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終章 かくて世は事も無く

 勇敢なる光達のそれからを少しだけ語ろう。


「――ああ、夢みたい」

 私にとっての桃源郷を見て、私は何度言ったか分からない事を言った。

 私の視線の先では、同じ顔をしたメイド見習いが沙耶と鶴来に扱かれている。

「沙耶さーん、これはー?」

「それはそっちですよ」

「鶴来さーん、アインがまたお皿割ったー」

「またですか? これで何枚目です? で、今度はどのアインさんが?」

 うん、何とも微笑ましい光景だ。

 名も無き無人島に到着した後、私達は一実から事の顛末を聞いた。

 開いた口が塞がらない――そんな状況に立ち会った瞬間である。

 でも、あの事象は誰しも善意で動いていた。

 全ては一人の少女の幸せを願って――。

 そして、当事者達はぎこちなくも前に進もうとしている。

 なら、部外者の私がとやかく言うのは無粋だ。

「お姉ちゃん、鼻の下が伸びてるよ?」

 アインの指摘に私は鼻の下を触った。

「嘘だよ」

 嘘かい。

「……お昼ごはん抜き」

「はう! ご、ごめん、お姉ちゃん、それだけはご勘弁を!」

 たくさんのアイン――あの場にいた千人と各所に散らばっていた百七十人、そして私の屋敷で介抱した五十三人、計千二百二十三人のアインは私達天道家で内密に保護する事にした。お父様やお母様に反対されても説得するつもりだったが、二人は事情も聞かず『ちょっと見ない間に賑やかになった』 と言ってアイン達を受け入れてくれた。我が両親ながら、その懐の広さと深さにしばらく振りに感心させられた。当分勝てそうに無い。

 一番の難所は彼女達をどう匿うかだったが、その辺はお父様が『同じ顔だろうが使える人材を遊ばせる気は無い』と言ってアイン達を色んな場所に配置した。結果は良好。彼女達は教えればスポンジの様に仕事を覚えるので、表立って活躍出来ないものの、その活躍振りには目を見張る物がある。

「お姉ちゃん、そろそろ時間だよ」

 と、もうそんな時間だったか。

「じゃあ皆、行って来るわ」

 皆に挨拶をし、私は学校に向かった。


 あたし達の朝はあの後でも変わらず慌しい。

「一実! 急がないと知美来ちゃうよ!」

「急かさないで、真期! ああ、リボンが解けた!」

「二人とも~、早く降りて来るのですよ~」

「「はーい!」」

 あたしと二葉はどうにか準備を整え、下へと降りた。

 あの後、あたしともう一人のあたし――心臓だけが本物のあたしは超法的手段で天道家が色々やってくれて『防人真期』として一緒に暮らしている。ちなみに『真期』という名前はあたしが考えた。由来はパパとママの名前から一文字ずつ。あたしの『一実』と同じ理由だ。あたしとしてはあたしが『真期』になり、真期に『一実』をあげても良かったのだけど、

 ――『あたしは何もしなかったけど、一実は色々頑張っていたから』

 そんな理由であたしの名前は昔と変わらず『一実』のままだ。

 変化と言えばもう一つ。

「やっと降りて来ましたね。さ、早く食べてしまいなさい」

「「はーい」」

「返事は短く」

「「はい」」

 真期の他に同居人がもう一人増えた。

 それは、パパの妹さんである仁美さんだ。

 仁美さんがやった事は許される事ではないけど、言い方は悪いが仁美さんのした事を知る者はあまり多くなく、そして不利益を被る者はいないから、その人達には知美のお父さん、つまりは天下御免の天道全知が働きかけて、あの事は関係者だけが真相を知る未解決事件のままである。そんな事して平気なのかな、と恐くなったから全知さんに聞いてみたら、

 ――『お前が知美の側にいる事がお前の仕事だ』

 と、言われた。つまり、知美を支えるのがあたしの仕事で、俺達はその報酬を支払っただけ。だから気にする事は無い。それに誰もが建設的に前に進もうとしているんだ。それなら一々ケチをつけるのは野暮だ。――という事らしい。

 仁美さんだけでなく、真期の事にアインの事、それからあの名も無き無人島で起きた事も含め、事後処理を全て引き受けてくれた天道家にはもうあたしの残りの人生全て捧げないと恩返しが出来ないかもしれない。

