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異世界ジーオンの獣たち  作者: 皆井 燦緒
第一章 異世界ジーオンと都市国家メイラサ
6/65

新たに生まれた繋がり

 「報告が遅れてすみません。アイリンとの問題を解決すること以外何も考えられなくて、事後報告になってしまいましたが、全て解決しました。これも学院長のおかげです」


 二度もの決闘の果てに漸くアイリンと仲直りすることができたエイジは、肩の荷が下りすっかり軽くなった心で学院長のタロスのもとに参り、事の次第を話した。

 その表情には、満足感や達成感、そして安堵感など様々な感情を含んでいたが、どれも正の感情であった。


 タロスは、エイジがたったの二週間で制御を扱えるようになったことに驚愕していた。



「ふむ、エイジよ、学院へ通ってみんか?」

 タロスが唐突にそのようなことを言い出した。


「ここにですか?」

「そうじゃ、魔法を学ぶための学院ではあるが、特に戦闘に特化した魔法使いを育てるための機関でもあるのじゃ」

「是非ともお願いしたいです」

「おお、即答とは意外じゃな。もっと躊躇すると思っておった」

「知識や能力はあって困るものじゃないですからね。この世界で生きていくためには魔法が必要だと確信した今、どんどんそれらを取り入れていくべきだと思ってます」


 エイジは元々勉強熱心な性格である。必要だと思ったらどんどんその力を利用することを厭わない。魔法など不要だと考えていた以前とは違い、今は必要であると確信しているのだ。自分を更なる高みへと導くであろう環境への推薦を断る理由など一切なかった。


「うむ、そうか。しかし、一応簡単に学院の概要を話しておく。先ほども言ったが、王立リムロア学院というのは、戦闘能力に長けた者を育成するために設立されたのじゃ。理由は、お主も気づいておろう、魔物に対抗するためじゃな。そして、半数近くの学生が軍に入隊することから、軍との繋がりが強く、学院は軍隊の下部組織と考えてよい。だからといって、軍への入隊は強制ではなく、あくまで進路は自由じゃ」


「なるほど、ならやっぱり俺には願っても無い場所ですよ、戦いに関する魔法を覚えられるなら大歓迎です」


「うむ、お主ももう16歳。丁度学院へ入学できる年齢じゃ。しかし、お主が16までに間に合うとは思っておらなんだ。王立リムロア学院というのは、誰でも入学が可能じゃが、進級はその限りではない。試験をパスし、次の段階へ進んでいいと判断された者のみ、進級できるのじゃ。一年から四年まで学年が存在する。大体は進級していくが、それでも進級出来ない者も少なからず存在するのじゃ。ジーオンに来てまだ一年も経っていないお主では学院へ入学してやっていくことは不可能だとわしは考えていたのじゃが、〈制御〉を覚えるにあたって相当努力したようじゃ。そんな努力家なお主なら、学院でも何とかやっていけるじゃろう」


「まあ、努力が得意というより、大抵のことはできないと思わないんですよ。〈制御〉に何年もかかるって学院長は仰いましたが、それは出来ないという意味じゃない。ゴールの場所が分かっているんですから、只管突き進めばいいだけです」


「しかし、ゴールまでの道は険しい道じゃったのじゃ、それをいとも簡単に走破してしまうとは、まだ驚いておるよ。しかし、まだ魔法が殆ど使えぬお主は、学院では様々な困難や面倒ごとに巻き込まれることもあるじゃろうが、それでも入学を希望するか?」


「それに打ち勝つ力を得るために入学するんです。そのうち学院にも慣れますよ」


「ほっほっほ、お主のその性格ならわしが心配する必要などなかったな。それでは決まりじゃ。学院が始まるのは今から一月先になる。必要な書類を用意しておくから、後日またわしのところに来なさい」


「わかりました。ありがとうございます」



 エイジは、安らかな気持ちでタロスのもとへ向かったはずだが、今現在、彼の目は興奮と期待でギラギラ輝いていた。






◆◆◆


 本日、メイラサは休日だ。学生も職人も農民も皆それぞれの休日を楽しむ一日になるだろう。しかし、稼ぎ時なのが、サービス業である。商店街は平日よりも更に賑わう。


 エイジも今日は、学院へ通うにあたり、必要なものを揃える為と町の地理を覚えることも兼ねて買い物に繰り出す予定だ。だが、一人寂しく町の散策などする気はない。学院の前で友人が来るのを待っていた。



