表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/39

トラック2【ガニメデ中央医療区・総合診療科】

「アルテア、この前の続きを再生して」

『了解しました。トラック2、再生します』


 視界がふっと切り替わる。最初に映ったのはガニメデ第二ステーションの中央通路——前回の続き……のはずだった。

 しかし映像はすぐに別の場所へと移動する。


(あれ?どこだ、ここ?)


 白く整った壁。ホログラム案内盤。行き交う白衣。柔らかい電子音。


(——あっ!病院だ。)


 嗅覚デバイスなんて付いていないのに、条件反射で消毒液の匂いを思い出してしまう。

 視界の端に、小さな文字が表示される。


〈プライバシー保護基準:遺族閲覧許可レベル2〉


(……やっぱり、編集されてる?)


 (こう)おじさんの言葉が頭をよぎる。

『どこで誰に編集されたかは、俺にも分からん』


 自動扉が静かに開く。


「番号十二番の方、どうぞー」


 その声に、ドクンと胸を打つ音が聞こえる。

 診察室に映る白衣。名札には——


〈星野 幸〉


(——母さんだ)


 前回のトラックでは聞けなかった声。何度も夢に出た声。覚えていたつもりでも、記憶から薄れていた声。


「お待たせしました。ヘレナ・スターリングさんですね。食欲不振とのことですが?」


 椅子に座った女性。淡いブロンド。静かな瞳。遠巻きの映像でも、知性と品のある空気が伝わる。


(ヘレナ……やっぱり、スターリング博士の奥さんだ)


「えぇ、体もだるくて。ただの疲れなので休めば治ると思うんですけど、夫が『診てもらえ』と言うので……夫の友人がこちらを勧めてくれたので来てみました」

「そうでしたか。検査結果ですが——」


 母が端末を操作すると、ホログラムパネルにデータが表示される。


“胎児モニタリング:安定”

“神経発達傾向:早期活性反応”

“遺伝子照合:一卵性候補”


 項目の意味はよく分からない。でも——ただの検査じゃない雰囲気だけは伝わる。


「血液データも代謝値も問題ありません。ただし——これは、休んでも治りませんよ?」

「えっ?」


 驚くヘレナに母は穏やかな笑う。


「妊娠です。おめでとうございます」


 ヘレナは目を瞬かせ、両手で口元を押さえた。


「……ほんとう……?」

「はい。六週目です。とても順調です。スターリング博士にも、後で直接伝えてあげてくださいね?」


「博士?……あっ、気付いてらっしゃったんですね」

「はい。種明かしをすると、さっきおっしゃった『夫の友人』というのは、私の夫のことなんですよ、スターリング教授」


 二人とも嬉しそうに笑い合う。


「それと——もう一つ、もっと驚くことがありますよ」

「もっと……ですか?」

「お子さんは双子です。女の子の一卵性双生児です」


(スターリング博士の娘って双子の女の子だったのか……)

 物理学者と数学者、ともに“天才”と呼ばれた両親から生まれた双子の娘、どんな子なのは少しだけ興味が()く。


「……まぁ!早くエイドに伝えないと!」

「ぜひ、そうなさってください。良かったら、あちらのメッセージルームをお使いください。ログにも残りませんので」


 ヘレナは深く息を吸い、小さく頭を下げた。


「ありがとうございます。……生まれてくる子のためにも、ちゃんと伝えたいんです」


 ヘレナは一言、お礼を言うとお母さんが勧めるまま部屋に移動する。


***


 しばらくすると、入れ替わるように入ってくる小さな子ども——


「ママぁ」


 母が振り返る。


「どうしたの(あきら)、赤ちゃんみたいに」


 駆け寄る僕を、にこやかに僕を抱きしめる。


 ——そこに、幼い僕が映っていた。


(…………あ)


 記憶の底で、扉がひとつ開く。


(間違いない、確かに、僕はこの場にいた)


 まだ幼かった頃の記憶が次々に蘇ってくる気がした。


「ありがとうございました。あら?」


 連絡が終わりヘレナは僕を見つけ目を細めると、僕はお母さんの後ろに隠れる。


「息子さんですか?」

「そうなんです。ほら、晶、ご挨拶なさい」

「……ほしの…あきら……三さいです」


 彼女は微笑むと、自分の腹部を指差した。


(覚えてる!そうだ、そしてスターリング教授はこう言ったんだ)


(『ここに赤ちゃんがいるの。いつか会うことがあったら、仲良くしてやってね』)


 僕の心の中の台詞(セリフ)とヘレナの言葉がハーモニーを奏でる。そう、僕は確かにそこにいた。


 そう言って微笑むヘレナの声は揺れていた。喜びだけじゃない。責任か、不安か。映像の外側に別の感情が滲んでいる。

 映像の中の幼い僕は訳も分からず頷いて——映像は一度、ふっとノイズを走らせた。


***


 次の場面。同じ診察室。だが今度は——僕の姿は映っていなかった。


(……編集?じゃない。たぶん、この瞬間、俺は部屋の外に出されてた)


 母はモニターを指し、声量を落として話している。


「正直に申し上げると……今回の数値は、医療統計の枠を超えています」


 ヘレナは息を止めた。


「……悪いものなんですか?」

「いいえ、逆です。ただ——医学的にも興味深い」


 母の声は、患者に寄り添う医師ではなく、未知の現象に触れた研究者の声だった。


「神経回路の形成速度が、現行モデルの上限を超えている。発声前段階の言語野反応、聴覚場の統合……まるで——」


 一瞬、母は言いかけて言葉を飲み込む。映像データの圧縮ノイズがその沈黙を際立たせた。


「——この子たち、きっと特別な子になりますよ」


 その言葉は祝福の形をしているのに、どこか警告に近かった。ヘレナは短く息を吐き、そして静かに頷いた。


***


 映像が暗転し、表示が浮かぶ。


《トラック2:再生完了》


 部屋が急に静かになる。自分の呼吸だけ響く。


(双子の女の子……か……)


 彼女たちが今どこで何をしているのか、邂逅(かいこう)する機会があるのか、今は分からない。ただ、静かに息を吸い込んだとき——心の奥で、小さな歯車がひとつ動き出す音がした気がした。


◎登場人物(映像の中)

星野(ほしの)(あきら)(3):主人公。

星野(ほしの)(さち)(37):晶の母。冷凍睡眠実用化研究の第一人者だが、木星系で研究が空いているときは、総合診療科の医者として勤務している。

◯ヘレナ・スターリング(Helena Sterling)(イギリス)(25):著名な数学教授。


◎登場人物(現在)

星野(ほしの)(あきら)(14):主人公。中学3年生。

◯アルテア:晶の自宅にある家事用ロボット。わし座のα星「アルタイル」から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