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第三章 お嬢様の奮闘

「お帰りなさいませ、お嬢様。いらっしゃいませ、一実様」

 家に到着すると、メイドの沙耶《さや》が出迎えてくれた。

 そこまでは良かった。

 問題はこの後に起きた。

 挨拶を終えた沙耶は、私に近づき、耳元でこう囁いたのだ。

「(お嬢様、防人家より防人仁美《さきもりひとみ》様がお越しになり、お待ちにございます)」

「なっ……」

 声に出しかけ、思わず口を噤む。

「? どうしたの、知美?」

 しかし、耳聡い一実の耳には入ってしまったそうだ。

 さて、どうしたものか。この案件は一実の耳には絶対に入れるわけにはいかない。いかないのだが、防人家。何でお前達はこうもタイミングが悪く、それでいて一実との時間を毎度の様に木っ端微塵にしてくれるのか。

「一実さん、私達は先に上がり、お召し物を換えていましょう」

 そうこうしていると、多分私の動揺で状況を悟っただろう鶴来がフォローしてくれた。サンキュー、鶴来。本当に出来る従者を持つと主人は楽で良い。

 ところが、人の感情の動きに機敏な一実はそう簡単に誤魔化せなかった。

「ダメ。知美の様子が変だもん」

 ああもう、何で貴女はこういう時だけそんなに鋭いのよ。

「何でも無いわ。先に入っていて」

「却下。さっきとは違う意味で様子が変だもん」

 そう言うと思ったわ。仕方ないいつもの手法で切り抜けるとしよう。

「ちょっとした仕事上のトラブルよ。一実が気にする問題じゃないわ」

 嘘は言っていない。防人家と一実の問題も天道家にとってはトラブルである。

 しかし、耳聡く、目聡い一実は引いてくれない。

「嘘。そんな感じじゃなかった」

 だから、どうして貴女はこういう時ばっかり鋭いのよ。

「……ちょっと大きなトラブルだったからね、それで驚いちゃったの」

 これでどうだ? というかお願い、これでどうにかなって。

 その願いが通じたのか、一実は不承不承ながらも頷いてくれた。

「……なら良いけど、あんまり無理しないでね」

 そこで、隙有りとばかりに、鶴来が一実を屋敷へと強引に入れた。

「ささ、一実さん、中へ参りましょう! ふふ、今日はどんな服が良いですかねー。以前は深層のお嬢様風でしたから、今日はゴシック系にしてみましょうか。またまた大和撫子風にしましょうか。何でもござれですよー」

「ちょ、鶴来さん!? 欲望が駄々漏れですよ!? 知美、助けて~」

 助けを求める声は小さくなっていく。ごめんね、一実。いつものことだけど今回も助けてあげられないわ。そういう服を着た一実は私も見たいから。

 一実は何と言うか女の子らしくない。私も特別こだわった事は無いが、一実の場合は『肌が隠せて動き易いなら何でも良い』というのだ。それなのに『動き難くて嫌』という意見には大いに賛成だが、一実はあの手の服が結構似合う。元々守ってあげたくなるような顔をしているけど、あの手の服を着るとその魅力には拍車がかかり、上目遣いでもすればそれで頼みを聞いてあげない異性はいないだろう、と私は確信を持って言える。罪作りな女の子である。

 一実の声はどんどん小さくなり、最終的には聞こえなくなった。

「お嬢様、一実様は鶴来と供にお部屋に入られました」

「ようやくね。上手く誤魔化せて良かったわ」

 答えつつ、私は屋敷へと入る。沙耶が後ろから付いてくる。

 そんな沙耶へ私は歩きながら尋ねる。

「向こうの用件は?」

「いつもの事です」

「しつこいわね。……あんな真似をしておいて」

「向こうには向こうの事情があります」

 それは分かっているつもりだ。私もあの時は一実と同じ気持ちになったものだが、時が経ち、お父様の仕事を手伝う様になってからは誰にでものっぴきならない事情がある、という事は理解した。

 そのつもりだが……それでも向こうが一実にした事は許せそうにない。

「お嬢様」

 呼ばれて応接室を通り過ぎていた事に気付く。

「ありがと、沙耶」

「どういたしまして。お嬢様、私はお茶を用意して参ります」

「お願いね。粗茶で良いわよ」

「心得ています」

 沙耶を見送り、私は応接室の扉を開けた。

「急な訪問申し訳なく思います」

 私が応接室に入ると、中で待っていた防人仁美は立ち上がり、一礼した。

 そう思うならば来ないで欲しい。

 防人仁美――一実のお父様――防人一期《さきもりいっき》の妹だ。絵に描いた様な大和撫子。艶やかな黒髪に優しい黒の双眸。痩身を包み隠すのは藍色の着物だ。祝日でも無いのに着物を着ているのは普通なら変なのだが、この女性が着ると普段から着用しているからか、容姿の成せる技か。まるで違和感が無い。