「ごめ~んッ、待った?」

 アイリンが少し小走りでやってきた。


「いや、全然待ってない。俺も今来たところだよ」


 恋人同士が交わすお手本のような会話だが、本当にエイジは今来たところである。待ち合わせ時間の15分程前だ。


「ほんと、なら良かったわ」

「でも、今日はありがとな。わざわざ付き合ってもらって」


 エイジは、メイラサに来てから二ヶ月ほど経過しているが、町に関しては学院周辺の知識しか持っていない。落ち着いて見て回れる機会が少なかったのだ。


「別にお友達なら普通のことよ。それに、私も買い物は好きだから丁度いいわ。楽しみ!」

「そっか、なら遠慮いらないな。今日は町の隅々まで案内させるからそのつもりでな」

「ええ、望むところよ」


 エイジは挑戦的な笑みを向けると、アイリンは穏やかな微笑みで返した。


「やっぱ、私服は新鮮だなぁ。すごく可愛くみえるよ。暗め学院の制服も似合うけど、そういう明るめの服も似合うんだな」


 アイリンは、首もとからスカートの部分までボタンがついたワンピースタイプの白いドレスを着ており、所々黒いフリルなどの装飾がついた、カシュアルながら上品な格好をしていた。


「ほ、ホント?……」

少し顔を赤らめながら、不安そうに上目遣いで聞いてくる。


「ホントだよ。似合ってる」

「そう、良かった~~」


 エイジの断言を確認すると、今度は溢れんばかりの笑顔で答える。



(エイジに喜んでもらえた。散々迷った甲斐があったわ)


 アイリンは、エイジに買い物に付き合ってほしいと頼まれてからずっと、どんな服を着ていけばいいのか悩んでいた。悩みに悩んで選んだ服を褒められたので、どうしても顔が緩んでしまうアイリンだった。


「じゃあ、早速いこうぜ」

「ええ、案内するわ」




 まず、エイジたちは、制服を買いに行くことにした。アイリンに案内されて着いた店には学院の制服以外にも様々な洋服が取り揃えられており、私服の数が少ないエイジはついでに数着見繕うことにした。

「ねえ、これなんかエイジに似合うんじゃないかしら?」


 エイジが色々物色していると、アイリンが数着服を持ってきてエイジに差し出した。


 アイリンが持ってきたのは、皮の丈夫そうなジャケットだった。シンプルではあったが、ワンポイントにお洒落な刺繍が施されていた。裏地には、大きいポケットが幾つもついており、戦闘にも十分着て行けそうな代物であった。


「うわ、いいよ、コレ! すごく良い! 気に入ったよ!」

「ふふっ、そう? 気に入ってもらえてよかったわ。さあこっちも着てみて!」



 いつになく興奮気味のエイジ。オシャレよりも実用性を取るエイジであったが、その両方を兼ね備えたこの服には大変感心していた。


 そして、アイリンが選んできた洋服は、皮のジャケット以外のどれもセンスが良かった。伯爵令嬢として幼い頃から良い物に触れ、自然とセンスが培われてきたアイリンの鑑識眼は相当なものだった。

 そして単にセンスが良いだけではなく、エイジにとって最良のものを用意してみせた点にエイジは非常に感心していた。


 制服とアイリンに選んでもらった服を全て買うことにしたエイジ。唯一、エイジにとって痛手だったのが、アイリンの選んだ服は全てが高価だったということだ。学院長には十分すぎる生活費を貰っていたので支払いに困ることは無かったが、少し申し訳なく思った。


 衣類を買い終え、次にやってきたのが、杖の専門店である。魔法を発動させるのに、杖というものは、必ずしも必要というわけではない。しかし、有ったほうが絶対良いとアイリンが薦めるので、買っておくことにした。


「それで、どれを買えばいいのか、全く分からないんだけど……」


「私がアドバイスするわ。エイジは近接タイプだから、あまり大きな杖は向かないわね。大きい杖は、陣を刻み込むスペースが広いから、様々な効能が付いたのが多くて強力ね。小さいと、陣の支援があまり受けられず、多少呪文を省略できるくらいかしら。でもエイジは〈制御〉魔法しか使えないのだから、少しでも杖の支援があって損はないと思うわ」



