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遠ざかる声

 西暦二一九二年一月三日。

 ニアとエヴァの通話は、あの後すぐに切らざるをえなかった。二人とも顔をこわばらせていたし、僕自身、胸の奥がざわついて言葉が出なかった。


 明けて三日。テレビもネットも一面で“筑波・大型研究所火災”を報じている。死者・行方不明者合わせて三〇名以上、遺体の損傷が激しく身元不明——そんな痛ましい文字がホログラムを重く染めていた。


(ステラー・ソムナス研究所……)


 明日には受験に出発するというのに、不安だけが胸の底に沈みこんでいた。


***


 正月四日の午前八時。いよいよ出発の日を迎えた。試験は明日からだが、下見も予約済み。まずは、朝比奈(あさひな)家へ挨拶に立ち寄る。


「あんまり気をわずにな。失敗しても高校に進学するだけだ!余裕を持っていけ!」

「あなた!行く前から失敗の話なんてしないの!ただ、(あきら)君はご両親に似てがんばり屋さんだから心配でもあるわ。今晩はゆっくり休むのよ」


 いつもの朝比奈(あさひな)夫妻のやり取りが、少し心を暖めてくれる。


(あきら)()ぃ、また試験のこと聞かせてよ!僕も宇宙飛行士になるかも知れないし!」

「おっ!じゃあ、(しょう)の先輩になれるように、がんばらないとだな!」


 頭を撫でると、翔は「えへへ」と照れ笑いする。その隣でモジモジしている冬華——


「ほら、モジモジしてないで渡しなよ!」

「わ、分かってるわよ!あの——晶君、これ!」

「あっ!合格祈願のお守り……ありがと。ほんとに、がんばるよ!」

「う、うん」


 ヒューヒュー冷やかす翔に冬華が軽くゲンコツを落とし、朝比奈家はいつもの笑いに包まれた。


(この人たちの期待に、応えなきゃ)


 大きく手を振ってお別れした後、僕はコミューターに乗り込んだ。

 最寄りの駅までは十五分ほど。そこから試験会場の最寄り駅まではハイパーループだ。真空チューブ内を走る超音速で滑る四十人乗りのカプセルは、二十二世紀そのものの光景だった。


***


 最寄り駅から試験会場となる大学へ向かう。理学部棟までは交差点を二つ越えればすぐらしい。外は刺すように冷たく、マフラーを握る手に力が入った。

 中学校より格段に広い敷地を散歩気分で歩きながら、ようやく理学部棟が見えてきた。


「うーん、見学の予約してあるけど……手続きどこだっけ?」


 手続き場所がわからず周囲を探していると、背後から声がした。


「どうしたの?迷子になった?」


 反射的に振り返ると、ショートカットに茶色がかった髪、化粧っ気は少ないのに妙に洗練された雰囲気をまとった女性が立っていた。落ち着いた冬服のコーディネートがよく似合い、どう見ても中学生とは別世界の“大人”。


(それにしても迷子はひどいな)

「いえ、違いますけど……」


 文句を飲み込みつつ、少し背筋を伸ばす。


「あぁ!もしかして明日、アカデミー受ける子?」

「そうですけど……もしかして、こちらの学生さんですか?」

「あはは、違うよ。私も同じ試験受けるの」


 その反応に思わず瞬きする。年四回あるアカデミー受験だが、地方会場は受験者が少ない。同じ会場の受験生と出会えるとは思っていなかった。


「同じ受験会場の受験者に会えるなんて、びっくりです」

「私も。“神童(プロディジー)”候補がいるなんてね。どう見ても中学生でしょ?」

「そうなんですけど……“どう見ても”は心外です」


 むっとすると、彼女は肩を揺らして笑った。


「あはは、そんな顔しないの。あと十年くらいすれば大人っぽくなるって。多分ね」

「十年……。あの、下見ですか?」

「うん。あ、まだ名乗ってなかったね」


 軽く手を挙げて、にっと笑う。


望月(もちづき)(りん)、二十歳。去年落ちちゃって、二度目の出戻り組」

「出戻りって……まだ二回とか普通じゃないですか?」

「やっぱりアカデミーって天才多いから、一発合格って多いのかな~って。で、あなたは?」

星野(ほしの)(あきら)、見た通り中学三年です」

「じゃあ、星野君。一緒に探そう。私もここの会場は初めてだし」


 二人で歩き出したとき——


 淡い青い光が床に走り、細長いホログラムが足元に立ち上がった。


『見学予約を確認しました。受験者のお二人ですね?』


 壁面パネルが開き、細身の移動ロボットが静かにせり出してくる。浮遊する円盤の上に丸いボディと簡素なアーム。


「わぁ……ロボットが案内してくれるんだ」

「昨年は人が来たよ。未来感すご」


 個人識別カードをかざすと、ロボットの側面に緑のラインが灯る。


『確認しました。受験室まで誘導します。足元の誘導ラインに沿ってお進みください』


 ホログラムのラインが前方へ伸び、一定距離を保つようにロボットが滑るように先導する。冬のキャンパスの静けさの中、その無音の移動は妙に頼りなく、それでいて不思議と安心感もあった。


