トラック4-08【輸送艦<信濃>・新たな“散弾”】
《一六一六:輸送艦〈信濃〉主艦橋》
主艦橋は静けさに包まれていた。半数が配置につき、表示板には安定を示す数値が並んでいる。張り詰めてはいるが、まだ“嵐の前”の空気なのかも知れない。
その沈黙を、鋭い通信音が切り裂いた。
『副長、こちら副艦橋、エドワーズです。司令部より——全艦および全基地宛て、緊急入電』
副長は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。
「受け取ります……エドワーズ、即時全艦放送をお願い」
『了解』
短い応答ののち、回線が切り替わる。
『——総員へ告ぐ。こちら副艦橋、エドワーズ』
どこか緊張を押し殺した声だ。
『司令部より緊急通信を受信。これより転送する』
エドワーズの放送に続き艦内には司令部からの通信が流れる。副長は背筋を伸ばし、艦橋中央の表示を見据えたまま、低く言った。
「……艦長。お聞きになられましたか?司令部からです。あまり芳しくないようです」
『聞こえていた。今すぐ主艦橋へ向かう。他の艦橋メンバーも招集してくれ』
「了解しました」
副長の声に、主艦橋の空気が一段階、硬くなる。数分前に映像で見ていた和んだ雰囲気から一転し、ピリピリとした緊張感が伝わってきた。
***
《一九四八》
主艦橋に、次々と通信が重なっていく。
「こちら信濃。重量子防壁の敷設、完了しました。誤差、測定限界以内です」
ピアース首席通信士の声は、いつもよりわずかに低かった。その言葉を合図にするように、他艦からも報告が続く。
『こちら二番艦サクラメント。同じく敷設完了。誤差二パーミル以下、許容範囲内』
『三番艦トレント。座標誤差四パーミル以下。問題なし』
『四番艦ジェームズ、敷設完了。誤差三パーミル以下』
『六番艦ヴェーザー。こちらも完了、誤差、同じく三パーミル以下』
通信卓のランプが順に緑へと変わっていく。主艦橋の空気が、わずかに緩んだ——その瞬間を見計らったように、司令部からの声が割り込んだ。
『こちら司令部。全艦の敷設完了および座標誤差一パーセント未満であることを確認した』
続いて、管理官の冷静な声。
『フェーズ二に突入する。調整のため、各艦の防壁は一時的に無効化される。各艦、最終確認のうえ報告を』
「了解」
通信士が短く応じる。父は、主艦橋中央のホログラムから視線を外さずに言った。
「オニール、状況は?」
『こちら船外作業室。撤収は完了しています』
オニール首席船外作業員の声は、妙に落ち着いていた。
『編成を変更し、フェーズ二はスペシャルチームで対応します。準備はすでに完了しています』
「了解した。指示があるまで、そのまま待機してくれ」
『了解』
通信が切れる。艦長は一拍だけ間を置き、通信士へ目を向けた。
「司令部へ。信濃、フェーズ二への準備完了と報告を」
「了解」
ピアースはすぐに回線を開く。
「司令部、こちら信濃。フェーズ二移行準備、完了しました」
『こちら司令部』
一瞬のノイズの後、落ち着いた女性の声が返ってくる。
『以降、信濃からの通信は、私、サリバンが受け持ちます。進捗があれば随時報告をお願いします』
「了解しました」
通信士は余計な言葉を足さず、淡々と応じた。通信が切れると、主艦橋は再び静寂に包まれる。だがその静けさは、安堵ではない。
おそらく、画面に映る全員が理解していたのだろう——ここから先は、「守られる時間」ではなく、「曝される時間」なのだと。
『——こちら司令部。フェーズ二準備完了を確認』
わずかな間を置いて、続く声は淡々としているが、その裏に緊張が張り付いているのが分かる。
『作戦時刻一九五五をもって、各艦の重量子防壁を無効化する。作業完了予定時刻は、信濃を除く四艦が二一二五、信濃は二一五五』
艦橋にいる全員が、無言のままホログラムに映る時計を見つめる。
『——シャットダウンまで、カウントを開始する』
数秒の静寂。
『五……四……三……』
父は背筋を伸ばしたまま、正面スクリーンから目を離さない。
『二……一……』
副長が小さく唇を噛みしめる。
『——ダウン』
「ダウンします」
『こちら副艦橋ウォーレン、全防壁の無効化を確認』