 魔法というのは、今日地球で広く扱われているコンピュータープログラムと酷似している。プログラミング言語を使えば様々な命令をコンピューターに行使させられるのと同じように、魔法も術者によっては無限の可能性を秘めたツールと化すのだ。

 コンピューターのアプリなどを利用するものが、そのプログラムを理解せずとも、アプリを利用できるのと同じように、魔法も呪文を理解できれば、細かい構成法を熟知している必要なく発動が可能だ。

 今日、ジーオンで使われている魔法も、先人たちが編み出した文章をそのまま利用しているにすぎない。例えば、文章が同じ魔法を複数の人間が行使すると、全く同じ場所に全く形の魔法が発言する。魔力の込め具合によっては大きさなど多少は変わってくるが、本質的に全く同じ魔法が発動するのだ。


 覚えるのが難しい記述などを杖に陣として書き込んでしまえば、それを省略しつつ、その効果を含ませることが可能だ。汎用性の高い記述を描き込めば、様々な魔法をアシストしてくれるだろう。



「なるほど、杖というものがどれだけ魔法使いにとって大切なものか理解できたよ。でも、せっかく薦めてくれたんだけど、今の俺には必要なさそうだ。もっと勉強してから改めて付き合ってくれ」


 アイリンはエイジに杖の有用性を事細かく話してくれたのだが、エイジはまだ魔法について詳しく知らなかった。中途半端な知識のまま買っても無駄になる可能性が高かったので、キッパリ断った。


「そう……。じゃあ、その時は、また声を掛けてね。杖のことなら力になれると思うから」


 自分の主張が通らなかったからなのか、エイジの力になれなかったのか、残念そうに言った。


「ああ、杖よりも、前々から欲しかった武器があるんだ、それを買うのに付き合ってくれないか?」

「ええ、勿論いいわ、どんな武器を買うの?」


 いつものようにすぐに明るい笑顔になってエイジに問うアイリン。


「ハハ、着いてからのお楽しみってことで」

「気になるじゃない、後で判るなら今教えてくれてもいいでしょ~!」

「ダーメ、現物を見たアイリンがどんな反応するか観察したいから」

「もうっ、私を何だと思ってるの~」


 アイリンの驚く様子が見たかったエイジは、ニヤニヤして頑なに教えようとはしなかった。




 アイリンに案内してもらった武器屋は以前ミスカも連れてきてもらった店と同じであった。かなり大きくそこそこの品質の武器を数多く仕入れてあり、剣や槍など一種類だけを扱った専門店に品質は劣るが、武器を消耗品と割り切っているエイジには割安で都合がよかった。


 そして、目的の物はどこかと店を探し回るエイジ。


「ねえ、まだなの?」

「そのうち分かるって、楽しみにしててくれ」


 そして殆ど人の居ない一角で立ち止まった。


「これって武器じゃなくて、ただのつるはしじゃない」


 エイジが手に取ったのは、ツルハシのような外見だが、一方にしか刃がついておらず、大型の金槌のような武器だった。地球ではウォーピックと呼ばれている戦闘用のつるはしだ。エイジが手に持つそれを見て坑道へでも行くのかという怪訝な表情でいった。


「期待通りのリアクションをありがとう。そして、ただのつるはしとは失礼な。これは歴とした武器だぜ。突き立てるという行為に特化した、ツルハシを武器に改良したものなんだ。岩盤を砕く一撃が敵の体に入ったらどうなると思う?」


「それは、勿論致命的な攻撃になるでしょうね」


「その通り。突き立てる一撃は、剣での真っ直ぐな刺突よりも回転運動が加わる分、容易で威力高いの貫通攻撃になるんだ。今まで俺が得意としてきた、逆手に持ったナイフを突き立てるよりも、リーチがあって、更に両手で安定した攻撃を加えられる最高の武器だよ」



