第5話 バーニングサマー・ダイナマイト・ハート・サージェリー
ユウサクの魔力同化が発覚してから間もなく起きる緊急クエストのストーリーです。
有志のクエストはクエストなのかは微妙ですが、骨太に書けた気がします。それでは、どうぞ!
「バーニングサマー ダイナマイト ハート サージェリー」
夏休みが始まって、アパートの周りが急に騒がしくなった。
以前ミヤシゲが預かったシンママの娘を筆頭に、近所の子供たちが「夏だー!」とか叫びながら階段をドタドタ走り回ってる。
「夏休みかあ…」
ユウサクが4畳半で扇風機にあたってぼやいてると、ミヤシゲが「何だこの騒ぎは」と外を見に行った。
しばらくして戻ってきたミヤシゲ、手にでかい袋を持っている。
「お前、何だそれ」
「葵達が退屈そうだったからな。買ってきたんだよ。」ドヤァ。
袋からはビニールプール、水鉄砲、浮き輪まで出てきた。
以前ミヤシゲが預かった娘は葵と言うらしい、母親が美咲と言う名。相変わらず自分を差し置いてアパートの住人達と仲良くなっているミヤシゲに気後れするユウサク。
「 お前、そんな金あったのか?全部ビールにしたのかと思ってた。」
「クエストの報酬を貯めてたんだよ。エンシェントドラゴン様だってなぁ、貯金くらいするさ」
そう笑うミヤシゲ。
確かにミヤシゲは、ユウサクとシンタローと3人でダンジョン行って一緒にクエストは受けて報酬を受け取っていたが、まさか貯金がありその上それを子供のために使うとは。
ミヤシゲがアパートの裏の狭い庭にビニールプールを広げ、水道で水を張っていると子供たちが群がってきて
「ドラゴンさん、すごーい!」
「オラ、並べ! 水合戦やるぞ!」
そう仕切り始め、葵やその友達と、よく食事のお裾分けをくれるおばちゃんの孫たちに水鉄砲や水風船を渡して遊び出す。
でかいリザードマンが水鉄砲持って子供たちに撃ちまくる。
「オラ!くらえー!」
絵面がカオスすぎる。子供たちも負けじと撃ち返す。
「ドラゴンさん、やっつけるよ!」
「うおっ、冷てぇ!ぐわー。」
四方八方から水鉄砲を撃たれ、水風船を食らったミヤシゲは大げさに転ぶ。
全力で子供達を楽しませるミヤシゲ。
ユウサクとシンタローは一階のオバチャンの部屋にある縁側に座ってそれ眺めてる。
「ミヤシゲさん、子供に人気だねぇ。このビニールプール、アトラクションにしたら儲かりそう~。」
「お前、そればっかだなあ。」
「でもさ、ユウサクがクビになってからミヤシゲさんと暮らすようになって、こういう日常も悪くないでしょ?」
顎に手を当て、ユウサクはこの木造アパートに来てから今までを振り返る。
「…まあ、ミヤシゲが子供に水ぶっかけられてるの笑えるしな。」
「でしょお? 僕のおかげで気晴らしになったじゃん。」
ユウサクは、このシンタローにダンジョン探索に誘われてミヤシゲと知り合ったのだ。
収入は安定しないが、ユウサクはこの生活がどこか楽しいと思っているのも事実だ。もしあの時誘われてなかったら…。
と、生真面目な彼らしく物思いに耽りそうになると、ミヤシゲが大きな声で呼んでくる。
「オラ、お前らも来いよ!」
ミヤシゲが目を丸くした2人に水鉄砲を向けてくる。
「待て待て!ここじゃおばちゃんの部屋が濡れるだろ!」
ユウサクとシンタローは腰かけていた縁側から慌てて立ち上がり、アパートの庭に逃げる。
「うわぁ!冷てぇ!!」
「ミ、ミヤシゲさん!ちょっと待って!わあ!!」
結局、子供たちと一緒になったミヤシゲ達から水鉄砲や水風船の洗礼を受け、2人はすぐにずぶ濡れになった。
「夏はこうやって遊ぶもんだろ!」
「ドラゴンさん強い!」
ミヤシゲは豪快に笑ってて、子供たちも大はしゃぎする。
しばらく遊んでいると、近所のおばちゃんアイスを持ってきてくれた。
「ミヤちゃん、子供たち喜んでるわよ~。おやつ食べましょう?」
「お!ありがとうなぁ!野郎共!お礼言えよ!」
ミヤシゲの号令でみんなでおばちゃんにお礼を言うと、大人も子供もずぶ濡れのまま縁側に座ってアイスを食べる。シンタローは服を諦めたのか、子供たちに混ざって楽しそうにアイスを食べている。
「ふぁ。冷たくておいしいねぇ!」
縁側のスペースが足りず、立ちながらアイスを食べているユウサク。
アイスを味わいながら、自分の体験した事のないノスタルジックな目の前の光景にふと思う。
「オレの夏休み、こんなんじゃなかったな…。」
中学に上がって、シンタローとつるむ様になるまでのユウサクは家で一人、テレビゲームばっかりやってる子だった。
「今が楽しけりゃな、いいんだよ。」
今では何の冗談か、子供の頃やってたゲームに出てた神話生物が親しげに肩を叩いてくる。
***
4畳半の木造アパート、夜8時。
ミヤシゲが夏休みの子供達と小さなプール遊びをした晩。
ゴブリン戦から1ヶ月、ユウサクはあの戦いで得た魔力同化が減衰して筋力が1.5倍から1.4倍に低下。
シンタローが定期的に来ては握力計等でデータを取っているのだ
「力…ちょっと落ちてる。シンタロー、このペースだと2ヶ月で消えるって言ってたよな…。」
ユウサクは畳に仰向けで転がる。
天井のシミを眺めながら扇風機の風を受け、握力計を手に弄びながら魔力同化の減衰をぼんやり考える。
