プロローグ
初夏。日差しが厳しく照りつける中を、白い猫が歩いていた。
「あ、猫だ」
声を上げたのは、一人の少年。振り返った猫と視線が合った。
が、すぐに猫はぷいとそっぽを向く。そのまま歩き出した。
少年が後を追う。
彼はふらふらと幼稚園の外へ出て行ってしまった。
不幸にも、幼稚園の先生はそれに気がつかなかった。
「にゃあ」
「まって、まって」
白い猫は彼を振り返り、とてとてと歩き出した。あわてて後を追う。
右に曲がり、左に曲がり。一人と一匹は歩き続けた。
白い小さな背中は、塀に囲まれた裏路地へ入っていった。
「?」
覗きこんでみる。薄暗く細い道は少し怖かった。
「あれ」
猫がいない。
とたんに不安になって、周りを見回してみる。背筋が冷えた。
ここ、どこ?
怖くなった。不安になった。
とうとう彼は泣き出してしまった。
しかし、ひとけの無いこの道、通りすがって彼を見つける者はいなかった。
少年はただただ泣き続けた。
誰か助けて。
「どうしたの?」
ひたすら泣きじゃくる彼に、声がかかった。きれいな、女の人の声。
「迷子?」
はっとして振り返る。白いワンピースを着た女の人が立っていた。
「そこの幼稚園の子ね。つれてってあげる。おいで」
安心したら、また涙が出てきた。
女性は苦笑しながら彼を抱き上げると、歩き出した。
幼稚園にたどり着く直前、彼女は彼の耳元に唇を近づけてそっとつぶやいた。
「ごめんね。躾のなってない子で」