「でも、ナイフよりも隙が大きくなるでしょ?」


「へぇ、遠距離型で魔法使いの典型のアイリンにしてはよく分かってるじゃん。体の前に持って来るだけで牽制になる剣やナイフと違い、攻撃には必ず、振り上げるか体を捻って横に持ってくる動作をしないといけない戦鎚は隙が大きくなる。でもその欠点を含めてもいい武器だよ。以前ジャージャと戦ったときに思ったんだ。ナイフや剣では浅い切り傷しか与えられないってね。でもこれなら違う。最適な予備動作に成功すれば、ジャージャの分厚い筋肉も容易に貫いて内蔵まで届く攻撃を与えられる。これを買うよ」


「そんな武器使ってる人みたことないけど……。本当に大丈夫なの?」

「勿論だよ。でもよく考えたらあの時は〈制御〉が使えなかったんだよな。〈制御〉が使える今なら大型の剣でも軽々装備できそうだな。それに〈制御〉で勢いのついた状態からなら、剣でも十分戦えそうな気がしてきた」


「ほらッ!」

「いやでも、〈制御〉が使える今ならこの戦鎚は、さらに強力な武器になるよ」



 納得いかなそうなアイリンをよそにエイジはウォーピックを購入した。




「いやー、今日は助かったよ。大収穫だ。ありがとう、アイリン」

「ええ、いつでも言って」

「そうだ、結構疲れただろ? お茶でも奢るよ」


 昼から買い物を始めてもう午後の三時くらいだ。エイジも手荷物を下ろして一休みしたかった。


「それなら、この近くに良いお店があるの。案内するわ」

「おお、頼むよ。アイリンの良いお店は期待できるよ。何でもセンスが良いんだ。この間、お茶を奢ってもらった店だってすごく雰囲気が良かったし、今日選んでもらった服もそうだし」

「ホント? なら良かったわ。こっちよ、着いて来て」


 ニコニコしながら、エイジを誘導し、エイジもそれについて昼下がりの町を歩いていくと、エイジは前から、印象的な少女が歩いてくるのが分かった。


「綺麗な子ね。あのサラサラな銀髪珍しいわ」


 そう言って、同意を求めるためにエイジを見やったアイリンだったが、エイジは目を大きく開いて銀髪ツインテールの少女を見ていた。


「エイジ?」


 どうかしたのかとエイジの名を呼ぶが、反応が返ってくる前に、少女が目前に来ていた。少女もこちらを見ている。


「やあ、久しぶり……」


 エイジはぎこちなく銀髪の少女に言葉を掛けた。


「あなたですか……この間のいやらしい男」

「そこなの?! それよりも魔法が使えないのにジャージャに突っ込んでいくような馬鹿な真似した男という認識を持つだろ、普通!」

「そんなことより、ソラスさんの胸ばかり見てた男という印象しか残っていません」

「ああ、思い出しました。胸を凝視していたことを指摘されて開き直ってもいましたね。いやらしい」


 アーニャは無表情ではあるが少し嫌そうにエイジに毒を吐いた。


「まあ、確かにそうだけどさ……」


 先日の定期討伐でのエイジの無茶が強く頭に残っていたアーニャは、それを思い出していた。という訳ではなく、真っ先にエイジを、イーファの胸ばかり見ていた嫌らしい男だと認識したのだ。


「彼女とデートですか。すごく綺麗な人ですね。人は見かけによらないということでしょうか」


 エイジとアイリンを交互に見つめて言うアーニャ。


「いや、この人は彼女じゃないよ。唯一無二の友達だ」


 友達がアイリンしかいないことを自嘲ぎみに笑いながら訂正した。


「そんなことだろうと思ってました」

「ちょっとッ、エイジ! この人はどなたなの? それから胸ばっかり見てたってどういうこと?!」


 聞き捨てなら無いという顔でエイジに詰め寄る。


「この子は、こないだの定期討伐に参加したときの仲間だよ。アーニャ・インヴァネスって言って俺の無茶を叱ってくれた子だ。アーニャ、この間は済まなかった。それといい勉強になったよ。ありがとう」