シンタローはノートPCでダンジョン情報を分析、のんびり口調で答える。服は昼の騒ぎで濡れたため、ユウサクのパーカーに着替えた、オーバーサイズである。
「う~ん…このペースだと2ヶ月で30%減衰。今はまだ大丈夫だけど、定期的にダンジョン行かないとね。はい、ユウサクのデータ、ここにまとめておくよ。」
「サンキュ。俺としては人間離れしたまま戻らないって事もなさそうでちょっと安心だけどな。」
何となく点けているテレビでは、政府のダンジョン管理についての会見を流している。
「誤射は事実無根です。」
そう言ってはいるが、最近の冒険者達のSNSでは「5層でまた死人! 政府の銃やばい」と噂が多く飛び交う様になっている。
「政府のやつら、何を隠してやがんだ…?」
「一昨日から何でか特務隊があちこちのダンジョンの入口封鎖してるよねぇ…。
低層には一般冒険者の方が多いのに、今朝帰ってきた知り合いの冒険者も誤射か撃たれたか判断出来ないけど、とにかく撃ってきたって言ってたよ、ろくでもない事なのは確かだねぇ…。」
ユウサクはちらりと見て天井に戻る。テレビの官僚が「安全管理は万全」と繰り返す。
会話がゆるく続く中、突然、木造アパートの引き戸がガタガタと激しく開く音が響く。ユウサクとシンタローが顔を上げる。
ミヤシゲが息を切らせて部屋に飛び込んで来た。巨大な尻尾がドア枠に軽く当たり、ミシミシと軋む。鱗がガチガチと小刻みに鳴り、目は血走っている。
手に握ったスーパーのビニール袋がカサカサ鳴っていた。
余程焦って走って来たのだろう、ビニール袋には穴が空き、かろうじて残っていた豆腐とネギが床に転がる。
服は銭湯帰りのよれよれのTシャツと短パンだ。エンシェントドラゴンの威厳は影を潜め、焦燥感がミヤシゲの全身から溢れる。
「ユウサク! シンタロー! 葵が…葵がやべえ! 病院だ、くそっ!」
ユウサクは驚き反射的に立ち上がった。
握力計が畳に落ち、カランと鳴る。シンタローはPCを膝に置いたまま、目を丸くする。
「ミヤシゲ、落ち着け! 葵ちゃんがどうしたんだ?」
ミヤシゲは部屋の中央で立ち尽くし、鱗をガチガチ鳴らし、尻尾が畳をバシンと叩く。言葉がまとまらず、焦りが声に滲む。ビニール袋を持ったまま拳を握り、夕飯の材料だった豆腐とネギが床に転がっている。
「あ、葵がよぉ…買い物の途中で、急に…!
美咲とプール片付けて、銭湯行って、夕飯買いにスーパー行ったら…葵が、なんかふらっと 倒れて…美咲、頭真っ白で動けねえから…!
お俺が救急車呼んだんだ! 人間のやり方、最近覚えたばっかでよ…!したら 付き添いは一人しかダメっつーから、美咲と葵を病院にやって…俺、走ってここに来た!」
ミヤシゲの声は部屋に響き、鱗の音と尻尾の動きが不規則に混じる。普段の豪快な態度や、ダンジョンでユウサクたちに戦闘を教える落ち着いた親方ぶりは消えていた。
息を荒くして、混乱と恐怖が顔に浮かんでいる。
ユウサクはミヤシゲの肩をつかみ、目を合わせて落ち着かせようとする。
「ミヤシゲ、落ち着けよ。葵ちゃん、病院に運ばれたんだな? 美咲さんは一緒か? 医者はなんて言った? ちゃんと話せ。」
ミヤシゲはハッと目を見開き、ユウサクの手を振り払って部屋の隅にドカッと座り込む。
尻尾が扇風機に当たり、扇風機がガタンと揺れる。畳がミシミシ軋む。鱗が一瞬静まり、深い息を吐くが、すぐにまたガチガチ鳴る。両手で頭を抱え、声を絞り出す。
「美咲は…葵と病院に行った。救急車、俺が呼んだ…救急車の人間、…医者はなんか、心臓が悪いって…。美咲の奴、泣き叫んで…俺、よくわかんねえだよ! とにかく、葵がやべえんだよ!」
ユウサクはミヤシゲの言葉に一瞬凍りつくが、すぐに気を取り直す。シンタローはPCを閉じ、静かに立ち上がる。
「ミヤシゲさん、わかった。詳しいことは美咲さんに聞こう。ユウサク、連絡して。」
ユウサクはスマホを取り出し、美咲に電話をかける。スピーカーに切り替えると、美咲の震える声が聞こえる。
『ユウサクくん… 葵が…危篤だって…。急性心筋症って…。どうしよう…。』
明らかに混乱している美咲の泣き声に、ユウサクの顔が強張る。
動揺するユウサクに代わり、シンタローがスマホに話し掛ける。
「美咲さん、病院どこ? すぐ行くよ!」
「シンタローちゃん?…〇〇総合病院…個室にいる…。お願い、来て…。」
シンタローは名残惜しそうにする美咲にすぐ向かう旨を伝えると、スマホを切りユウサクに渡す。
ユウサクはスマホをポケットに突っ込み、立ち上がる。シンタローはPCをバッグにしまい、準備を始める。3人の通話のやり取りを見ていたミヤシゲはゆっくり立ち上がり、両手で自分の頬を叩いて言う。
「すまねぇ…助けてくれ…。」
ミヤシゲにユウサクは頷き、シンタローは小さく微笑む。
三人はアパートを飛び出し、夜の東京へ走り出す。扇風機だけが、誰もいない部屋で首を振る。テレビの会見音声が遠くに響き、「政府は引き続き…」と繰り返していた。
病院の個室。夜8時半過ぎ。
葵はベッドで酸素マスクをつけ、弱々しく呼吸している。急性心筋症で余命数日と診断された。美咲はベッド脇の椅子に座り、目を腫らして葵の手を握る。
ユウサク、シンタロー、ミヤシゲが静かに部屋に入る。医療機器のピッピッという音と、廊下の遠い足音だけが聞こえる。
