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白の友達  作者: temso
12/12

11

 土曜日。AM8:00。

 真次はむっくりと起き上がった。

 なぜだか目が覚めた。

 ベランダのほうを見てみる。網戸は開いたままだった。

 ミアが帰ってきた形跡はない。

 真次は首筋を掻いた。

 ふくらはぎも掻いた。

 腕も掻いた。

 かゆい!

 網戸を開けっ放しで寝ていたから、蚊が入りたい放題だったのだ。

 「ちくしょう。ミアの奴」

 全部を猫のせいにして、網戸を閉めようとベランダに向かう。

 赤い小さなものが目に止まった。

 首輪だ。この間ミアにあげた、真新しい首輪。

 ベランダの手すりに引っかかっていたそれを、真次はつまみ上げた。

 鈴がしゃらんと鳴った。

 「これって」

 どういうことだ?

 真次はない脳みそを必死に絞った。

 いらなくなった、ってことか?

 コロネさんに会えて、母親の居場所がわかったのかな。

 だとしたら、喜ばしいことには違いないが。

 「声ぐらいかけてくれりゃ良いのに」






 テスト前ということを除けば、いつもと変わらない週末が流れた。

 昼飯のカップラーメン。正午のお笑い番組。今週は特に面白かった。

 冷蔵庫の中身が尽きかけているのを思い出して、買い物に行く。

 スーパーの乳製品売り場。普通の牛乳とコーヒー牛乳が並んでいた。

 「………」

 茶色いパックを手に取る。

 真次は苦笑した。

 もう別にこっちじゃなくてもいいのにな。




 スーパーを出ると、もう日が傾きかけていた。早いもんだと彼は思った。

 そういえば、あさってテストじゃないか。何のんびりしてんだ、俺。

 足を速める。と、前方に小さな影が見えた。

 猫だ。

 野良猫だろう。ゴミをあさっている。

 「………」

 立ち止まってなんとなく眺めていると、大家さんの言葉を、ふと思い出した。

 「保健所、か」

 でも、別に心配することはないだろう。あいつはこの町にはもういないかもしれないし。

 大体今日明日は、お役所は休みじゃないか。

 考えてみりゃ、普通、あんなことがあるわけない。

 夢だったんじゃないか?

 ほっぺをつねってみた。

 「……痛い」

 赤い首輪。

 白猫。

 別に、気にするようなことはないんだけど。

 真次は歩き出した。


 




 気がつくと、閑散とした通りに来ていた。カレー屋のあるところだ。

 目の前には居酒屋。そろそろ営業が始まる時間だ。

 彼は裏手に回って、玄関のインターホンを鳴らした。

 


 訊いてみるだけ。

 


 「はーい」

 出てきたのは中学生くらいの女の子だった。

 「どちらさまですか?」

 「あ、えーと。その」

 とたんになんと言えばいいのか分からなくなった。

 そりゃあそうだ。猫を訪ねていく奴なんて普通いないし、別にここが話に出てきた居酒屋だという確証も無い。

 でも黙ってるのも変だよな。

 思い切って聞いてみることにする。恥や体裁は後回しだ。

 「あの、この家に、コロネさんっていう猫、飼ってない?」

 ああ、なんてこと訊いてるんだろう。普通しないよなあ。こんな質問。

 女の子は目を見開いた。

 「何で知ってるんですか?」

 ビンゴ!だが、しかし……

 困った!

 「えーと、その」

 なんて言えばいいんだよ!

 口ごもっていると、女の子から話しかけてきた。

 「……ひょっとして、猫の声が聞こえるひとなんですか?」

 「え?ああ、そう。うん」

 なんか変な言い回しだが、気にしないことにする。

 「それでさ。コロネさんに会わせてほしいんだ」

 



 

 現れたのは、のっそりしたでっかい猫だった。

 「あんたか」

 渋いおじさんみたいに貫禄のある声がした。

 「コロネさん?じゃあ、コロネさんもしゃべる猫なのか」

 「はあ?知らないで来たのか?……ああ、そうか。ミアの奴だな」

 コロネさんはなにか納得した様子で言う。

 「あのさ。コロネさん。昨日、ミアに会わなかった?」

 「会ったよ」

 あっさりと言った。

 「やっぱりか」

 そうなら、もうあいつは母親のいる町に旅立ったのだろうか。

 

 「……あんたが、ミアの言ってた真次君だね?」

 「え、そうです」

 なぜか敬語になった。

 「ちょいと、話があるんだ」







 

 「ミア?」

 白猫の後姿に声がかかった。

 夕日に照らされて、白は燈色に染まっていた。

 夕日色した猫が振り向く。

 「真次。なんで」

 「俺も、コロネさんに会ったんだ」

 白猫は目を伏せた。

 目の前にあるのは、墓標。

 ここは、墓地だった。

 「あたし達の声ってのはね」

 「うん?」

 「誰にでも聞こえるものじゃないんだ。どういう理屈かは知らないけど。昔はたくさんいたんだって。そういう人間」

 「………」

 「でも、最近になってそういう人がさっぱりいなくなったの」

 ミアは墓標に目を向けたまま、言った。

 「あたしは、生まれてすぐ捨てられた」

 なぜかは分からない。知りたくもない。

 真次は先ほどもらった写真を見た。

 写っているのは、二十代後半ぐらいの男女と、ぽってりした白と茶の猫。

 それと、小さな白い猫。

 「あたしを拾ってくれた。あたしが助けてって叫んでた、声を聞いてくれた」

 「この人が、ミアの母さんか」

 「そう。その母さんが、病気で、なんて。ひどいよ。神様って」

 「………」

 「あたし、どうしたらいいの」

 「……。コロネさんが言ってたよ。お母さん、最後までミアのこと気にかけてた、って」

 ミアは真次を振り向いた。真次はお墓に、持ってきた花を手向けた。

 墓標に手を合わせて、そっと目を閉じた。

 「気にかけてくれてたんだ。せめてお参りぐらいしてあげないと、親不孝になっちまうぞ」

 「……わかってる」

 「だったらさ」

 真次は目を開けて、ミアをそっと抱き上げた。

 「この町に住めばいい。そんで、毎週でも毎日でも、気が済むまで会いに来ればいい」

 「真次」

 「それに来週から、俺テストなんだぞ。約束したろ」

 彼は笑ってみせた。

 この目。

 母さんと、同じ目をしてる。

 「……だったら、今日の晩御飯はサンマね」

 「はいよ」

 「アイスも」

 「どーぞ」

 「プリンもね」

 「……うぅ」

 


 

 墓地を出る直前、ミアは振り向いて花の手向けられた墓標を見た。

 「また、来るからね。母さん」







 「起きろー!」

 鋭い爪が窓ガラス君に食い込んだ。

 ものすごく嫌な音がした。

 「うぎゃあ!」

 「ほら、さっさと起きてよ!遅れるよ」

 「むうー。んん?……ぐう」

 彼の意識はまだ夢の中みたいだ。

 このすさまじい攻撃にすら、真次は適応し始めていた。

 ミアは爪を再度、振り上げた。なんだか楽しそうに。

 「起きろっての!」

 叫んだ白猫の首で、小さな鈴がしゃらんと鳴った。

 友達の証だ。

 飼い主とかペットとか、そういうのじゃなくて。

 横にいて、支えあったり出来る、友達の証。

 



          〜FIN〜





 

 


ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!設定や描写、背景などに大量の問題を抱えつつも何とか完結させることが出来ました。

ご意見ご感想等お待ちしています!

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