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第八章 ある少女の幸せを願う者達

「……ふむ。どうにかなるものだな」

「どうにかなってしまうものですね」

「そのつもりでやったのなら当然でしょ?」

 宵の淵に達した頃、私達は状況を終了させた。

 強気で言ってみるものの、私はかなりヘトヘトだった。

 あれからどれだけの時間が経過したか――今や立っているのは私達だけ。

 周りには三人で頑張って気絶に追い込んだ同じ顔をした少女達。

 かなりハードだ。

 向こうは確実に殺しに来ているのに対し、こちらは生かす気満々。余裕があればもうちょっとスマートな戦いが出来ただろうけど、生憎と外聞を気にしていられる余裕は無かった。

 そのおかげで私達はボロボロだ。私は立っているのも辛いし、口ではああ言っているけど防人仁美は刀の支え無くして立っているのも難しい、唯一平然としているのはセノーラフさんだが、彼の顔にも疲労の色が見える。まあもっとも逆に言えば私達よりも多くのアインを気絶させたにも関わらず、バテバテな私や防人仁美とは違い、まだまだ余力があるからそれはそれで異常だけど。

「こ、これは……お嬢様!」

 と、沙耶の声が聞こえた。

「あわわ、こ、これは一体全体何事ですか!?」

 屋敷の方から鶴来の声も聞こえてくる。

 二人とも何とも間が悪い。沙耶にも鶴来にもそれぞれのっぴきならない事情があるのは分かるが、駆けつけてくれるならもうちょっとだけ早く来てくれればこんな二人に心配をかける姿を見せなくて済んだのに。

「お嬢様、これは何事ですか?」

 駆け寄って来た鶴来が聞いてくる。

 さて、どう答えたものか。

「それは――」

 防人仁美が口を開こうとしたが、

「見ての通りよ、沙耶。向こうはよほど一実に厳しいみたい」

 私はそれを遮り、そう説明した。

 防人仁美が驚いた顔で私を見たが、今は無視させてもらう。

 それに世の中、別に語らなくても良い事がある。

 私の一実に対する気持ちの様に。

「と言いますと?」

 そう言った沙耶は、何処か不承不承だった。でも、その辺は流石出来るメイド。主人の意見を尊重してくれる様だ。ありがたい限りだね。

「理由は分からないけど、向こうは一実を求めている。それなら一実の居場所を無くしてしまえば良い。そうすれば、一実は良くも悪くも自分達のところへ来るしか無くなる。怒り狂っているなら制圧すれば良いし、絶望の淵にいるなら優しい言葉の一つや二つかけてあげれば良い。一実は気丈に振る舞っているだけで、とても精神的に弱いののは知っているでしょう?」

 今の一実はとりあえず元気になっている。

 でも、それは演技だ。

 見ていれば分かる。一見すると明朗快活で頼りになる子だけど、それは入院時に身につけた『周りが望む防人一実を演じる事』の延長だ。それを気取らせるほど一実は大根役者じゃないけど、ふとした時なんか素の、本当の一実が顔を出し、とても冷めた顔をしている。それは誰かの視線に気付くと無くなり、笑顔に戻るけど何にせよ、一実の元気さは単なる演技だ。

 それはある意味では強いのかもしれない。完璧に自分を偽れる。暗い過去なんて、理不尽な過去を気にしている素振りを見せず、この私でも注意して見ないと気付けないほど完璧に違う自分を演じられるのだから。

 だけど、どれだけ完璧だろうと、どれだけ秀逸だろうと演技は演技。

 演技である以上、それを続けさせない状況を作り出せば、素の一実が、叩けば割れてしまう薄いガラスの様に繊細過ぎる本当の一実が出てしまう。

 そうなってしまえば、一実を陥落させるのは簡単だ。それが例え心無い言葉だとしても、無理難題だとしても、それで自分を保てるなら一実はそれに縋り付いてしまう。それほどまでに一実の心は脆く、儚い、夢の様な代物。

 それを与えるのが、良識ある人だったら良い。

 でももしも、悪意ある人だとしたら、それも一実の能力に目を付けた人なら。

「……そう考えるなら、私達は確かに『悪い人』なのかもね」

「お嬢様?」

「だってそうでしょ? 私達は自分の都合で一実に生きてもらっているのよ? 言葉巧みに説得し、改心させ、生きる事を強要した。あの時、心臓を移植した時だってそう。一実は別に生きる事なんて望んでいなかった。それを私達の都合で本人の意思も確認せず、怪しい臓器だったにも関わらず、ろくに確認もせず、勝手に移植術式を行い、一実を生かした。それは覆らない事実だもの」

