたちに移動を迫った。先ほどは道を譲りはしたが、エイジたちも目の前の品を見ているのだ。後から来てその場を退けなどという我侭をやすやすと通すわけにはいかなかった。
「今は、俺たちが見てるんだ。見たいのなら、遠くから眺めてな」
「なんですってぇ……」
少女の顔が凍ったように冷たくなる。
「俺たちが見終わるのを黙って待つか、其処から眺めてろ。それがマナーだろ」
少女の睨みを物ともせずにエイジは告げた。
「エイジ、いいじゃない。退きましょう」
「あなたこそ、貴族に対するマナーを弁えていないようね」
「おいおい、いつお前が俺に、貴族だと名乗ったんだ?お前の個人情報なんて知るわけねえだろ」
アイリンは、エイジを止めようとするが、二人は無視して会話を続ける。
「私の身なりや立ち振る舞い、それに従者たちを見て分からないかしら。あなた相当なおバカさんみたいね」
「俺は確証を持って動くタイプでね。お前みたいな我侭で一般的なマナーすら守れない奴が貴族なわけないだろ」
「この方は正真正銘の貴族だ! レイヘン伯爵家第三子フィデルマ・ゲルト・レイヘン様に何たる無礼か!」
エイジの貴族も恐れぬ物言いに、従者の一人も我慢できなくなり、横からエイジを怒鳴りつける
「エイジッ。いいから行きましょう……」
「でもアイリン……」
「こんなことで争っても無意味だわ。また来ればいいじゃない」
強引にエイジの手を引っ張って、何とか店から出ようとするアイリン。
「待ちなさいッ! 貴族に名乗らせておいて、あなたは黙っていくなんて許さないわよ」
「エイジ・ミナガワだ。じゃあな」
「待ちなさい。まだ、そちらの方のお名前を伺っていないわ」
「アイリン・アルバ・コノートよ」
アイリンは言いたくなさそうに、自分の名を名乗る。
「やはり、そうでしたか。先ほどの無礼をお許しください。何度かお顔を拝見したことがございます。しかし、コノート伯爵令嬢ともあろうお方が、このような従者を連れていらっしゃるようでは家名に傷がつくのではないでしょうか? もう少し従者の人選は熟慮されたほうがよろしいかと」
「エイジはお友達であって、従者ではございませんわ」
「あら、そうでしたの?! それでしたら、余計にご友人は選ばれたほうがよろしいですよ」
大げさにリアクションを取って馬鹿にしたようにフィデルマは言った。
「エイジは、大切な友人です。友人くらい誰にアドバイスを受けることなく作れますからご心配には及びませんわ。では」
「ええ、ごきげんよう」
去り行くエイジとアイリンを微笑を携えてフィデルマは見送る。同格の伯爵家の娘を退かせたことに微かな勝利でも感じているのだろうか、その顔は勝ち誇ったように満足げであった。
「なんか、性格の悪い奴だったよな」
店を出て歩き出した二人。エイジは先ほどの少女に対する感想が自然と口から出てしまう。
「レイヘン家との仲は悪くなかったはずだから、あの子が特別ああいう性格なだけでしょうね」
「そうなんだ、普通の貴族って偉そうなのが普通なのか?」
「う~ん、やっぱり家によるんじゃないかしら。それと個人ね」
「そっか。あんまりああいうのとは係わり合いになりたくないな」
「そうね。このことはもう忘れて、買い物を楽しみましょう! せっかく普段と違う町へ来たんですから」
「そうだな」
もともと穏やかな性格のアイリンと、切り替えの早いエイジは、悶着があったことなどすぐに忘れ、町の散策を楽しんだ。
◆◆◆
王立リムロア学院は、魔法を学び、その力を国の防衛や有効利用法の発見など、国力を高めるための人材を育成する機関である。多くの学生が軍に志願するが、研究者や傭兵などの道に進む者も多く、決して軍への就職一辺倒というわけではない。
16歳から入学資格を与えられ、第4学年まである。
学年末に進級試験が行われ、次の学年への進むに相応しい能力を保持しているとの判断が下された者のみ進級が可能である。ただし、優秀な生徒は学習過程の途中であっても学生の身でありながら臨時の軍人として活躍したり、引き抜かれて正規の軍人になったりすることもある。実力重視のメイラサならではの話だ。
