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トラック4-10【輸送艦<信濃>・最強の船外作業員】

二一(ふたひと)〇六(まるろく):輸送艦〈信濃〉(メイン)艦橋(ブリッジ)


 ベアトリス班長の命綱(テザー)にトラブルが発生——オニール隊長はその現場へ、ウッドマン副隊長は道具を受け取るためにハッチへ向かっている。既に六分が経過していた。


『こちらオニール。現場へ到着した。エディも間もなく合流予定』


 父は表示されたタイムカウントから目を離さずに答える。


「了解した。飛来予定まで……残り九分だ」


 九分——それは、普段ならただの時間単位にすぎない。だが今は違う。九分後、この宙域は秒速三百キロの“死の散弾”に晒される。


『了解した』


 隊長の声は、どこまでも落ち着いていた。意識的に……かも知れない。


『レオン、ケンジ、オルハン。よくやってくれた。ここからは俺が引き受ける。三人は帰還しろ』


 即座に返ってきた隊員の声は、抑えきれない焦りを帯びていた。


『そんな……!隊長、俺たちも残ります!接続も、もう少しで——』

『すまん、レオン』


 隊長は言葉を被せるように遮った。


『隊長命令だ。今は会話している時間すら惜しい。聞き分けてくれ』


 一瞬の沈黙——三人の隊員の胸中を想像して、胸が苦しくなる。


『……承知しました』


 ようやく絞り出すように、レオンが応じる。


『レオン、ケンジ、オルハンの三名、ただいまより帰還します』

『ハッチをくぐるまで、油断するな』


 その言葉には、命令以上のものが含まれているかのようだった。そう……教官として、先輩として、そして仲間として……。


『分かってます』

『俺たちも、オニール隊長の薫陶を受けてきました。準備は万端です』


 隊長は、思わず小さく息を吐いた。


『……そうだったな』


 短い沈黙の後、穏やかに続ける。


『じゃあ、急いでくれ。船外作業室で会おう』

『『『了解』』』


 三人の声が重なり、通信が切れる。


 外部モニターでは、三つの作業灯がゆっくりと船体から離れていくのが見えた。それを見送りながら、父は拳を握りしめる。


「——頼む。全員——」


 言葉はそこだけしか聞き取れなかった。時計は無慈悲に進み続けていた。


***


二一(ふたひと)〇九(まるく)


 暗黒の宙域を背景に、二つの人影が信濃の外壁に張り付いていた。作業灯の白い光が、巨大な船体と人間の輪郭を不規則に切り取っている。


『隊長、ベアトリス。遅くなりました』


 三つ目の影が近寄る。通信に乗った声は、少しだけ乱れている。


『いや、それはかまわんが……』


 隊長が言いかけたところで、ベアトリス班長が気づいた。


『それより、後ろのそれ……どうしたんですか?』


 副隊長の背には、宇宙服の背面を覆うように、鈍く光る金属板が固定されている。


『こいつか?』


 副隊長が短く笑う。


『艦長から持っていくように言われた。可動式簡易装甲らしい。宇宙服だけより、いくらかマシだろうってな。……艦長のアイデアだ。他の艦にも“使えそうだ”と助言済みだそうだ』

『さすが我らが艦長だな』


 隊長が素直に言った。


『俺からも、“愛してる”って伝えておこう』

「それはいいから、切断を急いでくれ」


 父の声は落ち着いてはいるが、いつもより早口だ。


『すまん……それより艦長、俺たちに一二〇秒もらえないか?』

「一二〇秒?」

『ああ、この装甲があれば、センチ級にもいくらか耐えられそうだ。切断だけじゃなく……』


 隊長は一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。


『二班の連中、相当がんばったみたいだ。あと少しで最終結線が終わりそうなんだ。体感で飛来予定時刻は少し回ると思うが……この装甲があれば稼げる』

「……いや、確かに理屈は分かるが、そんな——」

「艦長」


 父の言葉を遮ったのは、副長だった。


「ここは、オニール首席の言葉に甘えましょう。この話をしている時間すら、もう惜しい。全四本結線が完了した場合の効果は……絶大です」


 (メイン)艦橋(ブリッジ)が、息を詰めたように静まる。


『頼む』


 隊長の声は短かった。だが、その一言には、覚悟も責任も、すべてが込められているような気がした。


 父は数秒間だけ目を閉じ——決断した。


「……分かった。急げ」

『よっしゃ』


 隊長が即座に応じる。


『俺たちならできる!急ぐぞ』

『『了解』』


 外部モニター越しに、三人の作業灯が再び動き出す。その背後で、防壁にぶつかったミリ級の飛翔体が、火花となって弾けた。


 ——時間は、もう、彼らの味方ではなかった。


***


二一(ふたひと)一二(ひとふた)


