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チッチッチッチッチ………。
時計が回る。現在、朝の六時半。
ジリリリ!
枕のすぐそばで、目覚ましは叫び始めた。
「………………………」
目覚ましをセットした本人が、もぞもぞと動き始める。
「うっさいな」
なおもがなり続ける目覚まし君は、振り下ろされた手によって沈黙した。
眠そうな目をこすりながらむっくり起き上がったのは、ごくごく普通の青年だった。
しいて特徴を挙げるなら、眠そうなことくらいだ。
彼はバカでかいあくびを一つかまして、再び横になった。
くそったれが。何時だと思ってる。
そもそもセットしたのは自分なのだが、彼はそのことを完璧に忘れ去っていた。
彼が睡眠という名の海に落ち込んでから、二時間が経過した。
今度は、携帯の着信音が彼をたたき起こした。
「あああ、もう!」
うるさくて寝られない!
朦朧としたまま電話に出る。
「あい…。もしもし?」
「コラァ!苅谷ァ!」
「ひっ!」
ごつごつした男の声が耳の中で暴れまわった。
とたんに意識が覚醒する。
やっべえ!今日七時半からバイトだった!
「何やってんだ、こんな時間まで!ふざけんなよ!」
「す、すいません。あの、じじじつは何か今日おなかが、そう!腹が痛くて!そりゃもう痛くて痛くて!」
必死の言い訳はむしろ事態を悪化させた。
「ふざけんな!仕事の予約入れた日に限っていつもいつも腹壊す奴がいるか!」
「え、いや、違いますって!先週は盲腸で」
「苅谷!クビだ」
「あ、ちょっ、支店長!」
電話は切れた。
「あああああ」
またやってしまった。これで三度目だ。
「………………………」
落ち込んでいても仕方がない。
こういうところだけはやけにポジティブな青年――苅谷真次は、気を取り直して再びベッドに倒れこんだ。
どうせ登録制のバイトだったんだ。すぐ他のバイトなんか見つかるよ。
そんなことを考えているうちに、真次はまたまた眠りに落ちていった。
驚くほど寝つきのいい男だった。
「お前なあ。勘弁しろよ」
翌日、近所の喫茶店にて。
真次は友人に文句を言われていた。
「お前がクビになるだけならまだいいんだけどな。お前を紹介したこっちまで昨日はさんざん文句言われたんだぞ。支店長に」
文句をたれている彼は、名を寺田晃一という。真次の大学の同級生である。
二人は講義の空き時間によくここへ来るのだった。
「いや、悪かったって。おごるからさ〜。許して、な?」
「はあ………」
晃一はため息をつく。
「それにしてもいいかげん、それ直さないとマズイんじゃないか?」
「何が?」
「だから。そのすぐバイトサボったり辞めたりする癖だよ」
真次はちょっとむっとした。
「サボってるわけじゃない。寝坊だよ。それに昨日のは、クビだった。俺のせいなんかじゃないぞ!」
なんとも情けない主張に、晃一は再びため息をついた。
「一緒だよ………。ったく」
コーヒーをひとすすり。
「バイトだけならまだしも、お前こないだのドイツ語の授業までサボったろ?そろそろ単位やばくなってくる頃なんじゃないのか」
「う………」
当たり前のことなのだが、授業は朝からある。
そして彼はひどい低血圧なのだった。下宿生の彼には、起こしてくれる人がいない。
なので度々寝過ごして欠席してしまうのだが、出席が少ないと単位をくれない教授も五万といるわけで。
特に件のドイツ語教授は、出席日数が一日でも足りなくなればその時点で即刻落とすという風評のある厳しい奴なのだった。
早起きしなければならない。
無論こんなこと、人間としては出来て当たり前のことである。
しかし彼にしてみればそれは、エベレストを踏破することと同じくらい困難に思えることなのだ。
「まあ、なんとかなる………よな?多分………」
薄笑いで尋ねてみるが、ため息が返ってくるだけだった。
さっそく誤字を発見してしまいました(汗)
こんなですが、よろしくおねがいします。