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砂の歌。

作者: 悠梨

脳裏に浮かんだ情景をそのまま文章へ転送。前に上げたアンドロイドの話と関連付けるかどうかは未定。

高く低く、遠く近く。


まるで酔っ払いの鼻歌のように、気ままに。何の意図も無く、伝えるべき相手も居ないまま垂れ流す。惰性で。

壊れかけた視覚センサーに映るのは、上半分は真っ青な空。下半分は真っ暗闇――砂に埋まってるのだから仕方が無い。真っ白な太陽の光に焼かれた砂の温度は、もし鉄板であれば目玉焼きでも焼けそうなくらいだ。体が無くて良かったと心底思った。"生き"ながら焼かれる気分など味わいたいものではない。

時折乾燥した風が吹き渡り、砂の丘はまるで生き物のように蠢く。自分の植わっている丘もそうして動いて、コロコロと転がり落ちてひっくり返ったりすることもある。

天地が逆さまになって、それを再び補正して上半分が青、下半分が黒になるよう情報処理する。そうしてまた気ままに歌うのだ。

ずっと歌うのは疲れる。どうせ聴く者も無いのだから、好きなときに好きなように歌えばいい。調子が外れようがリズムが狂おうが、些細なことだ。


高く低く、遠く近く。

風に乗ればよし、砂に振動を伝えるのも悪くは無い。


凍えるほどに気温の下がる深夜に閣下よろしくロックでハードな歌をノリノリでシャウトしようが、日が昇ると同時にしんみりと日本酒欲しくなる演歌なるものを歌おうが、焼け付くような昼間に荘厳なグレゴリオ聖歌を歌おうが、そんなのも自由だ。

電池が切れるまで――といっても、これがまた太陽電池だから困ったものだ。採光部分が常に砂に植わっていたならば、恐らく自分はとうに"落ちて"いたはずなのだが。

「上手くいかねぇモンだな」

そう零して、また聴く者のいない"歌"という名の救難信号を口ずさむ。さて今度は何がいいだろうか。


……とはいっても、太陽電池とて少しずつ老朽化はしていくものだ。

与えられる光量は変わらずとも、そこから生成できる電力の量は確実に衰えつつある。最初の頃はいっそあまるほどの発電量だったが、今となっては生成量と消費量の割合はかなり微妙なところだ。

あるとき、ついに発電量と消費量の割合が逆転した。そこでざっとこれまでのデータを下に試算してみた。

このままいけば、自分は遅くともあと365日と2時間33分43秒後に停止する。

仮に歌――救難信号の発信を止めたとして、それで引き延ばせる時間は――そう考えかけて、やめた。

"歌う"ことをやめていたずらに己の存続できる時間を引き延ばしたところで、どうなるというのか。

歌おうが歌うまいが、このまま誰にも見つかることなく自分は停止するのだろう。


それならば、いっそ。全身で。全力で。

歌を歌ってやろうじゃないか。

何の歌を?


愛の歌。

そうだ、愛の歌がいい。伝えるべき相手も居ない、届けるべき相手も居ない、そのつもりすらない、でも愛の歌がいい。


即興で、

即席で、

既存の詩も無く音も無く、

高く低く、

遠く近く、

気ままに、

酔っ払いの鼻歌のように、


垂れ流す。



垂れ流す。



風に乗せて、

砂を揺らし、

転がりながら、

反転して、

楽しく悲しく、

喜び怒り、

愛しさと憎しみを込めて、

好き勝手に、



ただし休み無く。



電池の減りは速まった。試算しなおした。

ああ、あと太陽が99回昇り、それが落ちる頃合に自分は止まる。

98、97、96……33、32、31……。

日によって詞も音もリズムも雰囲気も色も違う歌を口ずさみながら、頭の片隅で日の出の回数をカウントする。

……13、12、11……。





"最後の日"はあっけなく訪れた。

99回目の日の出の瞬間も途切れることなく"歌"を歌っていた。ほぼ試算どおり。電池の残量は底を尽く寸前だった。だからより一層高らかに声を上げて歌った。少しでも早く、その瞬間が訪れるように。


その瞬間が近づくに連れ、少しずつ世界は変わり始めた。


最初の変化は色。彩度がぐっと落ちる。

CPUが少しでも己の存在を存続させるべく、情報処理の仕方を変えているらしい。

さらに電池が減ると、今度は色味すら抜け白と黒に変わった。元々空の青と大地の黄色しかなかった世界だが、それだけでもずいぶんと味気なくなるものだ。

ふと風に吹かれて丘が動いた。いつものようにコロコロ転がって、視界が反転した。いつもならばそれは自動的に補正された。それが補正されなくなった。これもまた自己保存のための省エネの一環か。

