プロローグ
鮮やかなライトが天井から降り注ぐ会場中央。
巨大なスクリーンには、澄み切った青空を駆け抜ける細身の少年――鮮やかなグリーンのジャケットを羽織った姿が大きく映し出されていた。
観客席のざわめきが波のように押し寄せ、熱気がフロアを包み込む。
少年がビルの縁を蹴り、まぶしい太陽の下、都市の空へと勢いよく跳び出した瞬間、スクリーンはさらに鮮やかな色彩に染まる。
スピーカーから仲間の声が会場に響き渡る。
「今だ、リン! ぶっちぎってこい!」
「楽しんでおいで、リン。ゴールは任せたよ」
会場のあちこちからどよめきがあがる。
「え、今の子めっちゃ飛んだ!」
「あの距離って、普通飛べねぇだろ??どんなパラメ振りしてんだよっ」
「初めて見たけど、新人じゃないよな……?」
「緑ジャケットの子、名前なんだっけ……リン、だって」
興奮した声に背中を押されるように、リンはビルの縁を蹴った。
スクリーンの隅には、ビルの屋上で奮闘する二人の仲間の姿が一瞬だけ映る。
どこか誇らしげな表情で、背後の『敵』をしっかりと押さえ、ゴールへの道を開いてくれている。
(ありがとう、陸さん、海さん――)
そのとき、敵チームの一人がリンを追おうと駆け出す。
細身の剣を抜きざま、陸と海の間を強引に突破しようとする――だが。
「行かせるかよ!」
陸が素早く間合いを詰め、その刃を手際よく受け止める。
「残念、ここは通行止め」
海もすかさず横からカバーに入り、柔らかな微笑みのまま敵の進路をふさぐ。
金属が触れ合う澄んだ音が響き、ビルの屋上には一瞬、緊迫した空気が走った。
敵は苛立った声を上げるが、二人の動きは無駄なく、仲間のための壁そのものだった。
リンはまぶしい陽射しの中で、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
高層ビルの合間を風のように駆け抜け、遥か上空に浮かぶ目標を見上げる。
そこには、幾重もの光とデータで編まれた『フローティング・フラッグ』が揺れている。
旗の形をしたホログラムが空中に浮かび、虹色の粒子が輪郭を縁取り、太陽の光を浴びてきらめいている。
(信じてくれる仲間がいるって、こんなに心強いんですね……)
胸の奥が熱くなる。
二人が背後で敵を抑えてくれているおかげで、今だけは誰にも邪魔されず、ただまっすぐゴールを目指せる。
観客席の熱気は、リンの動きに合わせてさらに高まっていく。
誰もがその一瞬を見逃すまいと、巨大スクリーンに目を凝らしていた。
空中で一度だけ振り返る。
仲間の姿――自分を信じて、託してくれる大切な存在が、青空の下でしっかりと見守ってくれている。
(本当に、ありがとうございます。僕、ちゃんとやり遂げるから)
再び前を向き、思いきり地を蹴った。
青空の風が、まるで背中を押すように自分を運んでくれる。
「ノービスを止めろっ!」
「フォローできないっ!」
敵の声が遠くから響いてくる。
でも、もう迷いはなかった。
その声でさえ、自分の背中を押してくれる応援のように思えた。
(……認められるって、頼れる仲間がいるって、サイコーです)
フラッグまで、あとわずか。
光あふれる空の下、最後のビルの縁を蹴る――重力から解き放たれるような高揚感。
(現実の僕より、今この瞬間の方が、たぶんずっと『生きてる』って思える)
視界の端で、観客がいっせいに身を乗り出しているのが見えた。
目の前には最後の敵。
でも、今は関係ない。
二人が任せてくれたから。
――何が起きたのかは、あとから振り返っても、ただ鮮烈な光と風の感触だけが心に残っている。
瞬間、すべてが淡い光に包まれる。
世界は静まり返り、音も重力も消えていく。
意識も世界も、ただゴールだけを見据えていた。
何もかもが霞んで、ただひとつの感覚だけが身体を突き動かす。
ゴール目前、リンは身を翻し、渾身の力で最後の一歩を踏み出す。
伸ばした手が、虹色に揺れるホログラムの旗へ――。
指先が光のベールに触れた瞬間、勝利を告げるシステム音が空気を震わせる。
爆発するような歓声が会場を満たし、リンの胸の奥も熱く高鳴る。
(こんな気持ちになれるなんて、思ってもみませんでした。今なら、本気で――自分がここにいるって、信じられる)
グリーンのジャケットを着たリンの笑顔が、巨大スクリーンいっぱいに映し出される。
新しい物語の始まりを、観客全員が息を呑んで見つめていた。