文化的生活と開ける世界
エイジが町での生活を始めて早一月半が経とうとしている。
エイジは学院長室に毎日通い、この世界の常識と言語を学んでいった。
王立リムロア学院の長であるタロスは、その性格と表情はとても柔らかいものであり、人に安心感を与えるいかにも好々爺といった老人だ。体には、学院の生徒と同じくゆったりとしたローブを身に纏っている。しかし、彼の顔には細かな傷痕が数多くあり、エイジは最初ただの皺かと思っていたのだが、よく見ると歴戦の古傷らしくて驚いた。
学院長のタロスは、その肩書きが本当であるのか疑ってしまうほどかなり暇そうであった。いや、本来学院長などというのは仕事がないのかも知れない。
時折学院長室に何かの報告や指示を仰ぎに来た職員や教員たちとも会話をさせられ、エイジは学院長以外の人々とも言葉を交わし、その言葉を学んでいった。
この世界のことをジーオンと言い、そしてこの国の名をメイラサ王国というらしい。人口は数十万人で、この町以外に領土はなく、町であると同時に国である都市国家がメイラサである。
領土は、長い年月をかけて地道に広げてきたが、この世界の支配者は人間ではなく魔物であるため、人類はわずかな領土を固守する形で生存していた。そのために外壁はとてつもなく硬く分厚く、見上げるほどに高いのだ。
ただ、国がここにしかないわけではなく、各地にメイラサのような都市国家が点在しており、人類はその領域を広げつつある。メイラサ周辺は比較的魔物が弱いらしく、他国との戦争も殆どなく一応の平和を享受して繁栄している。
エイジが召喚された場所に存在したグル国は千年以上前に魔物に襲われ滅びたらしい。しかしその子孫たちによって新たにメイラサが建てられた。
人間に害をなす生物を総称して〈魔物〉と呼ぶ。
この惑星の公転周期と自転周期は地球と殆ど差がないらしい。ただし、このジーオンは衛星を複数持っており、更に地球とは違いジーオンと太陽の間に多くの惑星を挟んでいるため、それが夜を長時間起こす原因であるらしいが、詳しい話しは聞かなかった。
エイジに用意された住まいは、学院から少し離れた集合住宅であった。外装内装共に、やはり中世ヨーロッパを彷彿とさせる造りであった。質素であったがボロ屋というわけでもなく、住み心地は悪くなかった。
文化レベルは意外と高かった。便所は水洗で、風呂も公共浴場が存在した。魔法が使える彼らならではの方法で、生活レベルを上げていったのだろう。要所要所に魔法をうまく利用していた。
エイジは時々、遺跡で手酷い仕打ちをしてきた四人にあったのだが、男三人は、簡単な謝罪があり多少打ち解けたのだが、美少女だけはゴミをみるような目でエイジを見て無視するだけだった。
それからもう一つ解ったことがある。この世界は女性の力が強いのだ。やや女尊男卑な社会傾向にあるようだ。魔法の能力がどういうわけか、女性の方が高いのである。魔法の扱いに関しては努力次第で男性も女性と渡り合うことはできるが、魔力量については努力よりも資質が大きく関係してくる。生涯一定ではなく、魔力量は成長するが、最終的にはやはり女性のほうが多くなる傾向にある。
一番ものをいうのが魔法の実力なのだ。性差は関係ないが、強い者こそ支配者に相応しいと皆がそう考えている
そういう理由で女性が権力を握るのは自然な流れであった。
「よし、日常会話に関してはもう言うことなしじゃな」
「はい、一月半みっちり教えていただいたおかげです。本当にありがとうございました」
「うむ、ではそろそろお主も言葉だけではなく、ジーオンの知識を学んでいかねばならぬ。以前話した人材募集所のことを覚えておるか?」
「はい。そこで募集している仕事で生活の糧を得てはどうかという話でしたね」
国が運営し、安全な資源確保や治安維持を主な目的とした人材を確保するための機関、それが人材募集情報局である。条件さえ満たせば誰でも採用されるが、定職についていないものを優先的に採用しており、そういった者の救済をするための機関でもある。
この国は、いやこの世界は、魔物の脅威と常に隣り合わせなのである。そのため人々のより強い結束が必要なのだ。団結して魔物に立ち向かうためには一人でも多くの人間が必要になってくる。
困窮に喘ぐ人間を放っておくことは、人類の勢力拡大の大きな障害となるのだ。
「お主は、己の強さを確かめるために魔物と戦うわけじゃが、それを仕事にするために人材募集所が一番適切じゃとワシは思うのじゃ」
