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アルテアの記憶  作者: 上井みるき
旅立ちの記憶
10/41

静寂の裏側

 西暦二一九二年一月一日。

「あけましておめでとう、アルテア……一人きりの年越しって、こんなに静かなものなんだね」


 中学入学と同時に始まった一人暮らし。いつもは朝比奈家で迎える年越しも今年は初めて自宅で迎えた。とはいえ、年の瀬らしいことは何ひとつせず、ホログラムに映る数式とずっとにらめっこしてばかりだから、余計に静かに感じるのかもしれない。


『あけましておめでとうございます。私は正月は毎年ひとりでしたので、(あきら)様がいらして……とても嬉しいです』


 窓の外では、クリスマスから断続的に降り続いた雪が街を白く染め、音という音を吸い込んでいくようだった。


(相変わらず……アルテアは、人間みたいだよなぁ)


 そんなことを考えながら、アルテアが用意してくれたお雑煮をペロリの平らげる。

 

(受験勉強を理由に年越しは遠慮したけれど、新年の挨拶くらいは顔を出さないと)


「冬華たちと初詣に行ってくる。お昼も向こうだと思うから、アルテアも少し休んでいいよ」

『ありがとうございます。行ってらっしゃいませ、晶様』


***


「ごめんくださーい。あけましておめでとうございます」

「晶君、あけましておめでとう!——じゃーん!」


 冬華(ふゆか)が勢いよく姿を現し、僕は“じゃーん”の意味をすぐに理解した。


 ……振り袖だ。


「どう?わが姉ながら、可愛いでしょ?ほら晶兄ぃ、なんか言うことない?」

「あ、あぁ……ごめん。えっと……なんて言うか……すごく似合ってる」

「ありがと。えへへ……もう中学生だしね」


 照れながらクルリと回る冬華に、(しょう)がすかさず悪ノリしてくる。


「なんだ晶くん!そんな物欲しそうな目をしても、冬華はやらんぞ!」

「ちょ、ちょっと翔!何言ってるのよ!」


 翔が(こう)おじさんの口調を真似て胸を張ると、冬華は顔を真っ赤にして弟を小突(こづ)いた。


「こらこら、晶君が(あき)れてますよ——さあ、出かけましょう」


 春華(はるか)おばさんは笑いながら二人を(たしな)め、みんな揃って家を出た。


***


 哲平(てっぺい)おじいちゃん、早苗(さなえ)おばあちゃんと合流すると、浮川(うきかわ)神社(じんじゃ)へと向かう。鳥居が近付くと僕の右にいた冬華が小走りに(こう)おじさんの横へ行くと袖を引く。


「お父さん、ここ……」

「分かった」


 (こう)おじさんに僕に視線を送ってから、小さく(うなず)いた。そう、ここは先日、謎の男と遭遇した場所だ。だが今日は参道一帯が別世界のように賑やかだった。

 お守り、おみくじ、御札に、特設の売店、そしてファストフードの屋台まで。


「最近、あまり来られなかったが、賑やかでええのぉ」

「しかも華やかですよ、何か買って帰りましょうか」

 

 祖父母が嬉しそうに目を細める。学校帰りの物寂しい神社とは全く違う表情を見せている。


「お姉ちゃんは元気ないね。二人きりじゃないから?」

「ちょ!違うってば、振り袖を汚したくないだけ!」


 翔の無邪気な言葉に、冬華は耳まで真っ赤になり、周りは思わず笑ってしまった。


 物見遊山しながらお参りを済ませ、少し遠回りして帰路につく。


「そういえば、今日はお昼、食べていけるんでしょ?おせち料理作ったのよ」

「そうだよ!食べていきなよ!私も手伝ったんだから!」

「ほぼ味見担当だったけどね」


 冬華は無言で翔のほっぺをつねる。


「いてて、ごめんよぉ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」


 僕は翔の髪を軽くクシャっとしながら、笑って頷いた。


***


 七人でおせち料理を堪能した後、祖父母は帰宅し、翔は誘いにきた友達と街へと飛び出していった。居間に残ったのは、僕と冬華、航おじさん、春華おばさんの四人。温かい緑茶を手にしているのに、どこか表情は固い。