「お待たせして済みません。学業の最中だったもので」

「お気になさらないでください。非はこちらにあります」

「お気遣いありがとうございます。どうぞ座ってください」

「では、お言葉に甘えて」

 私達は座る。

 と、控えめなノックが二回した。沙耶が来たのだろう。

「入って良いわ」

「失礼します」

 そう言って沙耶は扉を静かに開け、用意したお茶を持ってくる。この香りは緑茶か。沙耶の奴。何も相手の趣味に合わせなくて良いだろうに。

「それでご用件は?」

「勿論、我が姪・防人一実の事です」

「こちらの答えは変わりません」

「その理由もですか?」

「はい。何より、一実がそれを望んでいません」

 この人の目的は、一実を引き取る事だ。

 経緯は、三年前まで遡る必要がある。

 三年前、一実の両親は飛行機事故で無くなり、一実は両親同士の縁で私達天道家が養子として迎え入れる、とお父様が決定した。すぐに準備が整った事から、一実の両親に何かあった場合にはそうするつもりだったのだろう。

 そこでめでたし、めでたしなら良かったのだが、問題は葬儀の場で起きた。

 一実が知っていたのかどうか知らないが、私は一実の実家である防人家というのは古くから地主として、また剣客として有名な名家である事を知っていた。一実のお父様はそこの九代目当主であり、誰もがそうなる事を信じていた。

 ところが、それは叶わない。

 一実のお父様は、一実のお母様――真実《まみ》さんと駆け落ちしたのだ。

 古い名家に良くある事だ。言い方は悪いが、真実さんの家格は一般的であり、防人家と並ぶ物ではなく、八代目の防人一斉は一期さんと真実さんが結ばれる事を断じて許さず、一期さんは駆け落ちという手段を強行した。

 この事を防人一斉は息子の乱心と判断し、息子を乱心させた真実さんを絶対に許さなかった。お父様から聞いた話だと、二人は追手を掻い潜り、自分を頼りにして飛鳥市までやって来た、と話していた。その事からも真実さんに対する防人一斉の嫌悪感がどれほど深く、また一期さんが防人家にとっては重要な人材だった事は深く聞かずとも窺える。

 そんな防人一斉《さきもりいっせい》が葬儀の場に現れ、事件は起きた。

 あろう事か、あの糞爺は失意のどん底にいる一実に対し、小刀を一実の前に放り、とんでもない暴言を口にしたのだ。

 ――『死んで詫びろ。魔女の娘よ』

 それを言われた瞬間、一実はあろう事かそれを受諾した。

 でも、その後に小刀を持った一実はこう言った。

 ――『でも、それは貴方を殺してからね』

 あの時の一実の殺気は、尋常じゃなかった。

 そんな一実に対し、私とお父様、そして防人一斉と防人仁美は動いた。防人一斉は一実から距離を取り、私とお父様、防人仁美は小刀を抜いた一実を強引に取り押さえた。私とお父様は一実に殺人を犯さないため、防人仁美は父を守るため、防人一斉は殺されないため。私を含め、お父様も防人家の二人も『達人』と言える部類に入るほど武芸は達者だった。特にお父様と防人一斉はその中でも上の上。

 一実の殺気は、そんな達人四人を本能的に動かす代物だったのだ。

 それが、防人家が自分達にとっては忌み子とも言える一実を欲する要因である。

 信じられない話だが、防人家は普通の名家じゃなかったのだ。

 その実防人家は、代々悪霊や怨霊から人を守る事を生業としていたそうだ。地主というのも、剣客として有名だったのも全てはそういう本業を隠すための体の良い、常識的な建前だったのだ。

 で、それは今も続いているそうだ。

 それ故に、防人家は一実を必要としている。全ては代々受け継がれ、誰かがやる事で、自分達が矢面に立つ事で保たれている平穏を守るために。

 それを全うするに辺り、実力は当然の如く求められ、一実のそれは使命感という大義の前には親子の情も私心も、そして恨みさえも押し殺すことが出来る防人一斉の御眼鏡に見合う代物だったのである。

 だから、防人家はこうして諦めずに人を寄越してくる。

 今までは使い走りだったが、とうとう一期さんに代わり九代目当主として今では防人家を支えている防人仁美が出張って来た。

 それだけ、防人家にとっては重要な問題なのだろう。

 私も私情を挟まないならその行動は理解出来る。しかし、出来るものの、それでもあの日、あの時防人一斉が一実にした事を私達天道家は許せそうにない。

「――本当にそうなのですか?」

 しばらくして、防人仁美が妙に自信に満ちた風情で口を開いた。

「無論です。防人一斉が負わせた心の傷がたった三年で癒えるとでも?」

「それを出されると返せる言葉もありません」

 肯定はした。しかしその声色には未だに自信が満ちている。

「ですが、こちらとしては半信半疑です」

「何――と申されますと?」

 思いも寄らない一言に一瞬素が出そうになった。危ない、危ない。いくら腹立たしい相手だからとはいえ、相手は年長者だ。そのくらいの礼儀と節度は持ち合わせている。そうしないとお父様にも迷惑がかかる。