 (メイン)艦橋(ブリッジ)の空気が張り詰めた糸のように感じられる。誰もが息を殺し、(メイン)画面(スクリーン)と計測値に視線を固定している。


『よし!完了だ、確認してくれ』


 オニール隊長の声が通信に割り込んだ瞬間、父は右手を小さく掲げ(ガッツポーズす)る。


「よし……ヴィレール、確認を急げ!」

「了解!」


 ヴィレール首席技師の指が、ホログラム上を走る。数式と数値が高速で更新され、重力線の位相が次々と確定していく。隣に座る二人の博士も必死に数字を追いかける。


 ——二十秒。


 それは、宇宙では刹那に等しい時間だったが、永遠のように長く感じられた。


「……バッチリです!」


 ヴィレールが歓声のように叫ぶ。


「調整値、すべて測定限界以内!問題ありません!」


 (メイン)画面(スクリーン)、これまで灰色のまま残されていた六番艦“ヴェーザー”への結線が青に変わる。四本すべてが、確かにつながったのだ。


「確認した……!」


 父は息を吐き、即座に通信を開く。


「オニール、よくやった!全結線完了を確認!撤退を急げ!」

『了解』


 即答だった。


『エディ、レーザーを貸せ。俺が命綱(テザー)を切断する』

『了解』


『エディは“盾”で周囲をカバーしろ。ベアトリス、第二(セカンド)命綱(テザー)をエディに接続』

『『了解!』』


 二人の声が、短く、重なった。

 その直後——外部映像に、無数の火花が走った。防壁の表面で、ミリ級の飛翔体が次々と弾かれているのが分かる。衝突のたび、白い閃光が散り、まるで宇宙そのものが歯をむき出しにしているかのようだった。


「……間に合ってくれ……」


 父の小さな呟きが聞こえる。スクリーンの向こう側、三つの人影が必死に動いている。簡易装甲が飛翔体を弾き、レーザーが焼け焦げた命綱を切断していく。


(神様、もしいたら、どうか勇敢な彼らが帰還するまで……無事に任務を全うさせてください)


 十一年前の映像なのに、僕は心の中で必死に祈っていた。きっと、当時の乗組員(クルー)と同じように……


***


二一(ふたひと)一四(ひとよん)


 作戦時刻が変わった。通信優先回線が割り込み、低く抑えたが逃げ場のない声が艦内に流れる。


『こちら司令部管理官シルバ。“カサンドラ”飛来予定時刻まで、一分四〇秒。各艦の状況報告を乞う』


 その数字が意味するものを、艦橋にいる誰もが理解していた——時間は、もう“余裕”ではなく、“猶予”ですらない。


「ピアース」


 父の短い呼びかけに、ピアーズ通信士がコクリと頷き、即座に応じる。


『こちら信濃。現在、撤退中に発生したトラブルの対処中。なお、四結線すべての調整は完了。撤退完了まで約一〇分を想定しています。以上』


 一瞬の沈黙。その“一〇分”が、この状況下でどれほど長いかを、誰もが噛み締める。続けて、姉妹艦からの声が次々に重なる。


『こちらサクラメント。結線作業、撤退ともに完了しています。以上』


 淡々とした報告——既に安全圏へ戻った者の声なのかも知れない。


『こちらトレント。現在、最終調整中。作業終了まで残り三分。撤退完了まで八分を見込んでいます。以上』

『こちらジェームズ。結線は完了しましたが、撤退中にトラブルが発生。撤退完了まで五分を想定しています。以上』

『こちらヴェーザー。現在、最終調整中。作業終了まで残り三分。撤退完了まで一〇分を想定。以上』


 主画面の各艦ステータスが更新されていく。数値、進捗、予定時刻——だがそれらは、もはや単なるデータではなかった。それぞれが、外にいる人間の“残り時間”だった。


『了解』


 司令部の声は、あくまで冷静だった。


『“カサンドラ”は到達時刻を迎えた瞬間に、即座に帰還不能となるわけではない。確実に、落ち着いて対処を続行してほしい』


 その言葉が正しいと理屈では分かるが、とても難易度の高い要求のように思えた。


『サクラメント以外の各艦は、引き続き撤退に専念せよ。以上』


 通信が切れる。艦橋には、(かす)かに聞こえる機械音と、言葉にならない緊張感だけが残った。


「……」


 ピアース通信士はゆっくりと息を吐き、一度だけ父に視線を送る。


『了解』


 短く、しかし確かに応答する。父は(メイン)画面(スクリーン)から目を離さなかった。外では既に“得体の知れない雨”が、宇宙を満たし始めている……そんな不気味さが漂う。


