馬よりも速く、馬よりも長距離を走り続けられるのはチートです
3人のクラスメイトを殺害してアリア・レイエス・ビーテフェルドの護衛を請け負ってから1時間が経過した頃。
3人は殺害現場から約4キロの地点に差し掛かっていた。
真っ暗闇の中を迷う事無く正確にロムルリスへと進む涼介にアリア・レイエス・ビーテフェルドは驚くのを他所に綾華は後方警戒しながらインカム越しに報告する。
「追手の姿は見当たらないわ」
綾華の報告に涼介が「引き続き警戒しろ」と素っ気無く返すと、アリア・レイエス・ビーテフェルドは綾華に尋ねる。
「君達の格好は初めて見るんだが、ソレと手にしてる物は異世界の装いと武器なのか?」
2人がこの世界とは異なる世界の人間である事を知るが故に尋ねれば、綾華は素っ気無く肯定した。
「そうよ」
綾華が肯定すると、アリア・レイエス・ビーテフェルドは綾華の暗視ゴーグルを見詰めながら尋ねる。
「なら、その目に嵌めたのはどう言う物なのだ?彼も君も闇を見通してる様に思えるのだが?」
「合ってるわよ。コレは暗闇の中を見通す為の装備」
「本当なら凄い事だぞ」
明かりが一切無いのに闇の中を昼間みたいに動き回る事が出来る。
ソレが実現すれば、戦いが大きく変わる事を冒険者としても知るからこそ、アリア・レイエス・ビーテフェルドは綾華の肯定に驚いてしまう。
「ソレが有れば夜襲し放題だろうな」
「その分お高いし、数も少ないんだけどね……」
世知辛いカネの話をすれば、アリア・レイエス・ビーテフェルドは「世界が異なってもカネの問題で常に悩むのだな」と、沁み沁みとした様子で納得してしまった。
そんな彼女に綾華は尋ねる。
「貴女は貴族でしょ?それなのに何でこんな所に居るのよ?」
「私は貴族だが、継承権は下から数える方が早い身だ。それ故に冒険者になる事を選んで好きに生きる事を選んだのだ」
「その結果がコレだがな……」と、己自身に呆れる様に締め括ったアリア・レイエス・ビーテフェルドに涼介は質問をぶつけた。
「冒険者?間者の間違いじゃないのか?」
涼介の言葉にアリア・レイエス・ビーテフェルドは呆れた様子で返した。
「私が間者を務まる様に見えるなら、貴様の目は節穴だ」
彼女の答えに涼介は鼻で笑ってしまう。
「へッ……他国の王城内で起きたデカい事件の内容を知ってたり、その事件に関する報告書なんて優先度と秘匿性の高い書類を祖国へ運ぶ任務に就く一介の冒険者が居てたまるかよ」
鼻で笑うと共に事実を指摘した上で呆れる涼介にアリア・レイエス・ビーテフェルドは涼しい顔で肯定した。
「此処に居るな」
その答えを涼介は気に入りながらも益々呆れてしまった。
「よく言うぜ」
「それを言うなら、貴様も只者じゃないだろう?」
反撃する様に言えば、涼介は反撃を躱す様に答えた。
「俺は頭が良いんだ」
「良過ぎる頭は己を滅ぼす事もあるぞ」
互いに皮肉の応酬をする2人に今度は綾華が呆れてしまった。
「仲が良いのはよろしい事とは思うんだけどさ、このまま夜通し歩き続けるの?」
呆れ混じりにどうするつもりか?