「私達はあれ以来、一度も一実と顔を会わせておりません」

「――つまり、私達が嘘を言っている……そう仰られるのですね」

「如何にも」

 防人仁美は凛とした声のまま続ける。

「一実が未だに父の事を恨んでいるのだ、というのは容易に想像する事が出来ます。ですが、天道家は権力にて灰を白としました。血筋という確かな繋がりがあるにも関わらず。そこにはそちらの理由があるのでしょうが、そちらはあれ以来一実に私達一同が会う事でさえ許してくれてはいません。それ故にこちらは邪推せずにはいられません。ましてや一実は兄の忘れ形見。そんなあの子ならば気持ちはどうあれ、防人家に来る事自体は別に問題無いはずなのですから」

「一実ならば? それは何を根拠に?」

「時に、あの子は凄まじく割り切りが早くありませんか?」

 ドキリとした。流石と言うべきか。防人仁美の言う通り、確かに一実の割り切り方は時折私でも驚かされるくらいだ。何せ、あの時でさえ、一実は両親を失った悲しみから防人一斉を殺害する事に思考を切り替えた。そういう前提だと殺意が何もかも忘れさせた、と受け取る人もいるかもしれないが、あの動きは本能的な動きじゃない。あれは本能と理性が合わさらないと実現不可能な代物だ。

 それを分かっている、という事はあの判断力は防人家の特殊技能か何かなのだろう。悪霊や怨霊などと言う存在を相手に何かを守りながら戦う事を生業としていたのだから、それくらいの判断力は遺伝的な物と言われても驚きは無い。

「……確かに一実の判断力は時折驚かされる事があります。しかしながら、それと一実が防人家に行く話とどのような関係性があるのでしょうか?」

「我が防人家が破邪を生業としていたのは存知ですよね?」

 私は首肯した。

「それは今も変わらず行っています。知美さんがご存知かどうかは分かりませんが……そうですね。時折、一実が急に席を立ったり、その場から強引に離れたり、果ては急に姿を消した時……そういう経験はございませんか? そしてそういう事が起こった後の一実は何処か疲れている様子じゃありませんでしたか?」

「どうしてそれを――」

 口にしかけて慌てて口を噤んだ。

 しかし、時既に遅く、防人仁美は得心した様に目を伏せていた。

「そういう事があるのなら、あの子もまた防人の人間なのです」

 まずい流れだ。しかし、情報も欲しい。判断材料とする情報が。

「そういう場合、我々破邪は代々受け継がれて来た生業を行っている時なのです。兄の才覚は濃厚に一実に受け継がれているのでしょう。父は私を認めてくれていますが、私は感知する事は出来てもそれは微弱な物であり、時折判断に困る場合がありますので。その点、一実ははっきりと感知し、破邪としての役割を内密に全うしているのでしょう。私も学生時代は学業と家業を両立していました」

「……それで?」

「ですが、兄は類稀なる才覚を有していたために多少自分なりに改良して防人の技術を行使している、と父は言っていました。改良そのものは問題ありません。しかし、私達は同じ破邪として一実が有している技能を見極め、もしも訂正する箇所があるならば正さねばならないのです。破邪の技能、防人の技術は人を守り、かつ霊的な存在と人間の共栄を保つ刃である事が大前提。それを不完全なままで振う事を許してはならないのです。使い方の分からない道具を無理矢理使おうとするのは危険でしょう? 一実が有している技能はひょっとしたらそういう類の物だ、という事です」

「……だから引き取り、然るべき教育を施したい――そういう事ですか」

 防人仁美は静かに首を縦に振り、すっかり冷めた緑茶を飲んだ。

 実際のところはどうなのだろうか。私は一実がそういう事をしているところをこの目で見た事は無い。ただ、一実は『見える』と言っているし、一期さんから教わったと言っている護身術が恐らく防人の技術なのだろう。時折組手をする事があるけど、私が見る限り、一実は一期さんから教わった技術を物にしている様に思える。唯一気がかりなのは『奥義は教えられなかった』という事か。

 だが、防人仁美の情報を整理すれば、一実は自分の実力を不安視している、という事になる。そう言われてみると、確かに一実が私やお父様との組手の際、本気で打って来た事はこれまで一度も無かった様な気がして来る。本気を出せないのか、本気を出す事を恐れているのか。確かにあの時以来、私は言われてみると一実の本気を、あの時戦慄した技能を見た事は無い。

