夢の中の別れ
西暦二一八〇年一月末——あの日から十一年。
大型輸送艦《信濃》が、木星の衛星ガニメデ上空に停泊していた。
最新鋭の信濃型輸送艦は“人類最強の盾”と呼ばれ、小惑星破砕用核融合弾の直撃すら、掠り傷ひとつ付けられないと謳われていた。
だが、そのはずの装甲は今は無惨に剥ぎ取られ、内壁があちこちでむき出しになっていた。艦内に響くのは、赤い非常灯の点滅と耳をつんざく警報音だけ。破壊されたフレームが火花を散らし、船はもはや原形を保っていなかった。
爆発音が断続的に響く通路で、白衣の女性が幼い少年の肩を掴み、必死に呼びかけた。
「晶、聞いて。脱出艇はもう全部ダメ。操舵士もいないの」
「ママは……?」
少年は涙をこらえ、母を見上げる。女性は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに微笑みを作った。
「大丈夫よ。このポッドなら何もしなくてもステーションまで行けるわ」
そのとき、彼女の端末に男性の立体映像が浮かび上がった。
『幸か?晶は——』
艦長である父の声もかすかに震えていた。
女性は少年をポッドに乗せながら答える。
「もうすぐ発艦できるわ」
「パパも来る?絶対?」
『ああ。第二ステーションで会おう。幸、晶を送り出したら……もう一度連絡をくれ』
「分かったわ。いったん切るわね」
通信が途切れると、女性は息を細く吐き出し、少年にシートベルトを締めながら優しく言った。
「晶、大丈夫。パパもママも絶対に帰るから」
「ほんとに……?……絶対だよ?」
女性は力強く頷いた。
「晶が待ってるんだもの。絶対に」
ゆっくりと閉じていくハッチ。少年の視界から、母の姿が少しずつ切り取られていく。
「ママ!ほんとに——!」
その声は、艦を揺らす爆音にかき消された。
(まだ……大丈夫。きっと……)
そう思った瞬間、外殻が裂けるような激しい衝撃がポッドを揺さぶった。
「お母さんッ!」
晶は叫び声とともに、ベッドから飛び起きた。肌に張り付いたTシャツは汗で湿り、胸はまだ早鐘を打っている。
目覚まし時計は午前六時を指していた。
『晶様、大丈夫ですか?』
礼儀正しい少女のような声が枕元から響く。
声の主は、直方体の頭部に簡素な手足がついた、小型ロボット——《アルテア》だ。
「ありがとう、アルテア……水を一杯くれる?」
『かしこまりました』
ロボットが差し出した水を一気に飲み干すと、晶は汗に濡れたTシャツを脱ぎ替えた。新しい生地のひんやりとした感触が、まだ残る夢の余韻を少しだけ薄める。
「また……あの夢か」
晶はため息混じりにベッドの脇を見る。そこに置かれているのは、手のひらサイズの薄いカード。表面には“渉”と手書きされている。
晶はカードを再生しようと一度手に取ったが、深く息を吐いた。
「……今日は、もういいや。明日にしよう」
そう呟いた後、枕元のカードをひっくり返すと、再び横になる。胸の奥にはまだ、あの夢の余韻が重く沈んでいる。
『お休みなさい、晶様』
アルテアの優しい声を最後に、部屋の灯りがゆっくり落ちると、晶は再び目を閉じた。
『晶様……どうか、良い夢を』
眠りに落ちる間際、アルテアがそう囁いたような気がした。
◎夢の中
◯星野晶(西暦2176年2月19日生 4歳):主人公。
◯星野渉:父(西暦2140年5月生)(177cm)惑星間輸送艦「信濃」の艦長。
◯星野幸:母(西暦2142年3月生)(157cm)医学博士。星野博士と呼ばれる。冷凍睡眠実用化研究の第一人者
◎現実世界
◯星野晶(西暦2176年2月19日生 14歳)(165cm):主人公。中学3年生。
◯アルテア:主人公の自宅にあるロボット。
※口調が4歳直前にしては大人びていたので、少し幼くしました。