ソレを問えば、涼介はさも当然の様に答える。
「安心しろ。ちゃんと考えてある」
そう答えてから数分ほど歩くと、視線の先に目的の物が見えて来た。
ソレを見た涼介が「コレで歩かなくて済む」そう嘯くと、綾華は尋ねる。
「どうやって用意したのよ?」
「スポンサーに強請った」
簡潔明瞭に答えれば、綾華は納得する。
「スポンサー様々ね」
「コレは何だ?」
涼介がジェーンに用意させた品に対し、アリア・レイエス・ビーテフェルドは首を傾げていた。
初めて見る物に好奇心半分。警戒心半分な様子で尋ねるアリア・レイエス・ビーテフェルドに綾華は答える。
「コレは馬車みたいなものよ」
「馬の姿が見えないが?」
アリア・レイエス・ビーテフェルドの言葉に綾華は目の前にある大型の自動車……米軍兵士達にとって親しみなれたHMMWVに装甲を施したモデルであるM1114を眺めながら、思った事をそのまま口にする。
「馬が引っ張らないのに馬車みたいなモノって言うのも変な話ね」
「何を言ってるのだ?」
綾華の言葉に益々首を傾げれば、涼介は興味無さそうにハンヴィーのルーフ上にある防楯付きのM2A1ブローニング重機関銃を指差して指示を飛ばす。
「サーサウ、銃座に上がって警戒に当たれ。荷物は|後ろの席に載せとけ」
「りょーかい」
暢気な返事と共にバックパックを下ろして手にした綾華は後ろのドアを開けると、バックパックを放り込んでから中に乗り込み、銃座に上がって身を乗り出し始めた。
綾華がM2A1ブローニングの左脇に置かれた専用の12.7ミリ重機関銃弾が100発詰まったモスグリーンのアモ缶を開けるとフィードカバーも開け、M2A1ブローニングの本体に引っ張り出したベルトリンクで列なる大きな弾をセットすると、涼介は助手席のドアを開けながらアリア・レイエス・ビーテフェルドへ矢継ぎ早に告げる。
「アンタは此処から乗ってくれ。荷物は後ろに放り込め。あ、剣は鞘ごと腰から抜いて持ってた方が良い」
「あぁ、解った」
矢継ぎ早に指示を飛ばして来た涼介に戸惑いながらもアリア・レイエス・ビーテフェルドは言われた通り、身に帯びていた荷物を後部座席に放り込んでいく。
それから腰に帯びた剣を鞘ごと腰から抜くと、抱える様に持って恐る恐るといった様子でハンヴィーに乗り込んで助手席に座わり始めた。
そうしてアリア・レイエス・ビーテフェルドが助手席に座れば、涼介はアリア・レイエス・ビーテフェルドにシートベルトを装着していく。
「何のつもりだ?」
初めてのシートベルトに戸惑うと共に己を拘束するつもりなのか?アリア・レイエス・ビーテフェルドが問えば、涼介は「安全の為だ」と、素っ気無く返してから助手席のドアをバタンと閉めた。
その後。バックパックとFN-FALを後部座席に放り込んだ涼介は後ろのドアを閉めて運転席側に廻ると、ドアを開けて乗り込んだ。
そして、シートベルトをしてからエンジンを始動させ、サイドブレーキを解除してギアを1速に入れた。
「この音は何だ!?」
初めて聞くエンジンの鈍い振動音とハイパワーなディーゼルエンジンの重いエキゾーストにアリア・レイエス・ビーテフェルドは驚いてしまう。
だが、そんな彼女を気にする事無く涼介はアクセルを踏んでハンヴィーを走らせる。
発進後。直ぐにシフトをDレンジに入れて加速させようとすると、アリア・レイエス・ビーテフェルドはまたも驚いてしまった。
「何だこのスピードは!?下手な馬より早いだと!!?」
「よく回る舌だ。舌噛んでも知らねぇからな」
驚きの声を軽口を叩いて返した涼介はアクセルを一旦軽く緩めてから再び踏み込み、ギアをシフトアップさせて加速させていく。
涼介のアクセルワークと共にスピードメーターが時速80キロを指す程に加速し、猛スピードで夜の闇の中を走り抜ければ、初めて体験するスピードにアリア・レイエス・ビーテフェルドは目を回してしまう。
そんな彼女を他所に涼介がプロのラリードライバーにも引けを取らぬドライビングテクニックでハンヴィーを爆走させる中。
銃座に付いて周囲の警戒に当たる綾華がインカム越しに尋ねて来た。
「ねぇ!ロムルリスに移動して拠点確保するのは解ってるんだけどさ!その後の行動はどうする訳?」
鼓膜に殴るかの様に綾華の声が響けば、涼介はハンヴィーを爆走させながら答える。
「標的が本格的に動きを見せるまでは動き様が無いのは理解してるな?」
質問に質問で返すが、確認は大事だ。
そんな涼介の確認に綾華は肯定すると、次の質問を投げた。
「ソレは聞いてたけどさ!他に方法無いの?って思ったのよ!」
「有るにはある。だが、ソレは全てを無視して全員殺すって意味だ!そんなのは御免被る!」
涼介が改めてクラスメイトを皆殺しにしたくない。
そう告げれば、綾華は鼻で笑ってしまう。
「ふん……見事なヘッドショットで田中を殺して、私の行動を止めなかった奴が言えた事じゃないわね」
鼻で笑うと共に皮肉をぶつければ、涼介は何も言わなかった。と、言うよりは言えなかったが正しいだろうか?