***


 受験室は理学部棟の中にある個室だった。中へ足を踏み入れた瞬間、息をのむ。


(広っ……中学の教室くらいある……)


 壁にはホログラム投影装置、立体カメラ、セキュリティセンサー、トレーニング機器、心拍計や血中酸素濃度センサーまで——まるで小型の宇宙船の居住区画だ。


「へぇ〜、ここが受験部屋かぁ……」

「説明なら任せて」


 凛さんは去年の受験経験をもとに、慣れた調子で説明を始めた。

 二泊三日缶詰になるため、マッサージチェア、無料ドリンク、シャワー、トイレ完備。壁の棚には真空パックの宇宙食がずらり。


(すご……“試験”ってレベルじゃない)


 凛さんが棚を開けた瞬間、ピタッと固まった。


「……え?食事、これだけ?ちゃんと要望出したのに……」

「えっ、これ“だけ”って……多くないですか?三日分ですよ?」

「ううん、これは少ないよ。むしろ初日に全部食べちゃいそうじゃない?」


 真剣な顔で言うものだから、僕は思わず吹き出しそうになった。


***


 下見を終えると、ちょうど昼を回っていた。キャンパス内には受験生向けに開放されたカフェテリアがあり、透明なドーム天井の向こうに、白い冬空が淡く広がっている。


「ねぇ、せっかくだし、よかったら一緒に昼どう?情報交換ってことで」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 サービスロボットに腕時計を翳し、メニューのホログラムが開いた。


「私は(げん)(かつ)いでカツ!星野君は?」

「じゃあ、かつサンドと野菜ジュースで」

「了解。それにしても、育ち盛りなんだからもっと食べないと!」


 トレイには——大盛りカツ丼+単品とんかつ。


「えっ!それ、一人分ですよね?」

「もちろん!星野君も、これくらい食べなきゃ」

(いや、無理だよ……)


 冬休み中で閑散としたテーブルに座ると、「いただきます」と言い終わらないうちから、皿がどんどん空になっていく。


「……あの、すごく食べるんですね」

「あっ、ごめん!つい無心で食べちゃった。私、食べるの好きでさあ。びっくりした?」

「はい、まぁ……」


 凛さんは照れ笑いを浮かべ、「ごちそうさま」と手を合わせた。


「でもね、受験って結局は体力勝負でしょ?だから食べるのも受験のうち!」

「なるほど……」

「でしょ?あ、合格したらまたご飯行こ?もっと美味しいお店、知ってるから!」


 そう言ってウインクする凛さんは、年齢差を感じさせないほど明るくて、親しみやすい人だった。


***


 凛さんと別れ、予約していたホテルへと向かう。チェックインを済ませ、荷物を置き、湯船に肩まで()かると、今日の緊張が少しずつ溶けていく。


 浴衣に着替え、腕時計から回線を開く。


「アルテア、お疲れ様」

『こんばんは、晶様』


 他愛もない出来事を話し終えた頃、ふと胸が締め付けられる。


「明日から三日間、連絡取れないね」

『はい』


 少しの沈黙。


「僕が生まれてから、そんなことあったっけ?」

『いえ、初めてです。心配です、晶様』


 その声は、そんなはずはないのに震えて聞こえる。


「僕も……だよ。ちょっとだけ、さみしいな」


 言葉にした瞬間、胸の奥がキュッと痛む。この三日間はずっと寄り添ってきた相棒と、初めて味わう別れでもあった。


『晶様、どうかご無事で。お帰りを、お帰りをお待ちしています』

「大げさだな……でも、ありがとう。ちゃんと帰るよ」


 画面が暗転し、部屋の静けさが戻る。

 アルテアのいない夜の孤独が、そっと胸に沈んだ。


◎登場人物

星野(ほしの)(あきら)(14)(165cm):主人公。中学3年生。

朝比奈(あさひな)冬華(ふゆか)(13)(155cm):中学1年生、晶の幼馴染。

朝比奈(あさひな)(わたる)(51)(181cm):冬華の父。晶の父とは親友。

朝比奈(あさひな)春華(はるか)(46)(155cm):冬華の母。

朝比奈(あさひな)(しょう)(10)(145cm):小学校4年生。冬華の弟。

望月(もちづき)(りん)(20)(165cm):大学2年生。健啖家。


◎用語

◯ハイパーループ:二十二世紀で都市感を結ぶ交通システム。リニアモーターで駆動し、真空のチューブの中を超音速で移動する。四十人乗りのユニットが駅ごとに接続と切断を複雑に繰り返し、目的地へ向かう。


神童(プロディジー):中学卒業でアストリス・アカデミーとなった学生を揶揄する言葉。

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