 沈黙が当然の様に訪れた。

 当たり前だ。全く、いきなり何を悟って語っているのやら。

「……それでも一実に生きて欲しかった」

 沈黙を破ったのは、折れた刀を納めている防人仁美だった。

「今ならば分かります。あの子は私なんかよりずっと不運だった。身の丈に合わない重責を背負わされ、それをどうにかして背負おうとした。それだけでも大変な事なのに、欠陥を抱えた心臓により満足に生きる事も出来ず、助かったのもつかの間、兄と義姉が死んでしまった。……私が知った風な口を言えた立場ではありませんが、そんな風な目にあって、そのままなんて悲し過ぎます。だからこそ、貴女は、貴女方天道家は一実を生かした。……そうですね?」

「肯定よ。」

「そこまで来るといっそ清々しい」

 セノーラフさんが感心した様に言った。

「セノーラフ様、事実とは言え言葉を選んでください」

「そうそう、語彙が辛辣過ぎるよ?」

 沙耶は事務的に、鶴来は友達に話すみたいに言った。って、ちょっと待て。

「……貴女達、人の事言えた義理じゃないからね?」

「愛されていますね、私の姪は」

 そんな私達に対してか、防人仁美はそう言って、

「それにしても、一実は良くあんな状態で立っていられるものです」

 ふと思い出した様な風情でそんな事を言った。

 セノーラフさんがそれに同意を示す。

「同感だな。普通なら精神崩壊を引き起こしても良いレベルだ」

 やはりそこが気になったか。

「……それは多分、素の一実が喜んでいたからよ」

 聞いた事は無い。恐くて聞けない。でも、そう思える根拠はある。

「と言いますと?」

 防人仁美が待ってましたとばかりに聞いてくる。

「……一実は普通の女の子だった、という話よ」

 そう、あの子は何処にでもいる普通の子だった。

 それがあんな風になってしまったのは、運命とか不運とかそういうあまりにも強大で、その癖曖昧な何かのせいだ。

 それが無ければ、私は一実と出会っていなかったかもしれないけど、そういう『IF』を考えた事はこれまでに何度だってある。

「どういう事だ?」

 セノーラフさんも乗って来た。

「こういう言い方はしたくないけど、そもそもそんな理不尽を抱えて生まれて、おまけに自分の治療費を稼ぐために仕事に没頭して、満足に親の愛情を受けて育っていない子が、世間一般に『真っ当な』と言える子に育つと思う?」

「……耳が痛い話ですね」

 防人仁美は自嘲する様に言った。そのつもりで言ったから当然だ。

「でも、どうしてです? 親子仲は円満だったのでは?」

 防人仁美がそう聞いてくるのは当然だ。そういう風に思う様に話したからね。

「一期様と真実様から一実さんへの思いは本当ですよ。それは傍目でも分かるくらい露骨でした。旦那様も旦那様で呆れますが、子煩悩さでは一期様と真実様が上でしょう。あのお二方は心より一実さんを愛していました」

 その質問には鶴来が答え、

「しかし、一実様から一期様と真実様へは良くも悪くも露骨でした。結論を言います。所詮は口ではどうとでも言える、という事です。確かに一実様は一期様と真実様を好いていた事でしょう。ですが、その愛故に同等の憎しみも持っていたのです。愛と憎――その二つを一実様完璧に同居させていたのです」