「俺もそれがいいと思います」
「うむ、それでじゃ、三日後に定期討伐があるのじゃが、お主がそれに同行する許可を取っておいた。どうじゃ?いきなりじゃが参加するか?」
定期討伐とは、町周辺に出没する魔物の定期的な駆除を意味する。その成果もあって町周辺は比較的魔物との遭遇が少ない。
「はい、ぜひお願いします!この国に来てからずっと、そういうこととは無縁でしたからね。腕がなります」
「いや、今回お主は戦う必要はない。この世界の人間、すなわち魔法使いがどのように戦うかを学んでくるのじゃ。彼等の話を聞くだけでも良い経験が積めると断言しよう」
「わかりました。今回は勉強に徹します」
戦うなと言われたエイジだが、気を悪くすることはなかった。グルの森でこの世界の魔物との戦いを多少は経験したとはいえ、魔物は全て同じ動きをするわけではない。体躯のみならず魔物の性格によっても行動が変わり対処法も変わってくる。
そのことを知っているエイジは、今回は大人しくしていることが最善だと考えた。グルの森で出遭う魔物と異種の魔物も多数存在する。初見で必要なのは敵をよく知ることだ。慎重であるからこそエイジはグルの森を一人で生き延びたのだ。
「うむ、それでは、先方にはわしから連絡しておこう。募集自体はもう終わっておるのを、ワシのコネで無理を聞いてもらったのじゃ。次からはお主が一人で人材募集情報局へ行くのじゃぞ」
「うわ、そんなことまでさせてしまってホントすみません」
「よいよい。これが王立リムロア学院学院長たるワシの力ぞ。ふぉっふぉっふぉ」
「なるほど、利用できるものは利用しないと勿体無いですもんね。そういうの嫌いじゃないですよ。権力サイコー!」
「お主、意外と黒い性格しておるのじゃな……」
「ハハ、冗談ですよ」
斯くしてエイジは新たな第一歩を踏み出した。
翌日、学院長のタロスに呼び出されたエイジは、タロスと共に一人の女の子を待っていた。
(あの子のことだから、来ないんじゃねえか。俺に対する態度は石ころでも見てるみたいだったからな。別に嫌いなら嫌いでいいが、ああもあからさまだとこっちもイラッとくるぜ)
「俺のこと嫌っているようですから、来ないんじゃないですか?」
「ただ用事があるとしか伝えておらぬから、多少時間は掛かっても来るじゃろうて」
二日後の定期討伐に参加するため、エイジは装備を整えなければならなかった。戦闘はしないとはいえ、万が一のために身を守るための備えは必要である。彼の使っていたサバイバルナイフは、半年間の酷使によって既にボロボロでその役目を終えようとしていたため新たな装備を揃えることになったのだ。購入資金は学院長持ちだ。
その案内にタロスは孫であるミスカを呼び出したのだ。
しばらく待って漸く件の美少女が現れた。
「お爺さま、用事って何よ」
ノックもせずにぶっきらぼうに言い放ちながらミスカが部屋に入ってきた。
そして、中にいるエイジを見つけたが、何事もなかったかのように祖父であるタロスに向き合った。
「おお、やっと来たか。お主、祖父をいつまで待たせるつもりじゃ、まあ、それはいつものことじゃから仕方ないか。ミスカを呼んだのは、定期討伐に参加するエイジに付き合って、装備を整えるのを手伝ってやってほしいのじゃ」
「はあぁぁぁあ?! なんでわたしがコイツと一緒にいかなきゃなんないのよ! こんな魔法も碌に扱えない無能と! 帰る!」
「待ちなさい、ミスカよ」
「何よ」
「お主が弱い者を見下し、強い者としか関係を築かぬのはよく知っておる。ワシは娘たちに強さが全てであるといって育ててきたし、わしの子であるお主の母親もお主をそう育てたから当然じゃの。しかし、それは完全に正しいわけではないと、年を重ねるごとに思うようになった。弱き者であっても、少し見ぬうちに強者に変貌を遂げておることが沢山ある。昨日まで強者であったものが、明日には弱者と化すのじゃよ。今コヤツは魔法も碌に使えぬが、ワシの旧き友が寄越した男じゃ。将来誰をも凌ぐ強さを得るやも知れん。お主もコヤツから学べることがあるとワシは思うぞ」
「……はぁ。わかったわよ。来なさい!」
そう言ってミスカは部屋を出ていった。
「ちょっと気が強いが、一度言ったことはに責任を持つ子じゃ。お主をきちんと案内してくれるじゃろう」
「わかりました。喧嘩にならないか不安だけど、頑張って耐えてきます」
