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AERIAL GEAR  作者: 雪野耳子
5/6

雑魚はどっちか

 巨大スクリーンの前、観客のざわめきが波のように押し寄せる。

 フロアに照明が反射し、白くまぶしい光が床を泳ぐ。

 その中でミックは鼻で笑い、口元に薄い笑みを浮かべた。

「ノービスが俺たちとバトルだって?」

 その声は挑発というよりも、明らかな嘲りが混じっている。

 ミックは唇の端を釣り上げ、ゆっくりと周囲を見回す。

 その隣で、ネロは小柄な体を軽く揺らしながら、イタズラっぽく肩をすくめる。

 大きな瞳が悪戯好きな猫のように細められ、唇の端に小さな笑みを浮かべていた。

 けれどその目はどこか油断なく、ちりちりと獰猛な光を湛えている。

 小悪魔の仮面の下に、獲物を探る肉食獣の気配がちらりと覗いた。

「笑わせるじゃん」

 ネロが、わざとらしく肩をすくめ、会場の空気に冷たい波を投げ込む。

「いいぜ、やってやるよ」

 睨みつけるように凛たちを一瞥し、スクリーンのライトが彼の目に鋭い影を作る。

「どうせ、お前らはNPCとのクソつまらねぇバトルするつもりだったんだろ」

 声には余裕と不敵さがにじむ。

 観客席の一角で何人かが笑い声を上げ、電子音がフロアに弾ける。

「ゴールドの俺たちがノービスでバトルしてやるんだから、せいぜい楽しませてくれよ」

 最後にひときわ大きな笑みを残し、ミックたちは右手奥、VRチェアの並ぶ列へ向かう。

 歩くたびにスニーカーが床を叩く音が、対戦前の静かな緊張をほんの少しだけかき乱した。

 そんな挑発に、陸はにこやかに笑みを浮かべたまま、ほんのり肩を揺らして返す。

「ああ、これ以上ないくらい楽しませてやるよ」

 言葉に力はなくとも、その笑顔の奥には微かな好戦的な光が灯る。

 隣で海も少し口元をゆるめ、明るい声で言い添える。

「負けた時の言い訳で、手を抜いたから、なんていうのはなしだよ」

 会場の空気が一瞬ピリリと張り詰める。その言葉にミックの瞳がギラリと光り、怒気が宿る。

 まるで火花が散るような鋭い空気。観客席のざわめきも、一拍分だけ静かになった。

「雑魚だからって手なんて抜かねぇよ。全力でぶっ潰すっ!!」

 ミックたちが鋭く言い捨てると、仲間を引き連れて右側のVRチェアへと堂々と歩いていく。

 その背中には、これから始まる勝負への自信と高揚が滲んでいた。

 彼らが去った後、陸と海はほんのり肩を寄せて小声で言葉を交わす。

「カイ、めっちゃ、煽ったな」

 陸は悪戯っぽく目を細めた。

 照明が金髪を淡く照らし、ふわりとした光の輪郭が浮かび上がる。

 そのまなざしは、静かに相手を測っているようだった。

「こういうのは煽っといた方がいいんだよ。特にああいう手合いはね。冷静さを欠いて自爆してくれるから」

 海はふふっと口の端を上げて、どこか楽しげに笑う。

 ゲームセンター特有の電子音とざわめきに紛れて、二人だけの会話がほんの一瞬、静かな時間を作る。

「お前のそういうところが怖いんだよな」

 陸がぼそりと呟くが、その声も笑みに溶けていった。

「誰構わず、喧嘩売るよりはいいと思うけど」

 返す海も柔らかな声色で、肩越しに陸を覗き込む。

 その様子を見ていた凛が、勇気を出して声をかけた。

「あっ、あの!二人はエイリアルギア、やったことあるんだね」

 少しだけ戸惑いながらも、どこか嬉しさを滲ませて問いかける。

 緊張で唇がかすかに震える。

 凛はリュックのベルトを握りしめ、息を小さく吸い込んだ。

 一歩踏み出す勇気を、心の奥で必死にかき集めていた。。

 陸と海は顔を見合わせて、同時に首を傾げる。

「ん?ねぇよ」

「え?ないよ」

 拍子抜けしたような声で、同時に返され、凛の瞳がまん丸に見開かれる。

 兵頭と牧田も同じように驚いた表情で固まった。

「えっ、だって二人はゴールドのあの人たちとバトルするって」

 凛の声が少しだけ震える。

「け、経験者じゃないんですか?!」

 牧田が慌てて聞き返し、兵頭も困惑気味に口を開く。

「あれだけ、豪語していたのでてっきり得意なのかと」

 陸は悪びれもなく、笑みすら浮かべて言い放つ。

「やったことねぇよ」

「だねぇ。タイトルだってさっき知ったばかりだし」

 フロアの喧騒がまるで遠くに感じられるような、ぽっかりとした静寂が一瞬流れる。

「えっ!?」

 凛たちの驚きが、空気を揺らした。

「それじゃ、なんでバトルするなんて?」

 凛が小さく尋ねると、陸は肩をすくめてあっけらかんと答える。

「う~ん、ムカついたから」

 海も小さく笑いながら、

「ああいうのって叩きのめしたくなるよね」

 まるで天気の話でもするかのような軽さで言う。

 兵頭や牧田の顔色が一気に曇り、凛も戸惑いながら息をのむ。