「別にお礼を言われるようなことをした覚えはありません。それより、こちらの方は?」


「この人は、アイリン・アルバ・コノートさん。かの有名なコノート伯爵家のご息女でいらっしゃる、粗相のないようにな」

「どうしてあなたの方が偉そうなんですか?」


 変なものを見る目でエイジを見つめていう。


「ハハ、君も期待通りの反応をありがとう。アイリンといいアーニャといい、この町の人間はよく訓練されてるな」

「もう、どうでもいいです。お初にお目にかかります、アーニャ・インヴァネスと申します。以後お見知りおきを」


 華麗に丁寧な所作で礼をするアーニャ。実に見事な立ち振る舞いで、美しい美貌と相まって完璧な少女をイメージさせるに十分であった。


「アイリン・アルバ・コノートよ。でもそんなに畏まる必要なんて全然ないの。もっと気楽に接してくれて構わないわよ」

「いえ、年上ですし、無礼が許される程子供でもありませんので」

「そう~?」


 アイリンは少し残念そうだった。


「それで、アーニャはこんなところで何してるんだ?」

「リムロア学院への入学準備のために買い物に来ました」

「え? アーニャっていくつなの?」


 びっくりして尋ねるエイジ。まさか自分と同い年なはずがない。エイジは先入観から歳も確認せず歳下だと勘違いしていた。


「16歳ですが、何か。学院へ入学する生徒は皆16歳が殆どのはずですよ」

「同い年だったのか……。てっきり俺は年下だとばかり思っていたよ。ずっと敬語使ってたし」

「何言ってるんですか、友達でもないのに、タメ口なんかで話すほうがおかしいです。私は親しい友人以外には敬語を使用しています。そのほうが、確りと距離を保てますから。言い寄ってくる男たちにも結構効果ありますし」

「そうなのか、それだけ可愛ければやっぱ苦労してるんだな」

「本当に迷惑です。話したこともないような男性からプロポーズされたことは一度や二度ではありません。あなたもそういうのは止めてくださいね。私に言い寄ってきた人達もあなたと同じように綺麗だの、可愛いだの言って口説いてきましたから」

「その気持ち分かるわ~~。私もあなたと同じでパーティに出たときなんかいつも、そうなのよ。確かに好意を抱いてくれるのは嬉しいけど、こうも多いと疲れてきちゃう」


 どうやら、美人なアイリンも同じような経験があるらしい。


「ハハッ、確かに君は本当に美しいと思う。そのしなやかに揺れる髪だって最初に見たときは目を奪われたしな。でも、容姿が優れていると褒める事と、恋に落ちる事ってのは全く別だよ。安心してくれ」


 エイジは下心がないときっぱり否定した。


「そうですか、そろそろ行きますね。では」

「ちょっと待ってくれ。俺も今年リムロア学院へ通うことになったんだ。学院で会ったらよろしく頼むぜ」

「早速、口説きにきたんですか? いやらしい」

「いや、さすがにそれは自意識過剰だろ」

「冗談ですよ」

「冗談かよ! 終始真顔じゃ分かんねえし、君ってそんな冗談言うような性格じゃねえだろ!」

「一体あたながどれ程私のことを知っているというのですか?」

「……まあ、確かにそうだな。それとこっちのアイリンも学院3年生だ。俺たちが入学する頃には最上級生になるな。くれぐれも礼儀には注意しろよ」

「あなたがそれを言いますか」

「まあそういうことだ。じゃあな」

「また、学院で会いましょう」

「はい、ぜひともよろしくお願い致します」


 アーニャはアイリンにだけ挨拶をして去っていった。


「エイジ?」

「ん?」

「定期討伐の話、まだ聞いてないことがある見たいね……。詳しく教えてくれるわよね」


 上目遣いでジト目で聞いてきた。少し怒っているようにも見える。


「はあ、分かったよ。大した話じゃないけど。まずはカフェに行こうぜ」

「そうね、そこでじっくり聞かせてもらいましょう。エイジのいやらしい話をね」


 カフェには、定期討伐の話を尋問され、その日回ったどの店より長い時間過ごす羽目になった。



「約束通りここは俺が出すよ」

「そうね、いやらしいエイジには当然の罰です」

「あんまり人前で言わないでくれよ……」


 やれやれと言った表情でアイリンに頼んだ。


 レジの店員にお金を払う。


(奢るって言っても、この金は元々学院長のものだ。やっぱり情けないよなぁ)


 メイラサでの生活は保障してくれると学院長のタロスは言ったが、自分の物を買うならまだしも、他人の為に使うのはどうにもモヤモヤするのだ。このまま彼の厚意に甘え続けるのは気が引ける。早急にどうにかしなければならないとエイジは心に決めた。





