トラック1【カリストリア食堂・午後】
視界いっぱいに巨大な宇宙コロニーが浮かび上がり、テロップが表示される。
『ガニメデ第二ステーション』
木星系最大の拠点。そして「信濃が救った」とされる惨劇の舞台——だが、このとき映像の中の人々は、まだ何も知らない。
ふっと画面が切り替わる。
(ん?……どこだ?食堂?)
看板には「カリストリア」の文字。
テニスコートをひと回り小さくした広さ。清掃の行き届いたテーブル。合間を動く配膳ロボット。客はそれほど多くないのに、どこか幸せそうな雰囲気が漂っている。
そして——。
「へぇ、この店、名前はよく聞くけど来るのは初めてだなぁ。ガニメデなのに、店名はカリストってのが面白いよな」
(……お父さんだ!)
胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。見慣れない制服姿なのに、声も仕草も、間違えようがない。
「カリスト本店の二号店らしいぞ。それよりほら、食おうぜ」
(航おじさん……若っ!そして痩せてる……)
向かいの席の若き日の航、今の“ぽっちゃり航おじさん”とは別人のように引き締まった体格だ。
「うまい!点検おつかれさん!」
醤油ラーメンを啜りながら父が言う。
「おつかれ。まあ点検って言っても、ほとんどロボ任せだけどな」
航おじさんは大盛りハンバーグを迷いなく半分に切りながら答える。
「問題は?」
「無い……と言いたいところだがな」
航の顔が引き締まる。
「ほんの僅かだが……衝突痕があった」
「え、衝突?初耳だぞ。そもそも航行中に何の反応もないなんて、おかしくないか?」
「違和感があったから、防壁の表面診断をレベルマックスでかけた。速いのか、硬いのか、重いのか……正体はまったく分からん」
父の手が止まる。
「いや待て、輸送艦の防壁だぞ?“人類最強の盾”って言われてるあれだ。
レーダーにもセンサーにも引っかからず、AIすら反応せず、何重もの壁を抜けて……装甲に傷か?」
「俺にも理解不能だがな」
「……でもさ航。仮に、何か“常識外れ”のものが飛んできたとしたら——」
そこで映像が唐突にカットされた。
次の瞬間、二人は再びラーメンとハンバーグを巡って言い争っている。
(……編集?)
小さなひっかかりだけが、胸のどこかに残った。
——そのとき。
店の奥から長身の白人男性が歩いてくる。
父は少しだけ慌てて、手元の指向性翻訳機のスイッチを入れ、航は服を整える。
「ス、スターリング博士!?」
金髪碧眼、ラフな服装でも隠せない存在感。
「重力制御研究の?」
博士は注文ロボットにカレーを頼むと、二人の方へ向かう。
「どうぞ、座ったままで。私は物理学者のエイドリアン・スターリングと言います。ご一緒しても?」
「も、もちろんです!星野渉と申します。輸送艦『信濃』の艦長をしています」
「俺は朝比奈航。同じく機関長です。帰りもどうです?サービス満点ですよ」
軽口を叩く航おじさんに、エイドリアンは楽しそうに握手を返した。
「こちらこそ、高名な信濃の乗組員と食事できるとは光栄です」
***
「おい、エイド!置いてくなよ!」
(……デカい!)
次に現れたのは、エイドをさらに上回る巨漢。褐色の肌、太ももほどの腕。タンクトップにスウェットという圧倒的ジム帰り感。しかし表情は優しく、子供のように笑っている。
「ヘイル博士!?」
父が驚きの声を上げる。
「マーカス・ヘイルだ。よろしくな」
「本物!?なんでそんな格好で!?」
「ドレスコード無いよな?問題あるか?」
「……大ありだよ」
エイドリアンが頭を抱え、父と航が笑い、マーカスは豪快にホットサンドにかぶりつく——。
***
食事は和気あいあいと進み、やがて話題は家族へ移った。
「ところで星野艦長、今回は家族連れで?」
「ええ。今回は特別に。……妻は研究者でして」
(母さん……)
「あぁ、星野——思い出しました!奥様の研究、我々の分野でも話題ですよ。恒星間飛行への第一歩だと」
「うちの研究室でも注目株だ。生きてるうちに実用化してくれって、みんな言ってるぞ」
「光栄です。息子も三歳になります」
「可愛い盛りですね」
マーカスが笑いながら言う。
「ところで、スターリング博士。奥様はご一緒ではないのですか?」
「いえ、少し体調を崩していて……。食欲がないと言うので、本日は宿舎で休ませています」
父の質問にエイドリアンは控えめに微笑んだ。その返答に、航おじさんも心配そうに頷く。
「それは……。どうかお大事に」
温かい会話が続き、何かが迫っている気配など誰も知らない。
やがて、マーカスがいたずらっぽく言う。
「博士呼びはやめないか?落ち着かん」
「良い考えだ。私も“エイド”で」
「じゃあ僕は“ショウ”で。こいつと名前被って紛らわしいんで」
「俺は“コウ”で。よろしくな、エイド、マーク」
握手が交わされる。どこにでもありそうな平穏な出会いだった。
「ところで、お二人に宇宙物理の専門家として聞きたい。仮に太陽系内で——」
父の質問が始まった瞬間、映像が唐突に途切れた。
(……編集の痕跡?)
一瞬のカット。本来なら連続しているはずの会話が、ナイフで断ち切られたみたいに消えている。
ありふれた事故映像ならともかく、これはAIが再構成した“公式データ”のはずだ。そこに、こんな分かりやすい切れ目がある。
必ずしも悪意のある改変とは限らない。でも——「何かを伏せた」ようにも見える。
僕の胸には、説明のつかない小さな疑問だけが残った。
***
『トラック一の再生を終了しました』
アルテアの声が響き、僕はゆっくりとスマートグラスを外した。
気付けば、息を止めていた。胸が痛いほど脈打っている。
(……父さん……)
暖かい記憶なのに、説明できない違和感だけが、じっと胸の底に残っていた。
◎登場人物(映像の中)
◯星野渉(39歳)(177cm):主人公 晶の父。惑星間輸送艦「信濃」の艦長。
◯朝比奈航(39歳)(181cm):渉とは学生時代からの親友で「航」「渉」と呼ぶ合う仲。惑星間輸送艦「信濃」の主席機関士(機関長)。
◯エイドリアン・スターリング(イギリス)(30歳)(183cm)。物理博士。重力子研究の第一人者。
◯マーカス・ヘイル(アメリカ)(28歳)(191cm)。物理博士。真空エネルギー研究の第一人者。独身。




