表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の友達  作者: temso
7/12

 猫は翌日から早速仕事をこなした。

 その日は土曜日で授業なんかなかったのだが、そいつはお構いなしだった。

 「アンタがちゃんと説明しないからよ!」

 おっしゃるとおり。弁解の余地もない。

 夜の十一時ごろになると、猫がやってくる。

 寝る前にいろいろと話をした。

 「そういえば、名前なんていうの?」

 「ああ。苅谷真次。お前は?何か名前があるの?」

 「当たり前」

 そう言って猫は一声鳴く。

 にゃ〜。

 「え?」

 「だからぁ、」

 にゃ〜。

 「だってば!」

 「う〜んと……にゃあ〜?」

 「違う!」

 にゃ〜。

 「にゃあああ」

 「ああもう!」

 なんらかの猫的発音があるらしいのだが、真次にはわからない。

 結局、かろうじて名前っぽく聞こえる、という理由から『ミア』と呼ぶことになった。

 「何で母ちゃんとはぐれちゃったんだ?」

 テレビで野球の試合結果を眺めながら真次は尋ねた。

 「あー、それはね。その」

 なぜかミアは口ごもった。

 「どうした?」

 「その。夏の、ある日にね。あたし達の住んでた町ににすんごい夕立がきたのよ」

 「ふんふん」

 「それでその、雷とかもめちゃくちゃ鳴ってて」

 「ふんふん」

 「すぐ近くに『びしゃーん!』って落ちてたりして」

 「ふんふん」

 「それで、怖くなってすぐそばにあったトラックの荷台に隠れてたら」

 「あー」

 なんだか先が読めた。

 「………気づいたら、長野の山奥に」

 「うわぁ……」

 思ったよりひどい。

 そしてはずかしい思い出だった。

 「で、死にそうな思いで帰ってきたら母さんがいなくなってて」

 前の話から換算するに、長野から自分の町に帰るのに五年も費やしたことになる。

 「かわいそうに」

 本当にそう思った。なんだか不幸まみれだ。

 「母さんのこと知ってるのはコロネさんだけ。だから聞いてみようと思ったんだけど」

 「ころねさん?」

 「ああ。母さんの知り合いの人の名前」

 「猫?」

 「うん。コロネさんは猫」

 ややこしいんだよ!

 「コロネさん、居酒屋で飼われてたんだけどね。訪ねていったら、なくなってたのよ。店」

 「あら〜」

 不幸はまだ続くのか。

 「で、よくしゃべってたっていうじいさんに聞いたら、コロネさんは飼い主の引っ越しでこの町にいる、って」

 「そうだったのか」

 真次はちょっと赤らめた目でうなずいた。

 なんてかわいそうで、なんてけなげな猫なんだろう。

 涙もろいやつだった。

 涙もろいやつは鼻水をチーンとかんでから尋ねた。

 「それで、コロネさんには会えたのか?」

 「ううん」

 ミアは首を横に振った。

 「ダメ。ぜ〜んぜんダメ。全く」

 「そうかぁ。でも、がんばるんだぞ。協力するからな」

 「ありがとね」

 白猫はウインクする。あまり見られない光景だが、それはとてもかわいらしかった。

 そして、猫好きにはたまらない光景だ。

 男は思わずミアににじり寄る。顔の筋肉はだらしなくもたれ下がり気味であった。

 「な、何?」

 迫りくる猫好き。ミアは思わず身構えた。

 我慢しきれず真次はミアに飛びかかった!

 フギャア!

 「さわんじゃねえ!」

 毛を逆立てたミアは迫り来る顔面を思い切り引っかいた。

 「うぎゃあ!」

 真次は飛び退く。床を痛い痛いと転げまわった。と同時に、少しばかり反省した。

 そうだった。猫って言っても、こいつは女の子なんだよな。

 俺としたことが、何ということを!

 「いや、ごめんよ。悪かった」

 真次はすなおに謝った。

 「わかりゃいいのよ」

 ミアが言う。やっぱりどこかふてくされた様子だった。

 そんなミアを見て、あることを思いつく。

 「ちょっと待ってなよ」

 そうとだけ言って、部屋を出て行った。とはいっても、部屋数は二つしかないのだが。

 「?」

 がさごそと音がする。

 真次はすぐに戻ってきた。

 両手に牛乳パックとアルミの皿を持って。

 「お詫び。ほら、飲めよ」

 ちょろちょろと注いでやる。が、ミアは動かなかった。

 「……まだ怒ってる?」

 「カフェオレがいい」

 猫は注文を付けた。真次はきょとんとする。

 「へえ、猫なのにカフェオレなんか飲むのか。いいよ。ちょっと待ってて」

 台所に向かう背中に声がかかった。

 「プリンも食べたい」

 「あー、しょうがないな。明日にでも買ってくるよ」

 怒った女の子には勝てないもんな。猫だけど。

 「アイスも」

 「……うん。しょうがないよな」

 半ば自分に言い聞かせるような声で言う。

 「明日はサンマが食べたい」

 「このミルク、脂肪分が少ない。せめて3.8はないと」

 「この部屋ちょっとくさいよ。なんとかしてよ」

 「ちょっとは片付けたら?」

 



 「…………」

 なんてわがままで、なんて面倒な猫なんだろう!

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