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すきま時間の短編【整列】  作者: 伊藤宏


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2/3

2.

この短編は3話で完結します。

 (なぎ)一昨年(おととし)のクリスマスから付き合っている同級生の男の子だ。クリスマス前に、ルカの前にプレゼントを持って整列した男子のひとりで、前から四番目にいたのをルカが選んだ。

 でも、凪は本命じゃない。

 ほんとの本命はヒ・ミ・ツ。


 マンションに着くと、駐輪場で凪は待っていた。


 「ルカなんてもう、道場行く必要ないじゃん。もう怖いもんないっしょ」

 実際、ルカは師範代を務めるほどになっている。

 一方の凪はからきしだ。何しろ人と戦うのが苦手なうえ、痛いのが嫌いなのだから上達のしようがない。


 「んなことないよ、護身術なんていくら上達したって邪魔んなんないし」


 ルカくらいのカワイさレベルになると、たまに暴漢に狙われる。

 ひとりなら得意の護身空手で撃退するまでだが、複数の暴漢が居合わせると面倒なことになる。整列して順番に襲ってくるのだ。

 つまり……、撃退できないと地獄を見る、ということ。

 だからこそ、見目麗(みめうるわ)しい女子には、一対一なら確実に相手を撃退できるレベルの護身術が必須で、それを怠ることができるのは、襲われない自信がある女子だけ、ということになる。



 「まあ、おまえといると安心だけどな」

 凪は臆面もなくそう言って、自分の自転車をルカの後ろにつけた。

 

 自転車が赤信号を前に整列すると、凪は

 「なあルカ、最近さぁ、ルリーGの服とかけっこう持ってんじゃん、そのレザージャケットもそうだし、靴もそうだろ」


 それがどうした、という心の声は抑えようと思ったのに、

 「それがどうしたの」

 心の声が漏れてしまった。

 ルリーGは今、女子に超人気のブランドで簡単には手に入らない。


 「だってあれさ、MUSTYでも発売日だと一分で完売するっていうし」

 

 「ネット販売なんて使わないよ、買えるわけないし」

 

 じゃどうやって、と訊いてきたので、弾みで

 「リアル店舗。青山の」

 と本当のことを言ってしまった。

 とんでもなく長い列ができるので有名なのだ。


 凪が無防備なキョトン顔を向けてきたとき、信号が変わって列が動き出した。


 ルカは凪が向けてきた疑問から逃げるように自転車を漕いで道場に向かった。バックミラーに、必死に自転車を漕ぐ凪の姿が映っていた。



     ☆

 

 月日が経ち、卒業式を迎えた。


 その日、ルカは凪を振った。

 計画通りだ。

 凪なんて、最初から好きでも嫌いでもない。言い寄る男どもがウザいから、告白防止のために選んだ偽装彼氏だ。


 「別れよう、ていうかもう決めたから」と宣言したら、凪はぼろぼろと涙をこぼした。愛を訴えるのでもなく、理不尽だと怒るでもなく、本当に、泣くだけ。



 ところで。


 ルカは整列本能化術を受けていない。

 すり抜けたのだ。

 偶然のことだ。

 生まれたときに病院から自動的に申請された出生登録の名前が、親があらかじめ届けてあった琉花(るか)で、あとで役所に親が届け出た名前はルカ。あと誕生日も一日ずれていた。これは生まれた時間が午前零時だったことが原因だろう。

 ともかくそれで、整列本能化術のリストから漏れた。


 施術は、男の子も女の子も、五歳を迎える年の十一月に行われる。これは七五三の伝統に(なら)ったらしい。

 我が子がリストから漏れていることを知らないルカの両親は、着飾った我が子を会場に連れて行き、笑顔で施術の係員に引き渡した。しかしルカは、名前を呼ばれることもなく、待合室を歩き回っただけで両親の許に戻された。

 なるべく人が関与しないオートマティカリー行政の穴から(こぼ)れた存在。それがルカだった。

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