上下反転した白と黒の世界の中で、より声を張り上げるようにして歌い上げた。

砂の温度や空気の温度、太陽の強さを数値化した情報が得られなくなる。

視界は徐々に明度を下げていく。

やがてふつりと音がしたような気がして、完全に視界が暗転した。それでもまだ"意識"は明瞭だ。

それならばすることはやはり一つしかない。


歌うのだ。

高く低く、遠く近く、砂を揺らして風に乗せ、叫びにも似た"声"で。


やがて、そうして張り上げた自分の"声"が弱くなっていくように感じられた。なのでなお一層"声"を張り上げてみた。だが捉えられる声量は小さくなる一方で、そこでふと気づいた。

"声"が弱くなっているのではなく、恐らく自分自身の"声"を捉える機能が弱くなっていっているのだ。

現に、外に満ちている音も捉えることが出来なくなっている。聴覚神経を通じて得た信号を処理することを、CPUは放棄し始めている。

だが聴こえなくなっても自分は"歌っている"。

恐らく、きっと、いや絶対。


日は頂点に差し掛かり、やがて傾き始める。だがそれを見ることは叶わない。体内の時間間隔に照らし合わせておおよその時間を探るのみだ。その時間の感覚にしたって、既にもう大分曖昧になってきている。

恐らくその瞬間は近い。

意識の端が砂に解けるような、気だるい感覚が襲う。

それでも、もはや自分自身にすら聴こえない"歌"を歌い続ける。歌い続けている――はずだ。大分曖昧になってきた自意識の、最後の領域でそう思う。

しかしやがてその"歌っている"という感覚すらも失われた。

最後の一声を搾り出して、沈黙する。

あとはこの意識の欠片が解けて落ちるのを待つのみ――





「うるさいなぁ。そんなに叫ばなくても聴こえてるよ」





唐突だった。

視界が開けて音が戻って、一度にたくさんの情報の波が押し寄せてきて、何がなんだか分からなくなった。

混乱するままに、何事かとぐるりと視覚センサーを(実にン十年かぶりに)動かして見たら、ほんの少し困ったように眉を垂らした"ヒト"の形をしたモノの姿が。

ふと端子に違和感を感じて見れば、何かケーブルが差し込まれている。その先を辿っていけば、それは"ヒト"っぽいヤツの手首から生えている。

ということは、

『アンドロイド?』

「ん、まぁそんなところかな」

にこにこ笑いながら"ヒト"は答えた。

「貴方があまりに大きな声で叫んでたから、何かもう気になって気になって」

つい来てしまったんだけどね。

『バッカやろう俺は叫んでたんじゃねぇ歌ってたんだ!』

そう怒鳴りつけたら、"ヒト"は一瞬目を見開いてくすくすと笑い出した。

「そうだったんだ、ごめんごめん」

それにしても困ったねぇ。

青く青く、底が抜けたように晴れ上がった空を見上げて"ヒト"はぼやいた。

『何がだよ?』

尋ねると、んーと気の抜けた吐息を一つ。

「実はね、ここまで来るのにちょうど半分電力を使ってしまったんだ。

で、君にこうして電力を分けてるでしょ? 二人で戻るのにはちょぉっと残りが足りないんだよねぇ……」

どうしよっか? あまり困った風でもなく、"ヒト"は笑う。

『んだよ、そんなことか』

答えは一つ。

『置いてきゃいいじゃねぇか』

別に助けてくれ、なんて頼んでねぇ。

そう言って視覚センサーを背けたら、"ヒト"はそうだねぇと頷いた。

「でも"叫んで"……じゃなかった、"歌"ってたじゃない」

『それは――』

まさか、あの"歌"を拾い上げるヤツがいるなんて思ってもみなかったからだ。

が、現にこうして拾い上げて、しかも停止寸前になってわざわざ見に来るヤツが現に居たワケで。

『……お前、物好きなヤツって言われね?』

「あれ。どうして分かったの?」

『ていうかバカだな』

「ひどいなぁ」

どちらにしても、と言いながら"ヒト"は歩き始めた。ケーブルを引き抜くことも無く、"それ"を置いていくことも無く。

『おいこら』

「足りないものはね、足りないんだ。今既に足りて無い」

やはり笑いながら――というかそういえばさっきからコイツは表情をほとんど変えない。ずっと笑顔だ――"ヒト"は淀みなく歩く。

日は既に傾いて、空がオレンジ色に暮れている。何度も何度も見てきた空の色だ。これから過酷な砂漠の夜がやって来る。

それでも笑顔を欠片も崩すことさず。

「どうせ足りて無いなら、途中まででもいいから一人より二人の方がいいじゃない。それに――」

『それに?』

「あんなに熱烈に愛を叫ばれてしまったら、ね」

『だっから俺は――』

「はいはい分かった分かった。"歌"ってた、んだよね?」

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