少年の起こした奇跡
ずん、と地響きにも似た音を立てて、大勢の眼の前で巨体が倒れ込んだ。
巨人族の中でも多くの者に怯れられる魔物、サイクロプスの身体が、まるで巨大な土塊のように前のめりに地面に倒れたのだ。
「な、なんだ……助かったのか? 俺達……」
街を囲む城壁の外側には、何体もの巨人の躯が転がっている。
多くの騎士や冒険者達の骸が横たわる中、最後に倒れたサイクロプスの前に立っていたのは、小柄な少年であった。
「何者だ、あのガキ……」
その場にいた誰もが見たこともない少年は、ぺたんと力なく、尻もちをつくようにへたり込んだ。
大きく荒い息を繰り返し、呆然と目の前の光景を見つめていた。
「ボク! 大丈夫!?」
誰もが呆然とする中、へたり込んだ少年に駆け寄ったのは、冒険者の中でも回復や治癒を司る法術士の中でも高ランク、おまけに美女と名高いセイラ・フレイザーという女だ。
「何処か痛い? 怪我した? 大丈夫? おねえさんの顔見て?」
「……え? あ、あの、えと……」
「ほらおねえさんに診せて! はい脱いで!」
セイラの名を有名にしたのは、彼女の美貌と法術の腕前だけではない。
彼女は重度のショタコンであった。
サイクロプスの軍勢を食い止めた小柄な黒髮の少年、そんな目立つことこの上ないショタ――少年に、セイラが興味を持たないわけが無かった。
「あの、大丈夫です、僕どこも怪我してません!」
「ダメよ。良い? これは医療なの。神聖な癒しの技なの。やましいことなんてなにもないの。あわよくばキミの汚れのないきれいなすべすべな肌を撫で回したいとか、そんなこと全ッ然考えてないから。ほら怪我してないかおねえさんに診せなさい」
「セイラ、いい加減にしなよ。子供が怯えてるよ?」
危うく少年の服に手をかけそうになったセイラを止めたのは、彼女の相棒でもある弓術士、ジャクリーン・フレイザーという女だった。
セイラとジャクリーンはエルフ族の姉妹である。
男女比率が1対20ほどと極端に偏り、男がほとんどいないエルフ族では、『一人の男を村の女たちで共有する』という風習が長く続いている。
彼女たちは同じ両親から産まれた訳では無いが、父親が同じ腹違いの姉妹だ。
「ゴメンねボウヤ、妹はちょっと見境なくってさ。怪我ないかい?」
「え? 妹……? あ、はい、あの、大丈夫です」
「凄かったじゃないか、あのデカブツを仕留める魔法なんてさ。何をどうやったんだい?」
「えっと、あの、それは――」
「おいジャクリーン、セイラ、その少年だな、あいつらを仕留めたのは。ちょっとギルドで話を聞きたいから一緒に来てくれ。3人パーティなのか?」
しゃがみこんだジャクリーンに、大柄な戦士と思しき初老の男が声をかけてきた。
体中に刻まれた無数の傷痕が、彼が歴戦の猛者であることを雄弁に物語っている。
「パーティじゃないけどさ。まぁ補佐くらいはしたよ。アタシも一応色々見てたけどね、一応同席させてもらえるかい?」
「俺は構わんが、少年、どうだ?」
「あの、はい……僕も大丈夫です」
「そうか、ではセイラ、少年の治療をしながらギルド事務室に来てくれ。片付けは無事な連中に任せるとしよう。こっちだ」
ギルド事務室の最奥、ギルド長の部屋をノックもなしに開けた初老の男は、部屋の主のための席に当然のように腰掛ける。
「さて少年。見ない顔だな、名は?」
「……あ、あの、その前に……ここどこなんですか?」
