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三つ星の邂逅

 西暦二一九一年一月二日。

『晶様、朝比奈(あさひな)(わたる)様から緊急回線(エマージェンシーコネクト)経由で連絡が入っています』

「ほひほん、へうほ(もちろん出るよ)」


 正月二日の午前七時。パジャマ姿で歯ブラシをくわえていた僕は、慌てて口を(すす)ぐ。


『おっ、早朝からすまんな。メールは読んだぞ。“連絡先が閉鎖(クローズ)”とは(おだ)やかじゃないな』


 胸に残っていた不安が、またじわじわと広っていく。


「ええ、状況は分からないですけど知らせておこうと思って」

『知らせてくれたのは正解だ。だが、映像記録の改竄(かいざん)と違って、連絡先を潰されると手の出しようがないな』


 航おじさんの声が、いつもより低い。事態の重さが分かる。


「それと“最初のSD”って何のことでしょう?」

『初めて聞く言葉だ。普通に考えれば、三支配者(トライアーチ)で最初に起業した“スターフォージ・ドミニオン”にも思えるが……』


 なるほどと思いながらも、胸のざわつきは消えない。


「やっぱり、そうなんでしょうか?」

『ただ、あいつらがそんな表現をわざわざ使うか?隠語か、あるいは……撹乱(かくらん)のための“餌”かも知れん』

撹乱(かくらん)……」


 いよいよ、何が真実で何が偽りなのか分からなくなってくる。


『とにかく、この件は俺に任せろ。記録映像の再生も、しばらくは控えとけ』

「なぜですか?」

『学生は勉強が本業だろ?十一年前の真相を追いかけて受験に失敗したんじゃ、お父さんが草葉の陰で泣くぞ。じゃあな』

「さようなら」


 回線が切れる。父の笑顔が脳裏に浮かび、胸がきゅっと締めつけられた。


(お父さん……)


 ——と、その感傷を破るように、小豆の甘い香りがふわりと漂ってきた。


(ここで悩んでも仕方ないか)


 両手で頬をパチンと叩いて、気を取り直す。


「アルテア、朝ごはんはお汁粉?」

『お餅が残っていたので、ぜんざいにしました』


 テーブルには、湯気の立つぜんざい、きゅうりとワカメの酢の物、だし巻き卵、白菜の漬物……。正月の朝らしい静けさに、ほっと緊張がとける。


「どれも、うまそう!いただきます!」

『どうぞ、召し上がれ』


 気付けば夢中で箸を動かしていた。ぜんざいの甘さが胃に落ちるたび、心までほぐれていく。途中、喉に詰まりかけてアルテアに軽く背中を叩かれる場面もあったが、それもまた日常の一部のように感じられた。


「いやー、大満足。ごちそうさま」

『どういたしまして』


 アルテアが並べてくれた熱いお茶を、ふうっと息で冷ましていたときだった。小さな呼び出し音が、部屋の空気を震わせる。


「あれ?通話だね。誰から?」

公共回線(パブリックコネクト)経由にて、エヴァ・スターリング様とニア・スターリング様からです。どうなさいますか?』

「えっ!あぁ」


 記憶の歯車が空回りする。


(あっ!スターリング博士の……あの双子!?どっちがどっちだっけ?)


「分かった。つないで」

『了解です。日英同時翻訳を有効化しますか?』

「もちろん」

『接続します』


 画面に接続を知らせる(アイコン)が灯り、柔らかな電子音が鳴る。


『ニア! 私が先に話すって言ったでしょ!あっ、はじめまして。私はエヴァ・スターリング。映像、いただいてもいい?』


 アルテアに頷くと、映像回線が開いた。

 二つに分かれたホログラムには、暖色の照明の下で金色の髪を輝かせる二人の少女が映る。絹糸のような髪は光を吸って淡く揺れ、まだ幼さの残る横顔を縁取っていた。


(しょう)と同じ……いや、少し上か。でも、雰囲気はぜんぜん違うなぁ)


 歳相応の可愛らしさを残しつつも、知性による輝きと好奇心による(きら)めきが同居する青い瞳が印象的だ。


『ふーん、あなたが星野さん(ミスターホシノ)ね。(あきら)と呼んでもいいかしら?』


 「エヴァ」と名乗った少女が、軽やかに言う。

 ポニーテールを揺らし、毛先が弾むたびに光を反射する。その碧眼は生き生きとしていて、僕を上から下へと遠慮なく観察している。


「はじめまして。もちろん、かまわないよ。僕もエヴァと呼んでもいい?」

『ええ——で、もう一人が姉のニア』

『はじめまして、晶。私はニア』


 もう一方の少女は、腰まで伸びる真っ直ぐなストレートヘア。同じ顔立ちなのに、印象は驚くほど異なっていた。


「星野晶です。はじめまして、ニア」


 ニアは伏し目がちに、はにかんだ笑みを浮かべた。


『さて、自己紹介も終わったところで……』


 エヴァが大げさに咳払いする。


『昨日、(ママ)から聞いたんだけど……』

『アストリス・アカデミーを受験するの?』


 息ぴったりなのか、ずれているのかよく分からないタイミングでニアが被せてくる。


「うん、がんばらなきゃね。二人は大学生なんでしょ?やっぱり、大学院?」

『えっと……』


 すると、エヴァがなぜかもじもじし始める。その代わりにニアが淡々と答えた。


『違う。私たちもアカデミーに進む。受験は、これから』

『そうよ!私たちは合格するつもりだから、あなたもがんばりなさい!』


 エヴァは少し頬を染めたまま、腕を組む。


「あっ、そうなんだ!じゃあ三人一緒に合格するといいね。でも、二人って研究者かと思ってたよ。だって、ご両親が——」


 そこまで言ったところで、アルテアの声が緊迫した。


『晶様、通話中に申し訳ありません。緊急通知です』


 双子に事情を説明すると、二人は“待機モード”に切り替えてくれた。


「どうしたの?何があったの?」

『はい。つくば市で大規模な火災が発生しています』

「つくば……?」

 一瞬だけ拍子抜けする。距離はある。


 ——だが、続く言葉が背筋を凍らせた。


『火災発生源は、ステラー・ソムナス研究所の筑波拠点です』

「ステラー……あっ!」


 ルシアン・ケイの名刺。

 昨日のメール。

 連絡先の閉鎖(クローズ)


 ホログラムには、研究棟全体が墨のような黒煙に飲み込まれていく映像が映っていた。


◎登場人物

星野(ほしの)(あきら)(14)(165cm):主人公。中学3年生。

朝比奈(あさひな)(わたる)(51)(181cm):(あきら)の幼馴染 冬華(ふゆか)の父、(あきら)の父の親友。

◯ニア・スターリング(11)(132cm)。イギリス人。物理学者の父と数学者の母を両親に持つ。腰まで届く長い髪。おとなしい。

◯エヴァ・スターリング(11)(132cm)。ニアの双子の妹。ポニーテイル。おしゃべり。

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