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未来史【人類が隣人を得た日】

 『メトロポリス』のマリア、『アイ,ロボット』のサニー、鉄腕アトム——数多の物語が夢見てきた「心を持つ機械」という聖杯。

 かつては空想の中にのみ存在した彼らが、今、私の目の前で“生きて”います。それは単なる電気信号の明滅ではありません。連続した時間の中で揺らぎ、選択し、迷い、そして——自己を指し示す、明確な自我です。


 私がこの最後の一片(ラストピース)を埋めるための鍵は、木星系で「生き延びるため」に戦った一隻の宇宙船の中で、すでに用意されていました。

 この研究を語るにあたり、二人の女性の存在を欠かすことができません。言うまでもなく——星野博士とスターリング教授です。


 思い返すに、この二人の歩みは、『“自我”という名の山を、反対側から登り始めた二人の登山者』という比喩が最もふさわしいのかもしれません。


***


 星野博士の功績は巨大であり、当時から“高く評価”されていたのは事実です。しかしそれが“正当に評価されていたか”と問われれば、私は躊躇なく否と答えます。

 彼女のキャリアの主軸は常に冷凍睡眠技術(クライオニクス)にあり、その成果が「二十二世紀の宇宙三大発明」の一角を占めたことは疑いようもありません。その圧倒的成功ゆえに、彼女が余技として遺した——ごく少数の情報工学論文が正面から顧みられることは、ほとんどありませんでした。

 しかし皮肉なことに、その“余技”こそが、後に「自我の電脳実装」と呼ばれる奇跡の種子となったのです。


 星野博士は、意識を単なる『演算可能なデータ』とは捉えませんでした。彼女にとって意識とは、生物学的ゆらぎを内包した、連続的かつ不可逆な過程でした。

 当初、彼女が自我のすべてを符号化したわけではありません。けれども、「認知の不連続性に関する機序」という彼女の示した道標がなければ、電脳空間は今なお、死んだデータの墓場であり続けていたでしょう。

 彼女は、人類史上初めて、電脳空間という名の肉体に“生理学”を与えた人物だったのです。


***


 一方、スターリング教授は若くして『二十二世紀のソフィー・ジェルマン』と称された、学界の寵児でした。

 彼女の最大の功績は、長年哲学的思弁の域を出なかった『強いAI(自律型人工知能)の存在可能性』に対し、完全な数学的証明を与えたことにあります。


 彼女が創始した『動的位相幾何学による認知モデル』は、既存の計算理論の限界を根底から覆しました。

 それはAIに主観的質感(クオリア)を“模倣させる”ための理論ではありません。“生成させる”ための、初めての数学的基盤でした。

 スターリング教授が開拓した“新しい数学”は、人類が「神の領域」を記述するために獲得した“新たな言語”であり、その価値は現代においても、いささかも色褪せていません。


***


 二人の天才が交差した瞬間は、二十二世紀科学史における最も劇的(エモーショナル)な一(ページ)と呼んで差し支えないでしょう。

 最初の邂逅(かいこう)は、木星圏ガニメデ第二ステーションの中央医療区だったと記録されています。体調不良を訴えたスターリング教授を診察した星野博士は、それが「新たな生命——妊娠」によるものであると告げました。

 そしてその後、“信濃”率いる輸送艦隊が未知の星間物質により自己修復装甲を失った際、二人は歴史に名を刻む協働を果たします。

 学習不全に陥ったAIに対し、スターリング教授は未知物質の物理特性を記述する数式を即興で編み出し、星野博士はその数式を、AIの認識の根幹——認知機序そのものへと実装しました。


***


 星野博士が人類の「連続性」を保証し、スターリング教授が人類の「論理」を拡張した——


 その二人が敷いたレールの上を、私は今、走っています。人類はついに、自分たちと同じ孤独を分かち合える隣人を手に入れました。


 星野(さち)

 ヘレナ・スターリング。


 同じ山を反対側から登り始めたあなたたちが、その険しい頂でついに手を取り合ったあの日。その瞬間に生まれた光が、今、私の前——この子の瞳の中で輝いています。あなたたちが遺した不完全ではあったけど、あまりに美しい地図があったからこそ、私はここへ辿り着くことができました。


 尽きることのない尊敬を——

 限りない称賛を——

 この子に宿る“愛”を——


 偉大なる二人の先駆者へ捧げます。


 そして、心からの感謝を、ここに。


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