「ここはルシウムという街だ。人間の国と魔族の国の国境近くにある。さっき少年が倒したのはひとつ目の巨人、サイクロプスと言う魔物だ。アイツが一体出たら街がひとつ消える、と言われるような魔物でな。アレが10体もの群れで来たと聞かされたときは、俺も腹をくくったが……そのサイクロプスをどうやって倒した? アイツは剣も魔法も効かないバケモノだ。並の冒険者じゃ倒せない」
「どうって……あの、なんて言えばいいか、僕も分からなくって」
「構わんさ、時間はある。何なら少年の出自から話してくれても構わんぞ。茶菓子くらいは出す。ほら、食べると良い」
ギルド長のテーブルにあった焼き菓子を無造作に差し出すと、初老の男は背もたれに身体を預けた。
同席のセイラとジャクリーンも、遠慮する様子もなく焼き菓子に手を伸ばす。
「僕は、その……死んだはずなんです」
「ほう?」
ぴくり、とギルド長の眉が動いた。
少年は、ケンタと名乗った。
ツウキンデンシャという魔法の箱に乗り込もうとしたところ、脚をもつれさせて転落、そのまま魔法の箱の下敷きになった。
その直後、ケンタは女神に会った。
女神はケンタをたいそう憐れんだものの、『加護』を授けようとしたが残っているものがひとつしかない。
それは、『塩』というスキルだった。
『塩を操る事が出来るものです。生み出す事も、すでにある塩を操る事も出来るというものです』
ただそれだけの短い説明の後、ケンタの眼の前は目がくらむような光に覆われ、気がついたら眼の前に巨人の魔物が迫っていた。
「僕が知ってるのはこれだけで、あの、僕も何が何だか……」
「塩、か。そんな加護は聞いたことも無いな。加護と言えば、戦士、魔道士、法術士、そして聖者に賢者に勇者の6種類だけだと思っていたが」
ギルド長とジャクリーンは戦士の加護を、そしてセイラは法術士の加護を持ち、それぞれが加護にあった職を選んでいる。
「で、そんな塩の加護とやらを持ったケンタが、どうやってあの巨人を? 塩の加護なのに、何故倒せたんだ」
「し、塩だからです」
「塩だから?」
「はい。あの、塩は生きていくのに必要不可欠だから、体中の塩を一箇所にこう、ぎゅって集める感じで、それで」
巨大なサイクロプスの全身の筋肉や脂肪、血液、体液に含まれるナトリウムを強引に一箇所で凝固させる。
それが、ケンタがやったことだった。
全身の電解質を喪うような形になったサイクロプス達は、意識を保つことも心臓の筋肉を動かすことも出来ず、一瞬で絶命した。
だが、この理屈を理解しているのは、今のところケンタだけである。
「セイラ、あんた分かる?」
「いや、塩なんて料理の味付けのアレよね? なんでアレで?」
「ふむ。なるほど、わからん」
ギルド長はそう呟いてゆっくり立ち上がった。
「だが、少年がこの街を護った事は確かだ。どうやら行く宛も頼るよすがもなさそうだな。どうだろうセイラ、ジャクリーン。この少年をしばらく保護し――」
「任せてください! 私が全身くまなくじっくりたっぷりお世話します!」
食い気味に手を挙げたのは、もちろんセイラである。
「ギルド長、なんだってこんなヤバい女にいたいけな少年を任せちゃうんですかねぇ」
「ジャクリーン? 人聞き悪いわよ?」
ジャクリーンは憐れむような視線をケンタに向ける。
「あはぁ……ほっぺ柔らかい……大丈夫よ、お姉さんが護ってあげるからね?」
「君、確かケンタだっけ? まぁ、セイラに捕まったのが運のツキだと思いな。悪いようにはしないからさ」
後に、『塩のケンタ』と呼ばれ、大陸中に名を知られることになる大魔道士の冒険譚は、この日始まった。
今回のショートショートは、フライドチキンを見て思いつきました。
ショートショートのネタは、普段からスーパーや買い物に出かける間に思い付くことが多いです。




