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トラック4-01【輸送艦<信濃>・核融合弾】

「ただいま、アルテア」

『おかえりなさいませ、晶様』


 玄関ホールの照明がゆっくりと点灯し、アルテアの駆体が小さく首を傾けた。入浴と夕食を済ませたあと、僕はソファに腰を下ろし、いつものカードケースに手を伸ばす。


『本日も映像データを閲覧されますか?』

「うん。そのつもり」


 アルテアは少し考え込んだ後——


『晶様。先週は受験が終わったばかりです。本日は遊園地にも行かれましたし、身体的・精神的疲労は平均値を上回っています』

「……やっぱり分かる?」

『はい。歩行時の重心移動と心拍変動から推定できます』


 苦笑しながら背もたれに身を預ける。


「ありがとう。心配してくれるのは嬉しいよ。でも……これは見ておきたいんだ」

『義務、ですか?』

「そうだね、『見ておきたい』って言ったけど、正しくは『見なくちゃいけない』って思うんだ」


 自分でも、なぜそう感じるのかは言葉にできないのだが。


『……承知しました』


 アルテアは静かに(うなず)くように身体(ボディ)を揺らした。


『それでは、トラック四を再生します。異常が検出された場合は、即座に中断します』

「分かったよ。ありがとう」


 カードを差し込むと、淡い光が青から緑へと変わる。次の瞬間——

 視界いっぱいに、映像が広がった。


***


 画面中央に巨大な宇宙艦が映し出される。

 整然と並んだ機器類、十分な間隔を保って配置された椅子。その一つ一つに、制服姿の乗組員たちが座り、ヘッドセット越しに低く、切迫した声でやり取りを交わしていた。


《輸送艦〈信濃〉(メイン)艦橋(ブリッジ)


(あっ……お父さんの船だ。夢に出てくる、あの船——)


 ブリッジ中央。背筋を伸ばし、正面の(メイン)画面(スクリーン)を見据える父の姿があった。


『着弾まで、残り六〇秒。デカメートル級カサンドラ四体を、質量順に(アルファ)(ブラボー)(チャーリー)(デルタ)と識別する』


 無機質な機械音声が流れた瞬間、艦橋内の空気がさらに張り詰める。全員の視線が、巨大な(メイン)画面(スクリーン)へと吸い寄せられた。そこには、接近する目標と迎撃弾の軌道が、幾何学的な光の線として描画(プロット)されている。


「悪い。質量モニタリング、精度を最大に上げてくれ」

「ハンソン次席技師、こちらヴィレール。質量計、精度設定を最大へ」

『こちらハンソン。復唱。質量計、精度設定を有効限界まで引き上げます。問題ありません』


(あれ……?最初に話した人、制服だから気づかなかったけど……スターリング博士?)


「おい、エイド。すっかり信濃のクルーだな」

「からかうなよ」


(やっぱり……。しかも隣、ヘイル博士だ)


『着弾まで、残り三〇秒。木星重力場による補正、基準誤差以内を確認。全弾頭、カサンドラアルファからデルタの各中心を正確に捕捉中』


「全センサー、正常動作を確認」

「軌道変化なし。目標、依然として慣性飛行中」


 艦橋内の音が、必要最小限に削ぎ落とされていく。呼吸音すら、邪魔に感じるほどだった。


『着弾まで、残り一〇秒』


『五……四……三……』


 誰も言葉を発しない。


『二……一……着弾。起爆シーケンス』


 次の瞬間、メインスクリーンが白い閃光に包まれた。核融合弾がカサンドラへ直撃し——艦橋内に、短い、だが重い沈黙が落ちる。


『カサンドラ四体の破砕を確認。核融合起爆エネルギーの伝達率は九五%。理論値通りです』


 眩しく光っていた画面は徐々に暗くなり、再び飛翔体を映す。


『飛翔体の増減を確認、センチ級以上の飛翔体(プラス)三二』


「やった!」

「成功だ!」

「これなら防げる!」


 歓声が上がる中、マークが立ち上がり叫ぶ。


「おかしい……増加数が少なすぎる」

「質量計はどうなってる?」


 マークの疑問を受けて、エイドが確認する。


(メイン)艦橋(ブリッジ)、こちらハンソン。合計質量、破砕前の九八・五五三パーセントを維持していることを確認』


 ざわり、と艦橋がざわめく。


「数は予想より激減してるのに……質量がほとんど減っていない?」

「計測系の異常じゃないのか?」


 父は、正面スクリーンから目を離さずに口を開いた。


「信濃、破砕後の想定破片数は?」

『当初増加予測は(プラス)八百から三千。現在確認されている三二は、誤差範囲を大きく逸脱しています』


 その報告を聞いた瞬間、父の表情が変わる。


「……違う。これは“破砕”じゃない」

『現在、核融合爆発による高温プラズマ化を含め、再計算——』

「待て」


 低く、しかしはっきりとした声が艦橋に響く。エイドだ。


「信濃、再計算は不要だ。質量消失が二パーセント未満で、この数は説明できない。熱蒸発だけで済む話じゃない……これは、何かが起きている」

『了解。再計算を中止(キャンセル)します』


「同感だな」


 マークが身を乗り出す。


「信濃、破片の組成を再分析してくれ。最優先で」

『了解。組成解析を開始します』


 父は、一瞬だけ主画面を睨み、それから静かに指示を出した。


「ピアース通信士。解析データを司令部へリアルタイム共有。急げ」

「了解」


 通信士の指が端末上を走る。艦橋は、息を潜めたような沈黙に包まれた。


 数秒後—— ホログラムに、新たな数値が浮かび上がる。


“Fe:38.2%”

“Ni:4.4%”

“Co:1.3%”

“Si:1.2%”

“微量元素:2.2%”

“解析不能物質:52.7%”


 その瞬間、艦内の空気が凍りついた。


「……なんだ、これは」


 マークの呟きが、やけに大きく聞こえた。


◎登場人物(映像の中)


(メイン)艦橋(ブリッジ)

星野(ほしの)(わたる)(39)(177cm):主人公 (あきら)の父。艦長。

◯マティアス・ヴィレール(40)(男性)(176cm)(フランス):首席技師。経験豊富。

◯キャシー・ピアース(29)(女性)(168cm)(オーストラリア):首席通信士。明るく明瞭な発声で艦橋に活気を与える。


◯エイドリアン・スターリング(30)(男性)(183cm)(イギリス):物理学博士。重力子研究の第一人者。客員技師として乗艦中。

◯マーカス・ヘイル(28)(男性)(185cm)(アメリカ):物理学博士。真空エネルギー研究の第一人者。客員技師として乗艦中。

◯信濃:輸送艦の名前と同じだが、呼びかけるときは艦搭載AIのこと。


(サブ)艦橋(ブリッジ)

◯ロブ・ハンソン(32)(男性)(185cm)(スウェーデン):次席技師。タフで大柄な技術屋。


◎登場人物(現在)

星野(ほしの)(あきら)(14)(165cm):主人公。中学3年生。

◯アルテア:晶の自宅にある家事用ロボット。


◎用語

◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体。センチメートル級以上だと五千以上が確認されている。このままだと、五〇時間以内にガニメデ第二ステーションを直撃する。


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