 だからなのだろう。他者を重んじ、いや他者のためならば自分の事などどうでも良いと思っている一実の事だ。悔恨はどうあれ、自分の技術を完璧な物とするために防人家に引き取られる事に首を縦に振る可能性は十分に有り得る。それは例え、あの忌々しい糞爺がいるとしても、だ。

「それが叶わぬなら、せめて私が一実と一緒に住む事の許可をください」

「何ですって?」

 不意打ちの要求に私は思わず素で返してしまった。

「あ、す、すみません。あの、それはどういう意味でしょうか?」

「気遣いは無用です」

 微笑で言い、茶菓子を摘み、お茶を飲んでから防人仁美は続ける。

「あの家では一実も過ごし辛いでしょう。いくら父がいなくなったとは言え、我が家にはあの子を自らの手で殺したいと思っている者がいます。私を含めて」

「……防人一斉は他界なされたのですか?」

 お父様なら知っているかもしれないが、私は初耳だった。

「ええ。あの葬儀の後、帰宅なされてすぐに自害しました。自分の心無い一言で才覚ある者を鈍らにしてしまった、と嘆き、後を私に託して」

「そうですか……」

 一実が知ったらどう思うだろうか。死んで清々した、と言うか。それとも平然と肯定するのか。はたまた自責の念に駆られるか。……一実ならきっと最後だ。あの子は他者に対して優し過ぎる。性善説を妄信しているんじゃないかと思うくらい、相手がどんな腐れ外道でも優しく接するから。

 それはそれとして、この人はとんでもない事をサラリと口にしている。

「恨んでいる人と一緒に暮らす事を許せ……それが通るとお思いですか?」

 一瞬でも良い人かな、と思った私が愚かだった。この人も結局は防人家の人間だった。それだけ一実にとっても、防人家にとっても防人一期という人物は何物にも変えがたい人だったのだろうけど。

「思っていません。しかし、私も防人の人間です」

「だから、一実への恨みを押し殺し続けられる、とでも?」

「ええ。一実も含め、防人の人間というのはそういう人間なのです。役割の前には恨みだろうが、悲しみだろうが割り切り、邪を討つ。一実があの日、あの場でした事は当然お忘れでは無いでしょう?」

「……確かにそうですね」

 にわかに信じ難い、と言えれば楽なのだが、生憎と一実という実例を見てしまっている。一実なら『防人のため』という大義名分により防人一斉への殺意を考えない様にする事くらい造作も無いだろう。実際問題、あの時はあれだけ殺意を持っていた一実も、以前防人家の話題を出した時『向こうには向こうの事情があるんだよね』と自分の行動を後悔している返答をしたくらいだ。

「いかがでしょうか?」

 これまでとは違い、見直すべき点、考えられる点は多い。

 だけれども――、

「申し訳ありませんが、どちらも許可する事は出来ません」

 だけれども、私の気持ちは変わらない。

「何故です?」

「私は貴女を危険視しているからです。確かに一実を見ていると貴女が言っている事は実現可能であるとは思います」

「ならば」

「しかしです」

 私は防人仁美の言葉を遮る。こちらの話は終わっていない。

「貴女方が一実に抱いている憎悪は本物です。それ故に例え一実という実例を見ているとしても、そんな危険な思想を持っている人達に優しい一実を――あの日の事を後悔している一実に指一本触れる事は、例え世界中の全てが許そうと、私が、我が天道家が許さず、認めません」

 防人仁美の目が少しだけ見開かれた。

「……あの子は父を許したのですか?」

 動揺した声だった。それだけ衝撃的だったのだろう。当然だ。今は苦い思い出となっているが、あの時は私でさえ『正気なの?』と尋ね返してしまったから。

「いえ、恨んではいます。ですが、一実はこう言いました。『あんな人でもパパのお父さん。そんな事したら、それであたしの気持ちは晴れるけど、パパは悲しむからね』と言ったのです」

 返事は少し待ってみても無かった。

 沈黙は肯定の証だ。

「これで話を終えましょう。再度申し上げますが、貴女のような危険な思考を持っている人が当主となっている今、一実の引き取りは却下であり、一実と同居する事も断じて許しません」

 私は席を立ち、扉へ向かいながら沙耶に言う。

「沙耶、客人がお帰りよ。外まで送ってあげて」

「かしこ」

「結構です。一人で帰れます」

 平然としているが、若干怒気が入り混じっている。

「そうですか。では、お帰り下さい」

 私は扉を開け、外を示した。防人仁美は目礼し、扉へと近づいてくる。

 すれ違う間際、防人仁美が小声で呟いた。

「新月の晩には気を付ける事です」

 やれやれ、相当ご立腹の様だ。よりにもよって殺人予告とは。

「安い挑発ね。その程度で一実と張り合うなんて片腹痛いわね」

「……部外者に何が分かるのです?」

「その台詞をそっくり返すわ。貴女にあの時の、長い、長い入院生活から解放され、ようやく親子揃って暮らせるという時に、ようやく親孝行出来ると思った矢先の事故で両親を失い、その悲しみと両親への親孝行という生きる希望を失った一実の気持ちを理解出来る?」

