ふらっと、寄り道
晴れやかな陽射しに包まれた繁華街は、人波が絶え間なく行き交い、色とりどりの看板や店先から漂う甘いパンの香りが、街の賑わいに輪をかけている。
笑い声や自転車のベル、カフェのBGMが混ざり合い、足元にはショッピングバッグをぶら下げた若者や家族連れが行き交っていた。
そんな喧騒の中を、西成兄弟は無造作に肩を並べて歩いていく。
陸は、こなれた雰囲気の淡いグレーのニットに、オーバーサイズのシャツを羽織り、裾をラフに片方だけイン。
膝のクラッシュジーンズと、白いスニーカーがよく映えている。
無造作に巻かれたシルバーのネックレスと腕時計が、彼のイケメンさをさりげなく引き立てていた。
金髪はふわりと風に揺れ、細身のサングラスが首元に掛かっている。
一方の海は、黒のパーカーにシンプルな白シャツ、すらりとしたスリムパンツ。
落ち着いたネイビーのキャップを後ろ向きにかぶり、髪は低い位置でひとつにまとめている。
控えめながらも、洗練されたカジュアルコーデだ。
二人の姿は周囲の人混みの中でもひときわ目立っていた。
すれ違う女子たちが、ふと立ち止まり、ざわめき始める。
「え、見て!あの二人……モデル?」
「やば、めっちゃイケメン……」
「もしかして有名人じゃない?隠し撮りしてる子いるし……」
「どっちがタイプ?」
そんな声が後ろからひそひそと響く。
ちらちらとスマホを向ける子や、友だち同士で目を輝かせるグループもいる。
けれど、陸も海も、まるで聞こえていないかのように会話を続けていた。
どちらも表情は険しく、陸は眉間にしわを寄せて歩き、海は口元に薄い笑みを浮かべながらも、どこか冷ややかな目つきで前方を見据えていた。
街は晴れやかな土曜日の午後。
普段なら気ままに歩くこの繁華街も、今日はなんとなく足取りが重い。
理由は、昨日の放課後にしつこく付きまとわれた運動部の勧誘だった。
断っても断っても食い下がられ、部員たちに囲まれて、うんざりしたまま帰宅したのが、まだ二人の心に尾を引いている。
「ウザい、ウザすぎるだろ」
「その意見には同意」
声を潜めることなく、不満をぶつけ合う。
昨日の苛立ちがすっかり抜けきらないまま、気晴らしでもしようと今日は兄弟で街へ繰り出したのだが――思い出すたび、どうにも機嫌が戻らない。
「……昨日のあれ、マジしつこかったな」
「断ってんのに、何回も来るとか執念深すぎだろ。Gかよ」
「ほんと、それ。てか、もう他のやつ探そっかなって気分」
「分かるわ。どれもこれもイージーすぎてさ、もっと手応えあるのないんかね」
吐き捨てるような陸の声。
海は、ふとからかうように口元をゆるめて、
「相撲とか?」
「はぁ?」
鋭い睨みも、海は平然と受け流し、細く笑う。
「冗談だよ。流石に相撲はちょっとムリかな」
「当ったり前だっ」
今日は、昨日のモヤモヤを吹き飛ばすつもりで外に出てきた。
けれど、賑やかな街の空気もどこか二人のイライラを増幅させるばかり。
それでも兄弟は意にも介さず、ただ淡々と歩き続ける。
「弓道はやったから、アーチェリーとかどうよ」
「いいとは思うけど、残念。部活がない」
「チッ、あとやったことねぇのは……馬術と」
陸が指を折りながら競技を数えるたび、すれ違う女子たちの目がまた一段と輝きを増す。
「ちょっ、やばっ?」
「めっちゃカッコイイ……」
背後で囁かれる声にも、二人は全く気づかぬふりで、雑踏の中を歩み続ける。
そんな時、通りの向こうから突然、ひときわ大きな歓声が上がった。
「うわああああっ!」
「なんだ?」
「なんだろ?」
二人は同時に立ち止まり、反射的にそちらを見る。
人混みが少し波打ち、道の先でざわめきが広がる。
「あそこっぽいね」
海が指差した先には、派手なネオンのゲームセンター。
ガラス越しに熱気と興奮があふれている。
さらに歓声が響き、近くを歩いていた人たちも驚き、足を止めたり避けて通ったりしている。
「騒がしいな」
「何か盛り上がってるみたいだね」
兄弟は顔を見合わせる。
さっきまでの険しい表情に、わずかに探求心と好奇心の色が混じる。
陸は片眉を上げて、海はほんの少し口元をゆるめる。
「行くの?」
「暇だし、カイ、お前は?」
「まあ、ちょっと気になるかな」
「それじゃ、決まりだ」
タイミングを計ったように歩き出す二人。
午後の陽射しに背を押され、ゲームセンターの扉へ――興味と期待の混じった足取りで進んでいく。
ゲームセンターの入口で、ふたりは一度立ち止まる。
「ここか」
「見た感じは普通のゲーセンだね」
硝子戸越しにまぶしいネオンが反射し、通りのざわめきが背中に残る。
中からはゲーム音と人の声がひっきりなしに漏れ、土曜日らしい熱気が漂っていた。
ドアが開くと、ふわりと冷たい空気とともに、クレーンゲームの電子音や、店員の声が押し寄せる。
