トラック3【ガニメデ第一ステーション・大会議室】
トラック三の再生が始まった。
映し出されたのは、これまでの映像とは明らかに異質な光景だった。多面体が組み合わさったような“コマ”の形状をした巨大構造物——宇宙ステーション。
『ガニメデ第一ステーション』
(これが第一ステーションなんだ……)
画面はゆっくりと内部へ切り替わり、広い廊下に設置された長椅子。その前に二人の男性が並んで立っていた。
「やあ!渉、久しぶりだな」
「オスカーも、元気そうで何よりだ」
二人は立ち上がって固く握手した後、その椅子に座る。
(お父さんだ。オスカーさん……って、誰だろう?この前の博士とは違う人だな)
「サクラメントの調子はどうだ?」
「相変わらずだよ。今回、月から信濃と一緒に航行しただろ?『どうせなら信濃に乗りたかった』なんて乗客に言われてね。艦長としては、ちょっと寂しくなるさ」
(あっ!サクラメントのオスカー艦長ってことか。確か、信濃型の二番艦だったな)
「で、信濃は?」
「問題ない……っと言いたいが、ここだけの話……」
言いかけた瞬間、画面がふっと切り替わった。
(また?前のトラック一と同じだ——)
「星野艦長、スペンス艦長」
廊下の奥から女性が歩み寄り、二人の前で敬礼した。黒い肌に鋭い眼差し。ホログラムグラスは眼鏡のようでもあり、理知的な雰囲気を一層際立たせている。
二人もすぐに立ち上がり敬礼を返した。
「サティ副長か、そろそろ時間かな?」
「まだ余裕はありますが、艦長にはそろそろご準備いただきたいところです」
「おっと、もうそんな時間か。うちの副長に叱られる前に行かないとな」
オスカーは冗談まじりに笑い、お父さんとサティに向き直る。
「じゃあ、渉、サティ副長。また後で」
軽く手を挙げると、オスカーはステーション奥の会議区画へと足早に歩き去った。二人きりになった廊下で、渉はサティ副長のホログラムパネルを覗き込み、険しい表情に戻る。
***
(どこだ?教室?……じゃない。会議室だ)
映像がゆっくりとパンし、室内の全景が映し出される。
長机がコの字型に配置された大きな会議室だ。席はすべて埋まり、各机の前には名前と役職を記したプレートが置かれている。艦船の艦長、ステーション司令部、衛星基地の代表——木星圏の主要メンバーが一堂に会しているようだった。
短辺中央の席には五名が並び、どうやら今回の会議の責任者らしい。その左側列、中央より少し司令官寄りの位置に、父・渉の姿が見える。責任者席の対面には、壁いっぱいの大型ホログラム装置が設置されていた。そこには別の会議室の様子が同時中継されている。
(“エウロパ”“カリスト”……)
画面下に浮かぶ文字から、それらが他の衛星ステーションの会議室であることが分かる。同時に、室内中央には巨大な立体ホログラム——木星とその衛星軌道が投影され、淡く回転していた。
(これは……本格的な緊急会議だ)
映像越しでも、張りつめた空気が伝わってくる。
司令官席の左端に座る、理知的な顔立ちの男が口を開いた。
「各衛星、接続確認。では会議を開始します。司令長官、お願いします」
短辺中央の男が立ち上がる。
ヒグマのような体躯に、整えられた髭。歴史書の挿絵に出てきそうな威圧感だ。
「木星系司令部を預かる、パヴレンコだ。
本日は国際法第十二条に基づき、全任務に優先して緊急招集を行った。時間がない。まずは観測班から状況説明を」
右端の席から、一人の女性が立ち上がる。
「観測班、セシリア・ペイロです。まずはこちらをご覧ください」
中央に投影された木星の立体ホログラムが縮小し、同心円状の半透明な球が重なっていく。
「一球が一千万キロ。最外縁は五千万キロを示します。二ヶ月後に衝突予定の彗星は——ここです」
外縁付近に青い光点が灯る。
「秒速三十キロで周回中。九十九%以上の確率で木星に衝突します」
彗星が潮汐力で分裂し、木星に吸い込まれる映像が流れる。会議室の反応は薄い。想定内なのだろう。
「……しかし、問題はこれではありません。映像を戻します」
彗星が逆再生され、ホログラムがさらに縮小する。
「赤い球がヒル球です。その外側——」
黄道面上に、赤い靄のような影が浮かび上がった。そこから、一本の直線軌道がガニメデへ伸びる。
『何だ、あれは』
『雲?』
『人工物か?』
会議室がざわつく。
「隕石、もしくはそれに類する飛翔体です。人工物ではありません」
ざわめきが一瞬、期待に変わる。
『彗星より面白いじゃないか』
『また木星系が注目されるな』
しかし、セシリアは首を横に振った。
「——これが、危険要因です」
空気が凍る。
「飛翔体は秒速三百キロ。木星から約六千万キロの位置から、直線軌道でガニメデへ向かっています」
『そんな馬鹿な!』
『なぜ今まで見逃した!?』
「等速直線運動のため、到達時間は——約五十時間」
会議室に、低いうめき声が広がった。
「十メートル級が四。センチ級を含めると五千以上。本件では、この群体を“カサンドラ”と呼称します」
セシリアが着席すると、別の女性が立ち上がった。
「管理班、エミリー・シルバです。対策を講じなかった場合の被害予測を報告します」
中央ホログラムに赤い警告表示が重なる。
「ガニメデ第二ステーション、大破または爆散。地上基地の半数壊滅。死者——行方不明含め三万八千。負傷者四千と推定されます」
言葉が、重力を持って落ちる。
『そもそも第三ステーション稼働後に受け入れていれば、話は違ったはずだ』