◆◆◆


 金を得るにはどうすればいいか。その思考の行き着く先はやはり、人材募集情報局であった。

 仕事の無い者の為に、国が仕事を紹介する機関なのだが、以前エイジが参加した定期討伐では皆、遠距離からの攻撃魔法を用い、エイジのように近接型とは連携がうまくいかなかった。そこでエイジは、遠距離攻撃の手段を得るため新たな魔法を習得しようと思い立ち、魔導書片手に近所の公園へきていた。


 エイジの住む集合住宅から数分の距離にあるこの公園は、かなりの敷地面積があり、森と一体化した自然公園といった様相である。メイラサは、人口数十万の都市と、田園部、更には豊かな自然、それらを全て包括した一つの世界とも言える都市なのだ。その世界を魔物の入り込めない安全な世界とするために作られた巨大で分厚い防壁には切れ目がなく、完全に輪としてメイラサ王国全体を囲っている。


「もう一度だ……」


 ここ数日、公園に来て練習しているのだが、全く進歩がなかった。

 エイジが今練習しているのは、石の発現魔法だ。魔力を物質やエネルギーに変換して発現させる、地球では手品のような魔法なのだが、ジーオンでは当たり前のように使われている。ただし、何でも発現させられるわけではなく、簡単なものに限られる。石ころや、水、炎などがその代表だ。なぜ、発現できるものが限られているのかというと、式が分からないからだ。石ころや水を表す記述は、既に先人たちによって発見され、式も無駄がどんどん省かれ洗練されてきたので、消費する魔力も少なくて済む。しかし、式が分からないものを発現させることはできないし、分かっていても、洗練されていない術式なら、魔力の消費が激しく使い物にならなかったりするのだ。


 唯一の友人であるアイリンに見てもらおうにも、学院は現在学年末試験の最中である。学院長のタロスも学生のアイリンも忙しい時期に邪魔をするわけにはいかなかった。


「もう一度」


 エイジは何度も繰り返し呪文を唱え続けるも、何も現れない。それでも、只管呪文を唱え続けるエイジに声がかかった。


「こんなところで何をされているのですか?」


 地面にあぐらをかいて魔法の練習をしていたエイジが、声の主を見ようと顔を上げると、銀髪ツインテールの美少女がエイジを見下ろしていた。


「アーニャ。君こそこんなところでなにしてんの?」

「私は散歩中に良さそうな雰囲気の公園があったので立ち寄ってみただけです」

「そうなんだ。俺は魔法の練習。人材募集局の仕事って遠距離攻撃主体みたいだから、どうしても何か一つ覚えないと駄目なんだよ」

「あなたは、パン屋にでもなったほうがいいんじゃないですか? 今から足掻いても無駄だと思いますよ」

「ははは、人生は長い。別に覚えられないわけじゃないんだから、気長にやるよ」

「そうですか。では私はこれで」


 そっけなく立ち去ろうとするアーニャにエイジは声を上げて制止する。


「ちょっと待った!」

「何ですか? 告白ですか? いやらしい」


 ジト目でエイジを見下ろすアーニャ。


「違うから! ちょっと石の発現魔法についてアドバイスを貰えないか? ここ数日全く進歩がなくてさ、感覚が掴めないんだ」

「魔導書を見せてください」


 意外にすんなり、見てくれた。


 そしてアーニャは魔法で石を作り出しエイジに渡して言った。


「これがこの文から作り出せる石礫です。同じ記述からは、誰が使っても同じ魔法しか顕れません。この石を作り出すイメージを強く持ってください。それでは、文を最初から読み解いていきますよ」


「おう!」


 アーニャの教え方は実に簡潔で解かり易いものだった。一つ一つ丁寧に教えてくれた結果、エイジはこの魔法に対する見方が完全に変わり、イメージが再構築された。


「これで、説明は以上です。では、やってみて下さい」

「うん」


 説明を受けた通りに、呪文を読み上げていく。どんどん魔力が石に変わろうとしているのが感覚として分かった。


(いける!)