大抵は無事に進級していくが、毎年5パーセント程の生徒が進級できず留年という不本意な形で、もう一年過ごすことになる。ジーオンで暮らしてきた者達でさえ、進級のままならない場合があるのだ。ここに来て一年程度のエイジに取っては厳しい現実が待っているかもしれない。
本日は、入学初日である。エイジは既に通いなれたアーチ状の巨大な門をくぐって学院の敷地内に入ると野外に設置されたテーブルに職員が出迎えてくれる。名前を名乗ると、職員は名簿を参照し組を教えてくれ、エイジは案内に従って教室を目指した。
学院の校舎も石造りの重厚な建物である。そもそもメイラサというのは石の町と言っても過言ではない。石といのは魔法によって簡単に作り出せるものなのである。大きく、精巧な石材を作り出すには、より大きな魔力や技量が必要になるが、それでも自然の岩を見つけてきて加工するよりも少ない労力で済むに加え、運搬なども〈制御〉魔法で楽々行えるのだ。
(ここだな)
エイジは指示された教室の扉を開き中に入る。100名は一緒に勉強ができそうな大教室だった。階段状になった床に長い机が並べられ、前の人の頭で黒板が見えないということのない構造になっている。教室内にはまだ数人しか新入生は来ておらず、所在なさげに立っている者や、適当な席に座っているもの、そして早速打ち解けたのか、それとも元々友達同士なのか、笑顔で会話している者がいた。
エイジも取り敢えず、一番後ろの高い場所にある席に腰を下ろして待つことにする。
しばらく、するとポツポツと新入生が姿を現し始め、一際目を引く美しい髪の美少女が扉を開いて入って来た。その少女は教室内をキョロキョロと見回し、何かを探している様子だったが、エイジを見つけるとその方向へ落ち着いた歩調で向かってきた。
「おはよう、アーニャ」
「おはようございます」
挨拶をすると同時に隣の席に腰を下ろすアーニャ。
「同じ教室だったんだな」
「ええ、仲の良い友人は別の組になってしまいました。まあ、一時的なものですけれど」
この学院は、入学試験がない代わりに、入学して一ヶ月後にクラス分け試験というものが存在する。アーニャはその試験で親友と同じクラスになれると確信しているのだ。
「なるほど、余程試験に自信があるんだな。その友人もアーニャも」
「私たちの実力が同じくらいなだけでそういうわけではありません」
「そっか、まあ俺は一番下のクラスだろうけどな」
「何を言ってるんですか? エイジも私たちと同じクラスに行くんです」
「え?」
いきなりそんなことを言うので、エイジはキョトンとしてしまう。殆ど魔法の使えない自分が、長年魔法に触れてきた学生たちを押しのけて、優秀なアーニャと同じクラスになれるはずがない。エイジがそう考えるのは自然なことであった。
「努力家な貴方なら不可能ではないはずです。私が見てあげますから、これから試験まで毎日特訓ですよ」
さも、当然じゃないですか、といったように、淡々とアーニャは言った。
「まあ、強くなるのに越したことはないけど、そう上手くいかないと思うけどな」
「そういうことはやった後でお願いします。やりもしないで最初から諦めるなんてあなたらしくありません」
「……」
(なんか、急に積極的になったな。以前からなんだかんだでお節介だったけど、友達になったらすごく親身になってくれるんだ)
「わかったよ、取り敢えずやってみる」
「ええ」
「それにしてもさっきから凄く注目されてるよな、アーニャ。一緒にいる俺も何か落ち着かないんだけど」
流石にアーニャほどの神秘的な容貌の美少女は同世代からの注目度はすごかった。しかし、注目されていたのはアーニャだけではなかったようだ。
「インヴァネスと一緒にいる男、誰だよ! あんなに親しそうにして。今まで男を寄せ付けないことで有名なあのインヴァネスが」
