影との接触
「——雪か。初雪だな」
街にふわりと落ちた白が、景色と空気の輪郭を変えていく。クリスマス前のこの季節、僕の住む街でも例年通り雪が舞う。通りにはイルミネーションが灯り、浮き立つようなざわめきがある。
……なのに僕だけ、そこから遠い場所にいる気分だった。
年明けの受験。進路。アストリス・アカデミー……ここ数週間はそのことで頭がいっぱいだ。担任も進路指導の先生も、しきりに言う。
――「しっかりやりなさい」
「……うん、分かってるよ」
独り言は白い息に溶け、それでもいつもの帰り道を進む。雪と夕暮れが重なって、街は少し違う表情だ。数日前までなら、黒いドローンや視線の気配が、歩くたびに背中に貼りついていた。
でも今日は——静かだ。隣を走るオカブのモーター音がやけに鮮明で、かえって落ち着かないほどに。
(……こういう静けさのほうが怖いな)
***
通学路から続く小さな脇道に差し掛かる。
(今日は……寄り道、してもいいかな)
「オカブ。浮川神社寄って帰る。アルテアにルート変更送って」
『リョウカイ』
鳥居をくぐると空気が変わる。年の瀬の喧騒から切り離されたような、澄んだ静けさ。
(アカデミーに無事、合格しますように……)
賽銭を入れ、いつもより丁寧に手を合わせる。拝礼が終わって鳥居をくぐると、胸の奥が少し軽くなった。
(……よし)
深く息を吸って伸びをした——その瞬間。
「——こんにちは。星野晶さんですね」
「……!」
背後から突然フルネームを呼ばれ、心臓が跳ねた。聞き覚えのない声。
反射的に振り返ると、航おじさんより高い長身。白い肌。見た目からして外国人だ。サングラスを外す仕草は落ち着いているが、観察するような視線は鋭い。
「……どちら様ですか」
オカブの警戒モードが作動しているのを確認しつつ、腕時計に指を添えて警報を飛ばす準備をする。
「大丈夫です。安心してください。敵意はありません」
男は一度両手を広げて見せ、ゆっくりと個人識別カードを差し出した。僕は警報の操作を止め、腕時計をカードにかざす。
ホログラムに情報が浮かぶ。
<ルシアン・ケイ>
知らない名前なのに——背筋に冷たい汗がじわりと滲んだ。悟られないよう「日本語、お上手ですね」と話を逸らす。ケイは口元をわずかに緩めた。
「ええ。必要があったので。日本語圏にも“いろいろと”案件がありまして」
「……それで、何の御用でしょうか?」
僕の問いに、ケイはひと呼吸おいて口を開く。
「はい。あなたの周囲で、いろいろ“起きている”はずです。私たちは——あなたを守りたくてコンタクトしました。これは嘘ではありません」
疑惑の眼差しを男に送り、「僕は普通の中学生ですよ」と努めて冷たく言うが、ケイは揺るがない。
「あなた自身は普通でも、ご家族は……そうではなかった。ガニメデで何が起きたのか——あなたがどこまで知っているかは分かりませんが」
そこでいったん口を閉ざし、言葉を選び直す。
「つまり、あなたを“求める組織”は多いのです。良い意味でも、そして反対の意味でも……」
「ちょっと!何をしてるの!」
その声を切り裂くように飛び込んできたのは——冬華だ。両手に箒を握りしめ、僕と男の間に割り込む。
「晶君に何かしたら、許さないんだから!」
急いで追いついたのだろう、肩で息をしながら、両手で握った箒をこちらに構えた。今にも飛びかからんとする勢いで——本気で僕を守るつもりだ。
ケイは慌てて両手を上げる。
「もちろんです。何もしません。するはずがありません」
後退しつつ、僕に向けて小さく声を落とす。
「今日はここまでにしましょう」
そして冬華を見て、静かに言った。
「あなたは、朝比奈冬華さん?——彼女さん、ですか?」
「ちょっ……! ち、ちが……!」
冬華の頬は一瞬で真っ赤になる。
「強くて、まっすぐな方ですね。どうか大切になさってください」
そう言い残し、ルシアン・ケイは車に乗り去っていった。
***
「ありがとう、冬華」
「いいの。ミラから“晶君は神社にいる”って聞いて……来てみたら、あんな怪しい男が。ほんと心臓止まるかと思った」
冬華はプンプンしながら、社務所の箒を元に戻す。
「お待たせ!」
お参りを終えた冬華が、いつものように僕の右隣へ寄り添う。一緒に下校するのは、期末試験以来だ。
「何をお願いしたの?」
「……乙女の秘密!」
そう言った冬華の頬は、また赤く染まった。
***
帰宅後、アルテアに腕時計を翳すと、ルシアン・ケイに関する情報がホログラムに表示される。
“ルシアン・ケイ(ステラー・ソムナス研究所)”
「アルテア、この研究所について調べて」
『——検索しました。宇宙艦船における生命維持・健康管理などを担当する研究機関です』
(お母さんの研究と関係あるか……)
「でも、お母さんの研究結果は公開されて十年以上だよね?」
『晶様、それはお母様の研究を正しく評価されていません。幸様の研究は最先端の研究より三十年は進んでいたと言われています』
(……三十年?)
「他には?」
『はい。この研究所は名前の通り、ステラー・ネクサス系の企業です』
「三支配者か……」
教科書やニュースでしか知らない巨大な惑星間企業体。静かに伸びてきた影と、初めて真正面から出会った気がした。
◎登場人物
◯星野晶(14)(165cm):主人公。中学3年生。わし座のラテン語「アクィラ」から父が名付けてくれた。
◯朝比奈冬華(13)(155cm):中学1年生、晶とは幼馴染
◯ルシアン・ケイ:長身の白人男性。ステラー・ソムナス研究所所属。出身国、年齢は不詳。
◯アルテア:晶の自宅にある家事用ロボット。ずんぐりしているが器用で聡明。わし座のα星「アルタイル」から。
◯オカブ:晶の通学補助用ドローン。グレーで無骨。わし座のζ星から。
◯ミラ:冬華の通学補助用ドローン。赤くて丸っこい。くじら座の変光星から。
◎組織
ステラー・ソムナス研究所:ステラー・ネクサス企業体に所属する研究機関。生命維持などを中心に研究している。
ステラー・ネクサス:三支配者の一つ。太陽系にまたがる巨大な企業集合体。




