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AERIAL GEAR  作者: 雪野耳子
6/7

準備は万全?

 陸がまぶたを開けると、視界いっぱいに広がるのは、どこまでも澄んだ青空と光沢を帯びた銀色の床だった。

 無限に続くかのような無機質な空間。

 天井も壁もなく、青空だけが支配する。

 陸はそっと足を下ろし、コンコンと乾いた音を響かせる。

 本物の床を蹴っているかのようなリアルな感触に、思わず感心したように声が漏れた。

「へぇ、面白れぇ」

 ふいに空間が揺らぎ、グリーンのジャケットを着た海がスッと姿を現した。

「ふぅ~ん、こうなってるんだ」

 空気の流れが変わった気がして、陸は反射的に手をギュッと握る。

 ほんの一瞬だけ目が合い、次の瞬間にはお互い笑い合うような気配を残して、陸は海に拳を振り上げた。

 海は素早く身をかわし、そのまま右足で蹴り返してくる。

 陸は腕を胸の前でクロスさせて受け止めた。

 剣道の稽古のような一瞬の攻防――軽い衝撃が全身に伝わる。

 リアルと変わらない手応えに、胸の奥がざわつき、ワクワクが膨らむ。

「うわっ、なっ、なにやってるんですか?! 二人とも?!」

 何もない空間に、凛の驚いた声が響き渡った。その声音に、ほんのり空気が和らぐ。

「えっ? 何って、軽く確認だよ」

「んなの、決まってんだろ。肩慣らし」

 二人ともケロリとしている。凛は困惑したまま、周囲を見渡した。

「肩慣らしって……ここでそんなことしてる人、初めて見ました」

「そういえば、ここってなんだ?」

 陸が首をかしげると、凛は少し照れたように言葉を探す。

「簡単に言えば作戦ルームです。部屋にしてはちょっと広いかんじですけど」

 凛は淡々と説明を続ける。少しだけ口調は固いが、その目は真剣だ。

「開始まで五分間、作戦タイムって感じです」

 陸がじっと凛を見つめる。

 凛は少し戸惑いながらも、説明を続けようとした。

「う~ん、固い」

「え?」

 陸が一歩近づき、凛に顔を寄せる。

「もっと軽いかんじで話してくんない?」

「えっ、でも……」

「これから一緒に戦う仲間、だろ。俺たち」

 人懐っこい笑みを浮かべてみせる陸。

 その空気に海も微笑みを浮かべる。

「そうだね。もう少し軽い感じの方が一緒に戦いやすいかな」

 凛は戸惑いつつも、少しだけ口元を緩めた。

「わ、わかりました……善処しま、じゃなくて……するね」

 ぎこちない笑いがこぼれ、二人はそれを見てつい笑ってしまう。

「全然固いけど、ま、そのうち慣れるか」

「無理はしなくていいからね」

「はい、じゃなくて……うん」

 そんなやりとりの合間に、三人の距離が自然と近づいていく。

 海は周囲を見渡してぽつりとつぶやく。

「リン、このゲームはかなりフリーなんだね」

「普通はこういう部屋で戦闘行為はできない。なのにさっき私とリクは軽くジャレることができた」

 凛はさっきの攻防を思い出すが、とてもじゃれあいには見えなかった。

 だが、その言葉に少しだけ気が楽になる。

「ここは動きなども確認できる場所、って認識でいいのかな?」

 海が周囲を一度ぐるりと見渡しながら問いかける。

 青空がどこまでも続く無機質な空間に、三人の影だけがぽつんと浮かんでいる。

「うん、正解です。エイリアルギアは1ゲームごとにパラメータを設定できるから、その動きを確認する場所でもあるんです。なんか動きがおかしいとか違和感とかってありますか?」