「入院?」

 防人仁美の足が止まった。

 なるほど。だからか。まあそんな事だろうと思ったけど。一期さんは駆け落ち同然であり、お父様と出会ってからはお父様が安全安心して暮らせる様に取り計らっていたから、一実の事を防人家の人間が知らないのは当然だ。

 仕方ない。手土産に語ってやるとしよう。

「ええ、そうよ。一実はね、生まれた時から心臓に欠陥を抱えていたの。原因不明の機能障害。様々な医療機関が白旗を揚げ、心臓の交換という根本的な解決方法でしか回復が見込めなかった理不尽な事情をあの子は抱えていたのよ」

「……それは今もですか?」

「いいえ、幸運にも提供者が見つかってね。一実からは『別に生きられないわけじゃないから後回しで良い』なんてお人好しな事言っていたけど、幸か不幸か提供者が見つかったのは欠陥を抱えた一実の心臓が完全に止まった時だった。それまでは心肺停止してもすぐに息を吹き返したけど、その時ばかりはどれだけスタッフが頑張り、声をかけ、誰もが願ったけど息を吹き返さなかった。そんなタイミングだったから、移植はすぐに行われ、結果一実は生き長らえた。あの日から私は神という存在を信じる事にしたわ。一実に奇跡をありがとうって」

 一実は私が一実を知ったのは高校に入ってからだ、と思っているが私は一実の事をかなり早い段階から知っていた。お父様とお母様が話しているところを聞いてしまい、そして一実が誰でもない私の事を考え、私との接触を控えたい、という話を聞かされた。それを聞いた時から、私は自分自身に誓ったのだ。自分を省みず他者の事を思いやれた彼女を見習い、私もそういう人間になろう、と。

 だから、お父様から一実の身に起こった事を聞いた時は、心臓が止まりそうになったし、自分の心臓を捧げても良いとさえ思った。そして、一実が助かったと聞いた時にはお父様と一緒になって自分の事の様に喜んだものだ。

「――これで理解してくれたかしら? 一実と貴女の差を」

「……流石兄さんの子供です」

 そう呟き、防人仁美は目礼して再び歩き出した。

 さて、随分と時間をかけてしまった。

「沙耶、今何時?」

「二時半を回っております」

「嘘、一時間半も経っているの?」

「はい。鶴来は上手くやってくれた様ですが、一実様を長い間待たせてしまいましたね。ちなみに昼食の方はご心配無く。防人仁美の来客により、食べ損ねる事になる事は明白だったので用意しておりません」

「何ですって? じゃあ一実はどうしているの?」

 そう聞くと、沙耶は微笑とも苦笑とも取れる笑みをした。

「つくづく優しい方です。一応先に食べる事をお勧めしたのですが、知美と食べた方が美味しいから知美の用事が終わるまで待っています、と言われましたので用意は取り止めにし、お茶の時間に軽めに取る様に取り計らいました」

「全く、あの子ってば……」

 相変わらずの態度に思わずため息が出た。その言葉はとても嬉しいが、待たせてしまったこちらとしては肩身が狭い事極まりない。防人仁美め、やはり手土産に一実の過去など語らず、とっととお帰り願うべきだった。

「と、噂をすれば影ですね」

「あ、知美。もう終わったの?」

 沙耶の声と一実の声が重なった。

「お嬢様、今日は当初の予定通り、黒のゴシックロリータを着て頂きました。如何でしょうか?」

 ついで鶴来の声が聞こえたが、一実に見惚れていて反応する事が出来なかった。黒を基調としたゴシックロリータ、頭には白のヘッドドレス。セミロングの黒髪は耳の辺りでレースが付いたリボンにてツインテールにされている。

 何と言うか、凄まじい破壊力だ。

 なるほど、これが『萌え』というやつなのだろうか。正直その手の文化には疎い方だが、この可愛さはこの世の最終兵器なのでは、と思える驚愕の可愛さである。私が一実に友愛以上恋愛未満の感情を差し引いても可愛い。似合い過ぎだ。

「鶴来さん、やっぱ着物の方が良かったですって。知美固まっちゃ」

「そ、そそそ、そんな事無いわよ、一実! 凄く、物凄く似合っているから安心なさい! 例え神が認めずとも、この私がそれを保証してあげるから!」

 言って、私はハッとした。何やっているんだ私!

「そ、そう? それなら嬉しいけど……」

 そう言って、一実は照れ臭そうに頬をポリポリと掻いた。

「ああもう、だから可愛過ぎだって……」

「はへ?」

 一実の声でハッとする。だから何やっているんだ私!

