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トラック4-16【輸送艦<信濃>・“敵”の正体】

二三(ふたさん)〇〇(まるまる):輸送艦〈信濃〉(メイン)艦橋(ブリッジ)


「そういうことか……!」


 エイド博士の声は、低く、しかし確信を帯びていた。


「どういうことですか?」

「どういうことだ?」


 父が身を乗り出す。と、同時に、マーク博士の声も重なった。二人の視線が、エイド博士に集中する。


「反物質でもない。縮退星由来でもない。ブラックホールでもない」


 エイド博士は、モニターに映る“侵食された装甲”を指し示した。


「だが、他の物質を侵食し、同化している。質量は大きい。にもかかわらず、我々の観測では成分が“見えない”」


 一拍置く。


「——異常な高密度」


 艦橋(ブリッジ)の空気が張り詰める。


「……これは、つまり」


 エイド博士は、言葉を選ぶように、ゆっくりと告げた。


「ストレンジレットだ」


 その単語が落ちた瞬間、誰もが息を止めた。


「……なるほど」


 マーク博士が、腕を組んだまま唸る。


「部分的には、納得できる。だが——」


 即座に、首を振った。


「ストレンジレットなら、こんな“侵食”で済むはずがない。我々どころか、木星ごと……いや、太陽系ごと、ストレンジレットの塊になって終わりだ。今の俺たちが、まだ“人間”の形を保っていられるはずがない!」

「それに」


 ヴィレール技師も続く。


「ストレンジレットは存在自体が未確認です。仮に存在するとしても、中性子星の中心部や、中性子星同士の衝突といった、極端な条件下でしか生成されないとされています」


 一気に言葉を吐き出し、一旦、呼吸を整える。


「正直に言えば、現在の科学レベルで扱えるとは思えません」

「その通りだ」


 エイド博士は、否定しなかった。


「だからこそ——“いわゆるストレンジレット”ではない」


 博士は、ゆっくりと視線を巡らせる。


「だが、もし……チャームクォークを核に含んだ“準安定状態”だったらどうだ?」

「……不純物を含んだクォーク(ナゲット)?」

「そうだ」


 エイド博士の声が、わずかに熱を帯びる。


「重すぎる不純物(チャーム)のせいで、連鎖反応の速度が極端に抑制されている。いわば、致死性の毒を薄めたような状態だ。だが、その本質は変わらない。触れた物質の原子構造を、いずれ根こそぎ書き換える。そんな物質だとしたら?」


