第4話 兄と弟
薫と春樹が追う中、二人の男は時折談笑を交わし、若者向けの雑貨店や衣料品店を覗き見ながら、のんびりと歩いてゆく。
やっぱり今日はハズレなのだろう。無駄に鈴木に歩かされるだけだなと予想しながら、薫は横の少年を見た。
その少年の横顔は、は何やらぼんやりと憂いを含んでいるように見える。
「春樹?」
「はい?」
さっきから呼び捨てにしているのだが、気にしていないようなのでそのまま続けてみた。
「なんでそうバカ正直に俺の尾行に付き合う? 自分の用事があるんだろ?」
「・・・ええ、まあ」
「まさか本当に俺に買い物に付き合って欲しいのか?」
笑い飛ばされるのを覚悟で言ってみると、春樹は驚くことに少し照れたように笑った。
「本当です」
・・・おいおい、マジかよ。どういうつもりだい?
このくらいの年頃の子が、34のオッサンに買い物に付き合ってほしいとか、ありえるのか?
服だってなんだって、趣味が違うだろ?
本当に買い物が目的なのか? それとも・・・。
薫は体中の血がザワザワと動きを速めたような気がした。
◇
休日ではあったが、事務処理を溜め込んでしまった美沙は、今日も休日返上で鴻上支店に出勤だった。
PC打ち込みをしている美沙のデスクの端に一人の男が近づき、湯気の立つ煎れ立てのコーヒーをそっと置いた。
「あ、ごめんなさい立花さん。私がお出ししなきゃいけないのに」
美沙がそう言って恐縮しながら見上げると、男は優しげな笑みを作った。
「とんでもない。僕が勝手にフラリと立ち寄ったんだから」
その背の高い、育ちの良さそうな男は立花フランチャイズ探偵事務所の所長、立花聡。
なぜか皆からは所長ではなく、『局長』と呼ばれている。
弟の立花薫とは顔も骨格も性格も似ておらず、線の細い、繊細な容姿をしていた。
そのせいかとても42歳には見えず、メガネの奥の切れ長の目は、絶えず若々しい知的な光を宿していた。
「春樹君はどう? 片腕になってる?」
立花聡は、美沙の斜め向かいの春樹のデスクにもたれ掛かりながら、自分もコーヒーを啜った。
「ええ。時々張り切りすぎて空回りしますが、基本的に勘のいい、賢い子です。良い助手ですよ」
「それは良かった。ところで・・・」
「はい?」
「薫、ここによく来る? 油売りに」
「そうですね。タイムカード用意したいほど、よく来られますよ」
美沙は思い出したように笑った。
「『俺はこうやって息抜きしないと死んでしまうんだ』って悲しそうに言ってましたけど」
「なるほど。相変わらずだな」
「こっちも気分転換になって、楽しいですけどね。他の事務所にもフラッと息抜きに行くのかしら」
「どうかな。他の事務所はオッさんと女の子ばっかりだから」
立花聡は“当然”といった調子でサラッと言うと、窓の外に目をやり、またコーヒーを啜った。
何か、聞き間違いだろうか、と、美沙はキョトンとした顔を立花に向けた。
「女の子がいて、・・・いいんでしょ?」
美沙の声に立花聡は同じようにキョトン顔で振り向いた。
「あれ? ・・・みんな知ってるもんだと思ってたのに。ごめん、忘れて」
「・・・はぁ」
忘れてと言われても困る。今ので100%分かってしまったものを。
そんな噂はちらっと聞いたことがあるが、薫はやっぱり「そっち」なのか。
美沙が困惑した風に視線を泳がすと、立花聡はまた何食わぬ顔で立ち上がった。
「じゃあ、僕はこれで。春樹君によろしく。それから薫には真面目にやるように時々ハッパ掛けてやってくれると有り難いな。忙しいのに、お邪魔してすまなかった」
立花聡は空になった紙コップをゴミ箱に投げ入れると、小さく笑って事務所を出ていった。
立花聡と、立花薫。外見も中身も一見正反対だが、どこか同じものを感じる。
・・・何だろう。
ふと美沙は、昨日見たバラエティ番組の関西芸人の言葉を思い出した。
そうだ、“いらんこと言い”。
兄も弟も、“いらんこと言い”なのだ。
美沙は何となく可笑しくなって、一人クスクスと笑った。