何れにしろ己の言葉に沈黙で返した涼介に対し、綾華は言葉を続ける。
「3人も殺したら全員殺しても変わらないじゃない。だったら、皆殺しにする方が時間の節約になるんじゃないの?私としてはさっさと帰りたいから、皆殺しに賛成なんだけど」
綾華の言う通り、帰るだけならば皆殺しにすれば良いだけだ。
このままハンヴィーの機動力を利用してオルドヴァの王城へと赴いて実行すれば、移動時間も含めて2時間ぐらいで片付くだろう。
だが、涼介は頑なにソレを拒絶した。
「ソレだけは駄目だ」
「何で駄目なのか?聞いても良い?」
その理由を問われれば、涼介は理由は吐き棄てる様に答えると共に対価を告げる。
「理由は聞くな。くだらない拘りでしかない。だが、俺のくだらない拘りに付き合ってくれるなら、この件が片付いた後にお前と第2ラウンドする事を確約する」
その対価に綾香が沈黙を返すと、涼介は更に続ける。
「その第2ラウンドで死ぬのは片方か両方だ」
涼介の言葉に綾華は乗った。
「良いわよ。アンタの言うくだらない拘りに付き合ってあげるわ。勿論、アンタの指揮下にも入ってあげる」
「前者は解るが、後者は何故だ?」
「単純な話。私は飼い犬としてしか動いた事が無い。だったら、作戦立案や状況分析とかを慣れてる人間にして貰う方が良い……ソレだけの事よ」
綾華が理由を語れば、涼介は呆れてしまう。
「面倒な事を俺に丸投げしてぇだけじゃねぇか」
「そうとも言うわね。でも、貴方の方が私よりも指揮官としての良い戦術眼や戦略眼を持っているのも事実よ」
己の思惑を認めると共に涼介が指揮官として優秀。そう返した綾華は涼介に尋ねる。
「さて、指揮官はどう言う展開になると思ってるのかしら?」
「未だ仮説で確証も無い"タラレバ"の話になるが……先ずはクラスメイト達だが、あの3人から聞き出した情報通りならば、この世界に残って支配者になったり、好き勝手にチーレム主人公になろうとしてる奴等。それから、帰還を目的とした奴等。そして、何をすれば良いのか?今も途方に暮れてるだろう浮動票的な中立の連中。この3つの派閥に分かれた状態で一枚岩とは言い難い」
殺した3人自身と3人から聞き出した情報を元にクラスメイト内に出来た派閥的なモノを仮説ながらも立てると、綾華は実務的な意味合いで尋ねる。
「それで標的は何処に含まれるの?」
標的はどの派閥に居るのか?