「ユウサクくん…シンタローちゃん、ミヤちゃん…来てくれて…ありがとう。葵が…こんなことになるなんて…。
私、仕事ばっかりで、葵の体に気付かなかった…。」
気丈に振る舞うつもりだったのだろうが3人を見て気が緩んだのか、美咲の目から涙が溢れ両手で顔を被いながら伏せてしまう。
「美咲さん…俺、なんて言ったらいいか…。葵ちゃん、絶対良くなるよ。な?」
ユウサクは励まそうとするが、声に自信がなく、葵をちらりと見る。
ミヤシゲは部屋の隅に立ち、腕を組んで窓の外を見ていた。普段の豪快な態度は感じない。
「俺のせいだ。プールで騒ぎすぎちまった。葵の心臓に負担かけたんだろ…。」
驚いてミヤシゲを振り返るユウサク。
「ミヤシゲ、待てよ。そんなことねえだろ。葵ちゃん、めっちゃ楽しそうだったじゃねぇか。あの笑顔…見たろ?」
ユウサクはミヤシゲを励まそうとするが、ミヤシゲの暗い表情に言葉が弱まる。
美咲が涙を拭き、ミヤシゲに顔を向ける。
「ミヤちゃん…そんな風に思わないで。葵、ミヤちゃんのこと大好きなのよ。プール、すっごく楽しかったって…さっき寝る前も話してたの…。」
美咲の声は震えるが、葵の思い出に一瞬だけ笑みが浮かぶ。
ミヤシゲは美咲の言葉を聞き、顔を上げるが、すぐ目を逸らす。部屋に重い静けさが広がる。
ノートPCを膝に置くシンタローが静かに口を開く。
「ミヤシゲさん、ちょっと聞いて。急性心筋症は…潜伏型の病気だよ。プール遊びが原因になる可能性は医学的にはほぼない。
葵ちゃんの症状、たぶん遺伝的な要因が大きいんだ。」
シンタローは穏やかな声で話し、PCに疾患のデータを映す。ミヤシゲに落ち着いてほしいという気持ちが声に現れていた。
「シンタロー…ほぼだったとしても、俺が葵をこんな目に合わせた可能性があんなら…それで十分だろ。」
ミヤシゲの声は荒々しいが、どこか弱々しく、鱗を小さく鳴らした。
シンタローは項垂れるミヤシゲに視線を合わせ、穏やかに微笑む。
「ミヤシゲさん、そのほぼを気にするなら残りの事実も見てよ。葵ちゃん、今日一日、すっごく幸せそうだったよ。
あの笑顔、ミヤシゲさんが作ったんだ。
…自分を責める暇があったら、葵ちゃんの為に何ができるか考えようよ。」
その言葉は短く優しいが、鋭く核心を突く。
シンタローの目はミヤシゲを真っ直ぐ見つめ、信頼と激励を伝える。
ミヤシゲは一瞬言葉を失い、シンタローの目を見つ返す。鱗の鳴る音が止まり、彼の赤い目がわずかに揺れた。
ミヤシゲは葵のベッドに目をやり、ゆっくり息を吐く。
「葵…ドラゴンさんが、絶対助けてやるからな。待っててくれ。」
ミヤシゲは葵の小さな手にそっと触れ、声に力が戻る。美咲は涙をこぼしながら頷き、ユウサクも安堵の表情を浮かべる。
**
ユウサクは部屋の空気が変わったのを感じ、口を開く。
「でも…どうやって助けるんだよ? 医者、余命数日って…。美咲さん、治療費とか…大丈夫なのか?」
ユウサクは美咲を気遣い、遠慮がちに尋ねた。顔を上げ、声を絞り出す美咲。
「…手術が必要なの。でも、成功率は20%しかなくて…費用も…3000万以上かかるって。私、そんなお金…ない…。」
美咲は再び涙をこぼし、葵の手を握った。
その横でシンタローが唇に指を当て考え込んでいる。
「20%はともかく、3000万は高額医療費制度や自治体の補助があるけど…今度説明するね。
でも、先ずはユウサク。
ゴブリン戦の脈動、覚えてる? あれ、魔力同化。モンスターを近くで倒すと力が湧くやつね?
非戦闘員でも1メートル以内なら微量浴せる。葵ちゃんをダンジョンに連れてけば、葵ちゃんの心臓も…修復できるかも。」
「お前…マジか? でも…葵ちゃん、こんな状態でダンジョン連れてくなんて…かえって危なくねえか? 」
目を丸くしてユウサクは声を上げた。葵を見て不安を隠せない。
美咲も慌ててシンタローに目を向ける。
「ダンジョン…? 危ないところよね? 葵をそんな場所に連れてくなんて…!」
美咲の声には恐怖と困惑が混じっていた。母親としての不安が顔に現れている。
シンタローは落ち着いて、しかし真剣に答える。
「美咲さん、確かに危ないよ。でも、手術の成功率が20%しかないなら…魔力同化のほうが可能性あるかもしれない。冒険者のSNSで、魔力で怪我が治ったかもって報告、結構あるんだ。それに何より時間もない。
ユウサクの魔力同化のデータを見る限りだとゴブリン10体分の魔力なら、葵ちゃんの心臓の細胞が再生する可能性はかなりあると思うよ。」
シンタローはPCに事例を映し、データを指しながら美咲に説明を始める。
ミヤシゲがユウサクに歩み寄り、美咲に聞こえないよう小さくも渋い声で警告する。
「ユウサク…可能性はある。俺は人間の医者が何すんのかわかんねぇが、ダンジョンの魔力は病を癒す。だが、子供は弱え。
ゴブリン10体分で十分だが、過剰に浴すと心臓が止まるかしれねぇ。間違いなく荒療治だ…やる覚悟あるか?」
ユウサクの目を真剣な目で見つめるミヤシゲ。
後ろから説明を終えたシンタローが声をかけてくる。
「ゴブリンかあ…こないだのダンジョンなら良い狩り場になりそうだけど…政府が特務隊送り込んでるね、最悪戦闘になるかも。
すぐ封鎖されそうだけど、どうする? ユウサク。」
ユウサクは葵を見つめ、激情が静かに爆発。