 すると、そこへ沙耶がボソリと呟いた。

「お嬢様、本音が駄々漏れです」

「沙耶、冷静に突っ込まないで!」

 突っ込んだのもつかの間、今度は鶴来が口を開いた。

「そうだよ、お姉ちゃん。それに仕方ないって。何と言うか、ここまで似合っていると何かもうメイド服着ていても負けた気がするし、それほどまで魅力的だからお嬢様が一実さんに欲情しちゃって、ついうっかり本音を口走っちゃうのはもう刃物で人肌切れば血が出て来るくらい当然の事なんだから」

 な、何て事を口走るんだ、このメイド達は! くそう、前言撤回だ。優秀な事は良い事だが優秀過ぎるというのは考え物だ。

「鶴来、わ、わわわ、私は欲情なんてしてないわ! それと表現がスプラッタ過ぎよ! もう少し可愛らしい表現にしなさい! いやそういう問題じゃないのだけれどね! ああもう、主人に突っ込ませるな、この出鱈目イド!」

 そう言うと、拍手がした。一実が感心した様な顔でしていたのだ。

「おお、的確な突っ込み。天道家のお嬢様は突っ込みも完璧なんだねー」

「一実、そこは褒めるところでも感心するところでもないわ!」

「うっ、ご、ごめん……」

 途端、しゅんとする一実。

「あ、ち、違うのよ! これは流れるままに言っただけで別に一実を怒ったわけじゃないの。だからそんな顔しないで。一実が悲しいと私も悲しいから。ああもう、二人のせいよ! さっさとお茶の用意でもして来て!」

「だそうですよ、鶴来」

「そうだね、お姉ちゃん。でもさー、お嬢様って本当に露骨だよね。もう慣れたけど今の見た? 私達と一実さんに対する態度の違い。次代を担うお人がこういう差別的な事をするのは、私としてはどうかなー、なんて思うのだけど、お姉ちゃん的にはどう思う?」

「私ですか? 私はこの方が好感を持てて良いと思っています。それに好意的に捉えれば、お嬢様は私達にも感情を露わにしてくださっています。それは私達に心を開いてくださっている事の何よりの証明ですからね」

「うーん、それもそうだねー。というわけで、お嬢様。前言撤回です。メイドの分際で妙な事口走って済みませんでした。そして不肖のメイド・近衛鶴来は早速とばかりに名誉挽回、汚名返上のためにお茶と軽食の準備をして参ります。というわけで、お姉ちゃん。後の事よろしく~」

 などと言って、鶴来はそそくさと厨房の方へと向かって行った。身のこなしは軽く、ホップステップジャンプ、といった感じだ。鶴来のああいうところは好感が持てるものの、メイドとしては如何な物だろうか。まあもっとも沙耶も鶴来も礼儀と節度――つまりはやり場は心得ているから何も問題は無い。

「では、私も妹に見習うとしましょう。お嬢様、お茶会の前にお召し物を換えましょう。何時までも制服のままでは絵になりません」

 そしてこの切り替えだ。本当に有能なメイドである。

「私はこのままで良いわ」

 というか、私としては一実との時間に回したい。

「ふむ……。こんな事を申されていますが、一実様はどう思います?」

「沙耶さん、さん付けでお願いします」

「これは失礼しました、一実様」

「……もしかしてわざと?」

「はい。一実様が困る顔があまりにも可愛らしいので」

 賛同してはいけないところだが、沙耶、私もその意見には大いに賛成だ。それ故に私も沙耶が一実をさん付けで呼ばない事を注意しない。沙耶も沙耶で嫌なメイドだが、私も私で嫌な友人である。