(お父さんの仲間はまだ戻ってないのに……)


 時計の針は容赦なく進んでいく——


***


二一(ふたひと)一七(ひとなな)


 (メイン)艦橋(ブリッジ)の空気が、わずかに揺れた気がした。警告音はない。ただ、誰かが、息を詰めた気配があった。


「……つっ!」


 モニター越しに聞こえた短い声に、父は即座に顔を上げた。


「どうした?」


 父の問いかけから僅かに遅れて、低く冷静な声が返る。


『ベアトリスがやられた。左肩だ』


 外部カメラが自動でズームする。船体の陰の中で、ベアトリス班長の身体が宙に浮いていた。命綱(テザー)に吊られたまま、左腕が力なく垂れている。


『副隊長……私の命綱(テザー)を外してください』


 苦痛を噛み殺した声だった。


『もう……手すりを……掴めそうにありません』

『大丈夫だ。俺が手を引く』


 即座に応じたのは、エディ副隊長だった。


『隊長!』

『分かった』


 オニールの声は、短く、迷いがなかった。


『“盾”は俺が持つ。エディはベアを頼む』

『了解』


 (メイン)画面(スクリーン)では、隊長がひしゃげかけた簡易防壁を掲げ、負傷した二人を覆うように身を乗り出している。その背後では火花が絶え間なく明滅している。


「エイリング医師長。負傷者が出た。受け入れ準備を頼む」

『分かりました』


 医務室からの返答を待つ間もなく、別の通信が割り込む。


『艦長!こちらベッカー!』

『私と(チェン)は、モーターアンカーによる救助訓練を受けています。許可願います』


 父が一瞬、目を閉じる。


「……分かった。簡易装甲も残っているはずだ。使ってくれ」

『ありがとうございます』


 再び外部モニターに目を戻す。


 映像は、必死に救助へ向かうベッカー班長の姿と、現場で盾となり続ける隊長の姿を交互に映し出す。簡易装甲の表面には無数の火花が飛び散り、微小な飛翔体が、雨のように降り始めていることが分かる。


「オニール、聞こえているな?モーターアンカーは簡単には切れないはずだ」

『分かっている』


 だが、その声には緊張が滲んでいた。


『だが……“土砂降り”がひどくなってきた。“盾”か物陰が無いと危険だ』


 星野はモニターを凝視する。今は簡易装甲が耐えている。だが、いつまで持つかは分からない。むしろ、限界が間近に迫っていることは素人目にも明らかに思えた。


『死角から来た。エディがやられた。左足だ』


 (メイン)艦橋(ブリッジ)の全員が言葉を失い沈黙に落ちた。船外カメラが捉えたのは副隊長の左脚が存在しないという、あまりに明確な事実だった。


「おい……!」

『大丈夫です』


 即答だった。


『……意識は、あります』


 ベッカーが現場に到着する。新品の簡易装甲を盾に、モーターワイヤーで自らを固定しながら。


『すいません、遅くなりました』


 息を整えながら、冷静な声。


『副隊長、ベアトリス、隊長の順で運びます』

『いや……』


 オニールが遮る。


『もう、こっちの盾が持たない。四人一緒に運んでくれ』


 一瞬の間。


『……了解』


 命綱が次々と接続される。四人が、数珠つなぎになる。ムカデ競争のように不格好で、それでも確実に。


(チェン)、引いてくれ』

『了解』


 モーターが唸り、四人の身体が引き寄せられていく。


『もう大丈夫です!』


 簡易装甲が“カサンドラ”の暴力をかろうじて防ぎ、乗組員(クルー)たちの必死の作業が、あと一歩で実を結ぼうとしていた。

 ハッチの入り口で、ベッカー班長が滑り込みながら叫ぶ。


『到着です! 全員、ハッチへ——!』


 その瞬間だった。画面が激しく乱れ、凄まじい衝撃音が通信機を揺らした。


(え……?)