 とまあ、色々と変わる事はあったけど、変わらない事もある。

「ところでさ、仁美さん。もう少し加減してあげた方が良いと思うけど」

 ご飯を口に運びつつ、あたしは視線を移した。

 そこでは工作員風の人達が五人、壮絶な光景になっている居間の一角を汗水垂らして掃除している。

 変わらないのは襲撃者に襲われる日常。

 恨みの根は深い。またアイン達の数だけある。その辺も天道家がどうにかしようか、という話を持ちかけて来たけど、それだけは断った。これはあたしと真期が背負わなければいけない罪業だ。あたし達のために色んな人が被らなくて良いはずの迷惑を被った。その責任からは逃れちゃいけない。

 逃れちゃいけないのだけど――、

「一実は優しいね。あの人達はそういう社会に好き好んで身を置いていて、討たれる覚悟だって持っているんだから気にしなくても良いのにさ」

「いやいや、真期。中にはのっぴきならない事情を抱えた人がいるかもしれないじゃん。それにさ、流石にあの光景見ると同情したくなって来ない?」

 仁美さん一人に負けて、それだけで帰れるなら良いのに、帰してもらえず、十中八九仁美さんの仕業だろう惨状を片付けさせられている襲撃者さん達。

 それを仰け反る様に見て、ポツリと真期は言った。

「そうだけど自業自得の因果応報でご愁傷様だよ?」

「真期、お行儀が悪いですよ」

「はーい」

「返事は短く」

「了解」

 字数的に長くなっているところに突っ込んだらきっと負けなんだろうな。

 と、そうそう、変化と言えばまだ一つあった。

「仁美さん、セノーラフさんは?」

「あのヒーローなら――」

 その時、玄関が開く音がした。

「――今帰って来たところよ」

 仁美さんがそう言ったところで、セノーラフさんが顔を出し、顔をしかめた。

「何だ、こっちにもいたのか」

 あの日以来、セノーラフさんもあたし達と同居している。彼が受け持った以来は無期限であるらしく、内容も内容だから『じゃあ一緒に住めば良いですね』という仁美さんの提案により、こうなった。仁美さん的にはまだ遺恨があり、一緒に暮らしたいが不安は残る。そういうわけで、セノーラフさんに白羽の矢を立てたわけだ。彼に依頼された事は『防人一実を頼む』という何とも曖昧な物で、その中には護衛だったり、監視だったり、観察だったり色々含まれているから、そこに仁美さんは目をつけて、彼に監視される、という事を知美に提案した。知美は断固否定だった(あれは絶対私心が入っている)けど、あたしと真期が『それなら問題無いんじゃない』と了承すると、不承不承ながら認めてくれたのだ。

