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アルテアの記憶  作者: 上井みるき
旅立ちの記憶
13/41

立ちはだかる試練

西暦二一九二年一月四日。

「んーー!」


 思い切り伸びをして窓を開けると、冬の晴れ間が視界いっぱいに広がっている。昨日の下見のおかげか、アルテアに胸の内を吐き出したおかげか——胸の奥にあった不安はほとんど消えていた。

 ホテルをチェックアウトし、試験会場へ向かう。入口でふと振り返り、(りん)さんの姿を探すが見当たらない。


(まあ、待ち合わせしてたわけじゃないし、仕方ないか)


 そう思った矢先、一人の女性が駆け寄ってくる。


「アストリス・アカデミー受験者の方でしょうか?」

「はい」


 腕章にはアカデミーの紋章。試験担当らしい。案内されるまま個人識別カードを提示すると、昨日見学した区画とは違う無機質な廊下へ誘導された。

 入口で再度立ち止まり、指示どおり端末類をすべて預ける。

 金属探知機に似ているが、内蔵された量子干渉センサーがデジタル機器を一つ残らず検知するという最新式らしく、「ピッ」という音がやけに鋭い。


(なるほど、ほんとに“完全隔離”なんだな)


 外界とつながるものが何もない。そう実感した瞬間、胸ポケットの重みを思い出した。指先でそっと触れる。


(……冬華のお守り)


 白地に小さく刺繍された文字が、指の感触だけで分かる。視線を落とし、小さく息を吸った。


(大丈夫。がんばるって、言ったんだ)


 誰に聞かせるでもなく、心の中でそう誓う。そして一歩、無機質な廊下の奥へ踏み出した。


***


 そして午前九時。ほとんど無音の合図で、試験は始まった。


『ホシノ・アキラ。最初に負荷適応テストを行う。心拍系、血圧系、脳波系——各生体センサーの装着が完了したら“終わりました”と伝えなさい』

「終わりました」

『室内を減圧します。ランニングマシンで十分間走行しなさい』


 低酸素状態での体力測定から始まった試験は、容赦がなかった。。

 “予測不能に回転する装置内で光る部分だけを触る試験”では、回転速度が機械制御ではなく 被験者の脳波の乱れに同期 して加速するという、ほとんど意地悪のような仕組みが隠されていた。

 “高周波ノイズと激しい点滅の中で配線をつなぐ試験”は、被ばく環境を想定しているのか、視界も聴覚も断片化していく。

 “仮想眼鏡の衛星軌道映像と遠心力に耐える試験”では、現実の重力と錯覚の重力を同時に処理 する必要があり、脳が悲鳴を上げそうだった。


 なんとかこなし、ようやく昼食休憩となる。


(……これ、完全に“宇宙適応耐性試験”じゃないか。小学生でも大丈夫なのかな?)


 真空パックの羊羹をかじりつつ、地球の反対側で同じ試験に挑むニアとエヴァの姿が頭をよぎる。だがすぐに、(いや、人の心配してる場合じゃないな)と首を振った。


 午後の試験はさらに困難を極めた。

 壁・天井・床に出現する数字、音、振動、色――それぞれが秒単位で変化し、人工知能が生成する“情報嵐(データストーム)”の中から、指定された特徴だけを抽出する試験。

 宇宙船事故で隔離された際の心理耐性を測るための完全な暗闇と無音に一時間耐える試験。

 同じく暗闇で、音だけを頼りに配線作業を行う試験……


 最終項目となるランニングを終えた頃には、時計はすでに午後六時を回っていた。シャワーと夕食を済ませると、ベッドに倒れ込むように眠った。


***


 二日目は学科。数学・物理・地学の統合問題だ。


『与えられた質量、座標、加速度から常微分方程式を用いてホログラム上で軌道計算および理想的な航路計算を行ってください。時間は九十分です——』

「はい」

 床のパネルから淡いオレンジの光が立ち上り、部屋の中央に複雑な星の配置図が浮かび上がった。宇宙空間に散らばる無数の岩石。その間を縫うように、一本の白い線で示された仮の航路が伸びている。その空間に直接、方程式と数値を記述していく。


