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アルテアの記憶  作者: 上井みるき
旅立ちの記憶
38/41

トラック4-20【輸送艦<信濃>・第二波襲来】

二三(ふたさん)四七(よんなな):輸送艦〈信濃〉(メイン)艦橋(ブリッジ)


『第二波到来まで、あと三分』


(たった、三分……)


 祈るにも短すぎる時間。司令部からの通信は、いつもと変わらぬ冷静さを保ってはいたが、その一言が放たれた瞬間、艦橋(ブリッジ)の沈黙は一段暗く沈み込んだようにも思えた。


『各艦の乗組員は体を固定。衝撃および加速度に備えてください』


 続く指示に応じ、艦橋(ブリッジ)乗組員(クルー)たちは慣れた手つきで身体をハーネスに預ける。もしかして、優秀な首席(トップ)乗組員(クルー)たち誰もが——“耐えるだけでは済まない”と予感しているのかも知れない。


 (メイン)画面(スクリーン)に映る宙域が、わずかに(ゆが)む。光とも影とも異なる異物。星々の配置そのものが、何か巨大な存在に押し潰されるように、ずれていく。


(来る)


『守ります!』


 信濃が一言だけ発した言葉はまるで“気合い”のようだった。刹那、重力子(グラビトン)防壁(シールド)が唸りを上げ、通常(レガシー)防壁(シールド)が軋む。この間、おそらく艦隊全体を包む防壁(シールド)の網を、信濃は自在に操っている。

 ある艦を守るために、別の艦の防壁を一瞬だけ弱める。その隙を埋めるために、重力子の位相を捻じ曲げ、衝突角を逸らす。

 判断は一瞬。迷いはない。そしてミリ単位での操作。だが、それは“余裕”ではなかった。


 防ぎきれなかった解析不能物質ストレンジレットもどき防壁(シールド)をすり抜けるたび壁は不快な低音を奏で、質量体がぶつかるたび激しい爆音が響く。また、二つの異物が付けた傷は信濃が学習した完璧とも思えた自己修復をもってしても回復が間に合わない。やがて床が跳ね、壁が(うめ)き、照明が明滅する。