 誰も、すぐには口を開けなかった。


「もちろん、私も見たことも聞いたこともない。そんな物質(もの)が存在するかどうかも分からない」


 エイド博士は苦笑する。


「だが、“存在する”と仮定するなら……今、我々の目の前にある、これじゃないか?」

「……あるな」


 マーク博士が、低く呟いた。


「いや……これは、むしろ」


 言葉を探すように、天井を仰ぐ。


「消去法だな」

「そうですね」


 ヴィレール首席技師も、ゆっくりとうなずいた。


「私も、そんな物質を想像したことすらありませんでした。ですが……“それが存在する”と仮定すれば」


 モニターに映る“治らない傷”を見る。


「すべて説明がつきそうです」


 艦橋(ブリッジ)に、重い沈黙が落ちた。


 それは恐怖ではなく、理解が追いついたときに訪れる、冷たい静けさだった。人類が知らなかった物質。人類の最強の盾を、内側から壊す存在。

 父は、静かに息を吸い、問いを投げかけた。


「……対処法は、ありそうか?」


 それが、この戦いの次の問いだったが、三人の技術者が短く、しかし激しく言葉を交わす。


「おそらく——人類が初めて遭遇する物質だ」


 エイド博士が、淡々と告げる。


「即座に思いつく対処は、第三世代クォークによる中和だが……」

「それでは燃費が悪すぎる」


 マーク博士が、すぐに首を振った。


「連鎖反応は“量子的位相の揃い”に依存してる。なら、正面から殴るより、量子ノイズで足元を崩した方がいい」

「ノイズを使うなら」


 ヴィレール技師が、考え込むように続ける。


「連鎖を止めるのではなく、連鎖にかかる“時間”を限りなく引き延ばす方法はどうでしょう。事実上、無限に近づける。これなら“燃費”も悪くありません」

「いや、それだと」


 マーク博士は即座に指摘した。


「侵食された部分の修復をどうする?“治らないまま”残るぞ」


 一瞬の沈黙。


 父は、三人を順に見渡した。


「——ヴィレール」


 声は低く、しかし迷いがなかった。


「時間がない。案をまとめろ。三〇分以内に実装できる案を採用してくれ」

「了解しました」


 ヴィレール技師は即答する。


「技術室を使います。信濃と防壁群のAIに、強制学習が必要です。管理者権限を」

「承知した」


 父はうなずき、視線を副長へ向ける。


「副長、防壁制御の管理権限について司令部へ申請を」

「了解しました」


 そのやり取りに割り込むように、エイド博士が言った。


「それから、医務室のヘレナを技術室へ。力を借りたい。できれば——星野博士も」

「それは名案だ」


 ヘイル博士が、楽しそうに笑う。


「AIにとっては、最強の助っ人二人だな」

「いや……」


 父は一瞬、言葉を選んだ。


「スターリング教授と違って、(さち)は医者で冷凍睡眠が専門だ。お役に立てるかどうかは……」


 その瞬間、二人の博士が顔を見合わせ、同時に笑った。


「星野博士は」


 エイド博士が言う。


「電脳空間に認知機能を実装した、最初の人間ですよ?」

「まったく」


 マーク博士が肩をすくめる。


「理解のない夫だな。反省してくれ」

「……後でしておきます」


 父は苦笑し、すぐに表情を引き締めた。


「ヴィレール、二人を技術室へ。ピアース、医務室に連絡。スターリング教授と——星野博士に、技術室への移動を依頼してくれ」


「了解」

「了解しました」


 返事が重なり、艦橋(ブリッジ)が再び動き出す。


 未知の物質。

 治らない傷。

 迫り来る第二波。


 それらすべてが、艦隊と防壁、そして彼らが守る第二ステーションを(ほふ)るために牙を()いている。絶望するには、あまりにも十分な状況だった。

 だが、この艦には——いや、きっと司令部全体において——絶望に身を委ねる者は、一人として存在しない。たとえこの災厄が“神が定めし法則のバグ”であったとしても、それは変わらない。


 彼らは、考えることをやめない。抽象化し、数値化し、定義し、解析し、対策を導き出す。どれほど理不尽で、どれほど理解を拒む存在であっても。

 それは、ホモ・サピエンスが持ちうる唯一の、そして最強の反撃——“思考”という名の祈りだった。


 こちらが手にするカードは、間違いなく人類最強の知能。それをもってしても、相手はその英知の射程の、遥か外側に潜んでいるのかもしれない。それでも、足掻(あが)く。一パーセントにも満たない生存確率を無理やりこじ開ける。

 “それしかない”ことが、僕にも痛いほど伝わった。


◎登場人物(映像の中)

(メイン)艦橋(ブリッジ)

星野(ほしの)(わたる)(39)(男性)(177cm):主人公 (あきら)の父。輸送艦“信濃”の艦長。

◯グレース・サティ(42)(女性)(170cm)(フランス):副長。頼れる艦長の右腕。

◯マティアス・ヴィレール(40)(男性)(176cm)(フランス):首席技師。経験豊富で、作業着が似合うがどこか洗練された印象。

◯キャシー・ピアース(29)(女性)(168cm)(オーストラリア):首席通信士。明るく明瞭な発声で、ブリッジに活気を与える。


◯エイドリアン・スターリング(30)(男性)(イギリス):物理博士。重力子研究の第一人者。客員技師として乗艦中。ステーションを守るために、実験用に持ち込んでいた重量子防壁を提供した。通称“エイド”。

◯マーカス・ヘイル(28)(男性)(185cm)(アメリカ):物理博士。真空エネルギー研究の第一人者。客員技師として乗艦中。通称“マーク”。


◎用語

◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。ガニメデ第二ステーションの間に敷設された防壁を第一波が襲撃中。質量の半分以上が“既知の元素ではない”ことが判明している。

◯ストレンジレット:アップ、ダウン、ストレンジからなる物質。


◎艦船

◯信濃:最新鋭の輸送艦。艦を守る防壁は“人類最強の盾”と呼ばれる。乗組員(クルー)の練度も高い。


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