8
白猫は灼熱したアスファルトを避けて、ブロック塀の日陰でお昼寝していた。
捜索が進まない理由のひとつはこれだった。
なんせ、一日に5〜6時間はこうして過ごしているのだから。
「………暑いなぁ」
だいたい、こんなクソ暑い中歩き回る奴のほうがおかしいのよ。
ミアは道を行く人々をうつろな目でながめた。
スーパーへ自転車で買い物に出かけるおばさん。
得意先回りと思われる中年サラリーマン。
楽しそうに遊びまわる幼児たち。
あいつらはクーラーや扇風機が何のために存在するのかわかっていないのだ。
「まったく……」
ミアが大儀そうに寝返りを打つ。
ふと、影がさした。
「?」
振り返る。女性が立っていた。
年齢は12、3くらいに見えるので、どちらかというと少女だ。
「この辺の猫じゃないね」
「………」
よそ者猫は黙って少女を見上げた。
少し警戒心が頭をもたげたのだ。暑かったから機嫌が悪いということもあるが。
「自慢じゃないけど私、近所の猫はみんな知ってるんだよ」
少女は自慢げに言った。
「きれいな白猫なんだね〜。すごく珍しいよ」
「………」
ミアは無視を決め込むことにした。
本当は、ミア的には猫好きという人種はうざったいのだ。(ご飯をくれるという点以外で)
彼らは人が(猫が)寝ているところにやってきて肉球をいじったり顔をべたべた触ってきたりする。迷惑以外の何物でもない。
だから彼女には、飼われている猫がのどを鳴らして人間にじゃれつく気持ちがいまいちわからない。
真次は最初に襲い掛かってきたとき以来何もしてこないから、まあ、いいだろう。
「ねえ、ちょっとうち来ない?うちにも猫はいるんだけど、暑い暑いって言っていうばっかりで全然かわいくないのよ」
目をきらきらさせて少女は言う。ホンモノの猫好きらしい。厄介な。
「………」
そっぽ向いて黙りこくる。女の子が手を伸ばして頭を撫で回してきたが、これもきっちり無視だ。
だんだん少女も不機嫌になってきた。
「かわいくないなぁ。あいつみたい」
無視。
「………あ〜あ」
少女はやれやれといわんばかりに両手を広げてアメリカンなリアクションをした。
白猫のそばから離れていく。
「やれやれ……」
ミアは息を吐き出す。と、少女が振り向いた。
やば。聞こえちゃったかな?
「じゃあ、またね!」
そのまま去っていく。気づかれてはないようだ。
白猫はしばらく少女の後姿を見ていたが、その姿が見えなくなるとあくびをひとつして冷たいコンクリにへばりついた。
その夜。
「何これ?」
「首輪だよ」
そんなことはわかってる。
「だから、なんであたしがこんなもん付けなきゃいけないの?」
ベランダから部屋に帰ってきたミアに、真次が突きつけたものは革製の首輪だった。
「言っとくけど、あたしは別にアンタに飼われてるわけじゃないんだよ」
不機嫌そうに言う猫に、真次はへこへこした態度で説明した。
親が見たら、たぶん泣くだろう。それくらい情けない光景だった。
「だから、これつけてれば保健所の職員がミアをとっつかまえても野良じゃないってすぐ分かるだろ?」
「野良とか言うな!」
「ご、ごめん。あ、いや、そうじゃなくて、つかまったら十中八九命ないんだから。な?それくらいはいいだろ」
「こんなきれいなあたしが、野良に見えるわけないでしょ」
ふてくされている。
「もし見えちゃったらどうするんだよ?つかまったら本当に殺されるんだぞ」
「………」
真次の表情は真剣だった。
……心配してくれてるのか。
「しょうがないな」
ミアはそっぽ向いて言った。
「わかったから、さっさとそれつけちゃってよ」
「よし」
真次はミアの後ろに回りこんで、革のバンドを白い首に巻いた。
「できた」
しゃらん、と鈴が揺れる。
赤い皮ひもと小さな鈴は、白い猫によく似合った。
「どうだ?」
「ふん」
またそっぽを向いて鼻をならした。と、窓ガラスに映った自分が目に入ってくる。
しばらく、それをまじまじと見つめた。
少しずつ物語が動いていってます。あれこれと。
楽しんでいただければ幸いです。