表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AERIAL GEAR  作者: 雪野耳子
1/6

プロローグ

 鮮やかなライトが天井から降り注ぐ会場中央。

 巨大なスクリーンには、澄み切った青空を駆け抜ける細身の少年――鮮やかなグリーンのジャケットを羽織った姿が大きく映し出されていた。

 観客席のざわめきが波のように押し寄せ、熱気がフロアを包み込む。

 少年がビルの縁を蹴り、まぶしい太陽の下、都市の空へと勢いよく跳び出した瞬間、スクリーンはさらに鮮やかな色彩に染まる。

 スピーカーから仲間の声が会場に響き渡る。

「今だ、リン! ぶっちぎってこい!」

「楽しんでおいで、リン。ゴールは任せたよ」

 会場のあちこちからどよめきがあがる。

「え、今の子めっちゃ飛んだ!」

「あの距離って、普通飛べねぇだろ??どんなパラメ振りしてんだよっ」

「初めて見たけど、新人じゃないよな……?」

「緑ジャケットの子、名前なんだっけ……リン、だって」

 興奮した声に背中を押されるように、リンはビルの縁を蹴った。

 スクリーンの隅には、ビルの屋上で奮闘する二人の仲間の姿が一瞬だけ映る。

 どこか誇らしげな表情で、背後の『敵』をしっかりと押さえ、ゴールへの道を開いてくれている。

(ありがとう、陸さん、海さん――)

 そのとき、敵チームの一人がリンを追おうと駆け出す。

 細身の剣を抜きざま、陸と海の間を強引に突破しようとする――だが。

「行かせるかよ!」

 陸が素早く間合いを詰め、その刃を手際よく受け止める。

「残念、ここは通行止め」

 海もすかさず横からカバーに入り、柔らかな微笑みのまま敵の進路をふさぐ。

 金属が触れ合う澄んだ音が響き、ビルの屋上には一瞬、緊迫した空気が走った。

 敵は苛立った声を上げるが、二人の動きは無駄なく、仲間のための壁そのものだった。

 リンはまぶしい陽射しの中で、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 高層ビルの合間を風のように駆け抜け、遥か上空に浮かぶ目標を見上げる。

 そこには、幾重もの光とデータで編まれた『フローティング・フラッグ』が揺れている。

 旗の形をしたホログラムが空中に浮かび、虹色の粒子が輪郭を縁取り、太陽の光を浴びてきらめいている。

(信じてくれる仲間がいるって、こんなに心強いんですね……)

 胸の奥が熱くなる。

 二人が背後で敵を抑えてくれているおかげで、今だけは誰にも邪魔されず、ただまっすぐゴールを目指せる。

 観客席の熱気は、リンの動きに合わせてさらに高まっていく。

 誰もがその一瞬を見逃すまいと、巨大スクリーンに目を凝らしていた。

 空中で一度だけ振り返る。

 仲間の姿――自分を信じて、託してくれる大切な存在が、青空の下でしっかりと見守ってくれている。

(本当に、ありがとうございます。僕、ちゃんとやり遂げるから)

 再び前を向き、思いきり地を蹴った。

 青空の風が、まるで背中を押すように自分を運んでくれる。

「ノービスを止めろっ!」

「フォローできないっ!」

 敵の声が遠くから響いてくる。

 でも、もう迷いはなかった。

 その声でさえ、自分の背中を押してくれる応援のように思えた。

(……認められるって、頼れる仲間がいるって、サイコーです)

 フラッグまで、あとわずか。

 光あふれる空の下、最後のビルの縁を蹴る――重力から解き放たれるような高揚感。

(現実の僕より、今この瞬間の方が、たぶんずっと『生きてる』って思える)

 視界の端で、観客がいっせいに身を乗り出しているのが見えた。

 目の前には最後の敵。

 でも、今は関係ない。

 二人が任せてくれたから。

 ――何が起きたのかは、あとから振り返っても、ただ鮮烈な光と風の感触だけが心に残っている。

 瞬間、すべてが淡い光に包まれる。

 世界は静まり返り、音も重力も消えていく。

 意識も世界も、ただゴールだけを見据えていた。

 何もかもが霞んで、ただひとつの感覚だけが身体を突き動かす。

 ゴール目前、リンは身を翻し、渾身の力で最後の一歩を踏み出す。

 伸ばした手が、虹色に揺れるホログラムの旗へ――。

 指先が光のベールに触れた瞬間、勝利を告げるシステム音が空気を震わせる。

 爆発するような歓声が会場を満たし、リンの胸の奥も熱く高鳴る。

(こんな気持ちになれるなんて、思ってもみませんでした。今なら、本気で――自分がここにいるって、信じられる)

 グリーンのジャケットを着たリンの笑顔が、巨大スクリーンいっぱいに映し出される。

 新しい物語の始まりを、観客全員が息を呑んで見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