綾華が問えば、涼介は困った様子で正直に答えた。
「その点に関しては何とも言えない。ていうか、ピースが足りなさ過ぎて具体的な事は何も言えんし、仮説すら立てるのも難しいって状態だ」
実際問題として標的に関する情報は皆無に等しい。
3人から得た情報に関しても、標的に関する具体的な手掛かりは無かった。
それ故に標的に関する仮説すら立てるのも難しいと言うのが、現状であった。
そんな現状であると聞いたにも関わらず、綾華は涼介に仮説を答える様に言う。
「出来ないとは言ってないわね」
「…………俺のたらればな仮説でも良いなら、1つ目の好き勝手にやってる連中は標的にとっては目眩まし用の捨駒。2つ目の帰還派も同様の捨駒でしかないだろうな……」
そんな仮説を答えれば、綾華は涼介に確認する様に尋ねる。
「と、言う事は中立派に潜んでる可能性が高いって事?」
「その可能性は高い。だが、奴自身の目的が何なのか?クラスメイトを生贄にしてまで果たしたい目的が解らない以上は断定は出来ないし、カモフラージュの為に中立派に居ない可能性だって否めない」
涼介のハッキリしない言い方に綾華は呆れてしまう。
「要するに何も分からない訳ね」
「言ったじゃねぇか……手掛かりが何一つ無いってよ」
そう返すと、漸くクルマに慣れたのか?
アリア・レイエス・ビーテフェルドが口を開いた。
「あぁ、話してる所済まないんだが……貴様等と情報交換をしたい」
申し訳無さそうに彼女が言えば、涼介は運転を続けたまま返す。
「そっちが提供出来るのは?」
「貴様等が知ろうとしていた隷属の首輪を看破した者の名だ」
自分の知りたい情報を知ってる。
そう告げたアリア・レイエス・ビーテフェルドに対し、涼介はそのまま問うた。
「見返りは?」
「手始めに貴様等の知っている事と貴様等の背後に居る雇い主。それから、勇者として召喚された貴様等の同胞が我が国に対し、最悪の事態を招いた際の始末だ」
最後に厚かましい望みを告げた上で見返り要求をすれば、涼介はアッサリとソレを呑んだ。
「良いだろう。とは言っても俺達が知ってる事もそんな多くないし、雇い主に関しては俺達の一存で答えられる事じゃないのは理解してくれ」
「ソレでも構わない」
アリア・レイエス・ビーテフェルドが涼介の答えを認めれば、情報交換が始まる。
先ずは涼介から答えた。
「召喚された勇者の内、俺が知る限りで残りは俺達含めて34人。俺達は俺達を引いて32人の内の1人ないし複数人を殺害する様に依頼されてる」
「その32人で3つの派閥に分かれていると言う訳だな。その内訳は解るか?」
アリア・レイエス・ビーテフェルドが自分と綾華の会話をチャッカリ聞いていた事を涼介は責める事無く肯定すると、正直に残りを答える。
「そうだ。だが、好き勝手する事を選んだ内の1人の名前は知ってるが、残念ながらソレ以外は知らない」
「あの3人から出たカザマと言う名だな。その者が我が国にとって最大の脅威になると見て間違いないか?」
間者としての培った記憶力から風真の名を挙げ、その者が祖国であるロムルスの脅威となるのか?
そう問えば、涼介は暫定的ながらも肯定した。
「恐らく。って前置きが付くがな……」
正直に知っている事を答えた涼介がソレ以上の事は本当に知らない。
そう察して判断したのか?