 沙耶がその後を引き継いだ。

 防人一実という少女は、そういう少女だ。

 そういう事が出来る、出来てしまうあまりにも器用過ぎた女の子なのだ。

 器用過ぎたために親を愛し切る事も出来ず、

 器用過ぎたために親を憎み切る事も出来なかったのだ。

「……だけど、不謹慎だけど、私はその事に安堵したわ」

 だからこそ、私は一実を好きになったし、憧れたし、守ろうと思った。

 完璧な存在の心配なんて恐らく誰もしない。恐れ多いと思う者もいれば、完璧なんだから心配事なんて無いだろうと勝手に解釈して頼りっ放しの者もいる。

 一実は傍目には完璧だ。

 私なんかより何事においても卒なくこなす。

 だけど、傍目でしかない。

 一実は危うい子だ。無理して立っている子だ。

 そんな子を支えたいと思うのは、人として当然では無いだろうか。

「その意見には不謹慎だが同意だ。多少欠陥があった方が微笑ましい」

 セノーラフさんが変わらないぶっきら棒な調子で同意を示し、

「私もそう思います。……叔母として頑張らないといけませんね」

 防人仁美は何やら決意めいた事を言いながら同意した。

 一応釘を刺して置く事にしよう。

「一実はあげないわよ?」

「そこは今後話して行きましょう。生憎と受けた恩義を仇として返礼するほど腐ってはいないつもりなので」

「……どいつもこいつも独占欲が強いな。カズミもさぞ大変だろうに」

 セノーラフさんの呟きで、私は鶴来に聞く事があった事を思い出す。

「ところで、鶴来。貴女、今の今まで何処で何をしていたの?」

「人を集めて屋敷の片付けをしていました」

「こっちの加勢もせずに?」

「連携を乱してはいけないと思いましたので。それにお嬢様の本気の巻き添えにされたら命が幾つあっても足りませんから」

「私は化物か」

「本気のお嬢様は似た様な物かと」

 このメイド、言ってくれるわね。向こう一年減俸しておくとしよう。

「時にお嬢様、一実様の姿がお見えになりませんが、一実様は何処に?」

 沙耶に問われ、私は返答に詰まった。

 どう答えたものか――そう考えた時、『それ』は唐突に襲ってきた。

「――っ……」

 胸を締め付けられ、脳を直接捕まれ、揺さぶられている様な嫌な感覚。

 いきなりどうして――そう思った時、一実の姿が脳裏を過ぎった。

 果てしなく嫌な感じだ。

 どうして――そんな疑問は要らない。

 理由なんか如何でも良かった。

 何か、いけない。

 一実の身に何か起こったのかもしれない。

 何かをしなければ、一実がどうにかなってしまう。

 どうしてか、そんな予感に駆られた。

 それだけで動くには十分だった。

「二人とも、車――いえ、ヘリの用意をして。早く!」

 沙耶は一瞬戸惑ったものの、すぐに携帯を取り出し、用意を始めてくれた。

 本当に優秀なメイドを持って私は幸せだ。

「カズミの身に何かあったのか?」

 と、セノーラフさんが聞いて来た。彼も何かを感じたのだろうか。

「どうして、そうだと?」

「その様子からすると何かはあったのか」

「質問に答えて!」

 つい声を荒げてしまった。でも、今の私に体面を取り繕う余裕は無い。

「俺は別方面だ。先ほどまでは何も感じていなかったが、今し方思い出したくも無い奴の気配を感知した。で、よくよく探ってみればそこにはカズミの気配も感じられたが、どうにも様子がおかしい。そんなところにカズミと親しい貴女の急な変調。これで何か無い、と思う方が無理だと思うが?」

「……貴方は何者なの?」

 私は直感した。セノーラフさんは、一実や防人仁美と同類だ。

 少なくとも、真っ当な、生粋の人間じゃないのは多分間違いない。

 だって別方面と言った。それが何なのかは分からないが、それは恐らく一実や防人仁美が有している様な物理法則を無視する何かである事は間違いない。そう考えれば、この人がまとう妙に浮世離れしていて、外見不相応に近寄り難い雰囲気にも一応の説明はつく。

「そんな事より今は優先すべき事があるだろう?」

「そうね。……では、これを」

 私は受信機を取り出し、彼へと放った。彼は難なく空中で掴み取った。

「これは?」

「一実に仕掛けた発信機の受信機です」

「良く気付かれないな?」

「無理です。何せそれは一実の体内に仕込んでありますから」

「……それは人道的にどうなのだ?」

 言われると思ったが別に気にしない。罪は露呈しなければ罪じゃないのだから。

 私は目にかかる前髪を掻き上げてから言った。

「言ったでしょう? 私にとっての最優先事項は一実だと。その人物の安全を確保するのにはそこまでの事をしなければいけなかったのよ」

「まああれでは仕方ないか」

 彼は受信機をコートのポケットに滑り込ませた。

 そこでヘリが屋敷に到着し、ヘリから吊り梯子が下ろされてくる。

「セノーラフさん」

 私は彼を指差した。

「改めてお願いするわ。一実と一緒に帰って来て」

 彼は苦笑し、

「了解した。後はサンタがプレゼントを運んでくるのを待っていてくれ」

 肯定し、軽く手を振りながら背を向け、ヘリへと歩き出した。

 あの人、何処まで把握していたのだろう。

 私はヘトヘトだ。正直立っているのもしんどい。

 だから、その言葉に甘えるとしよう。

「「お嬢様!」」

 慌てる沙耶と鶴来の声を聞きながら、私はまどろみに身を委ねた。

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