「喧嘩ができるくらいジーオンの言葉ができるならもう一人前じゃよ。
――ジーオンへようこそ」
嬉しそうに老人は歓迎の言葉を述べた。
◆◆◆
「で。あんたどんな装備が欲しいの?」
嫌々付き合っていることを隠そうともしない調子でミスかは尋ねた。
「正直どんな装備がいるのか、まだよくわかってないんだ。取り敢えず、店の場所に案内してもらえるか?」
「ちょっと待ちなさい。あんた、年いくつよ?」
「こちらの世界では多分15歳だけど……」
「はあ? こちらの世界? 15歳ならあたしよりも一つ下じゃない! 敬語はどうしたのよ、敬語を使いなさいよ!」
ジーオンの言葉は日本語と似た敬語が発達している。文法はかなり違っていたが、様々な人称や、多用なキャラクターを表す語尾によってその人物のキャラクターが作られる点は日本語と同じなので、エイジには親近感が持てた。
「敬語はまだよく知らないんだ。覚えたら使うようにするよ」
エイジは嘘をついた。相手を敬う言葉があるなら、それをすべき相手に敬語を使用しないことで相手への侮蔑が可能となるのだ。尤もこの場合は、ミスカはエイジが敬語を使えることを知らないので、単なるエイジの自己満足でしかないが。
エイジは敬語もみっちり学習したが、ミスカの態度にムカついていたので、いつかこの手法で貶めてやろうと考えていたのだ。中々、根に持つ小さい男なのであった。
まぁ、まだ15歳という年齢を考慮すれば、年相応の狭量さであると言えよう。
「次に会うときまでに直しておかないと許さないわよッ」
知らないならどうしようもないとミスカは思ったので渋々納得した。
「店に案内するから、着いてきなさい」
「おう、助かる。」
とても軽い口調で年上に対する言葉遣いでなかったが、ミスカは耐えた。
「ところで、ミスカは杖を使ってたけど、スージは剣をつかってただろ?何か違いがあるのか?」
「杖には、威力を高めたり、発動を速める触媒としての効果があるのよ。何より一番手に馴染んで魔法に打って付けの装備なの。それに何も持たないよりは杖を持ったほうが多少ではあるけど安全に相手との距離を取れるでしょ。触媒である杖は、術者の体の一部になるのよ。魔法はその対象との距離が近ければ近いほど効果を発揮するの。でも何も持たない人もいるわ。魔法そのものが強力な武器になるからね。剣や他の武器を持つ人もいるけど、そういう人は接近戦もするし、魔法攻撃もするタイプね。魔力が切れても戦えるから、男に多いわね。スージのは、ただのミーハーよ。20年位前にアスロンっていうすごい魔法使いがいたのよ。遠距離からでも十分な威力を発揮するのが魔法の最大の長所なのに、わざわざ敵に近づいて切り伏せるスタイルを取ったのがアスロン。危険を顧みないそのスタイルを誰もが馬鹿にしたけど、アスロンはべらぼうに強くて数々の偉業を成し遂げ、誰もが認める英雄となったの。英雄となったアスロンの戦闘スタイルを嘲笑する者はいなくなった。スージのはそれの真似事よ。彼に憧れ刀使いが急増したのだけど、落ち着いたとはいえ、まだまだ人気は衰えていないわ」
「ふーん、なら俺が目指すのもアスロンスタイルってことになるな」
「ハンッ、あんたじゃ話にならないわよ。アスロンは剣の腕前だけじゃなく魔法もすごかったのよ。いい?強大な魔法の支援があって初めてその剣技が生きてくるのよ。というか魔法のほうが後代の魔法使いたちに多大な影響を与えたわ。彼の編み出した魔法はどの魔法も便利だったり、凄まじい威力で、今でも解析されないまま研究が続けられてるの」
「……そうか、まあ俺は接近型を目指すということで……。武器は両手にそれぞれ短剣を持つスタイルにするよ。今までもそうだったし」
「あんた、そんな技量あるの?まあどうでもいいけど」
そんな会話をしてるうちに、目的の店に到着した。この町の店の規模としては比較的大きめの店だ。
ずらりと武器や防具が種別に並べられている。
「探し物はこっちね。どう?いいのありそう?」
「驚いた。ホントに刀があるよ」
「アスロンが使い始めてその特殊な鍛造法も広まったの。型に流し込むのではなくて、何度も折り返して鍛えるの」
「知ってるよ。俺の持ってる剣鉈もその方法で作られてるからな」
エイジは少し悩んで2本の短剣を選んだ。刀よりも刀身が短いが、身幅は広い。エイジが選んだ短剣はかなり大きめであった。そして学院長から頂いた軍資金で支払いを済ませた。