アリア・レイエス・ビーテフェルドは涼介の求める情報を事情を交えた上で答えた。
「隷属の首輪を看破したとされる勇者はサカキと他の勇者達から呼ばれていた男だ。私自身が調べた訳でなく、王城内に潜入していた者からの報告で知っているだけだから詳しい事は私には解らぬ」
「ソレでも充分だ。他に知ってる事は?」
「貴様等にとって役に立つ情報は無い」
「ソレは俺達が決める事だ」
涼介がさっさと残りを話せ。
そうせっつけば、アリア・レイエス・ビーテフェルドは正直に答えた。
「本当に無いのだ。王城内に潜入していた者は勇者に殺害され、王都に居た私の仲間も殺されてしまったが故に……」
「そうか」
彼女の答えに涼介は納得した様にソレだけを返せば、アリア・レイエス・ビーテフェルドは言う。
「他に言う事は無いのか?私は情報を隠しているかも知れんのだぞ?」
「俺の経験上、そう言う奴は直ぐに解る。それに俺は必要に迫られない限り、無理に聞き出すような真似はしたくない」
涼介の答えにアリア・レイエス・ビーテフェルドは意外そうに思ってしまった。
「意外と甘いのだな」
「よく言われる」
「だが、私はそう言う者は嫌いじゃない」
「そりゃ、どうも」
そう返した涼介はスマートフォン。もとい、アイの誘導に従ってハンヴィーを走らせる。
そうして時速80キロほどで約1時間ほど走らせると、涼介はハンヴィーを停めてエンジンも停止させた。
それから、シートベルトを外しながら2人に告げる。
「一旦休憩するぞ。小便なり、糞するなり、さっさとしろ」
そう告げた涼介はドアを開けてハンヴィーから降りると、少し歩いてその場で立ち小便をし始めた。
そんな涼介の見様見真似でアリア・レイエス・ビーテフェルドがシートベルトを外すと、銃座から降りた綾華は彼女にドアの開け方を教える。
「そのレバーを引けば、ドアが開くわよ」
「助かる」
初めて触れる自動車のドアの開け方を教わったアリア・レイエス・ビーテフェルドが素直に感謝すると、綾華もハンヴィーから降りた。
涼介が小便を済ませて柔軟運動をしているのを見ると、アリア・レイエス・ビーテフェルドは綾華に尋ねる。
「彼は何をしてるのだ?」
「あぁ、ずっと座りっぱなしで凝り固まった身体を解してるのよ。貴女もずっと座りっ放しで疲れてるでしょ?しといた方が良いわよ。勿論、小便か糞もね」
綾華がそう答えると、彼女は「そうさせて貰おう」と、返してからハンヴィーから少し歩いた所でしゃがんで用を足し始めた。
そんなアリア・レイエス・ビーテフェルドと入れ替わる様にして戻って来た涼介は、胸ポケットからラッキーストライクの紙箱を取り出した。
紙箱から1本の煙草を抜き取って咥える涼介に綾華は意外そうに言う。
「アンタ、煙草吸うの?」
「禁煙してたけどな」
そう答えた涼介は重機関銃弾の空薬莢で作られたトレンチライターを手にすると、咥えた煙草の先を炙っていく。
シュボッと音を立てて煙草に火が点れば、涼介は深々と吸って大きな紫煙の塊を吐き出した。
そんな涼介に綾華は尋ねる。
「良いの?煙草なんて吸って?」
「多分大丈夫だ」
今までと違って暢気に返した涼介に綾華は呆れながらも納得する。
「まぁ、現場から8キロ歩いた後にクルマで高速移動して距離を大きく稼いでれば大丈夫だろうけどさ……煙草の火ってメッチャ目立つわよ?」
最後に懸念を口にした綾華に涼介は煙草を美味そうに燻らせながら暢気に答える。
「8キロ歩いた後にクルマで100キロ近くも移動したんだ。追手が居たとしても、当面は追いついては来ないさ……」
「足跡辿って8キロ以上も追跡した後にクルマで移動されたら、追手としては追いつき様が無いわね」
涼介が8キロ以上歩かせた理由は其処にあった。
