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トラック4-15【輸送艦<信濃>・第一波襲来】

二二(ふたふた)五〇(ごまる):輸送艦〈信濃〉(メイン)艦橋(ブリッジ)


 (メイン)艦橋(ブリッジ)の空気が、目に見えない圧で押し縮められていく。


『こちら司令部、ペイロ。カサンドラ第一波襲来まで三分。数は少数。各艦、防壁出力の最終確認を』


 父は反射的に口を開いた。


「朝——」


 そこで、言葉が止まる。一瞬の空白——


「……ゴールドバーグ、機関の出力を確認」

「出力四〇%を維持。問題ありません」


 (こう)おじさんの代わりに機関を預かるゴールドバーグ次席機関士の声は通り落ち着いていた。


「ヴィレール、防壁(シールド)確認」

重力子(グラビトン)防壁(シールド)通常(レガシー)防壁(シールド)ともに最大出力を維持しています」


 ヴィレール首席技師の報告に、艦橋(ブリッジ)のモニターが応じる。艦隊を包む光の網は確かにそこに存在している。


「重量子干渉計によると、第一波は全質量の約十五%です」

「解析不能物質も、相当量混じっている」


 スターリングとヘイル、両博士の声が重なる。


『到達まであと二十秒。完全通過までさらに二十秒と推定。各艦、衝撃に備えよ』

「副長とピアース通信士は、他艦の様子を頼む。ホーキングはモニタリングを」


「「「了解」」」


 主画面に、赤い光点が現れる。それは流星でも、嵐でもなかった。闇を裂いて、無数の閃光が正面から殺到する。

 次の瞬間、艦隊の周囲に張り巡らされた重力子の網が、宇宙そのものを歪めた。飛来する質量は、次々と弾かれ、砕かれ、逸らされていく。


「排除率九八パーセント。出力安定!」

「……すごい」


 思わず漏れた艦長の声は、誰の耳にも届かなかった。

 その直後だった。


「——待ってください」


 ヴィレールの声が、鋭く跳ね上がる。


「解析不能物質、数体。通常(レガシー)防壁(シールド)に接触!」


 艦を揺らしたのは、衝撃ではない。金属が共鳴するような、不快な音だった。


「何が起きている?」

「艦長、防壁(シールド)が……壊されています」

「壊されている?どういう意味だ?正確に頼む」

「破壊そのものは想定内。しかし——自己修復が作動しません!」


 マーク博士が息を呑む。


「すまん、自己修復が作動しないというのは、どういうことだ?」

「はい、博士。通常(レガシー)防壁(シールド)は、損傷してもナノマシンが即座に修復する設計です。その自己治癒が——拒絶されています——ありえません」


 父が素早く指示を出す。


「ホーキング、船外モニターに切り替えてくれ」

「了解」


 画面に映し出されたのは、塞がるはずの“傷口”だった。それは治癒するどころか、赤黒く変色し、周囲の装甲を侵食している。まるで、未知の病が鋼鉄を内側から腐食させているかのようだった。