「次は防具ね。接近戦タイプなら、動きやすく、それでいて強度のある鎧がいるわ。それとあんたは防御魔法がつかえないんだから、フルアーマーがいいんじゃない?」
「う~ん、俺は腕と胸くらいでいいよ。身軽なのがいいんだ」
「あんたがいいならそれでいいけど」
ミスカにとってはエイジが忠告を聞かず大怪我をしようが、死のうが興味がないのだ。だからミスカはエイジの勝手にさせた。
そして防具には革の胸当てと革の篭手を購入した。
「じゃあこれで約束は果たしたんだから帰るわよ。ほんと、とんだ災難だったわ。時間の無駄でしかなかったし」
別れの言葉もなく、言ってしまった。
しかも本当に嫌そうであった。
(やれやれ、漸く解放されたぜ。)
二人きりで買い物に出かけるというイベントが在ったが、二人の距離が縮まることはなかった。
ミスカには想っている婚約者がいるし、エイジを魔法ができない無能者と認識している。エイジは初めに散々痛い目に合わされた上に、以後の態度も辛辣なものであったのだ。縮まると考えるほうがどうかしている。
精神的に疲れてしまったエイジは帰宅早々にベッドにもぐりこんだ。
とうとう定期討伐の日がやってきた。今回エイジは戦わず見ているだけではあるが、それでも久しぶりの魔物との邂逅を楽しみにしすぎて少し興奮状態にあった。
現時刻は早朝の6時である。その時を示す鐘がメイラサ王国中に鳴り響いていた。ジーオンも地球と同じ時法で一日を二十四等分した時間制となっている。
一日の始まりを告げるその音と共に起床したエイジは前日に用意しておいた荷物を持って、タロスに聞いていた召集場所である門の前に来ていた。この門から外壁の外へ出て近くに危険な魔物がいないか探すのだ。
この世界には時計が存在しないわけではないのだが、かなり効果で国の重要な機関にしか存在しない。そのためエイジは早めに召集場所へ向かった。二時間おきになる時計塔の二回目の鐘が鳴るまでに集合するよう言われていた。
早すぎたのかまだ誰も来ていない。地面に腰を下ろし他の参加者が現れるのを待っていると、女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。もしかしたら定期討伐の参加者だろうか。そう思っていたら、女性と目があったのでとりあえず挨拶をしてみるエイジ。
「おはようございます。空気が澄んで気持ちの言い朝ですね」
気候や気温を話題に上げることは、話し下手な人間が、何を話題にすべきか迷って、結局何も出てこず苦し紛れに出す話題と思うかもしれない。しかし、実はこの話題、話しの始まりとしてはモッテコイなのである。要は次に繋げることが大切なのであって、きっかけは何でもいいのだ。
「おはよう。確かに良い朝ね」
まだ日が昇りたてで地面が熱されておらず、空気が澄んでいたからなのか分からないが、女性の声は驚くほど透き通るような澄んだ声であった。声だけで恋に落ちる人間もいるかも知れないほどだ。
しかし、彼女の魅力はそれだけではなかった。高めの身長ですらっとした体系ながらも、出るところが見事に出ており、エイジはその大きな胸に釘付けになってしまいそうになる。顔だちは、はっきりとしており、瞳の色は薄いエメラルド色で肌も雪のように白い。しかし健康的な白さだった。
髪はやや明るめの茶髪でセミロング。エイジより少し年上だろうか。高めの身長のせいもあってか大人びて落ち着いた雰囲気を持った女性だった。
「あの……すごく良い声ですね。宝石みたいに透き通って聞こえました」
澄んだ声に感動して素直に感想を言ってしまった。
「え? ああ、私の声ね。ありがとう、私は生まれてからずっとこの声だから特に何も思わないけど、褒められると嬉しいわ」
「俺もあなたのような素敵な女性に会えるなんて早く来た甲斐がありました。あ、俺は今日の定期討伐に参加するためにここで参加者を待ってるんですよ」
「やっぱりあなたも参加者なのね。その装備を見てそうかなって思ったのだけど、正解みたいね」
「ということはあなたも参加なされるんですか?」
「ええそうよ。初めまして、私の名前はイーファ・ソラスよ。今日はよろしくね」
「はい、俺はエイジ・ミナガワです。見た目と名前で分かると思いますが異邦人です。こちらこそよろしくお願いします」
今日は良い日になりそうだ。エイジは、美女との出会いで、更に今日の討伐に期待が高まった。
