トラック4-12【輸送艦<信濃>・守られなかった約束】
《二一三三:輸送艦〈信濃〉主艦橋》
主艦橋は静かで、計器の冷却音や、誰かが息を整える音までが耳につく。
「ヴィレール、捜索の状況はどうだ」
父は背筋を伸ばしたまま、主画面を見つめている。
「……難航しています」
ヴィレール技師は、言葉を選ぶように間を置いた。
「複数の周波数帯を同時に走査していますが、反応はありません。現在、技術局で事故の瞬間を再解析しています。ハンソン次席、そちらは?」
少し遅れて、通信が返る。
『こちらハンソン、技術局からです。記録とシミュレーションの照合を続けていますが……消失は、百二十分の一秒以下。衝突時の衝撃もあって正確な観測が難しい状況です』
それ以上の説明はなかった。
「……そうか」
父は短く応じた。
「引き続き頼む。ただし——」
そのとき、別の声が割り込んだ。
「艦長。割り込んで申し訳ありません」
航おじさんだ。
「技術局の件ですが……首席技師のヴィレール以外は、退去の予定に入っています。捜索を優先しますか?」
一瞬、父の視線が揺れた。
「あ……そうだったな」
自分に言い聞かせるような声だった。
「いや、すまない。予定通りでいい。捜索は、可能な範囲で構わない。退去作業を優先してくれ」
「了解」
航おじさんは短く応じる。
『……残念ですが、了解しました』
ハンソン次席技師の声は、どこか申し訳なさを含んでいた。
「待ってくれ」
そのとき、別の声が上がった。
「それなら、俺が引き継ぐ」
客員技師のマーク博士だった。
「技術班の解析は俺が続ける。ロブ、こっちにデータをくれ」
『了解!』
ほんの一瞬、艦橋の空気が動いた。誰かが、誰かの代わりに立つ。
(それが信濃では当たり前のことなのかも知れない。例え“客員”だとしても)
「艦長」
航おじさんが、少し言いにくそうに続ける。
「船外作業員の居残りについてなんだが、状況が変わってる。誰か代わりに残すのか、それとも、全員退去させるのか……どう思う?」
父は、すぐには答えなかった。
「……副長の意見は?」
サティ副長は、視線を落としたまま答えた。
「船外作業員の技能は、代替できません。残ってもらえれば心強いのは確かです」
少し考えて、言葉を続ける。
「ただ……防壁構築後に、彼らが“外でやる仕事”を想像できないのも事実です」
その言葉に、誰も反論しなかった。
「機関長は?」
「俺も、副長と同じ意見だ」
航おじさんは、ゆっくりと言った。
「これからのことを考えると船外作業員は貴重だ。ここは、全員退去でも仕方ないと思う」
父は、深く息を吸った。
「分かった」
短い言葉だったが、重かった。
「私も異論はない。ただし——“船外作業員の技能は代替不可能”というのも事実だ。現場の意見を優先してくれ」
「了解した」
***
「ベッカー班長、陳班長。聞いてくれ」
航おじさんの声が、通信越しに響く。
「退去後に残る予定だったオニール首席は行方不明、ウッドマン次席は重傷だ。艦長、副長とも相談した結果——船外作業班は、全員退去でもやむを得ないとも思うが、二人はどう考えている?」
しばらく、返事はなかった。
『ベッカーです。……内容は理解しました』
最初に答えたのは、ベッカーだった。
『ですが——納得はできません……この“信濃”が、船外作業員不在で外からボルト一本締められないような艦になるのは……正直、悔しいです』
言葉は荒くなかった。だが、抑えきれない感情が滲んでいるように感じた。
続いて、女性の声が入る。
『私も同じです。それに……隊長が帰還されたとき、他に誰も船外作業員がいなかったら……きっと怒られます……「お前ら、全員退艦するとは何事だ」って』
その瞬間、主艦橋の空気がわずかに揺れた気がした。
(「帰還されたとき」……か)
航おじさんは何も答えず、ゆっくりと視線を流す。父……そして副長。三人の目が、一瞬だけ交わる。言葉はなかった。
副長は、ほんのわずかに顎を引く。父はため息とも笑いともつかない息を吐き、肩をすくめる。目線だけで三人が分かりあった……それが僕にも伝わった。
「……分かった。二人の意思を尊重する。二人は残留、他の船外作業員は全て退艦だ」
航おじさんが答える。
『了解です』
『ありがとうございます』
通信の向こう側にいる二人の弾む呼吸が伝わり、主艦橋の空気が少し暖かくなったように感じた。
***
通信士の声が沈黙を破った。
「司令部より、艦長宛に連絡が入っています」
「回してくれ」
父の返答に重なるように、一瞬、外部通信のノイズが混じる。
『こちら信濃担当サリバン。重力子防壁のテスト完了を確認しました。予定通り二一五五をもって、フェーズ三を開始します。準備完了次第、一報を』
「……分かった」
父の声に、もう迷いはなかった。いや、迷うことさえ許されない時間が来たのだ。
「各部、状況を教えてくれ」
その問いかけに、主艦橋の面々が次々と応えていく。
「接続問題ありません」
「機関出力問題なし」
「ナビゲーション・ロック、問題なく動作中」
「姿勢制御オールグリーン」