「葵ちゃんが助かるなら、どんな奴でもぶっ殺してやる…。」
美咲はしばらく黙り、握っている葵の手を見つめた。
「…私、葵を失うのが怖い。手術だって成功する保証ないし…。でも、医者にはもう…何もできないって言われたの。
ユウサクくん、シンタローちゃん、ミヤちゃん…あなたたち、葵のこと本気で想ってくれてるよね。
…お願い、葵を助けて。」
美咲は涙を堪え、決意を固める。声に母親の覚悟が宿っている。
シンタローは小さく頷き、PCを閉じる。
「わかった。じゃあ、作戦を立てよう。1層でゴブリン10体を倒す。ユウサクは葵ちゃんを背負って、胴田貫で近接戦。
脈拍が180以上、または呼吸が不安定になったら戦闘即中断。ポータルで病院へ直帰。
特務隊が早く介入してきた場合。ゴブリン7体で回復が不十分でも、特務隊が500m以内に接近したら撤退するよ。
7体でも一時的な延命は可能、生きてれば次があるからね。
僕は水鉄砲とポータルで援護して、魔力の量をコントロールする。ミヤシゲさんは後衛でゴブリンと…特務隊の動きを牽制。
特務隊、1層の封鎖してる噂あるから、速攻で終わらせて逃げるよ。葵ちゃんの心臓、もうギリギリのラインだから。1秒でも早く戻そう。」
シンタローが作戦内容を手早く説明した。落ち着いてはいるが、シンタローの判断でも猶予がないのだろう。
居ても立っても居られないミヤシゲが忙しげに鱗を鳴らす。
「筋書きは決まったな? ユウサク、テメェの心を信じろ! とっとと行くぞ!!」
***
ダンジョン1層、狭い通路。ユウサクは酸素ボンベ携行した葵を背負い、胴田貫を握る。
ユウサクの背中で目覚めた葵は弱々しく辺りを見る。
「ユウサクお兄ちゃん…怖い…。」
「あ!葵ちゃん、大丈夫だよぉ。何があってもユウサクお兄ちゃんが守ってくれるからね~。」
いつもの柔和な笑顔で葵を励ますシンタローだが、頭の中はフル回転でダンジョンや魔力同化等という良く分からない現象や、凶行に走る特務隊のいる状況をコントロールする手段について巡らせていた。
『葵ちゃんの心臓、このまま病院の治療を続けても、遅くとも3日で停止する。劇症型心筋症の進行速度と酸素依存度から、生存確率はほぼゼロ。ダンジョンの魔力同化はリスクが高いけど。…やるなら今しかない。』
シンタローは氷結水鉄砲とマジックバッグを準備、ドローンで偵察。不測の事態を避ける為可能な限りのフル装備で挑む。
ミヤシゲは後衛に配置、前衛で魔力を獲得するユウサクに余計な邪魔が入らないよう壁の役割を分担。
「ゴブリン10体を近接討伐で葵ちゃんの回復力が上がるはず。
ユウサク、胴田貫の間合いのギリギリと魔力減衰で筋力1.4倍を意識してね。…特務隊の気配があるから、急ぐよ。」
ダンジョンを走り出すとすぐ、通路の角でゴブリン8体が襲う。遭遇戦だ。
ユウサクは葵を背負い、鞘から抜きざま胴田貫を力業でゴブリンの首に一閃。
血しぶきの中、魔力の光がユウサクと葵を包む。脈動が身体を駆け巡り、筋力が1.5倍に回復。葵の顔色がわずかに良くなる。
「葵ちゃん、頑張れ! あとちょっとだ!」
力ずくで振り抜かれた刀が岩壁に当たり刀がこぼれるが、光を放ち5秒で修復。ユウサクは袈裟斬りを繰り出すが、仕留めきれず逆袈裟で確実に1体を倒す。シンタローが氷結水鉄砲でユウサクの向こうにいたゴブリンの足を凍らせ、ポータルで瓦礫を転送して2体を押し潰す。
足を凍らされたゴブリンを唐竹で仕留めるユウサク。パーティの死角に回った2体をミヤシゲが両手で掴む。
「ユウサク、前見ろ! 俺が後ろを抑える!」
ミヤシゲは片手のゴブリンを握り潰し、1体を岩壁に投げる。
「視野を広くしろ! 右のゴブリン、狙ってるぞ!ケツはしっかり持っててやる!思いっ切り行け!!」
ユウサクはミヤシゲの指導で、斬り掛かってきた右のゴブリンの粗末な剣を鎬で弾き、胴田貫で斬る。
「お兄ちゃん…熱い…。」
葵が小さく咳き込み呟く、魔力同化が効き始めた証拠だ。
「4体!頑張れ、葵ちゃん!」
ユウサクは気合を入れる。
ダンジョン内を急ぐ3人は通路を抜け広場に出る。岩が乱立し身を隠せるスペースの多いエリアだ。ユウサクは10m程先の岩影にゴブリンを見付け、足を止める
やや遅れて追い付いてきたシンタローとミヤシゲにアイコンタクトをして、ユウサクとミヤシゲで岩の両側から挟撃する。1層と言うこともあってゴブリンの数が少ないのだ、ユウサクは少し焦っている。
見付けたゴブリンは3体、奇襲の上挟み撃ちされたゴブリン達は成す術なくユウサクの胴田貫に散る。
やや息を上げるユウサクの後ろから、葵が声を上げた。
「ユウサクお兄ちゃん、がんばれー。」
また朦朧としているようだが、ヒーローごっこをしている夢を見てるつもりなのだろうか。葵に振り返るユウサク。
現在倒したゴブリンは7体、まだまだ声は小さいが葵が回復してきたのだ。最低ノルマを達成したユウサクは少し安心したように笑う。
次の瞬間。
魔力同化で強化されたユウサクの耳がが鋭い銃声を捉えた。遠くの通路から金属音と無線通信の声が響いてくる。政府直轄の特務隊だ。
黒い戦闘服に自動小銃を構えた4人組が、ゴブリンの群れを掃射しながら接近。ユウサクは葵を背負ったまま凍りつく。
「特務隊…やべえ、来やがった…!」