8キロ以上もの距離を徒歩で移動すれば、追手が居た場合に追手は徒歩で逃げている。そう判断すると共に追い付く可能性を見出すだろう。
だが、待ち伏せ攻撃を警戒しながら慎重に足跡を追い続けた先で足跡が失せ、見慣れぬ轍を見付けた時には後の祭り。
その時にはロムルリスへ逃げ込む事に成功している上に、追手は果てしなく続く轍を地道に追う羽目になる。
そんなペテンを追手や、翌朝に調査を始めるだろうオルドヴァ内のクラスメイト達に仕掛けた涼介に綾華は呆れてしまう。
「アンタってペテン師とも呼ばれた事があったりしない?」
「有るぞ」
涼介がアッサリ肯定すれば、綾華は真面目な表情で尋ねる。
「改めて聞きたいんだけどさ、アンタはどう言う展開で進めるつもりなの?」
その問いに対し、涼介は正直に答える。
「何度も言ってるが、後手に回ってる以上は相手の動き次第。ソレしか断言出来ねぇよ……」
「此方から先手を打つのは出来ないの?」
「ソレこそ展開次第としか言えねぇわ」
消極的な答えに綾華は少しだけ不満を露わにする。
「やっぱ、皆殺しにした方が手っ取り早くない?」
「そりゃ、手っ取り早い。だけど、ソレをしたら友達も殺す事になっちまう」
「別に良いじゃない」
綾華の言葉に涼介はハッキリ拒絶で返した。
「ソレだけは駄目だ。俺は殺人鬼でもなければ、人殺しを愉しむ変態でも無い。だからこそ、指定されたターゲットや一線越えた奴以外は必要に迫られない限りは極力殺したくない」
数時間前に1人を殺害し、綾華の殺人教唆を止めずに2人の死をスコープ越しに眺めた者の言葉とは思えない矛盾に思えるだろう。
だが、涼介の言葉は矛盾していない。
「なら、あの3人は必要だから殺した。そう言うのかしら?」
「逆に聞くぞ。お前は援護しないスナイパーに存在価値あると思うか?」
質問で質問を返した涼介に綾華はアッサリと答える。
「味方の援護をしないスナイパーなんて銃殺に値するわ」
「なら、そう言う事だ」
コレ以上の議論は一切認めない。
そんな口調で涼介が答えれば、綾華は自分のスタンスをハッキリと告げた。
「極力クラスメイトを殺したくないってアンタのくだらないヒューマニズムは可能な限り尊重するけど、私に押し付けるのは無しよ」
綾華が自分の中にある譲れない一線を明言すれば、涼介はソレを指揮官としての度量を以て紫煙と共に呑んだ。
「すぅぅ……ふぅぅ……解ってる。生き残るに必要な状況だったら殺しても何も言わんし、さっきの殺人教唆に関しても文句はあるが、呑み込んで言わない様にしてるだろ?」
涼介が指揮官としての度量を見せれば、綾華は納得と共に部下として指揮官の見てるビジョンを尋ねる。
「ソレなら良いわ。それで?後手に廻り続けるのは理解して納得したけど、動きを見せるまでの待ち時間をどう使うのよ?」
その問いに涼介は紫煙と共に答えていく。
「すぅぅ……ふぅぅ……先ずはロムルリス内に司令部めいた拠点作る。場合によってはオルドヴァ内に前哨基地を作ったりもする。他にも表向きの仕事含めた顔を作ったり、現地協力者確保したりって具合にやる事は山積みだから退屈してる暇は無いからな?」
指揮官として必要な事を幾つも挙げれば、綾華は納得と共に涼介に関して感じた事を口にする。
「やる事は解ったけどさ……貴方、やっぱり軍とか諜報機関に居たりしない?貴方の考え方とか遣り口ってどー見ても、軍や諜報の世界を闊歩するヤベェ奴なんだけど?」
綾華の思った事に対し、涼介は正直に答えた。
「軍とか諜報に居た事はマジで無いぞ。何せ、軍閥みてぇなのは居ても、国家とかそう言うのは軒並み滅びてた世界だったからな……」
本当に嘘は言ってない。
涼介の居た箱庭は国家体制が須らく最終戦争で滅びた後の世界の成れの果て。
