灰色の残響
あらすじ
舞台は、都会の片隅でひっそりと続く連続失踪事件。
主人公は20代後半のフリーライターで、昔の恋人が失踪したことをきっかけに、事件の真相に迫る。
やがて、すべてが繋がった時、主人公が知らぬまま"一番大切な人"との別れが静かに訪れる。
午前2時。
ネオン街の裏路地に響くのは、空き缶を蹴る音と、遠くで鳴く猫の声だけだった。
黒いコートを着た男が、ポケットに手を突っ込みながら歩いていた。
名前は倉橋陸。二十九歳。職業はフリーライター。
人当たりはいいが、どこかいつも醒めていて、必要以上に誰かと関わろうとしない。
彼がこの町に戻ってきたのは、半年前に起きた
“ある失踪”が理由だった。
それは、かつての恋人・美月が突然、何の前触れもなく姿を消したこと。
「探さなくていい、って言ったって……そう簡単に割り切れるわけないだろ」
陸はスマホに保存された、笑顔の美月の写真を見つめながら呟いた。
***
最初の失踪が報道されたのは、ちょうど一年前だった。
姿を消したのは、大学生の青年。特に共通点もなく、事件性もないとされていた。
だが、それから三ヶ月の間に、同じ町で五人が消えた。
性別も年齢もバラバラ。
ただ、全員が「午前2時前後に目撃されたのを最後に」いなくなっている。
そして六人目が、美月だった。
***
「……見つかったか?」
古びた喫茶店で陸は問いかけた。
向かいに座るのは、刑事時代の同期、仁科。
今も警察に残り、現場に近い位置で動いている。
「ダメだ。そもそも“失踪”と断定する証拠もない。警察としては“本人の意思”と見てる。だが……妙なんだよな、どのケースも。」
「たとえば?」
「監視カメラ。どいつもこいつも、ある場所で映像が途切れてんだ。まるで、消されたみたいに。編集でもハッキングでもない。記録そのものが……ない。」
「“映っていない”んじゃなく“なかったことになってる”ってことか」
「そう言っていい」
仁科の言葉は、何か決定的な違和感を含んでいた。
記録が消されるなら犯人の仕業
だが“初めから存在しない”なら──それはまるで“現実”自体が操作されているような話だ。
***
調査を進める中で、陸はある噂にたどり着いた。
「“見てはいけないもの”を見ると、消える」
オカルトめいた都市伝説。それは、深夜のある交差点で「奇妙な光」を目撃した人が消える、という内容だった。
当然、真に受けるような話じゃない。だが、実際にその交差点は、過去六人全員が最後に目撃された場所だった。
「そんな話、信じてどうすんのよ」
そう言ったのは、もう一人の協力者、梓。陸の大学時代からの友人で、今は小さな出版社に勤めている。
少し勝ち気な目をしていて、陸の“暴走”を止めるブレーキのような存在だった。
「俺は信じてるわけじゃない。ただ……それでも、調べる意味はあるだろ」
「まだ、美月のこと……」
「忘れたことなんて、一度もない」
その一言で、梓は黙った。
彼女が陸に想いを寄せているのは、もう何年も前からだった。
だけど、陸の目には“今ここにいない誰か”しか映っていない。
それがどれほど苦しいか、何度も伝えたかったけれど
──結局一度も言えなかった。
***
そして──7人目の失踪が起きた。
消えたのは、陸が最後に会った少年だった。
都市伝説を信じて、深夜の交差点に向かった若者。
彼は、陸に「行ってみる価値がある」と言い残して消えた。
陸は決意する。「その場所」に、自分の足で行くことを。
そして、4月のある深夜2時。
その交差点に立った。
冷たい風が吹く中、信号が青から赤に変わる。
その瞬間、目の前に……光が見えた。
***
──目覚めた時、陸は知らない部屋にいた。
無機質なコンクリートの壁。暗い空間。
手足は縛られていないが、扉も窓もない。
だが──その空間には、ひとつのスクリーンがあった。
そして流れ始めた映像。そこに映っていたのは──美月だった。
『こんにちは、陸。見つけちゃったのね』
声も動きも、間違いなく本人。だが、その表情はどこか不自然で……まるで、感情が希薄だった。
『これは、自動で再生されてる記録です。わたしは、もうここにはいません。でも、もしあなただけが真実にたどり着いたなら、きっとこれを見るでしょう』
そして、美月は語り始めた。
『あたしが消えたのは、自分の意思。あたしは、すべてを知ってしまった。この町で起きてる“異変”の核心に触れてしまった。だから、消えた。』
彼女の口から語られるのは、町全体が抱える
“監視と記憶”の操作装置の存在。
特定の時間に、ある場所で“見てしまった人間”は、記録ごと消される。
そのシステムを暴こうとした美月は、その代償として「存在を失った」。
彼女は言った。
『あたしは、誰かに消されたんじゃない。自分で、消えることを選んだの。あなたを巻き込まないように。あなたを、守るために。』
陸は声を上げた。「ふざけるな」と叫んだ。
それが“正義”だとしても、それで守られるなんて
──そんなの、望んでない。
『でも、あなたはここに来た。もう、選べない。あなたの存在も……じきに、失われる。』
***
──2週間後。
陸の部屋には、彼の荷物がそのまま残されていた。
だが、彼のことを覚えている人間は、誰もいなかった。
仁科も、梓も。彼の記録も、文章も、存在も
──まるで最初からいなかったように。
***
とある書店の片隅。
若い編集者が、棚の奥で一冊の本を見つけた。
著者:倉橋陸
タイトル:『灰色の残響』
中身は白紙だった。
それでも、なぜか涙が止まらなかった。
「……なんでだろう……」
名前にも、顔にも、覚えはない。
けれど、その本を抱きしめると、何かを失ったような、どうしようもない寂しさが胸に残った。
──どこかで、何かが、確かに存在していた。
──けれど、それを証明するものは、もうどこにもない。
<ただ、灰色の残響だけが、そこにあった。>
初めてのメリバ、初めての推理で書いたけど…
楽しいねこれ
これはメリバなのか…?