あの道で
中学校に入ると同時に、その場所に住むことになった。
そして、初めての夏休みが始まる少し前。
友達と遊んだ帰り道。
50m先の十字路を右に曲がれば、家まであと200m。
そこに、一人のおじいさんがいた。
おじいさんは、私の方を見てニコニコしながらゆっくり歩いてくる。
私は不審な人かもしれないと、足を止めた。
少し体が硬くなったような感じがした。
すると、
「この辺に住んでるの?
おじいちゃんもそこを左に曲がって、2軒目の家に住んでるんだけど。」
そう話しかけてきた。
うちと近い。
近所の人なんだと、安心した。
「そうなんですか。私の家もすぐ近くです。」
と答えると、
「そうかぁ。
早く帰らないとダメだよ。お家の人が心配するから。」
おじいさんの言葉を聞いて、さらに体の力が抜ける。
「はい。」
「この辺は、変な奴もいるからね。
おじいちゃんの孫もね、怖い思いをしたことがあるんだよ。
だからね、気をつけて帰るんだよ。
今度ね、
お友達も一緒にうちに遊びにおいで。
またね。」
あれ、声が途中で——
おじいさんの声が、この道の中で響いているみたいな……。
優しい声なのに。
驚いて辺りを見渡した。
周りには、道路より少し高いところに建っている家もあるけれど、
広くて開けた普通の道。
壁に囲われた場所ではないのに、声が……。
「……はい、帰ります。」
そう答えてから、家に向かった。
家に着いて、大きく息を吸って、
ゆっくりと吐き出した。
少し走ったせいなのか、汗をかいている。
なのに、頭が冷えていくような感じがした。
その感覚が、しばらく消えなかった。
それから、一週間くらい経った後のことだった。
おじいさんの言う、十字路を曲がって2軒目の家。
私の家から、たった300mくらいしか離れていない。
その家で、
ぽくっ、ぽくっと規則的に鳴る木魚の音と、
お経を読む声が、外まで響いていた。
お葬式?
喪服を着た人が、外にも集まっていた。
話したことのある近所の人もそこにいたので、声をかけた。
「おはようございます。
ここのお家の人、亡くなったんですか?」
「そうだよ。おじいさん。
でも亡くなってからはもう、一週間くらい経つみたいだけどね。」
「え……。」
一週間前って……。
「優しいおじいちゃんでね、近所の子どもたちにおやつをあげたり、
子ども好きだったみたい。
お家に呼んで遊んであげたりしてたって。」
「……おじいちゃんに、お孫さんはいますか?」
「あぁ、何年か前に亡くなったって聞いたことあるけど。」
孫も、亡くなった?
この前の、おじいさんなの……?
「お孫さんもここに……。
あ、遅れちゃうので行きます。」
「あぁ、そうだね。気をつけていってらっしゃい。」
「はい。ありがとうございます。」
また、頭が冷えていくような感じ……。
これからもこの場所で暮らしていく。
その未来が、怖い。
きっと毎日、この家の前を通る時は、緊張してしまう。
そう思っていたけれど、
しばらくしたら、そんな気持ちも薄れていた。
その出来事が、私の中からなくなることはなかったのに。
中学を卒業するまでの間は、そこに住んでいた。
おじいさんの声は、今も耳に残っている。
「今度ね、
お友達も一緒に、
また……うちに遊びにおいで。」
優しい声だった。
なのに、今でも思い出すと、少し怖い。
遊びに行ったことなんてなかった、はずなのに。
生前のおじいさんだったのかもしれないし、
亡くなった後だったのかもしれない。
最後まで、わからないまま。
もう、おじいさんの顔も、思い出せない。
だけど、別人じゃない。
そんな気がした。
あれから、時間が経った。
今になって、考えてしまう。
あのおじいさんはただ、助けたかった。
あの道を通る子どもたちを、
守ろうとしてくれていた。
怖い思いを、しないように。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




