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トラック4-05【輸送艦<信濃>・降りる者と残る者】

〇五(まるご)二五(ふたご):輸送艦〈信濃〉 会議室》


 再び映像が切り替わった。


(ここが……会議室)


 部屋の一角で、四人が円を描くように立っている。父と(こう)おじさん、副長、そして若い女性だ。誰もが無言のまま、緊張を隠そうともせず、視線を中央のホログラムへ向けていた。


「艦長、副長」


 (こう)おじさんが低く声をかける。


「ホーキング事務官と退艦名簿をまとめた。確認してほしい……事務官、頼む」

「はい」


 若い事務官が操作すると、艦長と副長の前に名簿が展開される。二人は並んでそれを見つめ、わずかな時間、言葉を失った。

 名簿に並ぶ名前は、数字ではない。顔であり、声であり、これまで共にこの艦を動かしてきた時間そのものだった。


「……一見して、問題はなさそうだが」


 父が口を開き、副長に視線を向ける。


「副長は、どう思う?」


 副長は少しだけ眉を寄せ、名簿を見つめたまま答えた。


(サブ)艦橋(ブリッジ)を預かる立場として言わせていただくなら……次席技師が入っている点が気になります」


 航おじさんが小さく息を吐く。


「ハンソンか……確かに優秀だし残れば心強い。それに本人も残りたがるだろう。だが、今回はホーキングの判断を優先した」


 名前を出された事務官は、はっきりと前を見据えたまま言った。


「信濃は、沈みません」


 一瞬、空気が止まる。


「……これからも続きます。残酷な言い方になりますが、誰かは“残らない側”にならなければならない。信濃の技術を次へ継承する役割が必要です。彼には、その役割を担ってもらいたいと判断しました」


 副長は小さく苦笑し、頷いた。


「ええ……確かに残酷ね。でも、理にかなっている。ここは、ホーキングの案に乗りましょう。あと……」


 (こう)おじさんと事務官が少し不安そうに副長を見つめる。


「いえ、主計室は次席が残るのね」

「ああ、あの人には、ちゃんと“帰る理由”があるからな」


 (こう)おじさんは視線を落として、少し微笑む。


「その通りね。では、私から言うことは何もないわ」

「よし」


 (こう)おじさんが決断を下す。


「ホーキング首席事務官、ご苦労だった……この件、(サブ)艦橋(ブリッジ)へは直接伝える。それ以外の乗組員(クルー)には各首席から伝達するよう指示を頼む」

「了解」


 ホーキングの返事と交差するように副長が小さく右手を上げる。


「その件ですが……お願いがあります」

「お願い?」


 (こう)おじさんが意外そうに眉を上げる。


「命令じゃなくて?」

「ええ」


 副長は静かに微笑んだ。


「私も同席させてください。(サブ)艦橋(ブリッジ)乗組員(クルー)たちは、苦楽をともにした私の仲間です。ルール上はあなたの言葉だけで十分……それでも、その場にいたい」


 (こう)おじさんは一瞬考え、父の方を見る。


「よろしいですか?」

「もちろんだ」


 父は即答した。(こう)おじさんは軽く頷き、立ち上がる——が、歩き出す前にふと足を止めた。


「……それにしても……だ」

「?」


 父が視線を向ける。(こう)おじさんは、ほんのわずかに苦い笑みを浮かべた。


「いや、退去を命じる側の気持ちが、よく分かったよ……艦長が、どんな思いで決断したのかもな」


 一瞬の沈黙のあと、事務官を除く三人が、同時に小さく笑った。重苦しい会議室に、ほんの一瞬だけ、柔らかな空気が戻った。


***


〇五(まるご)四二(よんふた):輸送艦〈信濃〉 (サブ)艦橋(ブリッジ)


(副艦橋は初めてだ……)


 (メイン)艦橋(ブリッジ)と似た構造だが、こちらは一回り狭い。そのぶん距離が近く、若い乗組員たちの息遣いがそのまま空気に混じっている。年齢の差だろうか、張り詰めた緊張の中にも、どこか実務的な“熱さ”があった。

 そこへ副長と(こう)おじさんが入室すると、集まっていた若きエリートたちが一斉に背筋を伸ばす。


「機関長から話があります。全員、聞いてください」


 副長の声は静かだったが、場の空気を即座に引き締めた。機関長はコンソール中央に立ち、居並ぶ顔を一人ずつ確かめるように視線を巡らせてから、口を開いた。


「知っての通り、重力子(グラビトン)防壁(シールド)の敷設は、信濃の防壁を遮断(シャットダウン)するフェーズ二を経て、敷設完了後からフェーズ三へ移行する——そこで、通達がある」