イーファとの会話に花を咲かせていると、徐々に討伐に参加する者たちが到着しだした。若い者が多かったが、それでもエイジよりは全員が年上みたいだった。
そして二回目の鐘が鳴るころには全員が揃った。
「諸君、おはよう。今日はよく集まってくれた。私が今回この隊の隊長を務めるライアン・ノードゥだ。正規兵3名、傭兵7名の計10名が今回の討伐隊のメンバーだ」
凛々しくて怒ると少し怖そうな年のほど30前後の女性が今回の作戦の隊長だった。その背後には部下らしき二人の男が直立姿勢で待機していた。
「隊長!」
「どうした? そこの女」
「はい、私はアーニャ・インヴァネスと申します。それで、ここには現在11名おります。一人多いのではないでしょうか?」
「それは、今回戦闘には参加しないが、見習いという形で参加する者がいるのだ。エイジ・ミナガワ。前に出ろ」
「はい、俺がその見習いでエイジ・ミナガワと言います。俺は異邦人で今まで魔物と闘った経験が浅く魔法も使えないので、今回は無理を言って経験を積むために参加することになりました。なるべく迷惑はかけないようにするので宜しくお願いします」
エイジはとりあえず事情を説明した。
「魔法が使えない? そんな人間を連れて行って大丈夫なんですか?」
アーニャという少女がこちらを睨んで隊長に尋ねる。
事情を先に話してあるイーファ以外の他の参加者も微妙な顔をしてエイジを見ていた。
この世界は魔法の実力こそが、その人間の評価を作る。
このような場でも物怖じせず発言できるアーニャの実力は同世代の平均を大きく上回るほどだ。自分に自信と誇りを抱いており、魔法の技量の低い者、特に女子よりも魔法の扱いが不得手な男を見下す傾向があった。しかし、それは女尊男卑なメイラサではごくごく一般的な価値観である。だからと言って、魔法の扱いが下手な人間にも偏見を持たずに接する人間も数多くいる。アーニャは頭が固い人間だった。
「今回の作戦はメイラサ周辺の魔物の駆除だ。危険が全くないとは言えないが、我々が守ってやれば良いだろう。それに誰にでも最初はある。経験を積むのが今回のコイツの目的だ。わかったか?」
「はい」
エイジを険しい表情で見つめながらアーニャは引き下がった。
そして今回の作戦について簡単な説明があり、それが終わると隊長のノードゥが引き締まった声で出発を促した。
「よし、それでは全員馬車に乗り込め。出発する!」
二両の荷馬車に半分ずつに分かれて乗り込んだ。軽トラのように天井がなく視界全快の馬車に乗りこむ隊員たち。自然とそうなってしまったのだが、エイジの乗る荷馬車には先ほどエイジの同行に意見したアーニャの姿もあった。
エイジはなるべく関わらないようにすることにした。同上の馬車には幸いイーファもいたので彼女に話しかけることにした。
「このあたりはどんな魔物が出るんですか?」
「そうね、このあたりは定期的に駆除してるから大した魔物は出ないわ。でもジャージャっていう四足の獣タイプの魔物はかなり手ごわいわ。体が大きいから魔法も聞きにくいし、手足が長くて跳躍力がすごいの。王国の壁が高いのもそのためよ。そして、何より厄介なのが、ジャージャは常に5、6匹の群れで行動することよ。一匹でも手ごわいのに、集団となるとこの人数では手に負えないわね」
「へー、そりゃ怖そうだ」
「あなた、その割には笑顔なんか浮かべて余裕そうじゃない」
「多分見たことないから余裕があるんじゃないですかね。実際に相対したら恐怖するしかなさそうだ」
「今日は大丈夫よ。ジャージャのテリトリーは随分先のはずだから。それより、さっきから思ってたんだけど、あなた私の胸見すぎよ」
イーファが少し眉を吊り上げて言う。
「いやらしい」
極力関わりたくなかったアーニャから軽蔑の眼差しで非難されてしまった。
しかし、エイジは非難されたこととは別の感想を抱いていた。
(なんか、いいかも……)
アーニャもとびきりの美少女である。身長は年相応でイーファと比べるとまだ幼さを残した、エイジと同年代くらいだ。ツインテールで、言われないと気づかないくらい少しだけ紫がかった銀髪をしており、非常に美しい髪をしていた。そして瞳の色も髪の色同様銀色であった。
女性の最大の魅力である胸の大きさは、イーファと比べると完敗ではあるが、それでも女性らしい十分な膨らみのあるシルエットをしており、総合的な魅力では互角の戦いをしていた。
そのような可愛らしくも正義感の強そうな少女なのだ。罵倒ではあったが、嫌ではなかった。そして、自然と表情がほころんでしまった。
