静寂の裏側
西暦二一九二年一月一日。
「あけましておめでとう、アルテア……一人きりの年越しって、こんなに静かなものなんだね」
中学入学と同時に始まった一人暮らし。いつもは朝比奈家で迎える年越しも今年は初めて自宅で迎えた。とはいえ、年の瀬らしいことは何ひとつせず、ホログラムに映る数式とずっとにらめっこしてばかりだから、余計に静かに感じるのかもしれない。
『あけましておめでとうございます。私は正月は毎年ひとりでしたので、晶様がいらして……とても嬉しいです』
窓の外では、クリスマスから断続的に降り続いた雪が街を白く染め、音という音を吸い込んでいくようだった。
(相変わらず……アルテアは、人間みたいだよなぁ)
そんなことを考えながら、アルテアが用意してくれたお雑煮をペロリの平らげる。
(受験勉強を理由に年越しは遠慮したけれど、新年の挨拶くらいは顔を出さないと)
「冬華たちと初詣に行ってくる。お昼も向こうだと思うから、アルテアも少し休んでいいよ」
『ありがとうございます。行ってらっしゃいませ、晶様』
***
「ごめんくださーい。あけましておめでとうございます」
「晶君、あけましておめでとう!——じゃーん!」
冬華が勢いよく姿を現し、僕は“じゃーん”の意味をすぐに理解した。
……振り袖だ。
「どう?わが姉ながら、可愛いでしょ?ほら晶兄ぃ、なんか言うことない?」
「あ、あぁ……ごめん。えっと……なんて言うか……すごく似合ってる」
「ありがと。えへへ……もう中学生だしね」
照れながらクルリと回る冬華に、翔がすかさず悪ノリしてくる。
「なんだ晶くん!そんな物欲しそうな目をしても、冬華はやらんぞ!」
「ちょ、ちょっと翔!何言ってるのよ!」
翔が航おじさんの口調を真似て胸を張ると、冬華は顔を真っ赤にして弟を小突いた。
「こらこら、晶君が呆れてますよ——さあ、出かけましょう」
春華おばさんは笑いながら二人を窘め、みんな揃って家を出た。
***
哲平おじいちゃん、早苗おばあちゃんと合流すると、浮川神社へと向かう。鳥居が近付くと僕の右にいた冬華が小走りに航おじさんの横へ行くと袖を引く。
「お父さん、ここ……」
「分かった」
航おじさんに僕に視線を送ってから、小さく頷いた。そう、ここは先日、謎の男と遭遇した場所だ。だが今日は参道一帯が別世界のように賑やかだった。
お守り、おみくじ、御札に、特設の売店、そしてファストフードの屋台まで。
「最近、あまり来られなかったが、賑やかでええのぉ」
「しかも華やかですよ、何か買って帰りましょうか」
祖父母が嬉しそうに目を細める。学校帰りの物寂しい神社とは全く違う表情を見せている。
「お姉ちゃんは元気ないね。二人きりじゃないから?」
「ちょ!違うってば、振り袖を汚したくないだけ!」
翔の無邪気な言葉に、冬華は耳まで真っ赤になり、周りは思わず笑ってしまった。
物見遊山しながらお参りを済ませ、少し遠回りして帰路につく。
「そういえば、今日はお昼、食べていけるんでしょ?おせち料理作ったのよ」
「そうだよ!食べていきなよ!私も手伝ったんだから!」
「ほぼ味見担当だったけどね」
冬華は無言で翔のほっぺをつねる。
「いてて、ごめんよぉ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
僕は翔の髪を軽くクシャっとしながら、笑って頷いた。
***
七人でおせち料理を堪能した後、祖父母は帰宅し、翔は誘いにきた友達と街へと飛び出していった。居間に残ったのは、僕と冬華、航おじさん、春華おばさんの四人。温かい緑茶を手にしているのに、どこか表情は固い。
「——で、話を聞かせてもらえるかな?」
航おじさんの声に、冬華が神妙な表情で頷く。
「前に少し話したけど……」
そう前置きして、先日神社で遭遇した“ルシアン・ケイ”について説明し、僕が補足を加える。
「で、これがその人の識別情報なんだけど——」
僕が腕時計をテーブルに翳すと、天井の投影機から男の容姿と公開情報が立体的に浮かび上がった。
「三支配者——しかも、ステラー・ネクサス系列か……」
航おじさんの表情が一瞬、強張る。
「しかも?」
「あぁ、彼らは情報の隠蔽や改竄が“得意”でね。もしやとは思ったが……」
顎に手を当て、思案するように目を瞑る。
「とにかく、彼から連絡が来て会うことになったら、必ず俺も同行させること。いいな?」
「……うん。で、次に映像メモリの件なんだけど」
「映像メモリ?」
冬華がきょとんとする。
「あぁ、すまん。冬華は外してくれ」
「いえ、構いません。冬華も……家族なので」
「家族?やった!」
冬華は照れながらも喜び、航おじさんは苦笑しながら続きを促す。