 一瞬の間をおき、再び口を開く。


(サブ)艦橋(ブリッジ)乗組員(クルー)は、サティ副長とゴールドバーグ次席機関士の二名を除き、全員、退艦してもらう」


 言葉が落ちた瞬間、(サブ)艦橋(ブリッジ)に沈黙が走った。

 最初に声を上げたのは、二十代半ばの精悍な顔立ちの男性だった。


「機関長!」


 (こう)おじさん手のひらを向け、発言を促す。


「バックアップの必要性はどうお考えですか?副艦橋(ここ)では私が副長代理を務めています。残るべきではありませんか?」


 (こう)おじさんは一拍置いて答えた。


「ヘッドリー。敷設完了後、 (サブ)艦橋(ブリッジ)は放棄される。重力子(グラビトン)防壁(シールド)が突破され、(メイン)艦橋(ブリッジ)まで損傷する事態になれば——バックアップ以前に“信濃”は終わりだ」


 副長が静かに続ける。


「それに、敷設後は航行しません。防壁の一部として“浮いている”だけ。航宙士は一人で十分。これは私の判断でもあります」


 ヘッドリーは唇を噛み、視線を落として一歩引いた。

 次に声を発したのは、大柄な男だった。


「……技術屋(メカニック)の仕事は残るんじゃないですか?」

「ハンソン……」


 副長が優しい声で呟く。ハンソンは言葉を続ける。


「それに……正直に言います。この(ふね)に残りたい気持ちは、(サブ)艦橋(ブリッジ)の俺たちだって、(メイン)艦橋(ブリッジ)乗組員(クルー)たちに負けていません。現場にも近い……とても、荷物をまとめる気分にはなれません」


 (こう)おじさんは、ゆっくりと息を吐いた。


「ハンソン、(おまえ)の技術、そして(ふね)への想い、艦長も副長も充分すぎるほど理解しておられる……もちろん、俺も」


 そして、言葉を選ぶように続けた。


「だからこそ——脱出艇の技術統括を任せたい。副艦橋(ここ)乗組員(メンバー)は、この危機が去った後、“信濃”が再び船出するときに、どうしても必要だ」


 ハンソンは、苦笑いを浮かべる。


「……卑怯ですよ、機関長。そんな言い方をされたら……従うしかないじゃないですか」

「すまん」


 短い一言だった。副長が一歩前に出る。


「では、ローテーションに従い、順次休憩に入ってください。空き時間で私物の整理を——以上です」

「了解!」


 若い声が一斉に返る。

 機関長は一人の名を呼んだ。


「ゴールドバーグ次席機関士。これから機関室へ向かう。同行してくれ」

「了解」


 (こう)おじさんとゴールドバーグは副長に敬礼し、(サブ)艦橋(ブリッジ)を後にした。


***


〇六(まるろく)〇三(まるさん):輸送艦〈信濃〉機関室》


(低い振動が、身体の奥まで響いてくる——ここが、信濃の心臓部なんだ)


 重低音に満ちた空間で、(こう)おじさんの横にゴールドバーグ、正対して三人の若い女性機関士が並んでいた。機械油の匂いがしそうな空間で、この一角だけが不思議と華やいで見える。

 (こう)おじさんは一度、深く息を吸ってから口を開いた。


「アドルフ、ジェファーズ、コーシー。三人とも知っての通り、俺は退去の指揮官として、この艦を降りることになる」


 一瞬、誰も言葉を発しなかった。


「正直に言えば——お前たちを残して自分だけ降りるなんて、考えたこともなかった。だがな……俺が降りたとしても、“信濃”の心臓を他人に任せることはできん。たとえ、それが最新鋭のAIでもだ」