「全くもう……でもさ、知美、着替えた方が良いって。というか、着替えよう。あたしがこの格好したのだって知美が着替えるからなんだし」

 果て、そんな約束した覚えは全く無い気がする。

「……私、そんな約束した?」

「ううん。でも、こう言えば知美は着替えるって鶴来さんが言ってたよ」

 なるほど。だから鶴来は体良くこの場を去ったのか。逃げ足の速いメイドだ。

 でもまあ、そういう話で、他ならぬ一実の頼みならば仕方ない。

「分かった。でも、ゴシックロリータは着ないわよ」

「わー、この仕打ち。知美だって似合うよ、ゴスロリ」

「それ、着替えるのが面倒なのよ」

「うわ、言い切ったよこの人。沙耶さん、他人に着せておいてこの発言は無いと個人的には無いと思うんですけど、その辺どう思います?」

「お嬢様にはゴシックロリータよりもドレスが似合いますから」

「それは……確かにそうですけど……」

「でしょう? というわけで、お嬢様にはうんと背中が露出しているタイプのドレスを着てもらいます。それで譲歩してください、一実様」

 ちょっと待って。何勝手に話を進めているのよ。

 そう突っ込もうと思ったら、一実に先手を打たれた。

「あー、ああいうタイプですか? うーん……それならまあ良いです」

「話は決まりましたね。ではお嬢様、まずはお部屋に行きましょう」

 沙耶は私の背中を押しつつ、一実に振り返って聞いた。

「一実様は如何なさいます?」

「うーん、そうですね……先に言っている事にします。場所は何処ですか?」

「えっ、行っちゃうの?」

 付いて来てくれると踏んでいただけにちょっと驚きだ。

「うん。ちょっとお手洗いに行きたいし」

 お手洗いか、それなら仕方ない。

 それにしても場所か……。実はお茶と言うのは単なる口実に過ぎない。私は一実と少しでも多くの時間を共用したいだけだから。だからお茶に誘ったのは良いけど、何処で飲むかまでは決めていなかったりする。

「屋上でございます。今日は天気が良く、春の陽気が心地良いので」

 と、沙耶が助け舟を出してくれた。

 一実は頷く。

「分かりました。それじゃまた後で」

 クルリ、と一実は踵を返した。

 私達も急ぐとしよう。

「と、そうだ」

 と、一実が唐突にそんな事を言った。私達は振り向く。

「どうかした?」

「どうしました?」

 振り返った先には一実の笑顔があり、そんな顔の一実はこんな事を言った。

「知美、ありがとね」

 唐突な感謝――いやそうでもないか。

 恐らく、一実は私と防人仁美のやり取りを盗み聞きしていた。多分私の帰りがあまりにも遅いから気になったのだろう。私に負けず劣らない心配性な一実の事だから。一実が本気を出せば気取られずに盗み聞きくらい朝飯前だ。鶴来がどうこういう話じゃない。一実が出鱈目過ぎるのだ。

 でも、でもそれは私の推測に過ぎない。限り無く黒に近い灰でも一実がそういう事をしていた、という証拠は何処にも無い。鶴来に聞いても証拠を掴む事は出来ないだろう。きっと口裏を合わせているだろうから。

 一実の表情はそんな事をまるで感じさせない。

 ならば、私の態度は一つだけだ。

「……どうしたの急に?」

「えへへ、その、ちょっと言いたくなってね。ごめんね、呼び止めて」

「そう……。それじゃ、どういたしまして、と返させてもらうわ」

「そうしてくれると助かるよ。それじゃあまた後でね」

 そうして、一実は今度こそお手洗いに向かって行った。

 いや、どうだろう。本当にお手洗いなのか。防人仁美の話を信じるなら、ひょっとしたらそんなのは単なる体の良い口実で、その実あの子は私の知らない場所でその身を磨り減らしているのでは――、

「お嬢様」

 沙耶の鋭い呼びかけに、私は思考を中断した。

「気持ちは分かります。ですが」

「良いわ、沙耶。皆まで言わなくても」

 その事を考えるのはやめよう。

 それに――私達にはそれとは別に考えなければならない事がある。

「時に沙耶、首尾はどうなっているの?」

「進展は特にございません。向こうも中々やります。これだけ派手に動いているにも関わらず、我が天道家の情報網に引っ掛からないのですから」

「そう……。それにして一実に何の用なのかしらね、襲撃者達は」

 一実は命を狙われている。理由は不明。そもそもその理由があるのかどうか。一実はバレていないつもりだろうけど、バレバレだ。プライバシーもへったくれも無いが一実に関する事で我が天道家が掌握していない事はほとんど無い。あるとすれば一実を狙う下衆で下劣な輩とそういう指示を出しているだろう黒幕だ。何が目的で一実を殺そうとするのか。それが分かれば攻勢に打って出る事も交渉する事も可能なのだが、敵は中々尻尾を掴ませてくれない。

 ともあれ、一実は同族と異形――その両方を相手にしているのだ。

 そして、一実はそんな事少しも感じさせない。

 それが……堪らなく痛々しく、見ていられない。

 一実は、他者に対しては献身的、と言ってしまえるほど優しい。

 そんな優しさがあるからこそ、一実は自分の問題を決して表に出さない。

 出す事があるとすれば、それは思い出として語って聞かせる時だ。

 それはつまり、既に解決している、という事。

 こちらを慮るその心はありがたい。

 でも、相手は一実のそんな優しさを平然と踏みにじる様に飽きもせず、凝りもせず、連日の様に一実の時間を奪い、一実の心を磨耗させている。

 それが酷く腹立たしい。

 だから、私は嘘をつき、知らない振りをして敵を突き止めている。

 その行為を一実はきっと喜ばない。もしも喜ぶなら、一実は私達に助力を求めてくるはずだ。一実はバカじゃない。自分が出来る事やれる事はしっかりと把握し、出来ない事やれない事に直面した場合にはちゃんと相手を頼る。