「何ニヤニヤしてるんですかッ! 私はあなたを軽蔑してるんですよ!!」
「いや、何でもないよ。それより、ソラスさん。すみません。あまりじろじろ見るのも失礼なのは分かっているんですけど、自然と目が行ってしまいました。これからは見ないようにします。でもすごく魅力的だと思います。それもあなたの魅力のひとつだと俺は思います」
「ぷッ、あはははははは、ちょっとエイジ君、キミ正直すぎるわよ。素直なのね。いいわ、慣れてるから。ジロジロ見られるのってあまり好きじゃなかったけど、そうね。確かに魅力があるってことよね。そう考えれば男たちの視線も仕方ないかなって思えてきちゃった」
エイジのまるで隠さない本音に思わず大笑いするイーファ。
「ちょっと! ソラスさん!! 流されちゃダメです!」
「いや、あまりの開き直りように笑っちゃって、笑ってたらそれでもいいのかなって思えて来ちゃったのよ」
ケラケラ笑いながらイーファが言った。
「ほら、ソラスさんもそういってるんだし、もう終わりにしようよ、この話は」
エイジは、アーニャが年下であると勝手に判断して敬語を用いず話すことにした。
「おい、お前たちそろそろ私語は止めて周囲の警戒に努めろ。特にミナガワ、お前は皆より一層気を引き締めねばならん」
「「「はい!」」」
ノードゥの一言で和気藹々とした雰囲気が一掃され、参加者全員が同じ台詞で応えた。
そろそろ数十分が立っただろうか。
メイラサ周辺は見晴らしのいい平原だ。近くに河川がありそこから灌漑された水の恩恵を受けメイラサの民は暮らしている。
メイラサの南にはエイジが半年暮らしていたグル城跡があり、今回の定期討伐は、東を目指して進んでいる。東に進むとそこからは延々と広大な森林地帯が広がっており、そこから魔物がやってくるのだ。今回は森には入らず、森と平原の境界をなぞるような形で魔物の探索を行う予定だった。
「よし森が見えてきた。警戒怠るなよ」
全員ギラギラと眼光を滾らせて魔物を探した。
しばらく馬車を走らせていたら200メートル程先に全部で三十匹ほどの魔物の群れを発見した。
小型の狼のような魔物だ。
「ゾイの群れだな。奴等程度なら馬車が壊される心配はないから馬車を接近させて、馬車の上から魔法を飛ばして仕留めるぞ。しかしやけに数が多いな。どういうことだ?」
ゾイは普段10匹ほどの群れを作る。30匹は明らかに多すぎた。エイジ以外の誰もが違和感を感じるが、今は目の前の敵を殲滅することに集中した。
ゾイの群れがこちらに気づき、一斉に遠吠えをはじめこちらに向かって走り出した。
「よし、攻撃開始!」
ノードゥの命令とともに兵たちが一斉に杖を振った。ある者は、焼けた石礫を放ち、またあるものは鋭くとがった氷の刃でゾイたちを蹂躙していった。
「すげぇ……。魔法ってホント反則だろ」
エイジの呟きの最中もどんどん魔法が打ち込まれ、戦闘はものの数分で全て片がついた。
死体の血抜きを行い、それらを積めるだけ積みこんだ。ゾイの毛皮は肌触りがよく、そこそこの値で売れるのだ。そして肉はあまり美味くはないが、需要が全くないわけでもない。
ゾイの群れを狩った後は、全く魔物に遭遇せずに時間が過ぎた。
「よし、そろそろ帰還する。しかし警戒は解くなよ」
「「はい!」」「「「了解!!」」」
決して大声を上げたわけでもなく、威圧するような声でもなかったが、異様な迫力があり緩みかけた兵たちを一瞬で元に戻した。
「ちょっと、みんな、アレッ!」
イーファが指差した方向には黒い大きな塊のようなものが動いていた。一つではない。その数5つ。
「まさか、あれって……」
エイジは目を見開き黒い物体を凝視した。遠めでもわかるくらい明らかに大きい。3メートルくらいはありそうな程、巨大だった。
「ジャージャよ」
エイジに告げるイーファのその表情は固かった。
「なるほど、ゾイの群れがあそこまで膨れ上がっていた理由が分かった。おそらく、ジャージャに追われて森の端にいたのだろう。そして、ヤツらに対抗するため結束していたんだ。そのゾイを我々が狩り、その血肉のニオイを頼りにここまで来たというわけだな」
冷静に自分の分析を述べるノードゥ隊長であったが、表には出さないが内心動揺していたエイジ以外は他の全員も冷静さを保っていた。
(おいおい、何でそんなに冷静なんだよ、ソラスさん、この人数じゃ手に負えないって言ってたじゃん!)