それ故に大きな勢力は軍閥程度しか無かった。
そんな世界の残滓でもある師から当時の軍や諜報関連の手練手管を教わる事が出来たが故に、今の自分がある。
涼介はソレを改めて実感しながら、その点も正直に答える。
「まぁ、その国家の軍に居たって言う人が師匠だったのは認めるけどな……その人から教わった通りに考え、行動しているだけに過ぎないんだ」
懐かしい様子で答えた涼介に綾華は興味深そうに尋ねる。
「その師匠ってどんな人なの?」
「すぅぅ……ふぅぅ……苛烈で容赦無いけど、戦友含めた友や部下には厳しくも優しい人だったよ。あぁ、言う人が英雄なんだって思える程にな……」
紫煙を交えて答えれば、綾華は「機会に恵まれたら是非とも会ってみたいわね」そう本心から言えば、涼介は紫煙と共に「ソレは無理だ」と素っ気無く返した。
「そりゃ、異世界の人間なんだから会うのは無理なのは解ってるわよ」
呆れ混じりに綾華が返せば、涼介は自分の思っていた理由を答える。
「ソレもあるが、今はあの世でな……」
「それじゃ仕方ないわね」
涼介の答えに納得した綾華は残念にすると、アリア・レイエス・ビーテフェルドが涼介の燻らせる煙草の火を頼りにして小便から戻って来た。
「済まない。待たせたな……」
「気にしなくて良い」
涼介が素っ気無く社交辞令を返せば、彼女は尋ねる。
「此処が何処か?具体的に解るか?」
その問いに答える様にハンヴィーのドアを開けると、綾華に銃座に着いて周辺警戒する様に告げる。
「サーサウ、銃座で周辺警戒しろ」
その指示に綾華が銃座に着くと、ハンヴィーに乗り込んで車内灯を灯した涼介は地図を広げ、スマートフォンのマップも用いて現在地を確認していく。
程無くして現在地を確認すれば、涼介はアリア・レイエス・ビーテフェルドに現在地を指し示した。
「俺達の現在地はロムルスから20キロ離れた、この地点だ」
涼介が地図で指し示した地点はロムルスまで約20キロ離れた所であった。
そんな指し示された場所を見れば、アリア・レイエス・ビーテフェルドは地図上のある場所を指差して尋ねる。
「この国境近くにある村まではどれくらい掛かる?」
「1時間も掛からない。かっ飛ばせば、20分ぐらいで着く」
ドライバーとして答えれば、彼女は「それなら都合が良い」と、返してから別の場所とも言えるとあるロムルスとオルドヴァ両国に密接する最初指定された村から数キロほど離れた山の麓にある森林を指差して告げる。
「では、此処に向かってくれ。私の友人が居る……その友人ならば、ロムルスへの入国に手を貸してくれる」
アリア・レイエス・ビーテフェルドの言葉に涼介が首を傾げると、呆れ混じりに答えた。
「このクルマとやらは酷く目立つ上に五月蝿い。こんなんで我が国へ入ったら、嫌でも直ぐにオルドヴァの王城へ報告が上がってしまう……だから、コレを隠す必要がある」
彼女の語った理由に涼介は納得すると共に予想を口にする。
「成る程な。で、隠した後に山越えして密入国するって訳か?」
「そうだ。私も冒険者とは言え、オルドヴァから追われてる身である以上は関所を通っての出国は非常に難しい」
己の言葉をアリア・レイエス・ビーテフェルドが事情を交えて肯定すれば、涼介は指揮官として要求する。
「山越えしての密入国は構わないが、山越え前には休ませてくれ……流石に休み無しなのは、此方としてもシンドいんでな」
「それは当然だ。私だって色々あり過ぎて疲れてる」
お互いに疲れてる事を知れば、2人は顔を見合わせて乾いた笑いを見せ合った。
その後。
煙草の始末をして明かりを完全に消せば、涼介とアリア・レイエス・ビーテフェルドは席についてシートベルトをした。
そして、涼介は再びハンヴィーを走らせるのであった。