 しかし、話して来ない。という事は、この件はまだ彼女一人の手でこれまでと同じ様にどうにか出来る範疇の話なのだろう。

 それは理解している。

 それでも、知ってしまった以上、一実にどう思われようが自制は無理だった。

 一実はきっと怒るだろう。いや怒ってくれるだろう。

 そんな優しくも厳しい一実を私は守りたい。

 友人として、家族として、そして――、

「時にお嬢様、お耳に入れておきたい事が一つございます」

 沙耶が話を変えた。何の話だろうか。

「何?」

「今日、旦那様のご友人がお嬢様に会うために来訪するそうです」

「……またお父様の娘自慢か。その人も大変ね」

 お父様の子煩悩っぷりはもう願い下げしたくなるくらいだ。付き合わされる私とその人の身にもなって欲しいものだ。

「で、それがどうかしたの?」

「はい。実はその方はフリーのエージェントを生業としているそうです」

「エージェント……。なるほど。沙耶の言いたい事は分かったわ」

 一実を守るためにその人を雇ってはどうだろうか、という事だ。

「まあそれは追々。今は今の時間を大切にさせて」

「かしこまりました」

 部屋へと到着した私達は着替えを済ませ、屋上へと向かった。

「遅かった――うわぁー! 知美ってやっぱりお嬢様だよね」

 何でもない内容から、私への賛辞へと変わる一実の言葉。

 その純真な態度が私の心を穏やかにさせてくれる。

「そ、そう? 自分じゃ良く分からないわ」

 白いドレスを着た自分を私は見下ろしてみたが、やっぱり自分ではその良さが分からない。私としてはゴシックロリータを着ている一実の方がずっとお嬢様っぽく見える。それを言うと一実は嫌がるから敢えて言わないけど。

「そう? あたしは凄くそう思うよ?」

「そう……。ところで、一実。服が乱れているけど何処かで転んだの?」

 一見完璧に見えるが、一実が着ているゴシックロリータは良く見なければ分からない程度だが生地に皺になっているところがあった。それだけではなく、言葉の端々も何処と無く荒げている気がしなくも無い。

「あ、うん。屋上に来る時ちょっとね。ごめんね、服汚しちゃって」

 恥ずかしそうに一実は後頭部を掻き、苦い笑みを私に向けた。

「服は別に良いわ。そんな事より怪我は無い?」

 そう聞けば、一実は力こぶを作って見せた。

「うん。この程度の怪我、怪我の内に入らないよ」

「それはつまり、怪我をした、という事ね?」

「あ」

 あ、じゃないでしょ、あ、じゃ。

「何処を怪我したの。診せて。いや診せなさい」

 私は一実に駆け寄った。

「へ、平気だよ、知美。ちゃんと手当てしたもん」

 すると、一実は席を離れ、私から距離を取った。

「手当てが必要とする怪我じゃ大事じゃない! 大体大した事無いなら診せてくれても問題無いはずよね? 隠すという事は大事である決定的な証拠よ!」

「だ、大丈夫だってば! ほんのかすり傷だし」

「かすり傷!? 化膿したらどうするのよ!」

「な、ならない様に処置したから大丈夫だよ!」

「素人判断は良くないわ! 沙耶、見てないで捕まえて!」

 逃げる一実に埒が明かず、私は沙耶に援護を要請した。

「お二方、そこまでです」

 鋭い語調で私達は動きを止めた。

「皆様、お茶の用意が……あらら、これは一体どういう事ですか?」

 ついで、屋上にお茶の用意を持って鶴来がやって来た。

「見ての通りです、鶴来」

「あらら、お嬢様、とうとうご乱心ですか?」

「だ、だだだ、誰が乱心よ! 私は正気よ!」

「あらら、だとすると真面目に一実さんを襲っているわけですか? それはもっといけませんよ、お嬢様。ご乱心ならまだ取り繕う事は可能ですが、正気の沙汰でやっておられるとなると流石の私達でも擁護し切れません」

「それは確実に擁護する気がある人間が言う台詞じゃないわよ!?」

「そうですか? それはさておき、お茶の準備が整いましたのでお茶にしましょう。でないと折角のお茶も料理も冷めてしまいます」

「サラッと流さない! 鶴来、そこに――」

「知美―、このお茶美味しいよー」

 間延びした一実の声。見れば、一実は何時の間にか着席し、鶴来が淹れた紅茶に舌鼓を打っていた。相変わらずのマイペースさに私の毒気は抜かれてしまった。

「全く……鶴来、私にも頂戴」

「既に準備出来ています」

「全くもう……」

 思わずため息が零れた。

 何か自分だけ怒るのがバカらしくなってくる。

 まあ良い。今は今の時間を楽しむ事にしよう。

 私は紅茶を一口飲んだ。絶妙な蒸らし加減が何とも最高である。

「美味しいね、知美」

 陽だまりの様な一実の笑顔に、私も笑顔で返した。

「ええ、美味しいわね」

 そうして、少し遅くなったお茶会が始まった。


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