「——で、話を聞かせてもらえるかな?」


 航おじさんの声に、冬華が神妙な表情で頷く。


「前に少し話したけど……」


 そう前置きして、先日神社で遭遇した“ルシアン・ケイ”について説明し、僕が補足を加える。


「で、これがその人の識別情報なんだけど——」


 僕が腕時計をテーブルに(かざ)すと、天井の投影機(プロジェクター)から男の容姿と公開情報が立体的に浮かび上がった。


三支配者(トライアーチ)——しかも、ステラー・ネクサス系列か……」


 航おじさんの表情が一瞬、強張(こわば)る。


「しかも?」

「あぁ、彼らは情報の隠蔽や改竄が“得意”でね。もしやとは思ったが……」


 顎に手を当て、思案するように目を(つむ)る。


「とにかく、彼から連絡が来て会うことになったら、必ず俺も同行させること。いいな?」

「……うん。で、次に映像メモリの件なんだけど」

「映像メモリ?」


 冬華がきょとんとする。


「あぁ、すまん。冬華は外してくれ」

「いえ、構いません。冬華も……家族なので」

「家族?やった!」


 冬華は照れながらも喜び、航おじさんは苦笑しながら続きを促す。


「で、記録の内容を差し支えない範囲で教えてもらえるか?」

「えぇ、まだ二トラックだけですけど——」


 僕は思い出せる限り、正確に内容を伝えた。朝比奈夫妻の表情は次第に険しく、そして深く沈んでいく。


「なるほど。あと、他に気になることは?」

「実は最初のトラックで、二ヶ所ほど不自然とも思える削除(カット)がありました。衝突痕(しょうとつこん)に関するところで——」

「分かった。こちらにも記録が残っているかも知れん」

「ごめんね、この人、あなたのお父さんと違って記憶には残らない人なのよ」

「春華……!」


 航おじさんは項垂(うなだ)れ、冬華が笑いを堪えている。


「ほかには?」

「スターリング夫妻に僕より四つ下の双子の娘さんがいることくらいです」

「はいはい、ニアちゃんとエヴァちゃんね。飛び級してて、今は大学に通ってらっしゃるの。すごいわよね」


 春華おばさんが操作すると、立体映像が二人の少女に差し替わった。彼女たちはスカートの裾を持ち上げ、優雅にカーテシーをしてみせる。


(……実在するのか、こんな完璧な双子)


 見惚れていると、冬華が肘で小突いてきた。


「俺が言うのもなんだが——天使みたいだな?」

「ふふふ、可愛いでしょ?冬華も晶君が見とれたからって、ヤキモチ焼かないの」

「やっ……焼いてないもん!」


 春華おばさんは小さく笑い、ふと思い出したように言う。


「そういえば、スターリング夫妻があなたのこと気にしてらしたの。アカデミー進学の件、伝えてもいいかしら?」

「えっ、いえ、それはもちろん、かまいませんけど……合格してからの方がいいんじゃないですか?」

「晶君なら、大丈夫でしょ。それに、万が一普通の高校に進んだとしても編入狙うんでしょ?」

「まぁ、それはそうなんですけど……」


 いくら両親や朝比奈夫妻が知り合いとは言え、夫婦揃って一流研究者の身分で、遠い国の中学生の進路を気にする理由が、思い当たらない。

 だが、春華おばさんは柔らかく微笑むだけだった。


「ありがとう。とりあえず、伝えておくわ」

「はぁ」


 僕は昼食のお礼を言うと、まっすぐに帰宅した。


***


「ただいま」

『おかえりなさいませ』


 アルテアは僕が「休んでて」と言った命令などまるで気に留めず、洗濯に掃除にと七面六臂(しちめんろっぴ)の働きぶりだ。冗談めかして注意しようと口を開きかけたところで、『晶様』と割り込まれる。


朝比奈(あさひな)(わたる)様から連絡です。出られますか?』

「もちろん!つないで」

『了解です』


 ホログラムに航おじさんが映る。


『俺だ。さっきは話せなかったが、どうにも気になることがあってな。一点だけだ』

「気になること?」

『ああ。動画に“削除(カット)”したような痕跡が二ヶ所あったと言っていたな』

「はい。僕が気づいた範囲ですけど」

『その“気づいた”って部分が引っかかってな。彼らがやったにしては、少し杜撰(ずさん)すぎる』

杜撰(ずさん)——ですか?」

『ああ。彼らにとって“完全に痕跡なく加工する”なんて造作もない。だが、今回はそれが残っている』

「となると……他の企業体が?」

『もしくは“改竄した事実そのもの”を知らせるのが目的、という可能性もある』


 胸の奥がひやりとした。誰が、何のために——。


『それだけだ。こっちでも調べてみる。また連絡する』

「はい。また」


 通信が切れ、僕はふーっと大きく息を吐いた。


(受験前にしては、他に考えることが多すぎるな)


 自嘲気味に考えていると、アルテアが小さく電子音を鳴らした。


『晶様、秘匿回線(シークレットリンク)経由でメールが届いています』

「誰から?」

『ルシアン・ケイ様からです』


 その名前に背筋が冷たくなるのを感じつつ、内容をホログラムに表示する。


“君とは、もっと情報を交換したかったが……もう、そうもいかなくなった”

“この連絡先は閉鎖(クローズ)される”

“他の連絡員は、私ほど親切ではない。どうか気をつけてくれ”

“特に——『最初のSD』には”


(最初のSD?)


 初めて聞く単語——冷たくなった背筋に冷たい汗が伝った。


◎登場人物

星野(ほしの)(あきら)(14)(165cm):主人公。中学3年生。わし座のラテン語「アクィラ」から父が名付けてくれた。

朝比奈(あさひな)冬華(ふゆか)(13)(155cm):中学1年生、晶の幼馴染。

朝比奈(あさひな)(わたる)(51)(181cm):冬華の父。晶の父とは親友。

朝比奈(あさひな)春華(はるか)(46)(155cm):冬華の母。

朝比奈(あさひな)(しょう)(10)(145cm):小学校4年生。冬華の弟。

朝比奈(あさひな)哲平(てっぺい)(79):冬華の祖父、春華の父。近所に住んでいる。

朝比奈(あさひな)早苗(さなえ)(73):冬華の祖母、春華の母。近所に住んでいる。


◯ルシアン・ケイ:長身の白人男性。ステラー・ソムナス研究所所属。出身国、年齢は不詳。


◯アルテア:晶の自宅にある家事用ロボット。わし座のα星「アルタイル」から。

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