今、信濃を守るもの全てが完全に沈黙した。
***
《二〇〇三》
「オニール、こちら星野。状況を報告してくれ」
父の要請に一拍を置いて通信が返る。
『こちらオニール。予定より前倒しで作業を消化している。視界良好、飛翔体反応なし。今のところ順調だ』
スクリーンに映る外部映像では、信濃の巨大な船体を背景に、作業灯の光が規則正しく動いている。
「ピアース、他艦の状況は?」
「サクラメント、トレント、ジェームズ、ヴェーザー、すべて順調とのことです。誤差修正も想定内との報告です」
副長の問いかけにピアースが応じると、艦橋に少しだけ安堵な空気が流れているように感じる。
「……オニール、聞こえたか?他の艦も順調のようだが焦るな。信濃は接続数が一つ多い。確実にいこう」
『了解、艦長。元よりそのつもりです。ただ、今のところ鼻歌が出そうなくらい順調です』
その冗談めいた声に、艦橋の空気がほんの一瞬、和らぐ。
「ピアース、司令部へ連絡。作業は順調」
「了解」
副長は一瞬緩んだ表情を引き締め、司令部との連絡を続ける。
「よし……このままいけば——」
父は小さく独り言をつぶやき、正面モニターを見つめている。
防壁のない心細い静けさの中、作業は淡々と進んでいた。
***
《二〇二〇》
正面の主画面に司令部からの優先通信が割り込む。
『各艦、緊急伝達——センチメートル級“カサンドラ”を捕捉。到達は作戦時刻二一三五。今から五十五分後の見込み。繰り返す——』
主艦橋の空気が一気に凍り付くのが見て取れる。
(センチメートル級……ということは、ピンポン玉くらいかな)
『司令部より全艦へ。フェーズ二、作戦内容を変更する。各艦、三ヶ所の重量子調整の確認が取れ次第、即時撤収せよ。信濃も例外ではない。三ヶ所完了をもって帰還せよ。以上』
『こちら二番艦サクラメント、了解した』
『三番艦トレント、了解』
姉妹艦から、次々と了承の通信が入る。
副画面には、中央に位置する“信濃”から四隅の艦へ伸びる仮想ラインが表示されていた。
三本のラインは青く灯り、六番艦ヴェーザーへの結線だけが、灰色のまま取り残されている。
「うちだけは四本なんだよ……」
父は、震える指先でその未接続の線をなぞるように見つめ、低く呟いた。その声には、どうしようもない悔しさが滲んで聞こえた。
◎登場人物(映像の中)
●主艦橋
◯星野渉(39)(男性)(177cm):主人公 晶の父。輸送艦“信濃”の艦長。
◯グレース・サティ(42)(女性)(170cm)(フランス):副長。頼れる艦長の右腕。両親を幼い頃に、また夫も十五年前に、それぞれ宇宙艦船の事故で失っていて、皆を生存させることに使命感を燃やす。
◯キャシー・ピアース(29)(女性)(168cm)(オーストラリア):首席通信士。明るく明瞭な発声で、ブリッジに活気を与える。
●副艦橋
◯リサ・エドワーズ(27)(女性)(165cm)(南アフリカ):次席通信士。クリアな発音と機敏な反応が武器。
●船外作業班
◯ライオネル・オニール(36)(男性)(183cm)(アメリカ):首席船外作業員。元空軍パイロット。どんな危機でもジョークを忘れない不敵さを持つが、作業の安全確認に関しては異常なほど厳格。「宇宙で死ぬのは準備不足な奴だけだ」が口癖。
●司令部
◯アビゲイル・サリバン(28)(女性)(162cm)(アイルランド):信濃担当通信士。極限状態の宇宙でも、彼女の声を聞くだけで落ち着くと言われるほど、冷静で正確な通信技術を持つ。担当艦である「信濃」の全乗組員の顔と名前、その家族構成までを暗記している。
◎用語
◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。このままだと、ガニメデ第二ステーションを直撃する。メートル級は全て捕捉されていたが、それを下回るデシメートル級、センチメートル級が時間を追って補足されつつある。
◎艦船
◯信濃:最新鋭の輸送艦。艦を守る防壁は“人類最強の盾”と呼ばれる。乗組員の練度も高い。
◯サクラメント:信濃型輸送艦の二番艦。
◯トレント:信濃型輸送艦の三番艦。
◯ジェームズ:信濃型輸送艦の四番艦。
◯ヴェーザー:信濃型輸送艦の六番艦。