それぞれの声は落ち着いていて、任務は着実に前へ進んでいることを告げていたが、少し間が空いた。
「人員、艦橋、通路、全て異常ありません。ただし……」
最後、一人の女性の声がその“完璧”を否定する。
「ホーキング、どうした?」
父の視線が、モニターの端にある小さなアイコンに向けられた。そこには、赤い警告灯が点滅している。
「あっ……ハッチか?」
「はい。オニール首席の帰還に備え、未だ開放されたままです」
主艦橋の空気が少し重くなったような気がした。父はモニターを見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……そうだったな」
そして、視線を技師長へ向ける。
「ヴィレール。あと、どれくらい待てる」
「ハッチ閉鎖後、内部の圧力調整が必要ですので……そろそろ、制限時刻です」
主艦橋に何度目かの、そして残酷な沈黙が訪れた。父は拳を握ることも、天を仰ぐこともなかった。ただ、誰にも見えない何かを振り切るように、短く告げた。
「そうか……ホーキング、ハッチを閉じてくれ」
「了解。ハッチ、閉じます」
画面の隅で表示が切り替わる。
——CLOSING
——CLOSED
——PRESSURIZING
——SEALED
最後に赤い警告灯は緑に変わった。
その瞬間、僕の脳裏に、ある光景が蘇った。誇らしげな作業員たちを前に発した父の言葉……
『この艦のハッチは——最後の一人が帰還するまで、決して閉じることはない』
あの言葉は、嘘だったのか……結果的にはその通りだ。ただ、それを非難する気持ちは無い。父はあの時、間違いなく本気でそう信じ、それを守り抜くことを自分に課していたはずなのだ。 守りたかった誇りを、自らの命令で、自らの手で汚さなければならなかったとき……父は一体、どんな想いでモニターを見つめていたのだろう。
ハッチは閉じた。他の誰でもない、父の命令で。逃げ場のない選択肢とは言え、部下の命を切り離したとき——後悔、孤独、虚無感、無力感——父の心には、どんな気持ちが去来していたのだろうか?
父の微かに震える背中を見つめながら、この父を支えることが出来ないもどかしさを感じていた。
◎登場人物(映像の中)
●主艦橋
◯星野渉(39)(男性)(177cm):主人公 晶の父。輸送艦“信濃”の艦長。
◯朝比奈航(39)(男性)(181cm):首席機関士。艦長の渉とは親友で右腕。両親は宇宙での事故で亡くしている。
◯グレース・サティ(42)(女性)(170cm)(フランス):副長。頼れる艦長の右腕。両親を幼い頃に、また夫も十五年前に、それぞれ宇宙艦船の事故で失っていて、皆を生存させることに使命感を燃やす。
◯キャシー・ピアース(29)(女性)(168cm)(オーストラリア):首席通信士。明るく明瞭な発声で、ブリッジに活気を与える。
◯マティアス・ヴィレール(40)(男性)(176cm)(フランス):首席技師。経験豊富で作業着が似合うがどこか洗練された印象を受ける。
◯エックハルト・フライシャー(32)(男性)(188cm)(ドイツ):首席操舵士。精密な操作を行う「鋼の理性」を感じさせる佇まい。
◯エミー・ホーキング(31)(女性)(162cm)(イギリス):首席事務官。知的で非常に高い事務処理能力を誇る。
◯レイナ・マックイーン(45)(女性)(172cm)(カナダ):首席航宙士。落ち着いていて貫禄を感じさせる。
◯マーカス・ヘイル(28)(男性)(185cm)(アメリカ):真空エネルギー研究の第一人者。客員技師待遇。
●船外作業班
◯ヤコブ・ベッカー(38)(男性)(185cm)(ドイツ):船外作業1班の班長。元建築エンジニア。機器の扱いが上手い。無口だが責任感は人一倍強く、オニール隊長の教えを忠実に守る。
◯陳芳華(35)(女性)(168cm)(台湾):船外作業3班の班長。構造計算が得意で、状況判断能力にも優れる。オニール隊長とエディ副隊長をバランスよく支えてきた。
●技術局
◯ロブ・ハンソン(32)(男性)(185cm)(スウェーデン):次席技師。ヴィレールを補佐する、タフで大柄な技術屋。副艦橋へ常駐することも多い。
●司令部
◯アビゲイル・サリバン(28)(女性)(162cm)(アイルランド):信濃担当通信士。冷静で正確な通信技術を持っている。担当艦である「信濃」の全乗組員の顔と名前、その家族構成までを暗記している。
◎用語
◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。このままだと、ガニメデ第二ステーションを直撃する。質量の半分以上が“既知の元素ではない”ことが判明している。
◯技術局:艦船の中で各機器のハード/ソフトの保守および技術的なサポートを行う部署。不測の事態、測定および制御のため艦橋へ常駐することも多い。信濃では首席、次席、一等技師三名の計五名が在籍する。
◎艦船
◯信濃:最新鋭の輸送艦。艦を守る防壁は“人類最強の盾”と呼ばれる。乗組員の練度も高い。