『目標エリアに民間人確認。ゴブリンと混戦中。任務優先、排除準備。』
4人のリーダーと思われる一人が物騒な言葉を無線に述べると仲間に向かってハンドサインをして、ユウサク達のいる広場を隊列を組ながら走ってくる。ドローンで特務隊の動きを察知したシンタローが焦りを顔に浮かべていた。
「予想より動きが早すぎる…!!排除って…僕たちごと撃つ気!? ユウサク、葵ちゃん守って!」
4人の特務隊がゴブリンとユウサクらを区別せず、自動小銃を乱射。弾丸が岩壁を削り、乱立する岩の影から出てきたゴブリンが血飛沫を上げて倒れる。
ユウサクは分断されてしまい、岩に隠れ葵を背中で庇う。胴田貫を構えるが、弾丸の嵐に動けない。
赤く目を光らせたミヤシゲが咆哮し岩を投げつけ特務隊を牽制し接近、2人の隊員を巨体で弾き飛ばしユウサクと葵の前に躍らせる。
「子供を撃つんじゃねえ、このクソ共が!!」
特務隊員が悲鳴を上げミヤシゲを撃つがエンシェントドラゴンの鱗が銃弾を弾き返し、甲高い金属音が響く。
現代科学の銃弾などミヤシゲには傷一つつけられないが、葵を危険に晒した特務隊にミヤシゲは激昂している。自身を撃っている途中の2挺の銃身を握りつぶし特務隊員を威圧した。
鱗をガチガチと鳴らし、目が赤く光る。
「テメェら、葵を巻き込みやがって…ぶっ殺すぞ!!」
「ミヤシゲ、落ち着け! 葵ちゃんが…!」
葵を庇って動けないユウサクに代わりシンタローが素早く割り込み、冷静に叫ぶ。
「ミヤシゲさん、葵ちゃんの救助が先だよ! 特務隊は後でいい、脱出優先! ユウサク、この広場から退避!急ぐよ!」
ミヤシゲは息を荒げつつ、シンタローの言葉に頷く。
「…ちっ、葵が先だ。ユウサク、さっさと終わらせろ!」
一喝して二人の特務隊員を平手で叩き飛ばし、ミヤシゲとシンタローはユウサクを追った。
ユウサク達が広場から離れた後。
最初にミヤシゲに弾き飛ばされながらギリギリ意識を保っていた特務隊員は無線で事務的に通信する。
「民間人の抵抗に合わせ、強力なモンスターが現れ交戦。損害は軽微、任務続行する。」
折れているであろう脚を不気味に立て追跡を続ける。
ユウサクをバックアップしつつ、走りながらシンタローは悩んでいた、先程の特務隊員の動きはいくら何でも早すぎた。
「冒険者の中でも優秀な人の動きを投影したのに…!」
少なからず自身の知略に自信があるシンタローは、この大事なシーンで外れた予測を悔しがる。だが考察は後だ。
特務隊が来た方向と別に進んだ次の通路で、大量のゴブリンが出現。
ユウサクは疲労を感じつつ、シンタローの作戦にあった特務隊が介入してきたら7体倒して撤退。と言うボーダーラインが頭をよぎる。
「どうするシンタロー!?」
ユウサクの疑問の意味を齟齬なく受け取ったシンタローが叫ぶ。
「特務隊員の動きがおかしい!ダンジョンが封鎖されたら次いつになるか分からない!このまま押し切ろう!」
ユウサクは返事の代わりに葵を背負い胴田貫で突進。居合で2体を斬り、返す刀で逆袈裟に1体を両断。
ゴブリンの必要数が確保出来たシンタローが、ユウサクの向こうにいる大量のゴブリン達に惜しみ無く水圧カッターを放ち、切り裂く。
息絶えたゴブリン達から魔力が噴出するが、魔力同化の効果範囲外だ。葵が過剰摂取する事はない。
ミヤシゲが後衛で挟撃に来た3体を相手取っている。葵に近付かない距離で1体を握り潰し、そのままもう1体に投げ付ける。
死体を投げつけられたゴブリンは凄まじい勢いの仲間の死体と岩壁に挟まれて破裂。
残った1体のゴブリンは壮絶な劣勢に慌てている間にミヤシゲに接近され、撃ち下ろされた拳に文字通り叩き潰され地面と同化した。
葵に必要なゴブリンの魔力を確保出来た3人は、すぐに葵を見守る。
ユウサクが倒したゴブリンから噴出する光の霧が葵を包む。
水面から顔を出す様に葵が大きく息を吸い、目に元々の元気な光が輝く。
「ユウサクお兄ちゃん…痛くなくなったよ!胸、楽になった!」
不思議そうに声を上げる葵。
ユウサクは安堵の笑みを浮かべ、葵を抱き上げる。
「よかった…葵ちゃん、助かった…!」
ミヤシゲが雄叫びを上げ喜ぼうとした時、シンタローのドローンが特務隊の接近を再び検知。銃声が近づき、特務隊がゴブリンの残党を掃射しながら自分達を追いかけてきている。
「ちょっと待って!!特務隊が1キロ先にいる。誤射されたら不味いよ! 撤退!」
ユウサクは葵を背負い、最早デッドウェイトになった葵の酸素マスクのボンベを投棄する。
『医者先生悪い、封鎖が解けたら回収するからさ。』
胴田貫を握り直す。
「葵ちゃん、しっかりつかまってろ! しかしこの刀、ほんっとすげえな!」
ミヤシゲが後ろで瓦礫を蹴り、集まってきたゴブリンの追跡を牽制。
「テメェらはもう十分だ! 近づくんじゃねえ! ユウサク、走れ!!」
シンタローがポータルでショートカットを開く、すると特務隊の銃声が聞こえてユウサク達を追ってきていたゴブリン達に着弾する。
「先行けシンタロー!」
叫ぶユウサクにショートカットの用意をしたシンタローは頷き、光の中に消える。
ユウサクが後方のミヤシゲを確認、すると既にゴブリン達が殲滅されているにも関わらず特務隊員達は銃撃をやめていないのだった。
「誤射じゃねえのかよ!?」
