探り寄る視線
「はい。二十分経過したから、終わった者から提出して教室出ていいぞー」
見直しを終えていた僕は、立ち上がって答案を提出する。途端に、教室がざわっと揺れた。
「晶のやつ、マジかよ」
「相変わらず早すぎ。数学はいつもだけど」
「私なんて、まだ半分なのに……」
こういう反応は慣れているけど、正直、悪い気はしない。
「はい、静かに。残り三十分、集中しろよー」
背中で先生の声を聞きながら廊下に出る。授業中独特の静けさに包まれた途端、(アストリス・アカデミーか……)と考える。
(受験レベルって大学二年生レベルだよな。まだまだ勉強しないと)
自販機横のベンチに腰を下ろした途端、腕時計がふわっと光る。
(通知?……冬華からだ)
『今日は部活長引きそうだから先に帰ってね♫アンコンの練習なの♫クラリネット多いから埋もれないようにがんばるよん♫』
ホログラムには楽器のアイコンと一緒に賑やかなメッセージが踊る。クリスマスコンサート、卒業式、入学式……春に向けて吹奏楽部の行事は盛りだくさんだ。僕は『了解♫目指せレギュラー♫』とだけ返信し、ホログラムを大学数学のテキストに切り替えた。
***
「晶、今日は待ち合わせ無し?一緒にカラオケ行かね?」
「いや、今日はまっすぐ帰るよ。オカブもいるし。誘ってくれてありがとな」
「いいって。じゃあ、またな!オカブもバイバイ!」
『バイバイ』
軽く手を振ったあと、僕は歩き出した。本当は友達の誘いが嬉しい。でも——今日は違う。
(最悪、誰かに迷惑かけたら……『ごめん』じゃ済まない。最悪って……何だ?)
自分の言葉に背中が冷たくなる。と同時に、オカブが警戒モードに移行した。
『晶サマ。監視カメラノ向キガ変ワリマシタ。今朝ハ作動シテイマセンデシタ』
まただ。
(……狙われてるのは、僕?)
そう思った瞬間、喉の奥がひゅっと細くなった。僕の足は早歩きから小走りに変わる、そのとき——見慣れた車が角を曲がって停まった。
「坊っちゃん、今日も可愛いねぇ。乗っていくかい?」
「航おじさん!」
(助かった……)
助手席に飛び乗ると、航おじさんはいつもの軽口をやめ、ちらりと僕の表情をうかがった。
「何かあったのか?とりあえず、家まで送ろう」
「いや、おじさんの家にお願い。話したいこともあるし」
「分かった」
車はまっすぐに朝比奈家へ向かった。
***
玄関を開けた瞬間、春華おばさんが顔を出す。
「晶君、いらっしゃい。座ってて。今、コーヒー淹れるわね」
僕は促されるままに航おじさんの正面に座った。
航おじさん——本名は朝比奈航。冬華のお父さん。僕にとっては保護者兼後見人で、父・渉とは親友でもあり右腕でもあった。“同じ名前同士”で意気投合したらしく、くだらない理由で仲良くなれるあたり、いかにもアカデミー生らしい。僕は昔から「こうおじさん」と呼んでいる。
「……で、晶。今日はどうした?」
僕は朝から続く異常事態について具に話した。
「——というわけなんだ。僕はともかく、冬華のことが心配で……」
航おじさんはコーヒーを受け取り「そうか……ありがとな、心配してくれて」と呟くと、一つ息を吐いた。
「……晶。『今世紀の宇宙三大発明』は知ってるな?」
「急に何?もちろん知ってるよ。『冷凍睡眠』『重力制御』『真空エネルギー』だよね」
「そうだ。それらの研究も、もちろん公開されてる部分が全てってわけじゃない」
「……冷凍睡眠も?」
おじさんはコクリと頷く。
「そうだ。特に、さっちゃん——いや、星野博士の資料には、まだ解析できてない部分が大量にあるって噂だ」
胸がざわつく。
「僕は何も知らないよ?」
「“知ってるかどうか”じゃない。“知ってる可能性があるかどうか”、もっと言えば“知ってると思われているかどうか”が問題だ」
(……つまり、探り?)
航おじさんは僕の目をまっすぐ見た。
「晶、もうすぐ十五歳だろ。十五歳になると——“親の遺言データ”を本人に直接渡せる」
「……それって……」
「そう、研究データがお前の手に渡ると考えるやつがいても、何も不思議じゃない」
心臓がひとつ、強く脈打った。
「じゃ、事故のメモリを見れば——」
「晶」
航おじさんは首を振った。
「……あれは“完全な真実”とは限らん。残念ながらな」
「え?」
「事故記録はいろんな場所のデータを寄せ集めて、AIが“遺族向け”に再構成した映像だ。どこで誰に編集されたかは、俺にも分からん」
(じゃあ——僕が今から見る“あの日”は……)
「晶、“作られた真実”に惑わされるなよ」
***
僕は重い足取りで帰宅し、夕食は後回しにするとアルテアに告げた。白い再生台にカードを置くと、ふわりと青い光がにじむ。
(……行こう)
ベッドに横になり、眼鏡型のスマートグラスを装着した。
「アルテア、最初のトラックを再生して」
『了解しました、晶様』
カードの光が青から緑へ変わると、視界に映像が立ち上がる。十一年前に続く最初の扉が音もなく開き始めた。
◎登場人物
◯星野晶(西暦2176年2月19日生14歳)(165cm):主人公。中学3年生。わし座のラテン語「アクイラ」から父が名付けてくれた。
◯朝比奈冬華(西暦2177年10月生)(155cm):中学1年生、晶とは幼馴染で父親同士が同僚。
◯星野渉:晶の父(西暦2140年5月生 西暦2180年1月死去)(177cm)惑星間輸送艦「信濃」の艦長。
◯星野幸:母(西暦2142年3月生 西暦2180年1月死去)(157cm)。医学博士。冷凍睡眠実用化研究の第一人者。
◯朝比奈航:冬華の父。渉とは学生時代からの親友で「航」「渉」と呼ぶ合う仲。惑星間輸送艦「信濃」の元・主席機関士(機関長)。
◯朝比奈春華:冬華の母。航や渉とは旧知の仲。
◯アルテア:晶の自宅にある家事用ロボット。ずんぐりしているが器用で聡明。わし座のα星「アルタイル」から。
◯オカブ:晶の通学補助用ドローン。グレーで無骨。わし座のζ星から。