「アーニャが男と並んで座るなんてありえないでしょ! あの男本当に何者なの?!」
「彼氏……なのか…………」
アーニャと同じ地区出身で彼女を知るものたちが口々に驚きの声をあげている。
エイジは、少々居心地の悪さを感じながらアーニャとの会話を続けた。
半時ほどたった頃には、教室は真新しい濃紺のローブに身を包んだ新入生たちでいっぱいになり、教師と思われる魔法使いが3人入ってきて生徒たちを誘導し始める。曰く、入学式典のために講堂に移動するのだという。
ぞろぞろと生徒の流れに乗って廊下を歩いていき、たどり着いた場所は、かなり広い空間で、生徒たちが犇きあっていた。ざわざわとした話し声が膨れ上がっている。
新入生たちは到着順に整列させられ、式典が始まるのを待った。
そして、壇上に白髪の老人が上っていく。学院長のタロスだ。中心まで来る頃には、ざわめきは一切消えており、無音の空間が完成した。一呼吸おいてタロスは口を開く。
「初めまして、ワシはこの王立リムロア学院の学院長をしておるタロス・サリヴァンじゃ。まずは、新入生諸君、リムロアにようこそ!」
そう切り出し、タロスの挨拶が始まった。
(ふーん、学院長、こういうときはちゃんと学院長してるじゃん)
いつ来ても暇そうにしている学院長であったが、見事に威厳を発しており、エイジは認識を改めさせられた。
タロスが話を終え壇上から降り、次に壇上に姿を見せたのは、ショートカットで見るからに強そうな麗人、ライアン・ノードゥであった。姿を見せると同時に歓声が上がる。
「新入生諸君、よく来た。私の名はライアン・ノードゥだ。今日は軍から派遣されやってきた。諸君がこの学院の門を叩いたということは、多くが強さを求めてのことであろう。しかし、強さとは何だ? 膨大な魔力を持ち、強力な魔法を使えることか? そう考えた者は、魔物との戦いで簡単に命を落とすだろう。いくら強力な魔法を覚えていても、それを使うべき時と場合を見誤っては何の意味もないのだ。かつて、私を育ててくれたアスロンは、我々に様々なことを教えた。魔法についても教わりはしたが、彼から教わったのは、生き方や考え方についてのことのほうが圧倒的に多い。諸君らが、この学院で学ぶことが、魔法についてだけでないことを切に願う。魔法を学ぶという当たり前のことだけをして過ごさず、もっと先のことを常に考えろ。以上だ」
ライアンが話し終え口を閉じた瞬間、大きな拍手が起こる。話した内容以上の歓声だ。相当な高さの人気が窺える。皆ライアンの武勇に憧れていた。
その後、学生生活や施設の簡単な説明があり、式典は終了し、エイジたちは再び元の教室に戻ってきて、担任からも様々な説明を受けた。
まず、第一学年は、一月後に組分け試験が行われるということ。
総保有魔力量測定、最大瞬間魔力出力量測定、そして、〈制御〉魔法、〈発現〉魔法の程度を調べ、それらを元に上位から順に組分けを行うのだ。一番上のクラスは優秀な生徒のみが集められ、一番下は、悪く言えば落ちこぼれクラスということになる。
リムロア学院は、入学試験がないため、新入生の数は年によって変動するのだが、今回は200名弱らしい。今は大教室に2クラスであるが、試験によって8クラスに分けられるらしい。
そして、学年末試験として、グルの森で実際に魔物を狩る実戦が行われる。エイジが、半年を過ごしたあの森だ。
(あの森で試験か。もうかなり経つんだよな。母さんたち元気にしてるかな)
少し感慨深げに、ジーオンに来てからのことを想い起こすエイジ。両親のことを思い出すが、ホームシックに掛かったわけではなく、心配をかけていることに対する申し訳なさが込み上げてきたのだ。しかし、戻る方法を積極的に探す気はなかった。エイジの人生をかけてでも成し遂げたい目的を果たせる世界に今いるのだ。それを思うと帰りたいなどという思考は全く浮かばなかった。
これから始まる新たな生活にエイジは、緊張しつつもどこかワクワクが止まらなかった。