「あの……どうするんですか?」
「皆はここで待機、私が一人で行く。私の槍を用意してくれ」
エイジの質問は皆に向けられた命令という形で答えられた。
「ええ、隊長一人でですか?!」
「そうだ。これが最善の選択だ」
「そんな、一人でなんて無理です。皆で戦うべきですッ!」
「いや、私一人の方が動きやすい、黙って従え」
「ダメです、命を何大切にしないと」
その発言の瞬間、何が可笑しかったのか皆が大笑いを始める。隊長もうっすらと笑みを浮かべていた。
「ふふ、まさか私が命の心配されるとはな、久しぶりの体験だ。勘違いするな、私は一人で奴等を殲滅できる。決して囮になろうなどとは思っておらんよ」
(この人ものすごく強いってことなのか。だから、そんな人を心配するから皆が大笑いしたのか)
正規軍の部下たちはともかく、傭兵たちまで大笑いしているところを見るに、もしかしたら相当名の知られた人なのかも知れない。
「分かりました。待機してます」
隊長一人に任せることに未だに不安があったが、了承するしかなかった。
「エイジ君、あなたは異邦人だから知らないのも無理ないけどね、あの人は本当に強いよ。だから大丈夫。さっきこの人数ではやられるって言ったけど、あの人がいれば話は別よ」
イーファは笑いの涙を流しながらエイジに言った。
「坊主、運が良かったな、すげえものが見られるぞ」
ノードゥの部下も自分のことのように嬉しそうだった。
そうこうしているうちに、ジャージャたちがこちらに気づいたと思ったら。もうスピードで迫ってくる。発達した筋肉に覆われて手足が異常に太く、そして長い。
前足で地面を掻き、後ろ足で蹴る、そのワンアクションだけで数メートルも距離を移動する。そしてずんぐりした体躯に似合わず機動力も驚異的であった。数百メートル離れていた距離がみるみる縮まっていく。
(あんなの俺には絶対無理! 対処法が思い浮かばねぇよ。どう戦うんだよ!)
ノードゥ隊長は、右手に槍を一本持ち、彼女の周りには魔法で浮かせた槍が20本近くあった。
「まさか投槍?!」
エイジが驚いて答えた。ノードゥの槍は、ネジのように螺旋状に溝が掘られ回転によって貫通力が上がっている。
そして、ノードゥが槍を放った。手から離れた瞬間、バチバチと凄まじい威力の電撃を内包した槍が完成した。魔法により一瞬で音速にまで加速し黒い塊に吸い込まれた。
「すげえ……。ほんとすげえとしか言葉が出てこないよ」
「本当にあなたは無知なんですね」
視線は魔物をしっかり捉えていたが、アーニャが呆れた声でエイジに言った。
「光槍のライアンといえば、かの英雄アスロンの教え子で大変有名なのですよ。そして、ライアン様もアスロン様に劣らずお強いのです。電撃魔法というのは制御が大変難しく、あの距離までずっとその力を維持するには相当の魔力と制御力が必要になってくる超高難易度の魔法なのです。一度発生させてしまえば制御が不必要な魔法もあるのですが、電撃魔法は不安定なので、攻撃が当たるまで集中を維持する必要があるのです。そしてライアン様の最大の特徴が、相手に槍が突き刺さった瞬間魔力を解放し中から黒こげにしてしまう恐ろしい槍。それがあの方の必殺技なのです。雷を纏いながら光のように飛んでいく様子のほうがインパクトがあり、その様子が二つ名になっているのですが、その後が素晴らしいのですよ」
「そうなのか?アスロンってのは聞いたことがあったが、その生徒だったんだな。物知りだなアーニャは」
「馬鹿にしてるんですか?」
「いや、そんなことないけど、あッ」
瞬く間に三体のジャージャを仕留めたノードゥだが、槍が完成する前にまもなく到着する距離だ。二体のジャージャが彼女に襲い掛かかろうとしていた。
「危ない!」
エイジは叫ぶより先に走り出していた。
いくら彼女が強いといってもあのようなスピードで動く魔物に敵うはずがない。しかも二体。
「こら、なにをしようというのですか!」
アーニャの制止も聞かずに一直線に駆け出した。
そして、エイジの接近に気づいた一体がものすごい風圧の乗った前足での攻撃を無我夢中で避け、体にしがみつき、背中に移動する。ものすごいGが掛かるが振り落とされないように指の力に全神経を集中させる。そのまま暴れまわるジャージャ。エイジは腰から短剣を引き抜き必死で首に突き立てようとした。しかし分厚い筋肉と激しい揺れがそれを邪魔する。
――――あっ――
片腕では数秒も持たなかった。とうとう振り落とされたエイジは地面に転がった。
そして、ジャージャの口が近づいてきた。体のわりに小さい頭だが、それでも人間の頭を丸呑みできるくらいの大きさはある。
(……死んだ)
そう思った瞬間、凄まじい轟音が響き、ジャージャの体を穿った。焦げ臭いニオイが立ち込める。ノードゥはエイジがジャージャから離れる瞬間を待っていたのだ。もう一匹残っていたジャージャは、エイジがジャージャに突進する前に既にノードゥによって死体にされていた。エイジの助けがなくともノードゥには十分、ジャージャ二体を相手取る力量があったのだ。