 その言葉に、(サブ)艦橋(ブリッジ)から同行したゴールドバーグ次席機関士が小さく笑い、「当然です」と胸を張る。


 それに続けて三人の言葉が混ざる。


「お父さんに『降りろ』って言われたら、立てこもるつもりでした。私たち以外が機関を触るなんて、耐えられませんから」

「お父さん!この子、じゃじゃ馬なんですから、私たちじゃないと無理です」

艦橋(ブリッジ)から無茶な指示が来ても大丈夫です、お父さん。完璧に制御しますから」


「……だから、俺を父さんと呼ぶのはやめろって言ってるだろ」


 そう言いながら、(こう)おじさんは苦笑し、ほんの少し目を細めた。


「……ったく。どいつもこいつも、自分がいないと艦が動かないと思い込みやがって。それに親子ほどは離れてないだろ、まったく……」


 そして視線をゴールドバーグに向ける。


「次席機関士。お前の監督責任だな」


 その瞬間、三人の目が同時に光った。


「それならなおさら!」


 カタリーナが食い気味に言う。


「どうしても降ろすなら、私たちじゃなくてローラ次席を降ろすべきです。守るものがあるんですから!」

「そうですよ!」


 ジェファーズが頷く。


「EVAのウッドマン次席から、指輪のサイズをさりげなく聞く方法まで相談されたんですから」

「で、なんて答えたの?」

「『黙って一番大きいのを買えばいい』って」

「それはひどいよ」

「だって、彼氏いない身としては悔しいじゃない!」


「ちょっと、あんたたち!」


 ローラ・ゴールドバーグ次席機関士が慌てて制止する。


「仕事中!……まあ、エディには『無傷で帰ってこなかったら婚約破棄』って言ってありますけど」


 そう言って、指輪を通したネックレスを胸元から差し出す。


「「「きゃー!」」」


 三人が一斉に冷やかす。


「やっぱり、相手はあの堅物ですから、数式でプロポーズされたんですか?」


 笑い声が弾ける。


(……(こう)おじさん、すごく優しい目をしてる。僕を見るときと、同じだ)


 (こう)おじさんは何も言わず、部下たち一人ひとりの顔を、ゆっくりと見つめた。まるで、(まぶた)に刻みつけるかのように。


「……頼んだぞ。ゴールドバーグ」


 そして、三人にも視線を向ける。


「アドルフ、ジェファーズ、コーシー……俺の代わりに……どうかこの(ふね)を頼む」

「「「了解!!」」」


 揃った敬礼が、機関室に響く。コーシー機関士が、少し照れたように言った。


「……お父さん。ガニメデ産のコーヒー豆、買ったんです。だから——終わったら、五人分、淹れさせてくださいね」


 (こう)おじさんは何も答えなかった。ただ、力強く一度だけ頷き、振動と熱気の向こうへと、歩き出した。


◎登場人物(映像の中)

●会議室

星野(ほしの)(わたる)(39)(男性)(177cm):主人公 (あきら)の父。艦長。

◯グレース・サティ(42)(女性)(170cm)(フランス):副長。頼れる艦長の右腕。

朝比奈(あさひな)(わたる)(39)(男性)(181cm):首席機関士。渉とは学生時代からの親友であり、もう一人の右腕。お互いに(しょう)(こう)と呼び合う仲。

◯エミー・ホーキング(31)(女性)(162cm)(イギリス):首席事務官。小柄ながら、知的で事務処理能力は高い。


(サブ)艦橋(ブリッジ)

◯ニコル・ヘッドリー(39)(男性)(178cm)(アイルランド):次席航宙士。副長や首席航宙士からの信頼も厚い。

◯ロブ・ハンソン(32)(男性)(185cm)(スウェーデン):次席技師。タフで大柄な技術屋。

◯ローラ・ゴールドバーグ(32)(女性)(170cm)(イスラエル):次席機関士。粘り強い。ウッドマン次席船外作業員とは恋人同士で婚約中


●機関室

◯カタリーナ・アドルフ(23)(女性)(164cm)(オーストリア):機関技師。普段は物静かだが、工具を握ると目の色が変わる職人肌。

◯エラ・ジェファーズ(23)(女性)(170cm)(アメリカ):機関技師。どんなに過酷な作業でも鼻歌を歌いながらこなす。向上心も強い。

◯アニー・コーシー(24)(女性)(155cm)(フランス):機関技師。小柄だが気が強く、先輩や上官に対しても論理的な矛盾があれば容赦なく突っ込む。


◎用語

◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。このままだと、ガニメデ第二ステーションを直撃する。


◯機関室

首席、次席、一等機関技師三名(以上はローテーションにより艦橋常駐)、機関員十五名の総勢二十名。船外作業員と並んで、最も人数の多い部署。エンジン・反応炉・推進系統の保守を行う。


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