『“彗星ショー”は待ってくれん。今更言っても仕方あるまい』
『完成前の第二に人が集まりすぎたんだ』
『ただ、どうする?逃げ場所なぞ無いぞ?』
悲鳴、怒号、沈黙——そのすべてを押し潰すように、司令長官がゆっくりと立ち上がった。
会議室のざわめきが、波が引くように静まる。
「以上を踏まえ、司令部として三つの対応案を提示する」
短く区切り、重く言い切る。
「第一案。第二ステーションからの大規模退避は行わない。残された時間と輸送能力を考慮し、防衛を最優先とする」
一瞬、ざわめきが走るが、司令長官は構わず続けた。
「第二案。十メートル級以上の飛翔体を対象に、小惑星破砕用核融合弾を発射する。迎撃成功率は限定的だが、被害軽減の可能性はある」
「第三案。第二ステーション防衛に、各輸送艦の防壁を投入する。艦を盾として用いる、高リスクな手段だ」
司令長官は全員を見渡し、低く告げる。
「以上の三案を基軸として議論する。これより全体での質疑応答を行い、その後、各衛星ごとに分科会議へ移行する」
一拍置いて、念を押すように続けた。
「なお、共同作戦とはなるが——残された時間では、衛星間での人員・物資の大規模移動は不可能だ。この制約を前提に、最善を尽くしてもらいたい」
司令長官はそう言い切り、静かに着席した。
「それでは、質問を受け付けます」
いくつかのネームプレートが同時に点灯する。
「——カリスト代表、ニコル氏」
ホログラムが切り替わり、カリスト第一基地の会議室が映し出される。起立した男が、短く一礼した。
「カリスト第一基地代表、ニコルです。今後の対策が最重要であることは承知しています。ですが、あえて伺いたい。なぜ——“カサンドラ”の発見が、ここまで遅れたのですか」
観測官が立ち上がり、淡々と答える。
「当然の疑問です。主な要因は三つ。
一つ目、観測機器の大半が彗星方向を向いており、侵入角が死角だったこと。
二つ目、想定を超える速度。
三つ目、飛翔体の材質がレーダーに反応しにくかった点です」
一瞬、言葉を区切る。
「——言い訳にはなりませんが、以上が原因です」
観測官はそう締めくくり、ゆっくりと席に戻った。ニコルは険しい表情のまま、一言も発さず腰を下ろす。
司令官は会議室を一巡り見渡し、次の発言者を指名した。
(あ……さっき、お父さんと話してた人だ)
「サクラメント艦長、スペンスだ」
ややぶっきらぼうな口調で、オスカーは立ち上がった。
「核融合弾で破砕した場合、十m級の本体が数百、あるいはそれ以上の破片に分かれる。それぞれが複雑で予測不能な軌道を取る可能性があるが——そのリスク評価は済んでいるのか?」
意図的に不機嫌そうな態度を取ったまま、オスカーは腕を組む。担当官が即座に応じた。
「検討済みです。理論上、十m級でも信濃型輸送艦で防御可能と算出されています。ただし——」
一拍置いて、続ける。
「AIは、軌道計算の優位性を一部失ってでも、防御成功確率を最大化すべきと判断しました」
「……なるほどな」
オスカーは小さく息を吐いた。
「大砲より散弾銃の方がマシってことか」
肩を竦め、先ほどより幾分か和らいだ表情で着席する。
その後も数件の質疑が続き、会議室の空気が再び重さを増した頃——司令官は、渉の方へ視線を向けた。
「信濃の星野艦長、発言を」
父は静かに立ち上がる。
「中国の古い言葉に、『彼を知り己を知れば、百戦殆うからず』というものがあります。“カサンドラ”の組成を知りたい。最も大きい飛翔体のものでかまわない」
観測官が再び立ち上がり、中央ホログラムを操作する。数値が淡い光とともに空中へ並び、同時に読み上げられた。
“Fe:85.2%”
“Ni:7.4%”
“Co:1.9%”
“Si:1.3%”
“微量元素:3.2%”
“解析不能物質:1.0%”
渉の眉が、わずかに動いた。
「……最後の『解析不能物質』とは?」
会議室の視線が一斉に集まる。
「『微量元素』とは別枠なのか?」
観測官は一瞬だけ言葉を探し、正直に答えた。
「はい。スペクトル、質量分析、反応試験——既存の手法では、組成を特定できませんでした」
「誤差ではない、と?」
「ありません。繰り返し測定しましたが、結果はすべて一致しています」
会議室に、言葉にならないざわめきが広がる。
わずか 一パーセント。だが、その一パーセントが、どこか——決定的に、異質だった。
◎登場人物(映像の中)
◯星野渉(39)(177cm):主人公 晶の父。惑星間輸送艦「信濃」の艦長。
◯オスカー・スペンス(42)(183cm)(アメリカ)(男性):信濃型輸送艦二番艦「サクラメント」の艦長。渉とは既知の中。
◯グレース・サティ(42)(170cm)(フランス)(女性):輸送艦「信濃」の副長。渉の部下。
●司会席
◯セシリア・ペイロ(32)(スペイン)(女性):観測班代表(首席観測官)
◯ソフィー・マクニール(34)(カナダ)(女性):調査班代表(首席調査官)
◯ゲオルギウス・パヴレンコ(51)(ウクライナ)(男性):木星系司令長官
◯エミリー・シルバ(40)(チリ)(女性):管理班代表(首席管理官)
◯ポール・ベネット(44)(アメリカ)(男性):ガニメデ司令官
●発言者
◯ジョエル・ニコル(45)(フランス)(男性):カリスト第1基地司令官
◎登場人物(現在)
◯星野晶(14)(165cm):主人公。中学3年生。
◎用語
◯カサンドラ:ガニメデに高速で接近中の飛翔体群