 凛は胸の前でそっと手を組み、やや緊張した面持ちで二人の反応を待った。

「別に違和感ねぇけど?」

 陸は足元を軽く蹴ってみたり、肩をまわして確かめるように体を揺らす。

 さっきの一瞬の攻防を思い返して、口元がわずかに緩んだ。

「そうだね。私も問題ないよ」

 海は身体をひねりながら、指先でバングルを弄ぶ。その表情はリラックスした笑み。

 凛はホッとしたように、小さく息を吐き、表情を和らげた。

「それじゃ、説明します。二人は【ソード】で僕が【ガンナー】というのはいいですか?」

 凛が視線を上げて問いかけると、陸は勢いよく腕をぶんと振る。

「おう! 前に出て、アイツらボコればいいんだな」

 目を細めてニヤリと笑う陸に、海も苦笑しながら肩をすくめる。

「うん、前衛ってことだね」

 海の目線が自然と陸に合わさり、息の合ったやりとりにほんのりとした安心感が広がる。

「僕は後衛で二人をサポートします。勝利条件は敵の全滅か目標である『フローティング・フラッグ』を奪取すること」

 凛の声は落ち着いているが、その奥に静かな決意がにじむ。

「ボコれば勝ちってことでいいだろ」

 陸は拳を軽く突き上げる。

「それができれば簡単なんだろうけど」

 海は小さく笑い、指で髪をかきあげながら少しだけ首を傾げる。

「はぁ? 俺が負けるとでも???」

 陸は冗談めかして腕を組み、凛を見下ろすようにして言う。

「そういうことじゃないよ。相手はそれなりに名の知れたプレイヤーみたいだし、フラッグを狙ってくるかもってことだよ」

 凛は両手を軽く広げて言い訳するような仕草を見せる。

「させねぇよ。それともカイは自信ないとか?」

 陸がニヤリと意地悪くからかうように言うと、海は唇の端を上げて挑むように見返す。

「それは聞き捨てならないね」

 空気が少しだけ張り詰め、三人の視線が静かに交差した。

 言葉のやりとりに熱が帯びる。

 そのとき、電子音のブザーが空間に響いた。

「あと一分で開始です」

 緊張が走り、二人の表情が引き締まる。

「武器はバングルの青いボタンを押すと出ます。赤いボタンで地図が出て、自分たちの場所がわかります。会話はインカムでいつでもできます」

「了解」

「了解したよ」

 二人が青いボタンを押した。

 小さな電子音とともに、手のひらに冷たい重みが生まれる。

 細身の剣は、想像以上に手にしっくりくる。

「軽いな、これ」

 陸が無意識に剣のバランスを確かめると、海も同じように剣をひらひらと回してみせる。

「軽いものにしました。扱いやすいかと思って」

 二人は剣を軽く振り、バランスを確かめる。

「まあ、いいんじゃね」

「だね、いいかんじだ」

 凛も青いボタンを押す。

 手のひらに現れたのは、光沢のある筒身が三十センチほどのシルバーの銃だった。

 滑らかな金属が、指先を包み込むようにひんやりと馴染む。

 角度によって微かに光が踊り、洗練された曲線が手にしっくりと収まった。

「ガンナーって言うからもっとこう、ごっついのかと思った」

 陸が腕使ってライフル銃を表した。

「そういうのも選べるけど、僕はコレが使いやすいんです」

 そのとき、《試合開始》の文字が浮かび上がる。

「「――リン」」

 名を呼ばれて、凛ははっと顔を上げた。

 心臓がドクンと脈打った。

 微かな息を呑む。

(またアノとき、みたいに……二人の、足引っ張ったら……)

 一瞬だけ胸が締めつけられる。

 陸が拳を突き上げる。

「勝つぞ」

 海が穏やかに微笑む。

「勝つよ」

 二人が凛の背中を両サイドから軽く叩いた。

「俺たちにゲームが遊びじゃないってこと、証明してみせろ!」

「楽しみにしてるよ」

 その一言一言が胸の奥に響き、さっきまで強ばっていた全身からふっと力が抜けていく。

 凛は深く息を吸い込み、まっすぐ二人を見つめて答えた。

「……はい」

 柔らかな決意が、ほんのりと表情に灯る。

 目が合った瞬間、小さな笑顔が三人の間を結んだ。

 次の瞬間、三人の姿は銀色の床の上から、そっと霞のように消えていった。

 その余韻だけが、虚空に微かに残っていた。


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