トラック4-03【輸送艦<信濃>・船外作業者たち】
《〇〇一四:輸送艦〈信濃〉 船外作業室》
(画面が切り替わった。ここが——これから外へ出る人たちの部屋なんだ。数字がカウントアップしたところを見ると、たぶん作戦開始からの経過時間だ)
室内には、張りつめた静けさが満ちている。隊員たちは三列に整列し、正面を見据えて立っていた。
向かって右列は、鈍い銀色の宇宙服に身を包んだ者たち。分厚い装甲の継ぎ目が、彼らの呼吸に合わせてわずかに上下している。左脇にはヘルメットを抱え、指先にまで緊張が滲んでいた。そして、正面中央には、一目で隊長と分かる男。その隣——父が立っている。
「星野艦長、オニール隊長。船外作業員、総員二十名。欠員なし!」
報告の声が、はっきりと室内に響く。二人は同時に敬礼を返した。次の瞬間、オニールが一歩前へ出る。低く、腹の底から響く声だった。
「全員、聞け」
その一言で、空気が引き締まる。
「作戦時間は二十四時間。四時間交代、三チーム二回転——ようやく、俺たちの出番だ」
中央ホログラムに、五隻の艦と配線図が浮かび上がる。オニールは迷いなく指差した。
「前半は、防壁が生きている。慎重かつ大胆に。いつも通りにやれ」
一拍、間を置く。
「問題は後半だ。特に、最後の数時間」
室内の誰もが、息を詰める。
「重力位相を完全に固定するため、信濃の誇る防壁はすべて切る。その瞬間から——外は秒速三百キロの“雨”だ」
ざわめきはない。だが、張りつめた沈黙が、全員を包んだ。
「最終段階では、俺とエディも出る」
隣に立つ男を、親指で示す。
「お前らだけを、主役にはしない。信濃は他艦より配線が多い。きついのは分かってる」
不敵な笑みが浮かぶ。
「だがな……俺たちなら、鼻歌混じりでやれるはずだ」
オニールは、一度だけ視線を巡らせた。
「いいか。“宇宙で死ぬのは、準備不足な奴だけだ”」
その口調は静かだが、力強い。
「——そして俺たちは、今日まで死ぬほど準備してきた。だから、お前らは死なない」
一瞬、言葉を飲み込む。
「俺とエディがついている。安心して作業に集中しろ。以上だ」
「「「了解!」」」
十九の声が、怒号のように重なった。敬礼が寸分の狂いもなく揃う。オニールは一歩退き、父の方を向いた。
「艦長。お願いします」
父は、ゆっくりと前に出た。隊員一人ひとりを見渡し、静かに口を開く。
「ありがとう」
短く、
「この艦のハッチは——最後の一人が帰還するまで、決して閉じることはない」
一瞬、声が低くなる。
「この“信濃”と、第二ステーションを……皆さんに託します」
敬礼。誇らしげな表情が並ぶ。誰一人、視線を逸らさなかった。
***
《〇三〇三:輸送艦〈信濃〉 主艦橋》
「マックイーン航宙士。少しだけ重要な話がある。艦長室へ移動する」
艦橋後方で指示を出していた父が、短く言った。
「現状、船体も姿勢制御も安定しています。問題ありません」
マックイーンは即座に状況を確認し、そう答える。
「ありがとう。すまないが、しばらく任せる」
「了解」
少し置いて、続けた。
「副長。朝比奈機関長も、艦長室へ」
「了解」
航おじさんが他の機関士に後続の指示を出した後、三人は言葉を発することなく、それぞれの持ち場を離れた。
***
《〇三一〇:輸送艦〈信濃〉 艦長室》
(……ここが、信濃でのお父さんの部屋か)
映像越しに見る艦長室は、思っていたよりも簡素だった。華美な装飾はなく、最低限の机と椅子、壁面には艦の状況を映すホログラムが静かに揺れているが、片隅には小さく母と僕が写った写真が置いてある。
父は扉が閉まるのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「相談がある」
副長と航おじさんが、自然と姿勢を正すのが確認できる。
「敷設が完了すれば、信濃は“壁”としての役割に専念することになる。その段階では……全員が艦に残る必要はない」
空気が、わずかに張りつめた。
「最低限、船体と防壁を維持できる人員だけを残し、他は退去させるべきと考えている」
副長が静かに問い返す。
「……つまり、退艦命令を出す、ということですね」
「そうだ」
機関長が、低く息を吐いた。
「……そうなるか。で、俺たちを呼び出した理由は?」
父は視線を逸らさず、淡々と答える。
「規則を、覚えているか?」
副長は一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「はい。退去命令を出すには、指揮官が必要です。そして――」
彼女は淡々と続ける。
「艦長・副長・機関長の三名が健在な場合、そのいずれかが指揮を執らねばならない。私情は、考慮されません」
「なっ……!」
機関長が、思わず声を荒げた。
「そんなの、副長に決まってるだろ!俺は最後まで残るぞ! 当たり前だろう!」
勢いよく父を振り返る。
「そうだろ、渉!」
一瞬の沈黙。その間に、副長が静かに口を開いた。
「……機関長なら、そう言うと思っていました」
穏やかな声だったが、そこに私情はない。
「それでも艦長が、私情に流されずに相談された。そのこと自体、私は——誇りに思います」
副長は父をまっすぐに見据えた。
「規則では、すでに定められているはずです。艦長と副長が共に指揮可能な状態にある場合——退去指揮を執るのは、第三順位者」
機関長の顔色が変わる。
「……まさか」
父は一度、目を閉じた。そして、開く。
「……そうか。副長の考えは分かった」
その声には、決断の重みがあった。
「朝比奈機関長——退去の指揮を執れ」
「おい、渉……!」
航おじさんの声が、震える。
「冗談だろ……俺とおまえは……」
「機関長」
父の声が、きっぱりと遮った。
「復唱を」
一瞬の沈黙のあと。航おじさんは歯を食いしばり、敬礼した。
「……了解。退去の指揮を、執ります」
それは友との別れを予感したもののようにも見えた。
◎登場人物(映像の中)
●主艦橋/艦長室
◯星野渉(39)(男性)(177cm):主人公 晶の父。艦長。
◯グレース・サティ(42)(女性)(170cm)(フランス):副長。頼れる艦長の右腕。
◯朝比奈航(39)(男性)(181cm):首席機関士。渉とは学生時代からの親友であり、もう一人の右腕。お互いに渉、航と呼び合う仲。
◯レイナ・マックイーン(45)(女性)(172cm)(カナダ):首席航宙士。最年長女性として、落ち着いた貫禄。
●船外作業室
◯ライオネル・オニール(36)(男性)(183cm)(アメリカ):首席船外作業員。元空軍パイロットで、どんな危機でもジョークを忘れない不敵さを持つが、作業の安全確認に関しては異常なほど厳格。「宇宙で死ぬのは準備不足な奴だけだ」が口癖。
◯エディ・ウッドマン(28)(男性)(182cm)(イギリス):次席船外作業員。物理学の学位を持つ。直感派のオニールに対し、常に計算とマニュアルを重視する。少し神経質だが、実はオニールの直感を誰よりも信頼している。
◎用語
◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。このままだと、ガニメデ第二ステーションを直撃する。