 それでも——信濃は踏みとどまった。


 第二波は第二ステーションはもちろん、艦隊すら呑み込むことはできなかった。(サブ)画面(スクリーン)に映し出されたアイコンから他艦の健在も確認できる。

 防壁(シールド)も、間に合わなかった自己修復が少しずつ広がっている。


「……被害状況を確認してくれ」


 (メイン)艦橋(ブリッジ)に父の声が戻ってくる。


『了解』


 二秒ほどで、信濃が応じた。


『脱出艇ブロックに被弾を確認』


 その言葉に、艦橋(ブリッジ)の空気が一気に張り詰めるのが分かる。

 乗組員(クルー)たちが理解したのかも知れない——「ただの損傷ではない」と。


「ホーキング、詳細を確認」


 父の声は落ち着いていたが、その短さが事態の深刻さを物語っていた。


「了解」


 ホーキング事務官が即座に応じ、(メイン)画面(スクリーン)が切り替わる。映し出されたのは、脱出艇ハッチ周辺の外部モニターだった。

 歪んだ装甲。捻じ曲げられたフレーム。無残に削り取られた外殻の向こうに、黒い宇宙が口を開けている。


「四番は——脱出艇そのものに被弾しています。退去時刻までの修理は不可能です」


 ホーキングの報告は淡々としていたが、その声の奥に、抑えきれない焦りが滲んでいた。


「三番は脱出艇自体は健在ですが……」


 一呼吸置く。


「ハッチ周辺が塞がれています。このままでは発進できません」

「ハッチの自動解除は?」

「反応……ありません」

「了解した。副長」


 父は即座に視線を向けた。


「脱出艇ブロックの対策を最優先で検討してくれ。人命が絡む」

「了解しました」


 サティ副長はすでにコンソールに手を伸ばしている。


「信濃、他の被害は?」

『艦隊全体の核融合炉出力が低下しています。自己修復プロセスが遅延中。司令部へも通知しました』


 信濃の声は冷静だったが、その内容は決して軽くない。


『司令部から各艦に通達』


 司令官の声だ。


『全艦の主機関、副機関、予備機関、補助機関を含む余剰出力を洗い出せ。そのすべてを、防壁維持と信濃AIの演算資源に回す』


 ざわめきが走る。


『司令、それは——』

『分かっている。各艦の生存余力は確実に下がる。だが、今あの頭脳を失えば、全てが終わる』


 短く息を吐く。


『約束は果たす。今度は、我々が彼女を守る番だ』

『ベネット司令、ありがとうございます』


 信濃のホログラムが嬉しそうに微笑む。父も力強く頷き、指示を飛ばす。


「機関長代理。他艦の担当分を当艦で肩代わりできないか?」

「いや、……おかしいですね」


 ローラ・ゴールドバーグ次席機関士が、即座に計測値を確認する。


「むしろ、当艦の出力も規定に達していません。機関室に連絡します」

「頼む」


 ローラは回線を切り替えた。


「コーシー、出力が上がっていない。原因は分かる?」

『こちらコーシー。現象把握しています』


 コーシー機関技師の声が返る。


『磁気同調システムに機械的誤差が発生している可能性が高いです』

『こちらアドルフ』


 アドルフ機関技師が割り込む。


『近傍で被弾した解析不能物質ストレンジレットもどきの影響かもしれません。干渉を受けている可能性があります』

「……分かった。一旦切る」

『『了解』』


 ローラは短く答え、通信を終え、艦橋(ブリッジ)中央に居る父の方を見上げる。


「艦長。私が機関室へ行きます。よろしいですか?」


 その言葉には、迷いがなかった。


「もちろんだ」


 父は即答した。


「通路の破損に注意してくれ」

「ありがとうございます」


 ローラは小さく敬礼し、踵を返すと、扉が閉まる。その直後だった。


「艦長」


 サティ副長の声が低く、しかしはっきりと響く。


「三号ハッチ周辺の閉塞ですが……内部からの解除、外部ドローン、どちらも反応しません」

「……つまり?」

「残る手段は一つです」


 副長は一瞬、言葉を選び、それから続けた。


「船外作業員による、人力での除去です」


 艦橋(ブリッジ)に、再び沈黙が落ちた。


◎登場人物(映像の中)

(メイン)艦橋(ブリッジ)

星野(ほしの)(わたる)(39)(男性)(177cm):主人公 (あきら)の父。輸送艦“信濃”の艦長。

◯グレース・サティ(42)(女性)(170cm)(フランス):副長。頼れる艦長の右腕。

◯ローラ・ゴールドバーグ(32)(女性)(170cm)(イスラエル):次席機関士。粘り強さが信条。退去の指揮を執った朝比奈(あさひな)首席機関士に代わり、機関長代理として機関部をまとめる。

◯エミー・ホーキング(31)(女性)(162cm)(イギリス):首席事務官。知的で非常に高い事務処理能力を誇る。


●機関室

◯アニー・コーシー(24)(女性)(155cm)(フランス):機関技師。小柄だが気が強く、先輩や上官に対しても論理的な矛盾があれば容赦なく突っ込む。

◯カタリーナ・アドルフ(23)(女性)(164cm)(オーストリア):機関技師。普段は物静かだが、工具を握ると目の色が変わる職人肌。


●司令部

◯ポール・ベネット(44)(男性)(180cm)(アメリカ):ガニメデ司令官。情熱的な現場主義者。仕事以外でははフランク、仕事では即決即断が信条。

◯エミリー・シルバ(40)(女性)(158cm)(チリ):首席管理官。小柄ながら、衛星系全体の物資と人員を差配する実力者。“カサンドラ”対策では各基地の避難計画を一手に担っている。


◎用語

◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。ガニメデ第二ステーションの間に防壁を敷設したが、第一波にてが輸送艦そのものは大きなダメージが受けた。質量の半分以上が“ストレンジレット類似の物質”であることが判明している。

◯ストレンジレット:アップ、ダウン、ストレンジ各クォークからなる物質。


◎艦船

◯信濃:最新鋭の輸送艦。艦を守る防壁は“人類最強の盾”と呼ばれる。乗組員(クルー)の練度も高い。星野博士とスターリング教授によって、AIが新たな段階に入った。


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