『そこまでです。解答を終えてください。引き続き、私が口頭で質問しますので、口述にて回答してください。太陽方向から毎秒四〇〇キロメートルで太陽風が吹いている場合の航路計算の変更について教えて下さい』


 口述は六〇分続き、一問で二時間半。昼休みを挟んで午後にさらに二問。昨日の肉体疲労に加え、今日は脳内のブドウ糖をすべて使い切ったような感覚だった。

 明日のチーム適性試験は準備不足だが、せめて体調だけは整えて(のぞ)みたい。しかしその心配も杞憂(きゆう)だった。疲労に流されるように眠り、アラームが鳴るまで熟睡できた。


***


『それではチーム適性試験を開始します。すでに四人ずつチームに振り分けています。あなた方のチーム名は——琥珀(アンバー)です』


 アナウンスとともに、三人の顔と簡単なプロフィールがホログラムに現れた。


『最年長からいく。マイク・ニコルソン、二十五歳。ニュージーランド出身。趣味はラグビー、特技はウェイトリフティング。細かい作業は期待しないでくれ。よろしく』

『次は私ね。望月凛、日本人、二十歳。去年落ちて今年が二度目。食べることとギャンブルが好き。翻訳機なしで五ヶ国語いけます』


 凛さんらしい、妙に明るい笑顔が浮かぶ。僕が小さく手を降ると、ウインクで返してくれた。


『私はアリヤ・プトリ・サントソ、十八歳でインドネシア出身。“アリー”と呼んで。海が好きで、特技は水泳と操船よ』

「星野晶、十四歳、日本人です。特技は数学とプログラミングです。よろしくお願いします」


 四人が軽く挨拶を交わしたところで、マイクが手を叩いた。


『よし、チームはまとまったな。試験官、出題を頼む』


 部屋の中央に、小型宇宙船アンバーのホログラムが出現する。


『課題を提示します。

あなた方は周回軌道上で小型輸送艇アンバーに搭乗しています。

外部からの微弱な衝撃により、三つの系統が異常を起こしました。

十五分以内に、

①姿勢制御

②酸素循環

③通信系

のいずれか二つを復旧してください。

なお制限時間が来た場合、航路離脱とみなします』


「二つだけ……いや、二つ“しか”直せないってことか」


 マイクが腕を組む。


『じゃあ、力仕事は俺が姿勢制御。酸素循環は繊細そうだから……アリー、いける?』

『任せて。船の設備はそんなに違わないわ』

「じゃあ僕は通信。凛さんは──」

『情報整理とサポートに回るわ。四つの目で状況を見るのが一番よ』


 各自の役割が決まると同時に、部屋の照明が薄暗く落ち、アンバーの船内音が響き始めた。


 僕は端末に表示される通信基板の図を見ながら、ノイズの発生箇所を数学的パターンから推定していく。


(……周期が不規則。人工的ノイズじゃない。外部要因……!)


「マイク!外殻の一部が帯電してる可能性あります!それ、姿勢制御にも影響出ます!」

『了解!だったら逆極性で一回放電させる!』


 マイクが力任せに処置をし、アリーが手際よく酸素循環路を切り替える。


 残り時間三十秒。


『姿勢制御——安定!』

『酸素循環も正常に戻ったわ!』

『通信、外部帯電除去を確認。星野君、復旧!』

『チーム琥珀(アンバー)、課題達成』


 試験官の無機質な声とともに、室内の照明が戻った。凛さんがぱあっと笑う。


「やったじゃん、星野君!」


 マイクが親指を立てる。


『いいチームだったな。短時間で役割を最適化できた』


 アリーも静かに頷く。


『まるで本当に船に乗ってるみたいだったね』


 試験室の空気が、じわっと温かいものに変わった。その後もチーム琥珀(アンバー)は次々と課題をクリアし、試験官が終了を告げる。


『チーム琥珀(アンバー)——全課題クリア。全員生存。時間、規定内でした』


(……終わったぁ)