「そっ、それじゃ、操作方法とかルールは?」

 牧田が声を震わせる。

「んなの、プレイして覚えりゃいいだろ」

 陸がケロリと返し、海が同意するように頷く。

「まあ、いつもそんな感じだよね」

 兵頭と牧田が同時に頭を抱え、凛は逡巡しつつも、しっかりと顔を上げて言った。

「そ、それじゃ、今から説明します。こっちに来てください」

 凛が左手のVRチェアを指さし、リュックをぎゅっと抱え直す。

 足音がほんのり硬い床に響き、三人で移動を始める。

 歩きながら、凛が質問を投げる。

「西成君たちはスポーツって何やってたの?」

 陸が軽く笑って答える。

「まあ、色々と……サッカー、バスケ、陸上とかかな」

 海も穏やかに続ける。

「あとは空手、柔道、剣道とかもやってたよ」

 その答えに凛は安心したように微笑み、肩の力が少し抜けた。

「それなら二人は『ソード』がいいかな。僕は『ガンナー』でいこう」

「『ソード』?」

「『ガンナー』?」

 陸と海が同時に問い返し、凛は真面目な顔で説明を始める。

「エイリアルギアは近接戦闘特化の『ソード』と遠距離戦闘特化の『ガンナー』で戦うんです」

「銃か、そっちの方が面白そうだな」

 陸が好奇心を滲ませて呟くと、凛が控えめに首を振る。

「ごめん。今日は『ソード』で戦って貰えないかな」

「なんでだ?」

「初めてならリアルで経験のある方がやりやすいから」

「ああ、剣道か」

「うん。パラメーターで戦闘力とかは変わるんだけど、キャラの動かし方は初めてだとリアルでの動きが参考になるから」

 凛の説明に頷きながら、陸は何気なくVRチェアの縁を指先でなぞった。

 金属の冷たさが一瞬だけ指に残り、軽く椅子の感触を確かめる。

 そのとき、ほのかにオイルの匂いが漂い、人工的な気配と無機質な空気が、静かに周囲を満たしていた。

「VRの格闘とか、シューティングはやり込んでるけど?」

 陸はチェアの縁を軽く指で弾き、ちらと凛へ目をやる。

 口元には挑戦的な笑みが浮かぶ。

 凛は一度だけ小さく息を吸い込み、真剣な眼差しで首を振った。

「う~ん、エイリアルギアはちょっと今までのゲームと違うんです」

 その言葉に、陸がわずかに眉を上げる。

「違うって、VRゲームだろ?」

 海も興味深そうに身を乗り出した。

 凛はリュックの肩紐を握り直し、少しだけ声のトーンを落とす。

「新しいVRシステム使っていて、リアルの自分がいるような感覚になるんです」

 一瞬の沈黙。空気がふっと張り詰める。

 陸が「へぇ、それは面白そうだ」と、少し目を細めて呟いた。

 海も頷き、静かに問いかける。

「キャラを動かしてるではなくて、自分がそこにいる感じってことかな?」

 凛は目を輝かせて、真剣な表情で頷く。

「はい、そういうかんじです」

 その返事の裏に、期待と不安が混じった微かな熱が感じられた。

 凛の指がVRチェアの背もたれをそっと撫で、パネルの操作音が静かに響く。

 VRチェアの前で、凛が振り返る。

「藤代君、僕たちはサポートってことでいいんだよね?」

 兵頭が問いかけると、凛は緊張をこらえつつ頷く。

「はい、今回はスリーマンセルで行きます」

 声の奥に静かな決意があった。

「了解。それじゃ、パラメーターの設定は」

「僕がやります」

 凛がチェアの背後、コンソール画面に手を伸ばす。

 指先がタッチパネルを滑るたび、淡い光が浮かび、設定画面の細かな数字が次々と切り替わる。

「これなんだ?」

「パラメーターの設定です。エイリアルギアはランクごとに設定パラメータ数が決まっていて、それを割り振るんです」

 慣れた手つきで数字を入力していく凛。彼の表情には、静かな集中が宿る。

「ノービスなので、あんまり設定数は多くないんですけどね」

 ディスプレイの明かりが凛の横顔を青白く照らす。

 指先の緊張がわずかに震え、呼吸がほんのり浅くなる。

「たぶん、これで大丈夫……これ、なら」

 凛が小さく呟き、視線を一度だけ全員に向ける。

「できたか?」

「はい、あとは中で話します」

 少し張りつめた空気が、ゆっくりとほぐれていく。

 背後で機械が低く唸り、観客たちのざわめきが次の展開を期待しているのが伝わってくる。

「それじゃ、初陣といきますか」

 陸が背筋を伸ばしてVRチェアに手をかけ、海も軽く頷く。

「お手柔らかにいきたいね」

 ふっと口元を緩める海。

「がんばりましょう!」

 凛の声が、小さな決意と共に空気を引き締めた。

 VRチェアのヘッドセットが静かに開き、三人はそれぞれの席に身を預けていく。

 ゲームフロアのざわめきの中、VRチェアがゆっくりと動き出す。

 新たな戦いの始まりを、誰もが固唾を呑んで見つめていた。

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