手前にはカラフルなぬいぐるみが山積みになり、親子連れやカップルが賑やかに景品を狙っている。
奥に進むにつれ、照明がやや落ち着き、音ゲーのリズムやコインゲームのチャリンという音が入り混じる。
さらにその奥には、カードゲーム台や大型筐体、アーケードの対戦台が並び、ちらほらと熱中したプレイヤーの姿があった。
「普通だな」
「これと言って変わったゲームはないね」
肩をすくめて歩きながら、二人は視線を泳がせる。
どこか物足りなさを感じながら、今まで遊んだことのある店と同じような景色に、理由もなく拍子抜けした気分になる。
だからこそ、さっき外で響いたような大きな歓声がなぜ上がるのか、不思議でたまらない。
「有名なプロゲーマーでも来店してんのか?」
「だったら、外でポスターでも貼ってあるんじゃない?」
思い返せば、入るときに見た掲示はどれもイベントや新作ゲームの宣伝ばかり。特別な雰囲気はなかった。
その時、店内の奥から再び大きな叫び声が弾けた。
「うおぉぉおおおっっっ!!!」
いっせいに振り返る二人。店内の空気がさざめき、人の流れがその方向へと集まりはじめる。
「おっ、あっちか」
「だね。行ってみよう」
人混みをすり抜けながら、二人は音のする方へと足を速める。
最奥の一角、そこだけ異様な熱気に包まれていた。
壁一面の巨大なスクリーン。
その前には金属の柵が設けられ、十数人の観客がぎっしりと並び、目を輝かせて映像を見つめている。
「ここ、みたいだね」
「なにやってんだ?」
陸が柵の間から背伸びして覗く。
スクリーンには、細身の剣を構えたキャラクターたちが、空を舞いながら激しく戦う様子が映し出されていた。
緑のジャケットのキャラが青いジャケットの相手へと鋭く斬りかかる。
だが、青のキャラはまるで重力を無視するようにひらりと身を翻し、その刃をかわしてみせる。
観客席からは思わず感嘆の声が上がる。
「格闘ゲームか?」
「初めて見るのだね、なんだろ?」
視線を移すと、スクリーンの手前には最先端のVRチェアが左右に五台ずつ、合計十台ずらりと並ぶ。
ヘッドセットを被ったプレイヤーたちが、それぞれ体を微かに揺らしながら、画面と連動している様子が伝わってくる。
「あそこでかわせるか?!」
「オレはムリっ」
「やっぱ、ゴールドクラスまで行くと見応えあるよな!」
近くで興奮気味に話している男子グループに、陸が迷わず歩み寄った。
海もその背中を追う。
陸は人混みの中にすっと割り込み、左右の少年たちの肩に両腕をかけてにこやかに話しかける。
「やっ、お二人さん」
突然の接近に、相手は目を丸くして驚く。
「えっ?!」
「なんだ!?」
戸惑う彼らに、陸が屈託のない笑顔を浮かべて質問をぶつける。
「アレ、何?」
「知らなねぇの?」
「ん?」
陸が鋭い目つきで相手を見返すと、さっきまで調子に乗っていた少年は急に口ごもる。
「教えてくんねぇ?」
陸が片眉を上げ、無邪気そうな顔で首を傾げてみせる。
突然距離を詰められた男子は一瞬たじろぎ、視線を泳がせながらも、気圧されたように答えた。
「あ、アレは『AERIAL GEAR』だよ」
指をスクリーンに向けて説明しつつも、その口元にはどこか得意げな色が浮かぶ。
「エイリアルギア?カイ、知ってるか?」
陸が気取らず隣の海に視線を投げる。
海はふっと口元だけで笑い、肩をすくめながら、いつもの落ち着いた調子で返す。
「いや、ゲームはあんまり興味ないから」
その表情は穏やかで、軽く首を振る。
「俺もRPG派だからな、格ゲーは詳しくねぇんだよな」
陸が苦笑混じりに頭を掻き、男たちの顔色をチラリとうかがう。
スクリーンの光がふたりの横顔を淡く照らし、雑踏のざわめきがさらに一層、熱気を増していく。
チラリと男の方へ目をやると、彼は少し肩をすくめて答える。
「格ゲーじゃない。二つのチームに分かれてのマルチバトルだ」
「へぇ、チーム戦ってことか」
ちょうどスクリーン上で、剣士がレーザーを肩に受けて【ヒット】の文字が派手に浮かぶ。観客が一斉に湧いた。
「相手チームを全滅させるか、勝利条件を満たすかで勝ちが決まるんだ」
「ふぅ~ん、面白そうじゃん」
「ちょっと、興味が沸くね」
二人の瞳にも、わずかに好奇の色が灯る。
と、そのとき。場違いな怒鳴り声が歓声をかき消した。
「代われっていってんだよっ!」
「おっ、もめ事か」
「嬉しそうにするなよ」
呆れ気味の海が小声で返す。
「イヤですっ!」
――その声に、どこか既視感が走る。
陸も海も、同時に顔を見合わせた。
「なんか、デジャビュってんだけど」
「それは私もだよ、リク」
陸はさりげなく肩から腕を外し、視線を声の方へ。
人だかりの先には、怯えた様子ながらも、必死に立ち向かおうとする、どこか見覚えのある人物――まるで毛を逆立てた子猫のような少年の姿。
陸と海は、ほんの少し口元を綻ばせると、楽しげな足取りで人混みの奥へと歩み寄っていった。