エピローグ 数年後
春の風が町を抜けていく。港の近くにある小さな家の縁側で、悠馬は七歳になった娘・澄と並んで座っていた。
澄は、母親譲りのやわらかな黒髪の髪を風に揺らしながら、足をぷらぷらとさせている。その横顔を見つめていると、不意に、あの人の面影が重なった。
潮風が、ふたりの頬を優しくなでる。夕暮れの光が静かに照らしていた。
「ねぇ、パパ。ママって、どんな人だったの?」
澄の問いに、悠馬は少し空を見上げてから答えた。
「……そうだな。あたたかくて、まっすぐで、人の心を大事にできる人だった。君のことを、世界で一番楽しみにしてたよ」
「ふふ……うれしい」澄は恥ずかしそうに笑う。
「私の名前も、ママが決めたんでしょ?」
「ああ。“海の澄んだ朝みたいに、静かで優しい子に育ってほしい”って――そう願って、つけたんだ」
「……じゃあ、私、頑張る」小さな手が、きゅっと握り返してくる。
「うん。きっと、ママも空の上で笑ってるよ」
「じゃあ、ママと初めて会った時の話してあげる。パパが悲しい時に、、、、、、」やがて灯る、港町の明かり。それは、確かにふたりを照らしていた。
そしてまた、明日が始まる。
~完~