「朝からお疲れ様です」

 台所に向かう彼にあたしは言った。

「労い感謝」

 何か作業しながら彼は答えた。この香りはコーヒーかな。

「あ、すみません。味噌汁のおかわりください」

 焼き鮭をつまみつつ、真期がお椀を出しながら言った。

「……何ともシュールな光景だな」

 セノーラフさんはコーヒーを淹れるのを一旦中止し、真期のお椀を受け取り、味噌汁を注いでお椀を真期に返した。

 確かにね。日常風景のすぐ隣で世間一般には非日常的な事が起きた後の事後処理が行われているのだから。あたしにとっては日常だけどさ。

「そうですか? あたしはもう慣れましたよ?」

 お椀を受け取りつつ、真期がどうでも良さそうな風情で言った。

 と、そんな時、インターホンが鳴った。

「やば、真期、知美が来ちゃったよ!」

「待っていてもらうしか無いね。あたしはこの味噌汁が飲みたい」

「あら、嬉しい事を言ってくれますね」

「何のん気な事言ってんですか、仁美さん! 真期、行く――」

「食事くらい静かに食べろ。俺が遅れる旨を伝えてくるから」

 そう言って、セノーラフさんは部屋を出て行った。

 だが時既に遅く、知美が入れ違いで入ってくる。

「二人とも、まだ食べ終わって無かったの?」

 ジト目で睨んでくる知美。

 どうしたものか――そう悩んでいると真期がいち早く口を開いた。

「一実が起きてくれなくて」

「ちが、真期だって起きなかったじゃん!」

「要するにどっちも起きなかったわけね」

「「すみません」」

「別に良いわよ。もう慣れた」

 ため息交じりに言い、知美はあたし達から視線を外し、仁美さんを見た。

「仁美さん、努力の跡は窺えますがもう少し穏便にお願いします。直すのだってタダじゃないんですよ。タダじゃ」

「ごめんなさいね、知美さん。これでも努力しているのですよ?」

「その割にその笑顔からはそこはかとなく悪意が感じられますが?」

「自意識過剰よ、知美さん。私は別に一実や真期と一緒に暮らす事を快く了承してくれなかった一見器が大きそうに見えて、実はとても小さく、それでいてとても独占欲が強い知美さんを困らせるためにやっているわけじゃないですよ?」

 いやいや、仁美さん、滅茶苦茶根に持っているじゃないですか。

「そうですか。それにしてもこれだから年増は嫌ですね。もう四十近くであり、それでいて一実のおかげでそうしていられるのに、そんな小さい事をいつまでもネチネチネチネチと。一実のおかげで多少はマシになったと思ったけれど、一度出来てしまった歪みは中々どうして治らないみたいね、……オバサン」

 と、知美さーん、年上の人に対する敬いは何処へ行ったのー?

 あれから二人の仲は多少改善されたけど、未だにあたしと真期という緩衝材が無いとこの二人はもう常時竜虎相搏つという間柄なのだ。

「これだから独占欲が強い人は嫌ですね。あー、嫌です、嫌です。僻みもそこままで来ると清々しいですが、それでも敢えて言いましょう。あれからの一緒にいる時間が私より少ないからって僻まないでくれませんか?」

「年増の癖に小娘な私の言葉に苛立つなんて、貴女の精神年齢は小学生レベルですね。オバサンはオバサンらしく、小娘の言う事なんて聞き流して見ては?」

 これはまずい。非常にまずい。そして恐い。二人とも表情は笑っているけど、どっちも全く笑っていない。それどころか背後は普段は抑えている気配が漏れ出していて陽炎が出来てしまっている。恐い、恐い。あんまりにも恐いから、巻き添えを食らわないためか、掃除をしていた何処かの工作員風の人達は何時の間にか姿を消している。流石はプロ。引き際を間違えない。

 ともあれ、止めなければ。このままでは家が倒壊しかねない。

「あ、あのさ、知美! セノーラフさんは?」

「彼ならそのまま外へ行ったわ」

 ……あの人、こうなる事を予想して先に逃げたな。

 セノーラフさん、貴方のお仕事はあたしに関する事柄なのでは?

 でもまあ、それはそれとして。

「……真期、朝ごはん食べちゃお」

「ごちそうさま」

 四面楚歌ってこういう事を言うのかなー。

 そんな事を思いながら、あたしは朝食を再開した。


「……飽きずに良くやる」

 下から聞こえてくるやり取りに、俺は呆れてため息をついた。

 あれから数日、とりあえずまあ一段落と言って良いだろう。

 と、不意に携帯が鳴った。

『我だ。まずは一段落だな』

 電話の相手はダアト=セラフィーだった。

「なあ、一つ聞いて良いか?」

『どうした?』

「お前がカズミ=サキモリにそこまで肩入れするのは何故だ?」

『と言うと?』

「あの時は適当に誤魔化したが、そもそも聖女の心臓の譲渡自体『直接干渉』だ。ああ、それを責めるつもりはない。それを知る者は限られているし、そもそもこんな話例え上位存在の前で語ったとしても信じないだろうからな」

 沈黙は一拍。ダアトは平然とこう言った。

『なら、こう言えば良いか? 親が娘の心配をするのは当然だろう?』

 何だ、結局そういう事か。

「……合点が行ったよ、ダアト=セラフィー。それとも外野住人と呼ぶべきか? 或いは防人真実と呼ぶべきか? はたまた『神』と呼んだ方が良いか?」

 どれもこれも良く考えた物だ。ダアト=セラフィーは生命の樹において隠れている場所の事だ。外野住人はそのまま、外の住人と読めば良い。カズミの母の名は調べてみれば『真実』と書く。繋げれば『防人』の真実。いずれにせよ、奴が名乗る名前は自分を嘘偽り無く言い表しているからな。

『何でも良いさ。――じゃあな、ミカエル。今後も娘をよろしく頼むよ』

 通話は一方的に切れた。

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