「俺がどうにかしてやる!ユウサク!葵連れて早く逃げろ!!」
ミヤシゲが飛んでくる弾丸を両腕を広げ鱗で弾きながら、最後尾で特務隊の視線を遮るように岩壁を叩き瓦礫で通路を塞ぎ、誰もいなくなったショートカットへ走る。
ミヤシゲがショートカットを抜けると、ユウサク、葵、シンタローが待機していて、ミヤシゲの姿を確認したシンタローが急いでポータルを閉じた。
「ふぁ。焦ったあ!さあ!特務隊にダンジョン封鎖されたら全部台無しだよお!急ごう!」
4人はショートカットで1層の出口のそばに戻った。慎重に入口を確認すると、特務隊員が冒険者達への退去を促している。
1層は比較的安全なため子供は珍しくはあるが、見かけないこともない。
特に疑われる事もなく、4人はダンジョンからの脱出に成功した。
***
病院の個室は、夏の夜の静寂に包まれていた。
時計の針は午後10時を少し過ぎ、シンタローが擬装した医療機器の「ピッピッ」という音が、遠い波のように響く。
窓の外では、東京の夜景がきらめき、薄いカーテンが夏の熱気で揺れる。
ベッドは空で、酸素マスクやチューブが無造作に置かれ、葵の不在を静かに物語っていた。
ベッド脇の椅子に座る美咲は、両手で顔を覆い、身体を震わせていた。
葵がユウサクたちに連れられダンジョンへ行ってから1時間が過ぎ、彼女の心は不安と希望の間で揺れ動いていた。
「葵…お願い…お母さんを、一人にしないで…」
美咲の呟きは、祈りのように小さく響く。
ダンジョンという危険な場所に娘を預けた決断が、正しかったのかどうか、彼女は自分を責め続けていた。
その時、廊下から慌ただしい足音が近づき、ドアが勢いよく開いた。
ユウサク、シンタロー、ミヤシゲが、ダンジョンの土埃と汗にまみれた姿で現れる。3人の服は破れ、土と血で汚れ、まるで戦場から戻ったようなボロボロの状態だ。
ユウサクの背中には、酸素マスクを外した葵が風邪をひいたような顔だが、キラキラした目で美咲を見つめる。
「あ!お母さん! 」
葵の声は、夏の風に舞う花びらのように軽やかだ。美咲は葵の声を聞き、凍りついていた体が一気に解ける。彼女は椅子から飛び起き、目を見開く。
「葵… 葵…!?」
ユウサクがそっと膝をつき、葵を下ろす。
葵の小さな足が床に触れると、少しふらつきながらも、美咲に駆け寄る。
美咲は一歩踏み出し、葵の小さな体を強く抱き上げる。葵の温かい鼓動が、美咲の胸に伝わる。
美咲の目から涙が溢れ、まるで先程の地獄の様な光景が嘘だった様な葵の笑顔が、彼女の全てを満たした。
「葵…! 生きてる…! あぁ…生きてる…!」
美咲は葵を抱きしめ、嗚咽を抑えきれず肩を震わせた。
葵は母親に抱き締められて、嬉しそうにふわっと笑う。
「あのね、お母さん!ユウサクお兄ちゃん、かっこよかったんだよ!ドラゴンさんが、ゴブリンやっつけて…シンタローちゃんが、魔法みたいにしてくれたの! 胸、ぜんぜん痛くないよ!」
葵の声は、子供らしい興奮と純粋さに満ちている。彼女の目には、ダンジョンの光と、母親の温もりが重なり、まるで世界がキラキラ輝いているようだった。
「そっかぁ…!……そうなんだぁ…!」
美咲は葵の言葉を聞き、涙をこぼしながら微笑む。彼女は葵の髪を撫で、何度も葵の顔を見ては抱き締める。
「葵…お母さん、葵が生きてて、笑ってて…それだけで、もう全部満たされるよ…。」
美咲の声は、失いかけた命を取り戻した喜びに震えている。葵は美咲に顔を寄せ、小さく呟く。
「お母さん大好き。ずっと一緒にいようね。」
その言葉は、部屋全体を優しく照らす。美咲は葵を抱き締め、そっと頷く。
部屋の隅に立つユウサク、シンタロー、ミヤシゲは、静かにその光景を見守る。ユウサクは照れくさそうに頭を掻き、シンタローは涙を浮かべて柔和に微笑む。ミヤシゲは鱗を小さく鳴らしながら、目を逸らす。
美咲は葵を抱いたまま、3人に視線を向ける。
「ユウサクくん、シンタローちゃん、ミヤちゃん…葵、助けてくれて…ほんとに、ありがとう。」
ユウサクは少し気まずそうに笑う。
「あー…、葵ちゃんが元気ならそれでいいよ。どうにか出来て、よかった。」
シンタローは優しく頷き、そっと言う。
「葵ちゃん、助かってよかったねえ。」
ミヤシゲはぶっきらぼうに鼻を鳴らしてから葵に語りかける。
「葵、ドラゴンさんの力…見せてやったぜ。」
ミヤシゲ自身も救われた、柄にもないが暖かい声だ。
「ドラゴンさん、ありがとー! また遊ぼうね!」
葵は美咲の腕の中で、ミヤシゲに手を振る。その無垢な声に、ミヤシゲの赤い目が一瞬潤み、彼は慌てて天井を見上げる。ユウサクとシンタローはそんなミヤシゲを見て、くすっと笑う。
その時、廊下から足音が近づき、ドアが静かに開いた。
白衣を着た中年の医者が、カルテを手に微笑みを浮かべて入ってくる。消灯時間間際の往診で、葵の状態を確認しに来たのだ。
彼の目は優しく、疲れていながらも患者への深い思いやりが滲んでいる。白衣の胸ポケットには「佐藤」と刺繍された名札が光っている。
部屋の光景を見て、彼は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに温かな笑顔に戻る。
「美咲さん、葵ちゃんの様子を…おや、これは…葵ちゃん?」
「お医者さん!こんばんは!」