「信濃、解析できるか」

『解析不能。防壁の分子が分解されています』

「修復は?」

『原因不明により対策不可』


 父は信濃に搭載されたAIとの禅問答を諦める。


「ヴィレール、手動による修復プログラムは起動できそうか?」

「ダメです。修復プログラム——完全に拒絶されました」


 艦橋に、短い沈黙が落ちる。


「対応を続けてくれ。ゴールドバーグ、機関出力!」

「はい。出力低下一%、許容範囲です。ですが、機関にも侵食の可能性があります。現在、担当技師に確認中」

「頼む」

「了解」


 マーク博士が割り込む。


「第一波、まだ終わっちゃいない。残りは、ほとんどが鉄だが……」

「まずい……通常なら問題ありませんが、あの傷口に直撃すれば——」


 ヴィレール技師が思わず叫ぶ。通常なら、ただの小石ほどに過ぎないはずの質量。だが、信濃の装甲には“無防備な生傷”が晒されている。

 答えは言葉になる前に来た。艦橋(ブリッジ)を大きな衝撃が襲う。警告灯が明滅を始める。


「第四ブロック、第三隔壁大破!圧力低下!」

「隔壁を強制閉鎖!」


 ホーキング事務官の報告に父が返す。


「自己修復できない以上、弱点になる。第四ブロックは放棄する」

「了解」


 命令と実行が、ほぼ同時だった。信濃は、生き残るために、自らの一部を切り捨てた。

 艦橋のざわめきは、第一波通過後も収まらなかった。静寂ではなく、計器の低い唸りと、誰もが無意識に息を詰める音が支配している。


「副長、他の艦はどうだ」


 父の声は、落ち着いていた。


「健在ではあります。ただし……」


 サティ副長は一瞬、言葉を選んだ。


「当艦と同じく自己修復が機能不全に陥っています。質量体の直撃も多く、各艦とも大きな損傷を受けている模様」

「艦をつなぐ防壁は?」

「現時点では問題ありません。ただし——」


 副長は、言葉を濁さなかった。


「どれか一隻でも機関部が損傷すれば、防壁の維持そのものが困難になります」


 父は小さく息を吐いた。


「ピアース、第二波は?」

「襲来まで、五〇分を切りました」


 艦長は、うなずくだけで応じた。


「……副長。どう思う」

「芳しくありません」


 サティ副長は即答した。


「第二波は本体。質量換算で全体の六〇%強。“解析不能物質”も第一波より多く含まれています。被害規模は単純計算でも、この四倍以上。しかも——」


 視線が、モニターの“傷口”に向く。


「我々の装甲は、現状、修復できていません。最悪の事態も、想定すべきです」


 艦橋に、重い沈黙が落ちた。


「ヴィレール」


 父が口を開く。


通常(レガシー)防壁(シールド)の出力を、重力子(グラビトン)防壁(シールド)に回せないか?」

「一定の効果は見込めます」


 首席技師は即座に答えた。


「ただし、出力をいくら上げても、除却率を一〇〇%にできるわけではありません」

「……博士、お二人の意見は?」


 エイド博士は、少し考え込んだ後、ぽつりと言った。


「仮に……“解析不能物質”が何なのか分かれば自己修復は可能なのか?」

「断言はできません」


 ヴィレールは首を振る。


「ただ、信濃が学習できれば……理論上は、可能性があります」

「艦長!」


 今度は、マーク博士が声を荒げた。


「なんでもいい!気づいたことはないか?現場感覚でいいんだ!」


 父は、しばし黙り込んだ。

 モニターに映る、赤黒く変色した装甲。塞がらず、広がり続ける“傷”。


「……反応が、普通じゃない」


 独り言のような声だった。


「侵食というか……」


 父は、遠い記憶を探るように目を細める。


「昔やった実験を思い出す。アルミ板に水銀を垂らすやつ……」

「アマルガム反応か?」


 マーク博士が即座に応じた。


「それです」


 父は、ゆっくりとうなずいた。


「まるで装甲が、あの実験のアルミみたいだ。外から叩き壊してるんじゃない。“中身を壊されている”」


 その瞬間だった。


「……!」


 エイド博士の目が見開かれる。


「そうか……そういうことか!」


 艦橋の空気が、わずかに変わった。まだ、答えはない。だが、希望に至る道筋だけが、かすかに見え始めていた。


◎登場人物(映像の中)

(メイン)艦橋(ブリッジ)

星野(ほしの)(わたる)(39)(男性)(177cm):主人公 (あきら)の父。輸送艦“信濃”の艦長。

◯グレース・サティ(42)(女性)(170cm)(フランス):副長。頼れる艦長の右腕。

◯ローラ・ゴールドバーグ(32)(女性)(170cm)(イスラエル):次席機関士。粘り強さが信条。退去の指揮を執った朝比奈(あさひな)首席機関士に代わり、機関長代理として機関部をまとめる。

◯エミー・ホーキング(31)(女性)(162cm)(イギリス):首席事務官。知的で非常に高い事務処理能力を誇る。

◯マティアス・ヴィレール(40)(男性)(176cm)(フランス):首席技師。経験豊富で、作業着が似合うがどこか洗練された印象。

◯キャシー・ピアース(29)(女性)(168cm)(オーストラリア):首席通信士。明るく明瞭な発声で、ブリッジに活気を与える。


◯エイドリアン・スターリング(30)(男性)(イギリス):物理博士。重力子研究の第一人者。客員技師として乗艦中。ステーションを守るために、実験用に持ち込んでいた重量子防壁を提供した。通称“エイド”。

◯マーカス・ヘイル(28)(男性)(185cm)(アメリカ):物理博士。真空エネルギー研究の第一人者。客員技師として乗艦中。通称“マーク”。


●司令部

◯セシリア・ペイロ(32)(女性)(162cm)(スペイン):首席観測官。感情を排し、事実のみを淡々と述べるが、その裏で観測データの精度に命を懸けている。


◎用語

◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。ガニメデ第二ステーションの間に敷設された防壁を第一波が襲撃中。質量の半分以上が“既知の元素ではない”ことが判明している。


◎艦船

◯信濃:最新鋭の輸送艦。艦を守る防壁は“人類最強の盾”と呼ばれる。乗組員(クルー)の練度も高い。


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