未来史【木星系を包む熱狂と影】
木星系を襲う大災害の、わずか一ヶ月前。西暦二一八〇年──人類は“新しい時代の入口”に片足を踏み入れていた。
ある科学者は言った。
「人類は今、宇宙の真理に手を伸ばしつつある」
それは確かに正しかった。
しかし別の科学者は、同じ熱量でこう言った。
「我々が理解したと思っているものなど、宇宙全体から見れば無に等しい」
それもまた揺るぎない真理だった。
──知れば知るほど、未知が倍々に増えていく。この時代に生きる人々にとっても、宇宙はなお深淵で、手に余るほど広大だった。
そんな基礎科学の歩みとは対照的に、太陽系開拓は二十二世紀に入ってから加速度的だった。
五年前には「カルダシェフスケールが一を超えた」と報じられ、月・火星・小惑星帯……人類の生活圏は確実に外側へと広がっていた。木星圏移住はもはや夢物語ではなく“目前の現実”になっていた。
木星系には複数の有人基地が建設され、とくにガニメデとカリストは“第二の地球圏”を目指す発展の真っただ中にあった。
科学者、技術者、医療スタッフ、保守要員──そしてその家族たち。
人口は雪だるま式に増加し、木星圏はいつしか『太陽系開拓の最前線』と呼ばれるようになった。
その中心に屹立するのが、ガニメデ第二ステーションである。
外周五キロ、長辺三十キロの巨大シリンダー。
自転によって発生させる地球と同等の人工重力。
最大収容人口十万人。
名称こそ“ステーション”だが、実態は宇宙都市──スペースコロニーと呼ぶ方がふさわしい。巨大な木星を背にしたその威容は、二十二世紀の人々にすら“文明の到達点”と称された。
──だが、木星系がこれほどまで人であふれ返った理由は、発展だけではない。
半年後に迫る、「彗星衝突」。
約二百年ぶりに木星へ落下する巨大彗星。この『世紀の天体ショー』を観測するため、太陽系中の頭脳──物理学、天文学、数学、工学、生物学……あらゆる分野の最前線が一斉に木星系へ押し寄せていた。
学会は連日満席。ホテルはすべて満室。
メディアは
「二百年に一度の奇跡!」
「木星に歴史が刻まれる瞬間を見逃すな!」
と連日のように煽り立てた。
科学者だけではない。アマチュア天文家、富豪、観光客……興味を持つ者は誰もが集まった。人が集まれば、さらに人を呼ぶ。
木星系はいまや、熱狂と期待の渦巻く“巨大な祭り”と化していた。
その象徴こそ、ガニメデ第二ステーションだった。ここに訪れる誰もが胸を高鳴らせていた。
──けれど、その足元に“惨劇の影”が迫っていることに、まだ誰ひとり気付いてはいなかった。