「で、記録の内容を差し支えない範囲で教えてもらえるか?」
「えぇ、まだ二トラックだけですけど——」
僕は思い出せる限り、正確に内容を伝えた。朝比奈夫妻の表情は次第に険しく、そして深く沈んでいく。
「なるほど。あと、他に気になることは?」
「実は最初のトラックで、二ヶ所ほど不自然とも思える削除がありました。衝突痕に関するところで——」
「分かった。こちらにも記録が残っているかも知れん」
「ごめんね、この人、あなたのお父さんと違って記憶には残らない人なのよ」
「春華……!」
航おじさんは項垂れ、冬華が笑いを堪えている。
「ほかには?」
「スターリング夫妻に僕より四つ下の双子の娘さんがいることくらいです」
「はいはい、ニアちゃんとエヴァちゃんね。飛び級してて、今は大学に通ってらっしゃるの。すごいわよね」
春華おばさんが操作すると、立体映像が二人の少女に差し替わった。彼女たちはスカートの裾を持ち上げ、優雅にカーテシーをしてみせる。
(……実在するのか、こんな完璧な双子)
見惚れていると、冬華が肘で小突いてきた。
「俺が言うのもなんだが——天使みたいだな?」
「ふふふ、可愛いでしょ?冬華も晶君が見とれたからって、ヤキモチ焼かないの」
「やっ……焼いてないもん!」
春華おばさんは小さく笑い、ふと思い出したように言う。
「そういえば、スターリング夫妻があなたのこと気にしてらしたの。アカデミー進学の件、伝えてもいいかしら?」
「えっ、いえ、それはもちろん、かまいませんけど……合格してからの方がいいんじゃないですか?」
「晶君なら、大丈夫でしょ。それに、万が一普通の高校に進んだとしても編入狙うんでしょ?」
「まぁ、それはそうなんですけど……」
いくら両親や朝比奈夫妻が知り合いとは言え、夫婦揃って一流研究者の身分で、遠い国の中学生の進路を気にする理由が、思い当たらない。
だが、春華おばさんは柔らかく微笑むだけだった。
「ありがとう。とりあえず、伝えておくわ」
「はぁ」
僕は昼食のお礼を言うと、まっすぐに帰宅した。
***
「ただいま」
『おかえりなさいませ』
アルテアは僕が「休んでて」と言った命令などまるで気に留めず、洗濯に掃除にと七面六臂の働きぶりだ。冗談めかして注意しようと口を開きかけたところで、『晶様』と割り込まれる。
『朝比奈航様から連絡です。出られますか?』
「もちろん!つないで」
『了解です』
ホログラムに航おじさんが映る。
『俺だ。さっきは話せなかったが、どうにも気になることがあってな。一点だけだ』
「気になること?」
『ああ。動画に“削除”したような痕跡が二ヶ所あったと言っていたな』
「はい。僕が気づいた範囲ですけど」
『その“気づいた”って部分が引っかかってな。彼らがやったにしては、少し杜撰すぎる』
「杜撰——ですか?」
『ああ。彼らにとって“完全に痕跡なく加工する”なんて造作もない。だが、今回はそれが残っている』
「となると……他の企業体が?」
『もしくは“改竄した事実そのもの”を知らせるのが目的、という可能性もある』
胸の奥がひやりとした。誰が、何のために——。
『それだけだ。こっちでも調べてみる。また連絡する』
「はい。また」
通信が切れ、僕はふーっと大きく息を吐いた。
(受験前にしては、他に考えることが多すぎるな)
自嘲気味に考えていると、アルテアが小さく電子音を鳴らした。
『晶様、秘匿回線経由でメールが届いています』
「誰から?」
『ルシアン・ケイ様からです』
その名前に背筋が冷たくなるのを感じつつ、内容をホログラムに表示する。
“君とは、もっと情報を交換したかったが……もう、そうもいかなくなった”
“この連絡先は閉鎖される”
“他の連絡員は、私ほど親切ではない。どうか気をつけてくれ”
“特に——『最初のSD』には”
(最初のSD?)
初めて聞く単語——冷たくなった背筋に冷たい汗が伝った。
◎登場人物
◯星野晶(14)(165cm):主人公。中学3年生。わし座のラテン語「アクィラ」から父が名付けてくれた。
◯朝比奈冬華(13)(155cm):中学1年生、晶の幼馴染。
◯朝比奈航(51)(181cm):冬華の父。晶の父とは親友。
◯朝比奈春華(46)(155cm):冬華の母。
◯朝比奈翔(10)(145cm):小学校4年生。冬華の弟。
◯朝比奈哲平(79):冬華の祖父、春華の父。近所に住んでいる。
◯朝比奈早苗(73):冬華の祖母、春華の母。近所に住んでいる。
◯ルシアン・ケイ:長身の白人男性。ステラー・ソムナス研究所所属。出身国、年齢は不詳。
◯アルテア:晶の自宅にある家事用ロボット。わし座のα星「アルタイル」から。