医者の視線は、土埃と血にまみれ、服が破れたユウサク、シンタロー、ミヤシゲ、そして美咲の腕の中で元気に挨拶をする葵に注がれる。
部屋の光景を見て、彼は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに温かな笑顔に戻り、軽く頭を下げる。
「こんばんは。佐藤と申します。〇〇総合病院の循環器科で、葵ちゃんの担当をさせていただいています。」
佐藤の声は穏やかで、どこか安心感を与える響きがある。ユウサクとシンタローは彼の名札に目をやり、軽く会釈する。
佐藤はカルテを手に、ゆっくり葵に近づく。
「葵ちゃん。元気だねぇ、どうしたんだい?」
彼は優しく問いかけ、聴診器を取り出し、葵の胸に当てる。葵は少しくすぐったそうに笑い、興奮して話し始める。
「先生、聞いて! ユウサクお兄ちゃんがゴブリンをいっぱいやっつけて、ドラゴンさんがすっごい強くて! キラキラした光が出たんだよ!」
葵の無邪気な言葉に、佐藤の手が一瞬止まる。
ユウサクは顔を強張らせ、ミヤシゲは鱗をガチガチ鳴らして焦った様子を見せる。
美咲も葵の言葉にハッとし、困惑した視線をユウサクたちに向ける。シンタローがすかさず前に出て、いつもの柔和な笑顔で慌てて割って入る。
「あのあの、佐藤先生! 葵ちゃん、すごくうなされてたんで…夢でも見てたんじゃないかなあ~…。ほら、熱とか出てたし、なんか変な話になっちゃって…ね~?」
シンタローはわざとらしく笑い、葵の頭を軽く撫でて話を逸らす。葵はシンタローの言葉に首を傾げ、ちょっと不満そうに口を尖らせる。
「えー、夢じゃないよ! ほんとにキラキラしてたもん…!」
「あああ葵ちゃん、起きたばっかりだもんねえ。ね、美咲さん?」
シンタローは美咲にウインクし、必死にフォローする。美咲は状況を察し、葵の髪を撫でながら優しく言う。
「そうね、葵。きっと夢だったのよ。先生にちゃんと診てもらいましょうね。」
佐藤はシンタローの言葉に穏やかな笑みを浮かべつつ、鋭い視線を3人に向ける。
彼の目は、ユウサクの破れたTシャツ、シンタローの土埃まみれのパーカー、ミヤシゲの謎の液体(ゴブリンの返り血)だらけの鱗をじっと観察する。
そして、ベッド脇に転がる酸素マスクのチューブに気付き、タンクがないことに眉を軽く上げる。
「ふむ…酸素タンクがないね。葵ちゃんの状態でタンクなしで動けるはずはなかったんだが…。
ところで、君たちのその服…まるで戦場から戻ったみたいだね。」
佐藤の声は穏やかだが、どこか探るような響きがある。
ユウサクは気まずそうに宙を仰ぎ、ミヤシゲは目を逸らす。
シンタローは笑顔を保ちつつ、内心焦りながら言葉を探す。
「あ、えっと…その、ちょっと慌ててて…タンクは…その、ええと。」
佐藤はシンタローの言葉を遮り、柔らかく、しかし確信を持った口調で言う。
「君たち、葵ちゃんのために何か大きなことをしたんだろう? 命を助ける医者として、隠し事は見抜けるつもりだよ。
特に…君、葵ちゃんの回復には、医学じゃ説明できない何かがある。それを君は知ってるんだろう?」
シンタローは一瞬目を丸くするが、佐藤の優しい眼差しに嘘をつき通せないと感じ、苦笑いを浮かべる。
「はは…佐藤先生、鋭いですね…。まあ、ちょっと…特別な方法を思い付きまして…。」
佐藤は頷き、葵の脈拍を測りながら続ける。
「特別な方法、か。実はね、1年位前、ダンジョンに関する噂を耳にしていたんだ。
冒険者たちがダンジョンで瞬間的に怪我を癒したって話が…。医学的に興味深いんだよ。葵ちゃんのこの回復も、ひょっとしたら…?」
佐藤の言葉に、シンタローの目がわずかに輝く。シンタロー自身、魔力同化のデータに科学的興味を抱いており、医者の好奇心に共感を覚える。
ユウサクとミヤシゲが不安そうにシンタローを見る中、佐藤が穏やかに提案する。
「酸素タンクのことは、病院の備品だからね、後でちゃんと説明してほしい。代わりに…葵ちゃんの回復について、君たちが知ってることを少し教えてくれないか? 命を救うためなら、どんな知識も役に立つ。」
シンタローは一瞬考え込み、ユウサクとミヤシゲに軽く視線をやる。
ユウサクは肩をすくめ、ミヤシゲは「好きにしろ。」とばかりに鼻を鳴らす。
シンタローは小さく頷き、佐藤に答える。
「…わかりました、先生。葵ちゃんの検査が終わったら、ちょっとだけ…お話しします。僕も、…その、特別な力について、もっと知りたいんで。」
佐藤は満足そうに微笑み、葵をベッドに寝かせ、ナースコールを押して看護師を呼ぶ。
「よし、約束だ。まずは葵ちゃんの緊急検査を優先する。君たちは疲れてるだろうし、消灯時間も近い。一旦帰って休みなさい。葵ちゃんは私がしっかり診るよ。」
ユウサクはホッとしたように息を吐き、ミヤシゲは鱗を小さく鳴らして言う。
「なら葵は任せたぜ。よろしく頼む、佐藤医者先生。」
佐藤はミヤシゲの言葉に微笑み、葵に優しく話しかける。
「葵ちゃん、すぐに検査するからね。元気になってよかったよ。」
葵はベッドから手を振り返し、笑顔で叫ぶ。
「ユウサクお兄ちゃん、ドラゴンさん、シンタローちゃん、ありがとー!」
美咲は3人に深く頭を下げる。ユウサク、シンタロー、ミヤシゲは美咲と葵に軽く手を振り、佐藤の穏やかな促しに従って部屋を出た。