 脱力して、僕は椅子に深く沈みこんだ。


***


『これで全行程終了です。お疲れさまでした。受付で預けた荷物を受け取って帰宅してください』


 受験用の個室から退出し、返却された腕時計を確認すると午後五時過ぎ。すでに空は深い藍色に染まり、街灯の光が路面に反射している。


(これで落ちてるなら、仕方ないや。これ以上ないくらいやりきったし——悔いはないな)


 三日間にわたる極限的な試験を完走したことへの決して小さくない達成感が胸を満たしていた。手応えは悪くない。脳と身体が心地よく疲労しているのを感じながら家路につく。


(凛さん、どうだったかな。あの冷静さなら大丈夫だろうけど……。連絡先、交換しとけばよかったな)


 駅へ向かう途中で、晶は腕時計に軽く触れてメッセージを送った。


「アルテア、試験終わった。詳しくは後で話すよ。帰宅ルート送って」

『お疲れ様でした、晶様。最適経路とスケジュールをお送りします。ハイパーループは混雑ピークを過ぎています』


 表示された経路に従い、ハイパーループを乗り継ぐ。郊外の最寄り駅に降り立つ頃には、人影はまばらだった。学校も冬休みのせいか、構内の空気はどこか静まり返っている。自宅へ向かうコミューターの乗り場までは二百メートルほど。だが、いつもより妙に遠く感じた。

 その時だった。


 通路の陰から、ひとつの影が滑り出るように現れた。警備員の制服。しかし立ち姿は不自然で、明らかに“待っていた”者の気配。


「望月晶くん——だね?」


 低い、感情のない声。思わず立ち止まり、警戒して後ずさる。


(しまった、今日はオカブがいない!)


「誰ですか?何の用ですか?」


 男は質問には答えず、ゆっくりと距離を詰めてくる。


「ここでは言えない。ついてきてもらおう」


 その声は穏やかだが、心臓は警鐘を鳴らしていた。


(危険だ!)


 咄嗟(とっさ)に身を(ひるがえ)し、元の道を走り出す。だが男は驚くほど速い。わずか数歩で距離を詰め、伸ばされた手が肩に触れかける。


(捕まる!)


 そう思った瞬間。

 ドンッ!

 鈍い衝撃音が響き、男の身体が何かに弾かれたように横へ吹き飛び、壁へ叩きつけられた。


◎登場人物

星野(ほしの)(あきら)(14)(165cm):主人公。中学3年生。

望月(もちづき)(りん)(20)(165cm):大学2年生。健啖家。アカデミー入試は二度目。

◯マイク・ニコルソン(ニュージーランド)(25):男性。趣味はラグビー、特技はウェイトリフティング。

◯アリヤ・プトリ・サントソ(インドネシア)(18):女性。通称“アリー”。特技は水泳と操船。船舶免許保持。


◎用語

◯ハイパーループ:二十二世紀で都市感を結ぶ交通システム。リニアモーターで駆動し、真空のチューブの中を超音速で移動する。四十人乗りのユニットが駅ごとに接続と切断を複雑に繰り返し、目的地へ向かう。

◯コミューター:無人小型EV。タクシー兼バス。大きさも一人乗りから様々。

◯アストリス・アカデミー:宇宙船に関する資格を取得するための専門教育機関。

神童(プロディジー):中学卒業でアストリス・アカデミーとなった学生。全体の1%程度と言われる。


◎チーム適性試験について

まだ入学前なので受験者側に操船等のスキルがあるわけではなく、RPGに近い。発想力や計算能力、判断力は問われるが、あくまでチームワーク観点が主となる。

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