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第九章 思い、望み、願った結果

と、放心している場合じゃない。

 あたしはあたしの役目を果たさないと。

 あたしは立ち上がり、セノーラフさんに聞いた。

「どうしたんですか、セノーラフさん? というか、良くここが分かりましたね? 結構乗り物乗り継いで来たんですよ?」

「依頼を果たしに来た。ここが分かったのは――」

 そう言って、セノーラフさんはコートのポケットに手を入れた。すぐに出て来たそこには何やら小さな機器が握られていた。

「天道知美がこんな事もあろうかと貴女に仕込んでいた発信機のおかげだ。どうにもお手製らしく、電波障害をビクともしない優れ物との事だ。実際助かった。ここに到着した途端、電子機器の類がタダの鉄屑と化したからな」

「は、発信機? え、嘘、本当?」

「本当だ。出なければ俺はここにいない」

「それもそうですね。……それはそれとして、あたしこれからちょっと神様殺しに行くところなんですけど、良かったら一緒に神様殺しに行きません?」

「謹んで却下だ」

 セノーラフさんはそう言って、あたしから視線を外した。

「無視しないでくださいよ」

「そのつもりは毛頭無いが、まあ待て」

 セノーラフさんは視線を寄越してくれない、その先を辿れば、鋭利な眼光を宿した灰色の双眸はパパの姿を借りたメタトロンへと向けられていた。

「久しいな、メタトロン。別に出会いたくも無かったがな」

 知り合いだったのか。天使に知り合いがいるとは凄い人がいたものだ。

「やはり来たか、セノーラフ。……それともミカエルと呼んだ方が良いか?」

 メタトロンの言葉にあたしは少なからず驚いた。

 ミカエル――それは最もメジャーで最も勇猛果敢な天使の名だ。

 彼がそれならあの強さは妙な近寄り難さは理解出来る。それに何より、この場に現れた事も。『明けの明星』たるルシフェルが堕天した際もかの天使は矢面に立ち、天使軍を率いて堕天使軍と戦い、そして見事勝利して見せた。つまり、神に仇名す敵はかの天使にとっても敵。それ即ち、今のあたしもそれに該当し、それは神を殺して世界を再構成しようとしているメタトロンも同じだ。

「好きにしろ。今の俺に名前という物はあまり意味が無い」

「そうか。で、颯爽と駆けつけた様だが、一足遅かったな」

 そうだね。一足遅かった。あたしの心はもう決まっている。

「あたし、役目を果たして。貴女が望めば道は開くから」

 そうする事にしよう。あたしはもう神を殺すための剣だ。

 あたしはメタトロンに聞いた。

「この場は良いの?」

「ああ。ここで果てようと――がっ!」

 そう言った瞬間、銃声が四回あがり、メタトロンが膝を折った。

「メタトロン!」

 培養器の中のあたしが叫んだ。

 が、そんな叫び声もセノーラフさんには通じず、彼は立て続けにさらに引き金を引き、メタトロンに銃弾を浴びせた。それでメタトロンはピクリとも動かなくなり、彼は弾倉を手馴れた手付きで交換し始める。

 あの天使王がこうもあっさり負けるとは……本当かどうかは分からないけど、流石はミカエル。ルシフェル堕天の際も自らよりも強大な力を持つルシフェルに対し、ミカエルは勝利を掴んでいる。神に仇名す者を相手にする際には何かしらの補正がかかるのか、それが彼に与えられた能力か、それとも『神に似たる者は誰か』という名が付けられたためだろうか。

「卑怯と言うなよ? そういうのが通じるのは物語の中だけだ。こちらはそちらの都合に一切合わせるつもりはない」

 素っ気無く言い、彼は弾倉の交換を完了する。

 容赦無いね。まああたしもその意見には激しく同意だけどさ。

「くっ……、あたし! そいつを殺して!」

 思考を中断。優先事項を変更。

 メタトロンが負傷したからか、あたしを縛る鎖はもうない。

 あたしは躊躇う事なくベレッタM92FSをセノーラフさんに向けた。

 セノーラフさんのデザートイーグルがメタトロンからあたしに照準を変える。

「少し見ない内に随分と変わったな? 良い操り人形振りだ」

「違わないけど違うよ。これはあたしの意思。あたしがしたくてやっているの」

「そうか? では聞くが――」

「どうしたの、あたし! 何で、何で撃たないの!?」

 あたしの声が聞こえ、

「……言われたか。まあ良い。そういう事だ。――何故撃たない?」

 セノーラフさんが呆れた様子で言ってくる。

 確かにそうだ。意向に従う気はある。自分もそう思って行動した。

 でも――どうしてか、あたしは引き金を引かなかった。

 いや、引けなかった。

 だけど、どうして?