「どうした?」


 父が叫んだ後、映像が復旧したとき、そこには信じられない光景が広がっていた。 ハッチの中に転がり込んだのは、ベッカー、副隊長、そしてベアトリスの三人だけだった。

 ベアトリス班長とオニール隊長を繋いでいたはずの命綱(テザー)の先には、何もなかった。 そこにあるはずの隊長の姿も、彼が掲げていた盾も、彼を繋ぎ止めていたワイヤーの端も——すべてが、初めから存在しなかったかのように、虚空へと削り取られていた。


「オニール?」


 父の声が、静まり返った(メイン)艦橋(ブリッジ)にこだまする。父はモニターから目を離さなかった——いや、たぶん目が離せなかったのだ。

 ほんの数秒前まで、そこには最強の船外作業員がいた——信濃を愛し、仲間を救い、未来を繋いだ男——彼の姿が無いことを、きっと、受け入れられなかったのだ。


◎登場人物(映像の中)

(メイン)艦橋(ブリッジ)

星野(ほしの)(わたる)(39)(男性)(177cm):主人公 (あきら)の父。輸送艦“信濃”の艦長。

◯キャシー・ピアース(29)(女性)(168cm)(オーストラリア):首席通信士。明るく明瞭な発声で、ブリッジに活気を与える。


●船外作業班

◯ライオネル・オニール(36)(男性)(183cm)(アメリカ):首席船外作業員。元空軍パイロット。どんな危機でもジョークを忘れない不敵さを持つが、作業の安全確認に関しては異常なほど厳格。「宇宙で死ぬのは準備不足な奴だけだ」が口癖。

◯エディ・ウッドマン(28)(男性)(182cm)(イギリス):次席船外作業員。物理学の学位を持つ。直感派のオニールに対し、常に計算とマニュアルを重視する。少し神経質だが、オニールの「勘」の正しさを誰よりも信頼している。


◯ベアトリス・ロドリゲス(31)(女性)(182cm)(ブラジル):船外作業2班の班長。長い黒髪を編み込んでヘルメットに押し込んでいる。過酷な宇宙環境でも動じない強靭な精神力を持つ。実は乙女。


◯レオン・カザルス(24)(男性)(175cm)(スペイン):船外作業員(2班所属)。お調子者のムードメーカー。手先が器用で、力仕事より細かい手作業を得意とする。『技術のレオン』

加藤(かとう)賢治(けんじ)(27)(男性)(181cm):船外作業員(2班所属)。真面目な常識人。レオンの無茶をたしなめる役回りだが、結局は乗せられて一緒に盛り上がる。『知識のケンジ』

◯オルハン・デミレル(26)(男性)(188cm)(トルコ):船外作業員(2班所属)。寡黙なロマンチスト。大柄で無口だが、心優しき巨人。作業中の合間に星々を眺めるのが好き。『力のオルハン』


◯ヤコブ・ベッカー(38)(男性)(185cm)(ドイツ):船外作業1班の班長。元建築エンジニア。機器の扱いが上手い。無口だが責任感は人一倍強く、オニール隊長の教えを忠実に守る。

(チェン)芳華(ファンファ)(35)(女性)(168cm)(台湾):船外作業3班の班長。構造計算が得意で、状況判断能力にも優れる。オニール隊長とエディ副隊長をバランスよく支えてきた。


●司令部

◯セシリア・ペイロ(32)(女性)(162cm)(スペイン):首席観測官。感情を排し、事実のみを淡々と述べるが、その裏で観測データの精度に命を懸けている。

◯エミリー・シルバ(40)(女性)(158cm)(チリ):首席管理官。木星系全体の物資と人員を差配する実力者。“カサンドラ”対策では各基地の避難計画を一手に担っている。


◎用語

◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。このままだと、ガニメデ第二ステーションを直撃する。メートル級は全て捕捉されていたが、それを下回るデシメートル級、センチメートル級が時間を追って補足されつつある。


◎艦船

◯信濃:最新鋭の輸送艦。艦を守る防壁は“人類最強の盾”と呼ばれる。乗組員(クルー)の練度も高い。

◯サクラメント:信濃型輸送艦の二番艦。

◯トレント:信濃型輸送艦の三番艦。

◯ジェームズ:信濃型輸送艦の四番艦。

◯ヴェーザー:信濃型輸送艦の六番艦。


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