 しかし、唱え終わっても何も出なかった。


「くそ、失敗かぁ。でも感覚は掴めたよ。本当にありがとう。引き止めて悪かったな。後は一人でやってみる。もう暫くかかりそうだ」


「別に大した事はしていません。では私は行きます」

「うん、ほんと助かったよ! じゃあまた」

「ええ、さようなら」


(今度は挨拶返してくれたな)


 反応の薄いアーニャとの距離が少し縮まったことに微笑しつつ、呪文を唱え続けた。





(さて、今日もやるか)

 エイジは、アーニャに指導してもらった日から数日朝から暗くなるまで、ずっと呪文を唱え続けていた。集中力を全く切らさずひたすら何千何万と繰り返すうちに十回に一度は成功するまで進歩した。

 そして、また呪文を唱えていると、銀髪の少女が声を掛けてきた。


「魔法、少しはできるようになったんですね」

「ああ、アーニャ。君のおかげで、かなり成功率が上がってきたよ。君に教えられる前は、成功する気配すらなかったからな。アーニャって教えるの凄く上手いんだな。それに、優秀みたいだし、男達が君を好きになる理由も納得だ」

「またナンパですか? 懲りないですね」


 アーニャは少しだけ眉をひそめるが、殆ど無表情で言った。


「ハハッ、沢山の男からアプローチを受けてるから、そういう思考に至るのは仕方ないと思うけど、俺は違うよ。本心から君を賞賛しているんだ。俺は結構素直な性格でね、思ったことを口に出す傾向があるんだけど、君を褒めても、下心があるわけじゃないから、俺の言うことはあまり気にするな」


「なら、気にしないことにします。というか、誰に言われても気にしてませんし」

「そっか、それより、今日も散歩? アーニャってこの辺に住んでるの?」

「実家は、この地区からかなり北にあります。そこから学院へ通うのは大変なので、寮に入ることにしたんです。もう入寮を済ませてますので、先日散歩中に見つけたこの公園で読書でもしようかと思いまして」

「そうなのか。ここの雰囲気いいよな。長閑で落ち着いていて時間の流れがゆったりしてる」

「ええ、私もここの雰囲気は好きです。いつ来てもあなたがいるのは少々マイナス要因ですが」

「酷いなぁ、確かに俺は毎日来てるけど、石礫をある程度の精度で使えるようになったら、たまにしか来なくなるよ」

「それは朗報ですね、ではもう行きます」


 そういってアーニャは少し離れたベンチに腰を掛け本を読み始めた。

 エイジも再び魔法に集中することにした。





 翌日もエイジは、只管同じことを繰り返していた。3回に一度は成功するくらいにまで成長ていた。


「よくもまあ、そこまで集中力が持ちますね。信じられない忍耐力です」

「あ、アーニャ、お早う。今日は早いな」


 エイジが練習に来てから一時間程度しか経っておらず、人も殆どいない時間帯にも拘らずアーニャが姿を見せた。


「ええ、まあ」

「この分なら、今日中に成功率100パーセントに持っていけそうだよ」

「確かに一日中集中力を切らさずやってたら、可能でしょうね」

「得意なんだ、こういう地味な作業ってのは。まあ物事にもよるけど、何かを習得したい場合ってのは、短期間でがっつりやった方が効率がいいんだ」

「確かに分かりますけど、それが出来る人は少ないです」

「そうだな、だからこそ、そこで頑張れば人と差をつけることができるんだ。俺の場合は人との差を縮めることになるな」

「ふーん、意外と頑張り屋なんだ……」


 アーニャは独り言のように呟いた。


「まあ、俺には人生を費やして確かめたい明確な目的があるからな。それに繋がることに手を抜くつもりはないぜ」

「明確な目的って何ですか?」

「まあ、それは秘密だ」

「そうですか」


 秘密にされたことに気を悪くしたのか、少しツンとしていた。エイジはそれが可愛くて笑ってしまった。


「そうだ、人材募集情報局の正確な場所を教えてくれないか? 場所を知らないんだ」

「この間の定期討伐の時に行かなかったのですか?」

「アレはコネで参加させてもらったから、直接待ち合わせ場所に行くだけでよかったんだ。見学だったから、金は貰ってないしな」

「そうだったんですか。ライアン様の部隊に参加できるなんて良いコネをお持ちなんですね。ライアン様の部隊は人気があって、普通は抽選なんですよ。仕事のない人じゃなくて、彼女の戦いを見て勉強したいという人の方が多いくらいです。それに前回の討伐作戦は、定期討伐と言ってもかなり危険な地域まで行くので力量も問われる内容だったんです」