廊下に出ると、シンタローが小さく呟く。
「ふぁ…佐藤先生、めっちゃ鋭かったね…。魔力同化のこと、どこまで話そうかな…。」
ミヤシゲが笑いながら答える。
「どうせ俺達にもよく分かってねぇんだ、全部話しちまっても良いんじゃねぇか?あの医者先生なら悪い事にはならねぇと思うぜ。」
ミヤシゲの言葉に少し考えを巡らすシンタローだが、自分達だけで背負うには大き過ぎる現象であるの確かだ。
とりあえずの結論を出したシンタローはいたずらっぽい顔を浮かべおどけ出す。
「おお~?親方の勘ってやつですかあ~?ミヤシゲさん!」
「いきなりなんだあ?お前!?」
相好を崩したミヤシゲが突っ込む後ろで、ユウサクは家を出てくる時床に転がっていた豆腐とネギを袋麺に入れて食べる計画を立てる。
3人は夜の病院を後にし、夏の東京の喧騒へと消えていく。
***
数日後、4畳半アパート。ユウサクは「誤射は誤認です。」と繰り返し政治家を映すテレビをぼんやり見ている。
冒険者SNSでは「政府の誤射、また隠蔽! 5層で2人負傷」と騒がれている様だ。実際、徐々に被害者は増えている。
ユウサクは、ダンジョンで遭遇した特務隊の明らかに誤射ではない攻撃的な振る舞いを思い出し、眉をひそめた。
「特務隊のヤツら、任務のつもりか知らねえが、いくらなんでも独善的すぎる…。」
シンタローは重い空気を変えようと、PCを閉じてのんびり言う。
「ユウサク、魔力の2ヶ月減衰、気をつけないとねぇ。次は5層行ってみる? 僕、水鉄砲のメンテナンスも済んだし、そろそろ次の…」
シンタローの話の途中、ミヤシゲが木造の華奢なドアを派手に開けて帰ってくる。大袈裟に笑いながら、ユウサクの背中をバシンと叩く。
「よおユウサク! よくやったぞ! 今日、葵んとこ行ったらよ、往診に来た若い兄ちゃん先生が、葵のキャラキャラ笑う姿見て『奇跡だ!』とか度肝抜かしてやがったぜ! なぁ!?」
ユウサクは痛みに顔をしかめつつ、ミヤシゲの言葉に笑みを浮かべる。
「痛ぇよ、このバカトカゲ! …でも、葵ちゃんがそんな元気なら、よかったよ。で、その兄ちゃん先生って、佐藤先生じゃねえんだろ?」
ミヤシゲが豪快に笑い、尻尾で畳を軽く叩く。
「ハッ! 佐藤先生じゃねえよ! あの晩の佐藤先生は、葵の回復見てなんかピンと来てたみてえだったけどな。シンタローが後でコソコソ話してたろ?
あの先生、なんかデカいこと知ってても黙っててくれるタイプだぜ。絶対口堅えって!」
シンタローはミヤシゲの言葉に柔和な笑みを浮かべる。
「うん。佐藤先生には、葵ちゃんの回復について…ちょっとだけ、魔力の話したんだよね。
医学的に興味深いってすっごく食いついてたけど、『患者のプライバシーと命が第一』って、絶対に口外しないって約束してくれたよ。…なんか、すごく信頼できる人だったなあ。」
ユウサクはシンタローの言葉に小さく頷き、佐藤が魔力同化という異常現象を秘匿してくれていることに安堵する。
「そっか。なら、佐藤先生には感謝だな。葵ちゃんのことも、変な噂にならずに済む。」
ふとシンタローはミヤシゲが帰るなりちゃぶ台に置いた紙の筒を見付けた、気になってそっと開いてみる。
そこには、キラキラした光の中で冒険する剣士、剣士に背負われたお姫様、魔法使い、ドラゴンが描かれていた。
葵が描いたのだろう。ミヤシゲが持ち帰ったにもかかわらず、皺一つない。
ミヤシゲが絵を広げるシンタローを見て、さらにご機嫌になる。
「オウ! それな、入院中に葵が描いたんだ! うめぇよなあ! アイツは天才だ!」
「お…おお…これは…。」
ユウサクも葵の絵を見て、初めて描かれた自分らしき人物に照れつつ、嬉しそうな笑みを浮かべる。
シンタローは柔和な笑顔で絵を眺めるが、突然ハッとした表情になり、ため息をつく。
「お、おい。どうした? シンタロー。」
「よ…よかった…。」
ユウサクとミヤシゲが顔を見合わせ、シンタローの言葉の続きを待つ。
「…倒したゴブリンの姿…描いてなくって…。」
シンタローの言葉に、2人は驚愕の顔で青ざめる。
「つーかよ、ユウサク! 葵にゴブリンぶった斬るトコ見せやがって、子供に何ちゅうモン見せてんだ、このバカヤロウ!」
「おおお前だってゴブリン握り潰してたじゃねえか! 葵ちゃん、怖がってなかったし…わ、悪くねえだろ!」
ミヤシゲは鱗をガチガチ鳴らす。
「ハッ! まぁ、葵は覚えてねえみてえだし、喜んでたからいいけどよ! 次はちゃんと隠せよ、ネクラ!」
「ハー!! ゴブリンミキサー野郎が何言ってんだ!」
木造アパート中に響き渡る口論に、他の住人たちが覗きに来る。シンタローは葵の絵を改めて見て、柔和な微笑みを浮かべる。
「ユウサク、ミヤシゲさん、良かったねぇ~。」
ミヤシゲは鱗を鳴らし、大きく頷く。
「おう! ユウサク! テメェの覚悟、嫌いじゃねえぞ! これなら100層も夢じゃねぇ!」
木造四畳半のユウサクとミヤシゲの部屋には現在、2枚の絵が貼られている。
一枚はドラゴンと戯れるお姫様。二枚目はドラゴンとその仲間たちと冒険をするお姫様だ。
シンタローの作戦にはいつも驚かされます、戦略と言う意味ならミヤシゲの方が優れてそうですが。ゴブリンミキサー…、破裏拳ポリマーみたいです…。