「た、助かったぁ」
生きていることに安堵し、溜息のような声が出た。
「大丈夫か?」
ノードゥが駆け寄ってエイジに確認を取った。
「はい、なんとか……」
僅かに遅れて他の隊員たちも集まってきた。
そして少女が怒鳴り声を上げる。
「あなたは一体何をやっているのですか! 私の制止も聞かないで。死にたいのですか?! あなたほどの愚か者を私は見たことも聞いたこともありません。あなたの独断で隊の皆が危険に晒されたのですよッ!! あなたがジャージャに掴まっていたせいで、ライアン様が攻撃できずに暴れまわるジャージャを見ていることしか出来なかったのです。それにあんな状態では行動が読めずに、狙いを定めることもできません。隊の仲間の言葉を信じられなくてどうやって魔物と戦っていくつもりですッ!!」
一気にまくしたてるアーニャの声が漸くやんだ。
「すまない。皆さんにもご迷惑おかけしました……次回からは気をつけます」
本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。
「あなたと次回も一緒だなんてお断りです!」
そういって馬車に戻ってしまった。
「アーニャが私の言いたいことを言ってしまったから、長々と説教はしないが、確かに今のは危険な行為だ。自分の力量を正確に把握することも大切だ。それとやはり仲間を信頼することだな。短い付き合いでもそれが魔物との戦いでは必要なのだ。肝に銘じておけ」
怒ってはいなかったが険しい表情でノードゥは言った。
「でもな、お前のしたことはとても勇気がいる行為だ。誰にでも出来ることではない。無謀ではあるが、時にはそういう勇気が必要なこともある。それで強さが伴っていればカッコよかったんだがな」
苦笑しながら最後の台詞を呟いた。
馬車に乗り込み帰途についた。エイジは終始無言だった。
無事帰ってきた一行は、朝と同じ場所でノードゥ隊長の簡単な言葉で解散となった。もう空が茜色に染まっている。
エイジも挨拶をしてその場を離れ帰路につく。
「ちょっと待って~~」
透き通る声の主がエイジを追いかけてきた。
「ソラスさん、どうかしました?」
「さっきのこと、気にしてるようだったから。彼女は真面目すぎるのよ、あまり気にすることないわ。それにジャージャに取り付いて攻撃するなんてすごいわ。あの時はあなたがやられると思って思わず目を閉じちゃったけど、今思えばかなり傑作だったわよ。この話、ひとにすればかなり盛り上がると思うわ、明日が楽しみ」
「ソラスさん」
「イーファでいいわ」
「でも……」
「ねっ!」
「分かりました。イーファさん。いえ、確かにあれは、危険な行為でした。彼女の言うことは正しいです。俺が魔物に取り付いていることで、攻撃を躊躇してしまい、俺だけではなく部隊の皆さんまで危険に晒してしまうところでした。反省しないと」
「偉いわ、エイジ君。私がエイジ君の年の時なんて自分のことばかり考えてたのよ。なんでも自分でやりたがって、皆に迷惑かけてた」
イーファの白い手が伸びエイジの頭を優しく撫でた。
一瞬戸惑ったがその心地よさに次第に身を任せようと思ってしまった。
「でも年は関係ないと思います。俺は反省しないといけないんです。ただ落ち込んでるわけじゃないですよ、次はどうすればいいのか考えるんです。そしたら少しでも成長できる」
「ほんと子供とは思えないくらいしっかりしてる。ならしっかり反省しなさい」
「子供って、そんなに歳離れてないでしょう?」
「そうね、私学院四年の19歳よ。あなたは15歳くらいかな?」
「そのとおりです」
「私が15歳の時ってすごく子供だったなーって思ってね。そしたら、子供って言葉が出ちゃったのよ」
「そうですか……」
「……」
少しの間無言が続くが、エイジが再び口を開いた。
「慰めてくれてありがとうございました。それと今日は色々ありましたが、イーファさんのおかげで良い一日でした」
「ううん、こちらこそ楽しかったわ、ジャージャを乗りこなす貴重な様子も見れたしね」
「まだそこに拘るんですか?」
「だって面白かったんだもの」
「まあ、いいです。家に帰って好きなだけ思い出し笑いしてくださいよ、それまでは封印です。路上で一人で笑ってると怪しい人ですから」
「難しい要求だけど、前向きに善処するわ」
「じゃあ、さようなら」
「さようなら、また会いましょう」
「はい」
二人は手を振り合いそれぞれの帰路についた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
おかしな点ありましたら指摘お願いします。
2012/10/23
汗が吹き出るくらい致命的なミスを修正しました…
矛盾する点があれば指摘お願いします