「全く、本当に危ういな。トモミ=テンドウもさぞ気苦労が絶えないだろうな。そしてこんな剣で神を打倒出来ると思っていたとは……。いや……なるほど。そうか。そういう事か。どいつもこいつも面倒ばかり起こしてくれる」

「な、何を言っているの……?」

 培養器の中のあたしが聞いた。

 セノーラフさんはあたしへと銃口を向け、視線だけをそちらに向ける。

「……なるほど。貴女が諸悪の根源か。メタトロンが何故行動に移したのかと終ぞ疑問だったが、貴女が思い、願い、望んだのなら合点が行く」

「質問に答えてよ!」

「当事者故に分からないか。まあ当然か。そう仕組まれていたからな」

「何の事なの!?」

「答える義理は無いが、そうしないと胸糞悪いから答えよう。が、心臓だけが本物のカズミよ、その前に一つ聞く。貴女はメタトロンからこう言われているはずだ。その中からは絶対に出てはいけない。例え私が誰かに殺されようとも。何故ならその中じゃないと汝は生きていけないから、と」

「なっ……」

 図星の様だった。口を挟むのは止めておこう。

「ど、どうして貴女がその事を?」

「肯定か。……ならこれしか無いな。全く、大した奴だ」

 それは多分メタトロンに宛てられた言葉だろう。

 今やこの場の支配者となった彼は面倒臭そうに続ける。

「情報は出揃っている。原因不明の心臓の欠陥、ブレイブハーツの真意、貴女達が思い、願い、望んだ本当の事、そして貴女達の事をあらゆる物よりも願ったある人物が思い、そして願っただろう事。……見えてこないか?」

 あたし達は沈黙を守った。

 分からない。少なくとも、あたしには彼が何を言いたいのか分からない。そしてそれは培養器の中のあたしも同じだ。分かっているのなら何か言うはず。いやそれとも分かっていて、口に出したくないから沈黙を守っているのだろうか。

「……だんまりか。本当に器用過ぎて不器用だな」

「それ、どうして……」

 そう言ったのはあたしだ。だってそれはあたしが知美に良く言われる事で、あたしにしか言わなかった事だ。彼がそれをあたしに対して言ったという事は、彼は恐らくあたしが抱えている心の闇を、心の弱さを知っている。

「そして浮かばれないな。こんな事では無駄死にだ。まあ揃いも揃って自業自得だし、部外者の俺には『不運』の一言で片付けられるからどうでも良いが、それでも部外者として最善は尽くそう。そういう依頼だからな」

「止めて!」

 培養器の中のあたしが叫んだ。その声はとても悲痛で、それでいて駄々っ子の喚きだ。そういう反応をするという事は、心臓だけが本物のあたしは彼がこれから何を言おうとしているのか分かったのだろう。

 それがちょっと、いやかなり悔しい。これが心臓――心だけが本物な防人一実のと体だけが本物な防人一実との差だろうか。何かかなり不公平だ。

「悪いが続ける。そういう依頼だからな」

「いや、止めて! あたし、その人を殺して! 早く! じゃないと、じゃないとあたし達は、あたし達は自分を保っていられなくなる!」

 培養器の中のあたしは必死だった。あそこまで必死なら、その言葉は事実なのだろう。だからこそあそこまで必死になる。我が身は何よりも大切だもんね。

 だけど――、

「――続けてください、セノーラフさん」

「嘘、どうして!?」

 だけど、ごめん。

 あたしは知りたい。

 ううん、知らなくちゃいけない。

 いや、思い出さないといけない、か。

 そうしなければいけない気がする。

 ――例え、それで自分を保てなくなるとしても。

「了解したが、貴女には見えていないのか?」

 そう聞かれると、胸が痛い。

「……はい。きっと心臓が本物じゃないからだと思います」

「そうか。まあ自分をそう責めるな。記憶だけだったとしても辛さは同じだし、別物の心臓だからって心が痛む事のに本物も別物も無いからな」

「……っ! それなら……お願い、あたし! あたしを殺して!」

 そこまでして聞きたくないのか。

「どうして?」

「どうしても! 思い出した……思い出しちゃったから! だから殺して! 言葉として聞かせないで! お願い! あたしを殺して! 殺してよ!」

 その願いは切実だった。

 その時、セノーラフさんが動いた。培養器へと銃口を向ける。

 それを見て、あたしはそれよりも早く動いた。体は動き、セノーラフさんのデザートイーグルを打ち落とす。それで終わらない。セノーラフさんはもう一丁の銃――もう一丁のデザートイーグルを抜いた。でも遅い。彼が抜いてから構えて引き金を引くのに三手順。あたしは照準を合わせて引き金を引く二手順。どれだけ最速で行おうとあたしの方が一手早い。

「――良い腕だ。そして自分に厳しい」

「どうして! どうして死なせてくれないの!」

 セノーラフさんの賞賛と、培養器の中から非難にあたしは板ばさみになる。

「あたしはこういう性格です。それとね、あたし。悪いけど死なせない。あたしは知りたい。ううん、思い出したい。そうしなきゃいけない気がする。怒ってくれて良いよ。耳を塞いでも良い。これはあたしの我が侭だから」

「ダメだよ、あたし! 自分がどうなっても良いの!?」

「――だとしても、あたしは知らなきゃいけない……そんな気がするんだ」

 あたしは自分にそう言って、セノーラフさんに向き直った。

「改めてお願いします」

「……良いのか?」

 最後通牒にあたしは首肯した。

 一拍の間を置いて、セノーラフさんは口を開いた。

「結論から言おう。この結果は貴女自身が忘却の彼方へと追いやっている本当に……それこそ人智を越えた存在に切に思い、願い、望んだ事――どんな事にも負けない勇敢な気持ちが欲しいと思い、願い、望んだ事、そしてそんな貴女自身がどんな形であれ生きる事を切に思い、願い、望んだ貴女の両親……この結果はそんな二種類の思いと願いと望みによって形となった事なのだ」

 その事実を言葉として聞いた瞬間――、

 あたしは本当に思い、願い、望んだ事を思い出した。

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