「ノードゥさんって誰に聞いても凄いって言うよな。実際凄いけどさ。それで、募集局の場所は?」

「一番近い局でもここからだと、馬車に乗って近くまで行かないといけませんよ。結構ややこしいのでご案内します」

「いや、そこまでしてもらうわけには。申し訳ないよ!」


 まさか案内を申し出るとは思わなかったエイジは、慌てて遠慮する。


「いえ、私の実家が近いんです。丁度、忘れ物を取りに行こうと思っていたのでついでです」


「そうなのか、ならお願いするよ。ありがとう!」





 馬車に数十分揺られ、更に馬車を降りて数分歩いた場所にその建物はあった。巨大なビルのような石造りの建物だ。中に入ると、大きな掲示板がいくつもあってそこで国の募集する仕事が掲示されていた。奥にはカウンターがあり、ずらっと横一列に職員が並んでおり、椅子に座って一対一で個別に客に対応していた。

 日本のハローワークのような場所に相違ないが、そこで紹介される仕事は国からの依頼しかないのが特徴だ。



「まずは登録をします。あの人に声を掛ければ登録方法を教えてくれます」

「ああ、わかった」


 エイジは、入り口付近で立っている職員に声を掛け、登録を済ませた。

 用紙に分からない言葉があったのだが、アーニャに聞くことで乗り切った。


 そして、掲示板で自分に相応しい仕事を探した。


「何かいい仕事ありましたか?」

「うん、俺にぴったりの仕事があったよ」


 エイジが指差したのは、岩塩の輸送を行うものだった。岩塩坑に留まり数週間岩塩を採掘する人材。道中の護衛。そして、岩塩を荷馬車に積み込む人材の三種類の募集をしていた。エイジが選んだのは、岩塩を積み込む仕事だ。

 採用条件は、〈制御〉が使えることのみで、それ以外は何も無かった。採掘の仕事は、数週間、危険な外の世界で過ごすことになることもあって、かなり高給であった。エイジが選んだ仕事はそれに比べ薄給ではあったが、それでも今のエイジには有難かった。


「あなた、〈制御〉は使えるんですか?」

「ああ、最近使えるようになった」

「ならあなたにピッタリですね」

「ああ、じゃあ、ちょっと行って来るよ」


 エイジはカウンターにいる手の空いている職員の元へ歩いていった。




「ごめん、待たせたな。それにしても今日はホントありがとな。今日だけじゃなく、魔法の件もだし、アーニャには色々世話になりすぎだな」

「別に気にしないで下さい。こういうおせっかいな性格をしているだけですから」

「あのさ、丁度お昼時だし、何かご馳走させてくれないか? 親切にされたら、それを返さないと気がすまないんだ」


 無事採用されたエイジは、ここまで世話を焼いてくれたアーニャにお礼をしようと思い立った。それだけアーニャには感謝の気持ちでいっぱいだったのだ。


「別にお礼が欲しくて親切にしたわけではありませんから、気を遣う必要はありません。でも、確かにお腹は空きました。昼食を取ることには賛成です」



 この辺りの住人であるアーニャの案内で、近くの食堂に入った二人は、サンドイッチを注文して、それを頬張った。アーニャは上品に、エイジはかぶり付いて平らげた。


「さて、ここは俺が払うよ」


 先ほどは棚上げした問題だが、やはり会計時はやってくるのだ。


「結構です」

「いいから! 断るというなら、君に告白するぜ! 今ここで。それでもいいの?」

「やめて下さい、いやらしい!」


 普段よりも強い感情を出してエイジを睨む。


「なら、俺に払わせてくれるな? 感謝くらいさせろ」

「わかりました。ご馳走様でした……」


 渋々ながら、納得させられたアーニャは下を向いてモジモジしながらお礼を言っていた。



 いよいよ、四日後に岩塩の輸送を担うことになる。久々の外の世界にエイジの胸の高ぶりを押さえられなかった。

誤字脱字と整合性のあわない点の指摘お願いします


お待たせしました。数日中にまた投稿しますので楽しみにしておいてください。次で一章は終わりです

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